ちょっと心外だが、日本への根拠ない批判みたいにとられた?そういう訳じゃないんだけど、まあ問題があるよねってこと。
海外だと、具体的に名前を出すと英語圏だとNASM(アメリカ)、NARA(アメリカ)、IWM(イギリス)、ドイツ語圏だとBundesarchiveや各社のアーカイブ、ロシア語圏だとRGVAやTsAMO、RGAE、RGANTDとかが当時の史料を保管してる。
海外の本を見てみると分かるよ。写真1はDan SharpのMe 309本のエンドノート。画質が悪くて申し訳ないんだけど、各文献の名前と、なんとそのファイル番号まで丁寧に記載されてる。2枚目はMichael BaumgartlのBf 109本。これもBundesarchiveやダイムラー・ベンツ社のアーカイブを参照してる。3枚目はS. P. Eliseevのソ連空軍の歴史本。ロシアの本は最後にまとめてエンドノートを載せてるのを見たことがなくて、基本的に各ページに脚注みたいに載ってるんだけど、これもちゃんとアーカイブ名とファイル番号まで載ってる。
つまり、当時の史料の多くが、参照できる状態で保管され、多くの歴史家や研究家がそれにアクセスして本を書いてる。2枚目のBf 109本なんか、1000ページもあるよ。つまり、当時の史料を公文書館や博物館で参照するだけで、それだけのボリュームの本をつくれて、多くの情報を興味のある人々に提供できるってわけ。
まあ、こうなったのも結構最近のことらしいんだけど、それでも研究の土台がつくられたってのは、それだけで歴史の発展を助けるよね。でも日本だとこうはいかない。たとえば「零戦の開発の歴史についてしっかり調べたい!」と思ったときに、一体軍からの要求書や三菱内での開発・設計史料はどうやって調べる?防衛研究所の史料はあまり多くないし、三菱は史料室での写真撮影も禁止するぐらい厳しいし、個人所有の史料はそもそもどこにあるかもわからない。
だから、日本における旧軍史料の問題点は以下の3つに分類できると思う。
1) 防衛研究所に所蔵されている史料は断片的なものが多く、包括的な調査に向かないことが多い
2) かつて開発に関わった会社のアーカイブや博物館などは史料を公開したがらないことが多い
3) 個人所有の割合が多く、史料がそもそもどこにあるか、そしてそれを閲覧させてくれるかどうかわからない
日本の研究者はそんな中で研究を進めたわけで、その中で個人所有の史料に関わるごたごたも色々関わったと思う。でも皮肉だよね。そういう人たちから何とか史料を提供してもらったりしたとして、その史料はまたその研究者の「個人所有」になって、後続の研究者たちはまた苦労することになる。(ちょっとズレるけど、これ関連の問題は福井静夫と彼が持つ史料でも問題になったよね)。そんな行ったり来たりを繰り返しているうちに、紛失や散逸が繰り返されてしまう。そしてもう少し範囲の大きい話をすると、日本の軍事関連の書籍はそもそも出典や参照元が示されないことが多いから、さらに深く調べたいと思っても、その著者が見つけた史料すらどこに行けば見れるのか全く分からないことが多い。
その一方で、前述の英米独露だと、文書は公文書館やその他の施設で保管され、多くの研究者がアクセスして調査を進め、特に一部の誠実な著者たちは史料のファイル番号まで記載して、元の史料にアクセスできるようにしてる。この仕組みが軍事史の発展に及ぼす影響は明らかだし、実際2010-2020年代に入って、海外の書籍のレベルは明らかに上がってる。
まあこんなわけで、個人的にやっぱり日本の史料管理はいろいろ複雑な問題を抱えていると思う。既存の公文書館の体制を批判しているわけじゃなくて、もっと全体的な話でね。
なんかずっと日本を下げるようなことを言っちゃったけど、実は海外も結構複雑な所があって、例えばボーイング社は、自社の史料へのアクセスや公開にだいぶ多額の「使用料」を請求したりするみたい。


