1000回死ぬのは勇気か
こんどの「電子漂流」にはクエストリストがあらかじめ公開のうち、1000回ゲームオーバー特典があるのがわかっている。2026年の今となっては時代遅れで、良い気はしてない。それが気になっていたので昨夜少し実験してみて、死亡回数稼ぎなどをするとどうするのか・それは難しいのか等かんがえてみていた。
本当の剣、ジルの勇気
アンディーメンテの旧いゲームでは死亡(ゲームオーバー)1000回に隠し特典が恒例で、AMのRPGのたび恒例行事としてプレイヤーは必ず通過するようになったので、作者もネタにしていて『1000回死ぬのは心の掟』は合言葉になっていた。この特典は、ゲーム中最強武器の「本当の剣、ジルの勇気」が1000回死亡時に獲得されるというのが皆知ってるお約束。
その後
ずっと後に下って2010年代頃までにはその古ネタ、当時ノリを知っているプレイヤーも少なくなってゲーム攻略でもそんなにそれを取り上げて言われなくなった。人気ゲームの『アールエス』にその「掟」がなかったのが境目くらいだろう。RSは死が安いゲームだから自殺で簡単に稼げるその価値ほとんどない。全滅回数だったらアイテムロストのペナルティがきつすぎて誰も無理だ。
『アポロガル・エピソード』頃までその実績ある。あんまり価値はない。『星屑の泉和良』で意図的に何度も死亡回数を稼いでいると風花から小言を言われる。
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電子海のはなし
今の話題だと、漂流の前作にあたる当の『電子海のはなし』では、その隠し要素があるか誰も確かめていない。旧電子海ではゲームオーバー(船員の全滅)になると全体チャットにレポートが上がるため、意図的に二、三回も続けて自滅するとあまりに目立ちすぎ、迷惑行為すぎて、どんな恥知らずなプレイヤーでもあえてそんなことする人はいなかった。
ステルスではできないことはないけど正規の操作では難しい。アイテム順だったかの推定ではどうもその実績はなさそうだとも思え、その探索はときどき念頭に上る程度でやりたいとは最後まで思わなかった。
Sea Tree
シーツリーは海木歴3年頃には中の風紀が乱れきっていてBP稼ぎを称する馴れ合いやマッチポンプが常態になっていた。シーツリーでプレイヤーが死亡するとフィールドのその場所にキャラクターの「血痕」が残り、他の通行人がそれを慰霊することで信仰スキルの経験値が双方に入る。人通りのある目立つところに自殺して血痕を置いておき経験値を分け合うのが善意で、文化みたいに思い込んでいる常駐が何人もいた。
フィールドの景観に汚い行為をわたしは嫌っていたから、これは後からでもやめさせようと思いあれこれした。血痕の仕様も変更されて、その結果だけでもないけどそういうプレイヤーは大体一掃されたと思うが、信仰経験値が得られないとぼやく連中は後にもいたから、その後2026までの現状はもう見てない。
シーツリーは各国順位の談合や施設破壊のマッチポンプが横行しやすく、GMが野放しで放置するところを個人でやめさせようと思えば人の倍の努力を払って自分が悪者になるしかない。
「電子漂流」でもすでに見ている空文のボトルメールや10円のオイル出品のようなのに似た偽善プレイを慎んだ結果、他がカンストしても観光と人気スキルだけは極端に低いというデータに残った。足りないBPはそれを避けて他で搾り尽くした。
きみの島
Steamでの『きみの島』は、わたしはランキング1位を取って2位以下に10点くらい差をつけて終えたが、「できるけどあえて手をつけない実績」をその上いくつも残していた。島民の病死者数が条件で発生する「双子地蔵」は、プレイヤーが初期レベルの島を安定して運営できるように慣れれば発生しにくくなる。それ以後に存在を知ると、意図的に病死に追いやって死者数として稼ぐことになる。
わたしは海木等の経緯からあえてそういうのを「やりこみ」のようにもう唱えたくなかった。ゲームでのマイナス成績を実績評価する作者の評価基準のほうが間違っているので、自然に取れないんだったら島民を自殺させてまで収集図鑑を埋めたりしない。他に、クリック放置で取れる「クリック10万回」などの成績も棄てた。それでもしランキングも外れるんだったらそのランキングもいらない。
ミサ2~ナイツ3
今年前半、旧作のライスタシリーズ一連からミサ2、ガラテア、クレコロ、ナイトinナイツ1-3まで再周してみてその経過からAcheronに記事も書き足していた。上の、ジル剣と英雄馬ルクシオンの伝統についてはミサ2以降なので、その件やはり考えていたけど、ミサ2はとくに死亡回数操作せずにエンドまでいって死亡400回より少ない程度だったと思う。本当のジル剣なくてもあらゆる敵倒せるのでそもそもゲームにはいらない。
このあと、『ガラテア』ではゲーム途中の最終ステージまでいかない時点ですでに最強剣がいるから、作ったけど、その後のゲーム経過はひどい、何でもありになってしまい、時間をかけてただただゲーム中世界が壊れるだけになる。クレコロ、ナイツに続きは「Lv下げによる強ニュー作業」が押し込まれていて、2026年の現代の価値観だと今はまったく時代遅れだと思った。
ゲーム中でそんな挑戦が難しいのではなく、実際簡単だし、現代のPCのユーザーにはごく簡単な操作で自動化もデータの改竄もできることであえて手動プレイでやったところで誰にもアピールしないという今の時代にはこれらのゲームはもう息してない。
時代遅れ
RPGで1000回自殺するのがチャレンジのようなのはむしろ機械的に簡単なことで、botが蔓延するような平成後期のゲーム一般ではとっくにナンセンスだったと思う。それだったら、『最後にプレイヤーが作ったコンプデータを自分で破棄してみろ、形ばかりのデータよりプレイヤーの記憶や愛着が大事ならデータは棄ててもいいはずだ、それができるか』と訊ねてみないと本当にゲーム愛好したのかもわかんないという話だ。それも10年は前に過ぎた話だったことだろう。今一般のゲームの常識では、『1000回死ぬのが掟』などとは、陳腐で誇るまでもない。
電子漂流に戻って、今作で自殺稼ぎできるのかというと、多少面倒だけどできないことはないと思った。ただしプレイヤーとしては、もしも何年も先にプレイ続けるつもりなら自分のプロフィールで確認する「ゲームオーバー回数」が記録として実際のプレイ経過を反映しないことになるので、今後長く続けるほど無意味なプロフィールを人目にも晒して歩くことになる。
最初の最初に1000回死んでおいて、以後実際のプレイログには1000引いて数えてくださいというならわかる。
これで得られる「勇気」の特典がもしもゲームに大きく有利なものなら、わたしはテストプレイヤーとしてもWiki編集者としても普通のゲームバランスで妥当なTIPSを書いたり発言しにくくなるので、今後の活動にも若干の支障がある。死亡帰宅をワープ手段として常套にしていたらその半端な数で他人の目にはわかるので、それも格好の悪いことだろう。
「ゲームにさほど有利な効果はない」というならやってもいい。そのつもりで調べてみるプレイヤーはまたわたしくらいだろう。苦労して達成したとして、それがもしも強力な効果で、その情報をWikiに上げていたりするとまた荒れるもとになるからいやだ。
プレイヤーが諍いするような要素を作者=GMが面白がって扇動しているのだったらSteamのレビューにその旨書いて、サムズダウンつけておく。