ヴェオル水門の裏手。
その崖を登る。
断崖に等しいその岩肌は、もはや「登る」という行為を拒絶する形状をしていた。
雨に打たれ、削られ、滑りやすく磨耗した岩肌は、手をかけるたびにわずかに崩れ、指先の支点を奪っていく。
息が、浅い。
肺に空気を送り込んでいるはずなのに、取り込めている感覚がない。
まるで呼吸そのものが外界に拒まれているようだった。
濡れた手が滑る。
爪を立て、指の腹で無理やり摩擦を作る。
その度に皮膚が削れ、鈍い痛みが神経を叩く。
それでも、手を離さない。
一段。
また一段。
脚は既に自分のものではなかった。
力を入れているのか、入っているのかさえ曖昧なまま、ただ上へ、上へと命令だけが通っている。
風が吹く。
体が揺れる。
「――ッ……!!」
その一瞬、意識が遅れる。
落ちる、という未来が脳裏に過る。
だが、掴む。
崩れる岩ごと、掴み直す。
――落ちない。
その一点だけで、身体をねじ伏せる。
やがて。
崖の縁に腕がかかる。
泥と血に塗れた腕で、地面を引き寄せるようにして身体を引き上げた。
「……は……ッ……」
崩れ落ちるように、地面へ。
視界が揺れる。
焦点が定まらない。
雨粒が視界に叩きつけられ、それが涙なのかすら判別がつかない。
息も絶え絶えに、登り切った先にあるミルラの木。
「……」
これまでの苦労がやっと形になった気がして、内心安堵した。
魔物の気配も無く、ケージを抱えてしずくを溜める。
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