何処からともなく、彼に語りかけるような機械音が通り道に響く。
ユンフはその声に反応する。掛けた指を止め、瞳だけでその通り道の外れから聞こえた機械音に視線を向けた。
錆びついた外装。剥がれかけの注意書き。
並び立つ缶商品のケース。喉を潤すその欲求に応える造形。
声の主は、自動販売機であった。
『今日は疲れているように見えます』
『糖分の摂取は一時的な解決に過ぎません』
旧式の硬貨投入口の奥から、過剰に丁寧な声が流れ続けている。
ユンフはその全体像を瞳に押し入れ、手元を下ろしながら向き直った。
「……」
「ねじれかよ……」
彼は一言だけ呟き、その怪奇現象の目の前に立った。
『ご安心ください』
『当機は暴力的装置ではございません』
『貴方様の健康と精神状態を最優先に考慮した極めて善良足り得る自動販売機です』
声色が区切りをつける度に、チカチカと自動販売機は光る。
その光は見ているだけで瞳を刺激し、有体に言ってしまえば目に悪い点滅の仕方をしていた。
『現在、貴方様の脈拍は安定』
『瞳孔の開きも正常範囲内……訂正します。眼孔に於いては死滅済みです』
『ですが身体的に毅然とした、いわゆる健康な状態でございます』
『しかしながら――』
声色を落とす自販機。
同時に点滅も柔らかく、暗色を示し始めた。
『慢性的疲労及び諦観傾向が見受けられます』
「……」
『結論から申し上げますと、今此処で飲料を購入される理由は存在しません』
『シャッター閉じます』ガチャッ
『水分補給を必要とするのであれば、水道水で十分です』
『嗜好品による一時的満足は、後悔と空虚感を増幅させる傾向があります』
「……」
『なお、貴方様は現在』
『何かを得ようとする状態ではなく』
『何かを失わないようにする状態にあります』
『申し訳ありませんが、当機のご利用は推奨しておりません』
「……」
「……」
「なんだこいつ」
声は低く、独り言にも満たない。
驚きも、怒りも、警戒もない。
ただ「現象として厄介だ」と判断した時の声音だった。
一方的な診断、そして一方的な購入制限。
彼はそのねじれの意味不明な言葉に困惑の色を浮かべた。