回帰を終える。
其処に残った色は、残酷で、それでいて空の花瓶にとっては縋りつきたい思いであった。
ユンフは過去を垣間見たその風景を想い、僅かに目を伏せる。
『僕はもう、役割を終えた』
『中身のない花瓶は、棚から下ろされるべきだ』
『消してほしい』
『僕という記録を』
『存在していた、という事実ごと』
「……」
『それが、最後の仕事だと思ってる』
『誰にも見舞われなかった標本が、最後に果たせる役目』
静謐。
病室の空気が、重く沈む。
その鋼鉄に手を掛け、花瓶を割る事がその者の望む最期であり、
依頼者の意図を汲み取った上での最適解であった。
だが
「しません」
彼にとって、それは最善策ではなかった。
「お見舞いってのは、終わりの儀式ではないんですよ」
『違うの?』
「違う」
「見舞いは、続ける意思の確認」
「回復の見込みがあるから行くものでもありません」
「役に立つから行くものでもない」
「生きていることを、途中で投げださないために行く」
「そして受け取った人が、自らの意思を少しでも進められるよう」
「一緒に進む意思を共に分かちあうものだと、俺は思っています」
『……』
「今まで貴方に見舞いに来る人が居なかった事」
「それはとても悲しい事だ」
「貴方を形成する憂鬱は、役に立ったという幸せでは拭いきれない程に青く焦がれている」
「誰かが花瓶に花を添えてくれるその温かみというものに」
『……僕は、もう空っぽだよ』
「空っぽなら」
「何を入れるかを、これから決めればいい」
「貴方は、誰かの未来を支えた」
「それだけで終わらせる必要はない」
『消去しなかったら……』
『あの人は、また後悔する』
『僕が残れば、彼は自分を責め続ける』
「それは、貴方の仕事じゃない」
『……』
「貴方が背負うべきは、役割じゃない」
「存在だ」
「それは、憂鬱から躍り出た人間がまず背負うべき、罪だから」
沈黙が落ちる。
長く、深い沈黙。
やがて、花瓶の中で淡光が、ほんの僅かに明度を増した。