「何!? 畜生、いったいどこの情報だよ!?」
「それが… 海南武警の本部からです」
「…!?」
それを聞いて、船長のコジーネクは絶句した。
どうして沿岸警備隊の仕事に、
海南島の武装警察なんてものが手を出してくるんだ?
そう思いながら、巡視船の船員達は
離れていく輸送船をただ眺める事しかできなかった…
ただ一人を除いては。
「艦名は『ルイ・マンドラン号』、国籍は中国。
現在の場所は瓊州海峡の―」
ルジェク・ノヴィー、チェコ保安・情報庁所属。
上からの指令を受けて海南島のあちこちに潜り込んだ
潜入捜査員の一人だった。
海南島のありふれた街並みの中、
一台の乗用車が路肩に止まっていた。
それを見て、一人の会社員らしき
中国系の容貌をしている男が近づいていく。
「ん、どうした? 俺はタクシー業者じゃないぜ」
窓から身を乗り出してそういう男の顔を見ると、
彼はためらうことなく話しはじめた。
「すみません、文昌市でおすすめのカフェを知ってますか?」
その言葉を聞いて、運転手の表情がほんの少しだけ変わった。
本来ならその場所は彼らがいる位置から
かなり遠い場所にあるはずだったが、
運転手の男はまるでその場所にいるかのように
流れるように答えを返していく。
「オスカー・フューゲル・コーヒー。
ドイツ人がやってる店なんだが、
文昌鶏入りの海南鶏飯がとにかく美味いんだよ」
「そうか、ありがとう。
まあ… 僕は今お金がないからフォーでも食べてるよ」
それを聞いて、運転手が会社員の男に
書類が入っているらしい封筒を差し出した。
通報 ...
「行政区政府の動きに関するここ数か月の全報告だ。謝謝 」
どっかでへまして落としたりするなよ」
「
一通り会話を終えると、お互いは
その場から急いで去っていった。
後には人っ子一人いなかった。
海南島の中心部である海口市のビル街で、
一人の男が一軒のビルへと足早に入っていく。
表向きはチェコ資本の会社のように見えるが
その実態はBISの海南支部であり、
内部は汗水たらして働く社員ではなく
ありとあらゆる機密情報が押し込まれている。
そんな情報機関の最前線の中、
この場所をひっくり返すほどのファイルを持って
セザール・フィネル… BIS職員の一人は
この場所にやって来たのである。
「昨日BISの潜入チームから送られてきたデータですが…
どうやら、事態は一刻を争うようです」
そう言いながら彼が机の上に置いた書類には、
大量の発注品が描かれていた。
『戦車:2個中隊分』
『歩兵戦闘車:2個中隊分』
『装甲兵員輸送車:6個大隊分』
『自走榴弾砲:3個大隊分』
『各種支援装備:3個旅団分』
「何だ、コレは?
まさか海南武警の物か?」
そのどう見ても普通ではない発注書を見て、
BIS海南支部の局長である
ミハル・ハニーズディルは目を見張った。
「いえ、違います」
「それじゃ、一体誰の物なんだ?
まさか特別行政府政府か?」
「ええ。そのまさかです」
彼はそのことについて驚くべき程冷静に伝えた。
次の瞬間、空気はすでに凍り付いており
ハニーズディル局長の額からは
冷や汗が流れ落ちていく。
「…奴は、一体、何をしようとしているんだ?」
「完全武装の2個歩兵旅団戦闘団と
1個機甲旅団戦闘団を作れるほどの兵器を買い付けようとしてます」
「チェコ政府に許可は?」
局長は震えかけている声でそう聞いた。
「ありません」
「どうしてそんなことを画策しているんだ?
警備力増強なら海南武警にでもやらせておけばいいだろう」
「あくまでこちらの考えにすぎませんが…
マカオ危機について覚えていますか?」
「ああ、今も昨日のことのように覚えている。
それがどうしたんだ?」
…マカオ危機。東州内戦によるHCOの混乱を原因として始まった
イベリア・ハプスブルクによる奇襲的な領土併合要求であり、
チェコ政府からイベリアへのマカオ譲渡によって解決した
新冷戦中で最も第三次世界大戦に近づいた出来事。
「あの時、マカオ政府に一切の発言権はありませんでした。
いわばトカゲの尻尾… 言い換えれば手ごろな交渉材料にされたんですよ」
「だが、そうしなければ世界大戦が勃発したんだ。
私個人としては必要な犠牲だと思っているよ」
「その事については一旦置いておくとして、
ともかくあの男はその事を激しく憎んでいます。
恐らくですが、自前で海南島を防衛できる戦力を
揃えようとしてるんでしょう」
「防衛? 一体どこの国からだ?」
「全ての国ですよ」
「…す、全ての国と言うと?」
いとも簡単にそのことを言い放った
目の前にいるたった一人の部下の前に、
ハニーズディル局長は動揺を隠せていなかった。
彼は一呼吸おいて続ける。
「連合王国、イベリア、アルゴン、アンデシア―
わがチェコ・インドシナ連邦ですらその対象に入っています」
「馬鹿な… あんなちっぽけな島が
独立できるものなのか?」
「経済力ですよ」
「経済力?」
「あそこには数多くの外国資本を始めとする
莫大な経済力があります。
それを元手にすれば、
ミクロネーションの経済大国として
独立国家になることも夢じゃない」
「国家安全保障はどうなんだ?
経済力はあるが、人口は少ないだろう?」
「それも経済力でどうにかできます。
北米には多くの民間軍事会社がありますし、
足りない装備は海南で買い与えればいい。」
「これも私の考えにすぎませんが…
我々が阻止しなければ、
海南島経済特区は独立戦争をおっぱじめるでしょうえ」
「独立? ここはチェコの植民地ではないんだぞ」
「彼の頭の中ではそうなっているんでしょう。
…まあ、一種のノイローゼですよ。
かわいそうな奴です」
そこまで聞いた後、
ハニーズディル局長はしばらく考え込んでいた。
大体5分ぐらい経っただろうか。
「…海南島はチェコにとって生命線だ。
欧米の影響圏や我が国の首都にも近いし、
それに莫大な資金をチェコ本国に
転がり込ませてくれる。
ここを失うことは我々にとって大きな痛手だ。
本国に海南島周辺の軍備を増強するように
伝えたほうが良さそうだろう」
「了解です。チェコ政府にそう伝えてきます」
セザール・フィネルがそう言って帰ろうとした瞬間、
ハニーズディル局長は一言だけ
強い意志を持って言い放った。
「奴らの反乱を何としてでも阻止しろ。
出来るだけ早く、確実に、秘密裏にだ」
「了解しました」
さて、これで一つの話が終わった。
舞台は次の話へと移っていく。
数十分後、BISの忠実な職員である
セザール・フィネルは連絡を行うために
盗聴防止装置が取り付けられている大型無線機がある
市内のセーフハウスへと電車に乗って向かっていった。
高層ビルの隙間を縫うように電車は進む。
そしてそれと並行して、セザールの目の前に座っていた
一人の女子高生が徐々に眠りへと引きずり込まれていった。
もしも― 彼が未来を予知することができたなら、
この目の前で寝ている女子高生をすぐに起こしただろう。
だがそんなこと、神ならぬ身のこの男に走る由もなかった。
そのまま彼女は電車を寝過ごしていき、
その結果としてストリートギャングから
マフィアと共に逃走劇を演じることになる事など。
→It's So Fly-Day CHINA TOWN/フライデー・チャイナタウン