8月12日、海南島。
北米のPMCやアンデシアの国家憲兵隊が徹底抗戦を続ける中、
チェコ陸軍も壮絶な戦闘に巻き込まれていた。
「海口市の状況は?」
「航空優勢まで取られてますよ。
このままじゃ負け戦です」
「対応してる部隊は?」
「第19独立自動車歩兵旅団と第8憲兵大隊が
避難ルートを確保する為に突破攻撃を行ってます」
「そうか。航空支援を優先で回せ」
在海南チェコ軍― チェコ第8軍の指揮系統は、
司令官のリチャード・ラッスカが生存しているために
どうにかその役目を保っていた。
「こちら第15独立空中機動大隊、
既にG225国道は維持不能です!
撤退命令を!」
「第7憲兵大隊本部からの連絡が途絶えました!」
「第9独立戦車旅団だ!
損耗率が5%を超えつつある、増援を回してくれ!」
各地からは悲惨な声の無線通信が入ってくる一方で、
それを嘲笑うように市街地からは
海南臨時政府のプロパガンダ通信が聞こえてくる。
しかしそんな中でも、まだ希望を失うものはいなかった。
第8軍に課せられた唯一にして最大の目標―
避難民の安全確保及びその脱出。
そのたった一つの目的の為、
チェコ軍は戦い続けていたのである。
通報 ...
午前7時20分、海口市美蘭区。
海南の政治・経済・文化の
中心となっているこの場所においても、
それは全く同じだった。
「左翼の部隊が押されてます。
このままだと敵に逆侵攻されますよ」
「そんなことは分かってる。
それよりも敵の重点は右翼だ、
予備兵力をすべて投入して時間を稼げ」
「了解しました。第8憲兵大隊を回します」
ビル街の一角を、チェコ製の旧式歩兵戦闘車を先頭に
海南武警― 今の名称は海南臨時政府軍だったが― の部隊が進んでいく。
車両が交差点に差し掛かろうとした次の瞬間、
前方のビルから発射された対戦車ミサイルが
歩兵戦闘車の車体を内部から粉砕した。
それと同時に同じ建物の窓から阻止砲火が放たれ始め、
射程物に隠れようとする武警達を次々と射殺していく。
「いいか、このビルから奴らを進ませるな!
ここを墓だと思って戦え!」
チェコ軍はありとあらゆる建物を要塞化していた。
そこに踏みとどまってひたすら抵抗していくが、
それでも少しづつ敵軍に突破されていく。
「前方に敵戦車一両!」
「対戦車ミサイルの再装填急げ!
早くしないとこちらが殺られるぞ!」
敵の120mm滑腔砲が火を噴いたのと
チェコ軍の対戦車ミサイルが発射されたのは同時だった。
立てこもっていた対戦車兵が爆風で吹き飛び、
誘導を失ったミサイルが突き出し看板に命中する。
そのまま看板は地面に向かって落下していき、
下にいた何人かの兵士を押し潰した。
「おい、大丈夫か!?」
吹き飛ばされた兵士を見たが、
右足が丸ごと無くなっていた。
兵士は声にならない悲鳴を上げている。
「畜生! 衛生兵は負傷した兵士を後送、
それから他の対戦車兵がいたらこっちに回せ!」
戦車が次の榴弾を叩きこむ。
小さな商店が一つ、音を立てて崩れ去っていった。
「避難ルートの確保はどうなってる」
「機械化一個小隊を充ててますが、
それでも苦戦してます」
「クソ…
もう一個小隊投入しろ。
戦力の各自投入は悪手だがやるしかない」
「分かりました」
「このままだと総崩れだぞ、
こっちのヘリ部隊は何をやってるんだ。
上空支援を要請したんじゃないのか」
「地上からの無線報告によると、
先ほど空戦に巻き込まれました。
もはや到着は絶望的です」
「そうか… もしもの時に備えてMANPADSをかき集めておけ。
それで、港を防衛してる部隊は何をしてるんだ」
「避難民を順調に東州方面に向け脱出させてますが、
依然として多くの市民が取り残されてます」
「そうか。ほかの国の部隊とも協力する手はずを整えておけ」
「了解です。本国にそう連絡しておきます」
「アールピィージィ!」
そう誰かが叫んだ瞬間、
目の前にいた歩兵戦闘車が爆発した。
砲塔が空高く吹き飛んでいき、
横に合った一軒家の屋根に激突する。
「11時方向に敵兵!撃て!」
周りにいた兵士たちが阻止砲火を貼りはじめたが、
建物の中にいる敵兵にはあまり効果が無く
逆に数人が撃たれた。衛生兵が飛び出していく。
「こちらタンゴ23、負傷兵多数!
航空支援はまだなのか!?」
「スモークを展開しろ! このままじゃ全滅だぞ!」
後方に展開していた車両が煙幕を投射したが、
それは脅威を除去するまで
その場所にくぎ付けにされることを意味する。
「2時の方向に狙撃兵!」
「くたばれぇ畜生!」
一人の兵士が携行式対戦車ロケットをぶっ放した。
ロケット弾が窓の中に飛び込み、
中にいた敵兵を外に吹き飛ばす。
「第2分隊は敵の火点を制圧するぞ!行け!」
銃声と機関砲の音が響く中、
一個歩兵が前方の建物を制圧するために
駆け出していく。
「支援しろ! 撃て!」
「クソ、クソ、クソ…」
分隊支援火器のマカジンを再装填し、
突入部隊の支援の為にひたすら撃ちまくる。
地面には大量の薬莢が転がっていた。
「橋を爆破すれば時間を稼げると
工兵部隊から連絡が入ってきてますが、
どうしましょうか?」
「冗談だとしたら酷いものだな。
市民の避難が先だ、それよりも障害物の撤去を急がせろ」
「了解しました。それから本部から伝達が」
「何だ、いいニュースか」
「チェコ海軍が作戦行動をまもなく開始します。
こちらに航空支援を優先で回してくれると」
「そうか。口約束だけで終わらんといいが…
ところで市民の退避はどれほど進んでいるんだ?」
「避難民を乗せた車列は現在ポイントウイスキーを通過中です。
順調に道を切り開ければ、目標まではあと10分ほどで到着するかと…」
海南島南方20カイリ地点。
チェコ海軍の空母「トマーシュ・マサリク」を
主力とした一個空母打撃軍は既に戦闘態勢に付いており、
空母を囲むように2隻のイージス巡洋艦や3隻のイージス駆逐艦、
他にもそれをさらに支援する6隻の艦艇軍が周りを固めている。
既に海南へと地獄を送り込む準備は整っていた。
「旗艦『フラデツ・クラーロヴェー』より全艦、
5分後に巡航ミサイルを一斉発射する。
支援の為に空母航空隊は全機発艦せよ」
全てのハードポイントに爆弾と空対地ミサイルを満載し、
轟音と共に次々とS/A-39戦闘攻撃機が発艦していく。
南シナ海の空がチェコ軍機に埋め尽くされていった。
目標は海口、三亜、儋州、万寧…
この島の混乱を物語るように、
海南に存在するほぼ全ての主要な都市が
攻撃目標に指定されていた。
「各艦、巡航ミサイル連続発射!」
20ヶ所もの防空・通信施設を標的にして、
全艦のVLSが一斉にミサイルを空に向かって打ち上げていく。
ミサイルはある程度まで上昇した後、
目的地に向かって一気に展開していった。
「大量の高速飛行体が急速接近中!」
「チェコ軍か!?クソ、とにかく対空戦闘を―」
「ダメです! 2秒後に命中し―」
海南島にあるいくつかのレーダーサイトは
それを捉えることに成功したが、残念ながらそこまでだった。
巡航ミサイルがありとあらゆる目標へと命中していき、
一瞬にして海南武警が築き上げた防空網が突き破られていく。
「回避軌道を取りながら低空侵入するぞ! 行け!」
そしてその隙間からは、まるで洪水のような勢いで
次々とチェコ軍機が侵入していった。
8月12日9時40分。
戦いはまだ始まったばかりである。