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世の中の罪業を一身に引き受けて闇を歩くこと
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説経節のような話を読むときに、障害のある人が「聖なるもの」のように民衆に担がれて運ばれていく話はあるとして、盲なることが「世の中の罪障や闇を代わりに引き受けてくれるから」というストーリーが語られる――とはかぎらず、たとえば「聖者の生まれ変わりの特徴がそれだから」とか、尊い理由にはまた何か別のストーリーかもしれないがその型がある、というとき。
「おりん」をカテジナと結びつけて考えたようなことは、今までもべつにない。これは偶然、同じような話題に読み合わせたので連想したこと。
説話語りの語り手(瞽女=ストーリーテラー)を主人公とする物語を、小説という体の説話語りを多く踏襲した語りをして、最後には説話そのものにしてしまう。『人々はその哀しい物語を聴いて涙ぐむのである』の、『涙ぐむ』までがフィクションであるという。大方の読者はその態度に不審感などは抱かないで「哀しい話」と現代にも読んでいるはず。涙を疑え、ではなく、そこには作者にも「文芸のスタイルへの関心」があることは見せている、とまでは意識して読まれたい、という話をした。