「それについては私が説明します」
そのただ一言だけを強く言い、
真っすぐ立ち上がった。
記者の視線がこちらへと一斉に向けられる。
それもそうだろう。現に私― レグロ・カンティロは、
新たに行政区長に就任しているのだから。
私の姿が世界中に報道される…
ああ、華々しい成功のスタートにぴったりだ。
そう思いながら返答を行う。
「元行政区長― アントニン・フラビオ氏は
重大な不手際により、我々から退任という処分を
受けることになりました。
これは正しい選択だと思っています」
「その『重大な不手際』とは、いったい何なんですか!?」
「それについては後々説明します」
そう言い捨てたが、記者たちはしきりに説明を求めてくる。
「今回の出来事は、処分ではなくクーデターなのですか!?」
「チェコ政府と行政区政府には説明責任があるぞ!」
「そうだそうだ!」
「静粛に!」
そう言うと、記者たちが一斉に静まり返った。
「ですから、後々説明する―… と、言っているんです。
説明責任の放棄は行っていません」
一斉に会場がざわめき始めた。
まあ、放っておけばどうせすぐに興味をなくすだろう。
記者連中なんてたかが知れて…
「何故言わないんだ!
どうせチェコ人どもと組んで罠にはめたんだろう!」
そう一人のコートを着た男が立ち上がっていった。
あまりの荒唐無稽さに、思わず立ち尽くしてしまう。
「…は?」
「国民の気持ちなど知らない物に何が分かるんだ!」
男は訳の分からぬことに言い続けているが、
奇妙なことに半分真実でもある。
早々に退場してもらおう。
「おい! このバカ野郎を早く追い出せ!」
「黙れ売国奴!」
そう言うと、男はこちらに向かってバッグを投げてきた。
何をするつもりだ、コイツは―
通報 ...
直後、男がコートの中から爆薬の起爆スイッチを取り出した。
「レグロ区長、退避を!」
護衛が拳銃を取りして発砲するが、
その時にはすでに遅かった。
大爆発が起こり、目の前が閃光に包まれる。
…裏切りやがったな。
それが海南の頂点に一日だけ上り詰めた男―
レグロ・カンティロが、最後に思った事だった。
一方その頃、チェコ政府内部は混乱の渦に巻き込まれていた。
情報が錯綜し、職員が走り回り、ありとあらゆる通信が飛び交う。
実に混沌とした状況だった。
「BISから報告!
記者会見の会場で爆発が起こりました!」
「現場はどうなってるんだ! 状況を報告しろ!」
「主要メンバーは全員死亡。
それから、記者の方も数名が死傷したようです」
「畜生… 海南武警は何をしてたんだ!?」
「それが―」
「早く言え!」
「…その海南武警が、どうやらクーデターを起こしたらしく」
「そんな馬鹿なことがあるか!
おい、テレビはどうなってるんだ!?」
「見れませんよ」
「…何?」
「先ほど、全ての海南向けテレビが
一斉に戒厳令を発しました。
ずっと静止画のままです」
「畜生!」
話を15分前に戻そう。
その時、テレビ局に向けて海南武警所属の
二両の装甲兵員輸送車と
一両の歩兵戦闘車が前進していた。
「何だありゃ?」
「さあ? テレビの撮影じゃねぇのか」
その異質な光景に市民達は驚いていたが、
それは各々に勝手な解釈をさせて
無理矢理納得させる時間を作り出したに過ぎなかった。
「急げ! ここの制圧に失敗すれば、任務に多大な影響が出るぞ!」李 志強 は、
部隊を率いていた海南武警の
何としてでもこの任務を成功させようと意気込んでいた。
なにせここの確保に失敗すれば
まず一つ目にあの忌々しいカンティロ暗殺の瞬間を
全世界に発信することになるからである。
無論それは一時的な時間稼ぎに過ぎないが、
あくまで副次的な目標でしかなかった。
「総員下車しろ、目標は全ての階層だ!行け!」
車両をテレビ局の前に止めた後、
乗り込んでいた武警達を片っ端からテレビ局の中に送り込む。
「お、おい!
お前ら何しにここに―」
「海南武警だ、特殊任務で来てる!
速く道を開けろ!」
「え!?」
「いいから道を開けろと言ってるんだ!
速くそこをどけ!」
「りょ、了解しました!」
もちろん止めてくる局員たちもいたが、
全員が武装警察であることが分かると即座に道を譲った。
何せ、相手は短機関銃で武装している一群なのだ。
「我々は海南武警だ! 今すぐに放送を止めろ!」
そう言いながらニュースを放送しているスタジオへと突入する。
全員の視線がこちらに向いたが、
誰一人動こうとはしていない。
「で、ですが記者会見の生放送が―」
「優先命令だ! 戒厳令を今すぐ流せ!」
そう言いながら、兵士の一人が
アサルトライフルを天井に向かってぶっ放す。
「…急げ! 急ぐんだ!」
それを見て、殺されまいと
テレビクルーたちがあわただしく動く始めた。
一方その頃、在海南チェコ軍の総司令部へと
日本製の小型ドローンが単機で移動していた。
当然チェコ側のレーダーに引っかかり、
自走対空砲が標準を定める。
「なんだありゃ?」
「偵察機だろ」
下で兵士たちがそう話している中、
ドローンは空中で不気味に静止していた。
「おい、対空部隊! 速くあのハエを叩き落と―」
…それは日本製の砲撃誘導ドローンだった。
在海南チェコ軍の総司令部に向け、
どこかから発射された一発の155mm榴弾が正確無比に着弾する。
ものの数秒で指揮系統はマヒした。
続いて動いたのは、
海南島のあちこちにある民間空港だった。
バンカーから次々と省旗のマークを
描かれた軍用機が滑走路上へと展開を始める。
戦闘機、輸送機、ヘリコプター…
旅行客は戒厳令の布告により、
すでに全員が外国人居住区のホテルの中に退避している。
いるのは海南武警とわずかな空港職員だけだった。
「中佐、全機離陸しました。
これより海南島上空の制空権を確保します」
そう報告する武警の後ろでは、
連合王国製の自走対空砲が警戒を始めていた。
さらにその後ろに見える湾岸施設では
武装した小型ボートやウルグアイ製のマラカナン級コルベット、
そして魚雷工房のイグザム級攻撃潜水艦が展開していた。
それ以外の船舶は一切動くことは無く、
無論緊急避難を始めようとしていた旅行客も
当然のように港の中に閉じ込められている。
海南島は、一夜にして前面封鎖されたのである。
…部下が言ったとおり、
テレビ画面は先程から延々と戒厳令の布告を流し続けていた。
画面が変わる気配は一向にない。
「クソ、どうなってんだ」
「この光景と部下の報告を見るに、
恐らく放送局、議会、空港が全て占拠されました。
最悪の事態ですよ」
「カウンター・クーデタ―か?」
「ええ」
「チェコ政府に何か連絡は?」
「臨時救国政府と名乗る勢力から先ほど連絡が。
ただ一言、海南島の独立を全面承認せよとだけ」
「駐屯軍は何をしてるんだ!?
今すぐにあのバカ野郎を制圧しろ!」
「た… たった今、海南駐屯軍と連絡が取れなくなりました」
「…畜生!」
悲惨なことに、チェコ政府は
全てにおいて先手を取られていた。
『クーデターは成功に終わり、海南島の平和は保たれた。』
そのたった一つの思い込みによって、
準列強とまで言われたチェコ・インドシナ連邦は
緒戦において完膚なきまでの失敗をしたのである。
全てが混乱の中に落ちつつあった。
クーデター軍、チェコ軍、警察、市民、議会…
2025年8月10日。海南島にとって最も暑く、
そして最も長い夏は今や最高潮に達していた。
後に「海南三週間戦争」と呼ばれる大規模騒乱の始まりである。
しかし、彼はただうろたえるだけではなかった。
BISは混乱の中でどうにか連絡網を再編し、
チェコ軍は事前に策定されていた作戦計画に従って
少しずつ行動を始めていき、
そして政府は生き残った親チェコメンバーと
既に接触を始めていたのである。
2025年8月12日、「フォルティッシモ・プレリュード」作戦。
在海南チェコ軍が必死に遅滞戦闘を行って
全力で市民が非難する時間を稼ぐ中、
それを掩護するためのチェコ海空軍による
壮大な前奏曲が始まろうとしていた。
→Black Tuesday/暗黒の火曜日