灰色の旅人
散り散りとなったクリスタルに映る風景は、
嘗ての故郷から見えた夕焼けの色。
項垂れる里帰りを前にして、透明の軌跡の手元には、旅人の思い出が強く輝きを放っていた。
『俺を……救う……?』
『バカが、縋りに縋ったミルラの結晶の中から引きずり出して』
『何言ってやがる……』
「ねじれを解決するためには段階が必要だ」
「強い信念を持った、叶うはずもない願望を掲げたねじれであるほど」
「その心の解消は難解だとされている」
「だから、まずは貴方に俺の声を聴いてもらえるよう」
「貴方にその世界から出てきてもらいたかった」
『……』
「レビさん」
「俺は、思い出を探し、作り、護るために都市を奔走する」
「最初はただただ取り返したかっただけなんだ」
「都市に着いたばかりの俺だったら、貴方の言葉に首を縦に振っていた」
「だけど、俺は軌跡を描いてきたんだ」
「7年目の旅路を、この都市で」
『どうせ、碌でもない旅だったんだろうが』
「本当、酷い世界だよ」
「命の軽さは勿論、人を傷つける事など造作もない世界構造」
「倫理観など掃き溜めに沈む砂より価値も無く、互いが互いを突き刺し合う世界だ」
「だが、俺はそんなクソッタレみたいな世界で」
「絶望に沈みながらも」
「それでも前へと進む人達と出会ってきた」
『……』
「その人達は、俺の軌跡に思い出を乗せてくれた」
「本に綴り、物語とする」
「俺の人生における小道だけど、いろんな方向に繋がった思い出」
「……レビさんが歩む道」
「俺は、その道に繋がった一つの小道で生きる存在」
「俺だけじゃない」
「レビさんの道に、色んな道を作った人たちが居ただろ」
『……』
『……』
『ミルド=デリス』
『ラ・セナ』
『トルブジータ』
『……テト……ホーリー……』
「俺達は、たくさんの記憶を抱えて、この世界に生きている」
「不安に押しつぶされそうになって、闇に心を預けたくなる夜があっても」
「俺たちが諦めずに生き続けていれば、世界は夜明けを連れてきてくれる」
「貴方が生きる始まりの朝に、大事な人たちの記憶が寄り添ってくれる」
「だから忘れないんだ。人の死を」
「恐れず生きて、繋いでいくんだ」
「それを、貴方は成そうとしたはずだ」
『……』
「場所が違うだけだったんだ」
「貴方は故郷で」
「俺は都市で」
「その過程で心の縁を彩った」
「だから俺は、決して都市を捨てようとはしない」
「俺の意地」
「本当は貴方の手を取りたくて仕方がない本能が、俺の心を抑え込もうとするけれど」
「……」
「全部、いい思い出にしたいから」
「俺は貴方を救う事にしたんだ」
『……』
『どういうことだよ……』
『何しようってんだよお前は……』
『俺を救うって事は……都市を消す事だぞ……』
『俺が何するか、分かってんのかよ……』
「貴方が世界統合を成す必要は無い」
「貴方は帰れるんだ」
「ティダの村に」
『は……どうやって帰すってんだ……?」
「このE.G.Oは、ラモエから抽出された自我の塊」
「都市と故郷を繋ぐ川へ、釣瓶を垂らしたが故に出来た産物」
「皮肉にも、俺が都市で紡いだ思い出も、故郷の思い出も綴られている」
『……お前の思い出……』
『お前の記憶となる、核か』
「レビさん」
「旅人は、胸に思い出を抱えて生きていくだけでなく」
「忘れない為に記録を持つ事だってする」
「貴方も旅日記を持ち、手紙を書き、思い出を残していったと思う」
「俺もそうだ」
「いつだって思い出は傍にあり、忘れないようにと記してきた」
「思い出は、過ぎ去った過去じゃない」
「これから出会う困難を打ち砕く為の、最も鋭く、最も温かな剣だ」
『――お前――』
「都市での出来事も例外じゃない」
『……』
「これは、俺の思い出そのもの」
「確かに外郭において、ラモエから抽出されたものかもしれないが」
「きっと、本当の抽出元は、もう片方の『思い出の管理人』なんだろうな」
――旅人の思い出(クリスタルクロニクル)
ティダの村という絶望の園から誘われる触媒であり、
ユンフの思い出を書き綴った故郷の冒険記。
其処には彼の軌跡が描かれており、
一人の少女を想う筆先が散りばめられていた。
それらの字は全て『思い出』として保管されている。
ユンフが冒険で得た彩り、蒔いた種、方向標。
あらゆる感情が乗った、彼だけのE.G.O。
外郭の研究所、L社の前身となる嘗ての存在。
その時代に培われた技術で、ラモエから抽出されたE.G.O。
いや、正確には、ラモエと共に誘われた思い出の管理人である、
『ミオ』から抽出されたE.G.Oであった。
『そいつがなんだってんだよ……』
『俺達がラモエと戦っている時、一切の姿を現さず』
『剰えラモエに吸収されたやつが』
「ミオさんは忘れ去られた思い出を基に、ミルラの木、そしてしずくを作っていた」
「今を生きる人々に希望を持ってもらえるよう、あの人は戦っていたんだ」
「思い出は不定形で、俺達がどれだけ想い焦がれていても、忘却に消え往くものだ」
「思い出すには、別の力が必要になったりもする」
「あの人は、思い出をそうしてしずくに変えて」
「生きる力を俺達に与えてくれていたんだ」
「その力は、やがて魂にまで澄み渡り」
「希望という名の太陽を心に灯す」
『……』
「違和感はあった」
「アトリちゃんの思い出を喰らったアイツが、俺の心根を示すようなE.G.Oを出すのか」
「だが、実際の所、クリスタルワールドで散っていったミオさんが築いた」
「ティパのクリスタルキャラバンの思い出の結晶だったんだろう」
「『旅人の思い出』」
「アトリちゃんがミオさんの問いに思い出で答え」
「ケアルで思い出をミルラに変えた残滓」
「俺と彼女の思い出が入り混じった」
「ミオさんが残した『記憶』そのもの」
『……』
「そんな思い出とは別に、人間ってのは『記憶』する」
「思い出とは異なる、無機質な概念」
「存在に刻まれた履歴」
「感情の有無すら問わず、ただ『在った』という事実を保存するもの」
「魂の深層に沈殿し続ける存在証明」
「例え忘れた事があったとしても」
「記憶という永続的な刻印は」
「嬉しかったことも、苦しかったことも、赦せなかったことも、愛したことも」
「其の全てが堆積し、圧縮して、一人の人間という鉱石を輝かせる」
「削れば痛む」
「砕けば散る」
「然し、磨けば――光る」
『……』
「思い出は『鍵』なんだ」
「感情が触れた過去」
「涙の熱、抱擁の柔らかさ、別離の冷たさ」
「忘れ去られてしまうもの」
「でも、そんな脆い鍵こそ」
「記憶という、魂そのものを変えてしまう強い輝きを、開放出来るんだろうな」
『……お前……』
「……レビさん、貴方は、忘れ去られてはならない人だ」
「それも、都市ではなく、故郷に刻まれるべき存在」
「貴方に今、必要なもの」
「決して今は手に入らないものだ。ただ帰るだけじゃない」
「貴方は、希望を持って帰らなくちゃならない」
「ケージいっぱいの」
「『ミルラのしずく』を」
『――』
「このミルラのしずくを、貴方が纏ったクリスタルに継ぎこみ」
「地下の川と繋がる事で、故郷との繋がりを確固たるものにする」
「その橋渡しを、俺がする」
『――』
「都市じゃ手に入らない」
「でも、ただじゃ帰れない」
「統合はさせたくない」
「……」
「……」
「あぁ……くそ……」
「難しいな」
「言葉が纏まらない」
『……何故、そこまで……』
「……」
『お前は、帰郷を願った人間だろ』
『成せる人間』
『なら、その全てを搔っ攫って生きていけばいいだろうが』
「都市のやり方に沿っていくなら……」
「今此処で、貴方を倒して、再び都市を駆け巡るんだろうな」
「本当はそうしてでも成し遂げたい事がある」
『なら!』
「俺は成せる人間なんです」
「貴方が築き上げた、希望の存在」
「だから」
「だいじょうぶ」
『――』
「俺に出来る恩返し」
「本当に今更だけど」
「ティパの村のクリスタルキャラバンとして」
「俺の出来る事」
「……そして、レビさん」
「お願いがある」
『――』
「生きて欲しいと願った人の分まで」
「どうか、貴方は旅をして欲しい」
『――』
「俺達の救った世界は、貴方が救ってくれた世界は」
「こんなにも高く、こんなにも広く」
「こんなにも美しいと」
『――』
「――」
「――」
「――」
「どうか」
「良い旅を」
旅人の思い出が強く輝く。
そうして放たれた光は、ビルの一室全体に広がり、
二人の姿を包み込んでいった。