カオスドラマX

Gray Traveller / 466

669 コメント
views
466
わったん 2026/01/11 (日) 19:05:47 >> 458

回帰を終える。
其処に残った色は、残酷で、それでいて空の花瓶にとっては縋りつきたい思いであった。
ユンフは過去を垣間見たその風景を想い、僅かに目を伏せる。

『僕はもう、役割を終えた』
『中身のない花瓶は、棚から下ろされるべきだ』
『消してほしい』
『僕という記録を』
『存在していた、という事実ごと』

「……」

『それが、最後の仕事だと思ってる』
『誰にも見舞われなかった標本が、最後に果たせる役目』

静謐。
病室の空気が、重く沈む。
その鋼鉄に手を掛け、花瓶を割る事がその者の望む最期であり、
依頼者の意図を汲み取った上での最適解であった。
だが

「しません」

彼にとって、それは最善策ではなかった。

「お見舞いってのは、終わりの儀式ではないんですよ」

『違うの?』

「違う」
「見舞いは、続ける意思の確認」
「回復の見込みがあるから行くものでもありません」
「役に立つから行くものでもない」
「生きていることを、途中で投げださないために行く」
「そして受け取った人が、自らの意思を少しでも進められるよう」
「一緒に進む意思を共に分かちあうものだと、俺は思っています」

『……』

「今まで貴方に見舞いに来る人が居なかった事」
「それはとても悲しい事だ」
「貴方を形成する憂鬱は、役に立ったという幸せでは拭いきれない程に青く焦がれている」
「誰かが花瓶に花を添えてくれるその温かみというものに」

『……僕は、もう空っぽだよ』

「空っぽなら」
「何を入れるかを、これから決めればいい」
「貴方は、誰かの未来を支えた」
「それだけで終わらせる必要はない」

『消去しなかったら……』
『あの人は、また後悔する』
『僕が残れば、彼は自分を責め続ける』

「それは、貴方の仕事じゃない」

『……』

「貴方が背負うべきは、役割じゃない」
「存在だ」
「それは、憂鬱から躍り出た人間がまず背負うべき、罪だから」

沈黙が落ちる。
長く、深い沈黙。
やがて、花瓶の中で淡光が、ほんの僅かに明度を増した。

通報 ...