「なんとお呼びすれば?」
『僕は標本。技術の結晶なんだ』
『人としての名前はもう遠い昔に無くなってしまった』
『……だから、『空の花瓶』と、そう命名されたんだろうね』
「それは美しい声が導いた命名ですか」
『きっとそうだと思う』
『僕はその声を皮切りに、以来誰とも話す事さえ叶わなかったから』
自傷的な笑みを浮かべている。
決して形としてその表情が彩られた訳ではなかったが、
彼には空の花瓶がそうしたと捉えざるおえなかった。
『あなたは?』
「ユンフです」
『ここは病院だった』
『正確には、病院に「なろうとした」工場かな』
『治せない人を、せめて壊れないように保管する場所』
管の一本が、きしりと音を立てる。
ユンフはこの道中にて、保存のために残されたような器具達を思い返した。
この工場は、治療の場ではない。
延命と保管を目的とした施設。
都市の技術が発展に基づく、闇の根幹に成り得る施設。
『患者のフリした研究対象』
『僕に注ぎ込まれた技術の多くは、きっとこの先多くの人の生活を支える技術になる』
『だから僕は不幸なんかじゃない。多くの人の足場になって、僕の存在意義に意味が灯される』
俺は幸せになれない
「……」
且つて対峙した者の過去の記憶。
ねじれる寸前、不幸を提示した男とは逆に、空の花瓶は幸福であるが故にねじれた事を示唆していた。
「だが、貴方を纏うその哀しみは『憂鬱』そのものだ」
『……そうだね』
『空っぽだからかな』
『誰も、ここに花を挿すことはなかった』
『頑張ったけど、報われなかったなって』
『そしてその証はもう、消し去られる』
『……ユンフさん、貴方の依頼って、僕の消去でしょ?』
『答える必要はないよ』
『貴方は一目見てわかるぐらいに優しい人だから、それを答えさせるには僕が罪悪感を抱いてしまう』