H.O.P.E.

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24
American_Crusoe 2025/07/14 (月) 14:14:55

【ChatGPT】

以下に、「エロキューション運動(The Elocution Movement)」が19世紀以降のアメリカにおいて、奴隷解放運動・演劇教育・女性の社会進出・市民教育などに与えた文化的影響を、歴史的文脈とともに詳しく解説します。

■ エロキューション運動のアメリカへの伝播と変容

18世紀末から19世紀にかけて、イギリスの朗唱・朗読教育(elocution)はアメリカにも輸入され、修辞学・美学・道徳教育の一部として制度化されていきました。

→大学や神学校のカリキュラムに組み込まれた
→演説家や牧師、教育者が「説得力ある語り」を磨く訓練として重視

※印刷物よりも「声の力」が重視されていた時代背景

23
American_Crusoe 2025/07/14 (月) 14:11:10

ほうほう。古代ギリシアや帝政ローマでは口頭での弁論(喧嘩)が中心だった「ディクレイメーション」が衰退し、5世紀末〜6世紀初頭には「文芸作品」という書き言葉(書物)となったが、18世紀のイギリスに復興運動が起こり、「エロキューション運動」と呼ばれたと。ただし、「ディクレイメーション」が身体も言語も使う全身的なパフォーマンス(演技)だったのに対し、「エロキューション」は発音、滑舌、発声に重点を置く「朗唱術」だったと。普通のアイドルより声優とかVチューバーが人気になる令和日本に通ずるものがありますねぇ~😅

22
American_Crusoe 2025/07/14 (月) 14:04:30

「In the eighteenth century, a classical revival of the art of public speaking, often referred to as The Elocution Movement occurred in Britain. While elocution focused on the voice—articulation, diction, and pronunciation—declamation focused on delivery. Rather than a narrow focus on rhetoric, or persuasion, practitioners involved in the movement focused on improving speech and gesture to convey the full sentiment of the message. Traditionally, practitioners of declamation served in the clergy, legislature or law, but by the nineteenth century, the practice had extended to theatrical and reformist venues.Initially, the aim was to improve the standard of oral communication, as high rates of illiteracy made it imperative for churches, courts and parliaments, to rely on the spoken word.Through modification of inflection and phrasing, along with appropriate gestures, speakers were taught to convey the meaning and persuade the audience, rather than deliver monotonous litanies.」

「18世紀のイギリスでは、古典的な雄弁術の復興運動が起こり、「エロキューション運動(The Elocution Movement)」と呼ばれた。この運動において、エロキューション(朗唱術)は主に声に焦点を当てていた――すなわち発音、滑舌、発声である――のに対し、ディクレイメーション(朗誦術)は演技的な「表現」に重点を置いていた。この運動の担い手たちは、単なる修辞(説得技術)に限定されるのではなく、話し方や身振りの改善によって、話の感情や意味を最大限に伝えることを目的としていた。伝統的に、ディクレイメーションの実践者は聖職者、議員、法律家などであったが、19世紀にはその実践範囲は演劇界や社会改革運動の場へと広がっていった。当初の目的は、口頭表現の水準を向上させることにあった。というのも、当時は識字率が低く、教会・法廷・議会などでは口頭による伝達が不可欠だったためである。話者たちは、抑揚や語句の切り方を工夫し、適切なジェスチャーを交えることで、単調な朗読ではなく、意味を伝え聴衆を説得する演説を行うよう指導された。」

21
American_Crusoe 2025/07/14 (月) 14:00:30

なるほど、口頭での喧嘩が中心だったディクレイメーションが、5世紀末〜6世紀初頭のエンノディウス(Ennodius)で「文芸的散文」になるわけですね。エンノディウス一人で喧嘩するわけにもいきませんし、文化としてのディクレイメーションが衰退した後、それが「文芸作品」という形になるのは必然でしょう。この時代にネットがあれば「文字喧嘩」として別の展開があったかもしれませんが。

20
American_Crusoe 2025/07/14 (月) 13:55:55

「Later examples of declamation can be seen in the work of the sixth century AD bishop and author Ennodius.」

「後世のディクレイメーションの例は、6世紀の司教であり作家でもあるエンノディウスの作品に見ることができる。」
 
 
【ChatGPT】

少し補足します:

■ エンノディウス(Ennodius)とは?

マグヌス・フェリクス・エンノディウス(Magnus Felix Ennodius)

→5世紀末〜6世紀初頭の西ローマ末期のキリスト教知識人
→ミラノ大司教アウルリウス・アンブロシウスの影響を受けたラテン文学者
→書簡、説教、詩、散文作品のほか、ディクレイメーション風の文芸的散文も執筆

彼の作品には、古典修辞教育の伝統(とくに感情に訴える文体や誇張的構文)を受け継ぐ要素があり、ディクレイメーションの後継と見なされています。

19
American_Crusoe 2025/07/14 (月) 13:50:11

つまり、「ディクレイメーション(弁論)」は、プレイヤー(ディクレイマー(弁論家))のパフォーマンスと、観客の「批評」がセットだったというわけですね。これは興味深いです。喧嘩も喧嘩後の「感想戦」を重視するといろいろ深まるかもしれません。

18
American_Crusoe 2025/07/14 (月) 13:44:41

【ChatGPTつづき】

(4)社会的な舞台としての側面

自己表現と階級アイデンティティの場
→ エリート階級の子弟は、ディクレイメーションを通じて「自分は修辞の素養あるローマ人である」という文化的アイデンティティを誇示しました。

※観客も「知識人」としてふるまう
→ 観客はただの受け手ではなく、教養のある批評家として演説を評価する側でもありました。

17
American_Crusoe 2025/07/14 (月) 13:43:01

【ChatGPTつづき】

(3)演劇的な要素(ドラマティックな演出)

ディクレイメーションは単なる論理的主張ではなく、身体表現・声色・間の取り方・身振りが重要な要素とされていました。

※「演技」と「説得」が融合

哲学や法学では禁欲的な論理が重んじられたのに対し、ディクレイメーションでは、「情動に訴える表現(パトス)」が大いに奨励されました。

演者は、「怒る父親」「絶望する英雄」「傲慢な富豪」などの役柄を演じ分けながら語りました。

※身体言語の重視

有名な修辞家クィンティリアヌスは、『弁論家の教育(Institutio Oratoria)』の中で、「身振り(actio)は演説の魂である」と強調しています。

16
American_Crusoe 2025/07/14 (月) 13:40:05

「2.」が「1.」に変換されてしまってますね。これはZawaZawaの仕様なのでしょうか。

15
American_Crusoe 2025/07/14 (月) 13:38:07

【ChatGPTつづき】

  1. 競技性(コンテスト要素)

ディクレイメーションは、即興性・機知・表現力を競う演技的勝負の場でもありました。

ライバル同士の対決形式
→同じテーマ(例:「ルビコンを渡るべきか?」)を与えられ、複数の学生や弁論家が順に登壇して弁じ合う形式が一般的でした。

審査員や教師だけでなく、観客も「勝敗」の判断に参加することがありました。

勝者には名声と将来の保証
→若くして名を上げた弁論家は、法廷弁護士や政治家としても引く手あまたになりました。

オウィディウスも、こうした演説会で名を上げた「若きスター」として知られています。

14
American_Crusoe 2025/07/14 (月) 13:36:16

ChatGPTに、「『パフォーマンス的なジャンル』としての具体例(例:観客の反応、競技性など)について掘り下げて紹介してください」と頼んでみました。
 
 
【ChatGPT】

■ 「パフォーマンス的なジャンル」としてのディクレイメーション:具体的な特徴と事例

  1. 公開演説会(public declamation)という場

ディクレイメーションは、単なる教育訓練にとどまらず、一種の文化的エンターテインメントでもありました。特にローマ帝政期には、観衆の前で演説を披露する公開イベントとして行われ、貴族・知識人・政治家・芸術家らが聴衆として集いました。

演説会は劇場・講堂・私邸などで開催
→ 特にアテナイやローマの上流階級の邸宅では、定期的にサロン的な「演説会」が開かれました。

「喝采」や「野次」が飛び交う場
→ うまい言い回し(sententiae)や鮮やかな逆転論理には拍手喝采、退屈な演説や言葉の誤りには冷笑やブーイング。観客の反応も教育の一部でした。

13
American_Crusoe 2025/07/14 (月) 13:32:16

「スター・ディクレイマー(人気弁論家)」!

いいですね~😊

12
American_Crusoe 2025/07/14 (月) 13:31:01

「As a critical part of rhetorical education, declamation's influence was widespread in Roman elite culture. In addition to its didactic role, it is also attested as a performative genre: public declamations were visited by such figures as Pliny the Elder, Asinius Pollio, Maecenas, and the emperor Augustus. The poet Ovid is recorded by Seneca the Elder as being a star declaimer, and the works of the satirists Martial and Juvenal, as well as the historian Tacitus, reveal a substantial declamatory influence.」

「ディクレイメーションは修辞教育の中核をなす要素であり、その影響はローマの上流文化に広く行き渡っていた。教育的な役割に加えて、パフォーマンス的なジャンルとしても機能していたことが記録されている。公開ディクレイメーション(演説会)には、大プリニウス(プラウィニウス)、アシニウス・ポッリオ、マエケナス、さらには初代皇帝アウグストゥスのような著名人たちも聴衆として訪れていた。また、詩人オウィディウスは、セネカ(父)によって「スター・ディクレイマー(人気弁論家)」として記録されている。さらに、風刺詩人のマルティアリスやユウェナリス、歴史家タキトゥスの作品には、ディクレイメーション的な影響が顕著に見られる。」

11
American_Crusoe 2025/07/14 (月) 13:28:00

これをみる限り、「スアソリア(助言演説)」をそのまま小説にしたら、かなり押し付けがましく説教臭い小説になってしまいそうですね(笑)。ただ、生きる目的がはっきりしない我々現代日本人からしたら羨ましくもあります。

10
American_Crusoe 2025/07/14 (月) 13:24:51

【ChatGPTつづき】

■ 《スアソリアエ(Suasoriae)》の構成と特徴

→現存するのは全7題のスアソリア

各題には以下のような要素が含まれます:

主題(たとえば「アレクサンドロスは海に乗り出すべきか?」)

実際に行われた有名修辞家たちの演説の要点・言い回し・論理構成

多くのsententiae(格言)やexempla(実例)を紹介

◆ 主な題例:

アレクサンドロスは航海に出るべきか?

カトーはポンペイウスと講和すべきか?

アグリッピナ(ネロの母)は息子に復讐すべきか?
など、実在または半伝説的な人物に対して行動方針を示す形式。

■ 教育的意義と文化的背景

教育目的:若い修辞学徒が論理、説得力、表現力を鍛える訓練

文化的役割:ギリシア・ローマの歴史的遺産を語り継ぐ場

倫理的訓練:歴史上の道徳的ジレンマを言語化・評価する

セネカ(父)の《スアソリアエ》は、この形式を記録・分析し、後世に伝えた唯一のローマ時代の文献であり、ローマの修辞教育における貴重な史料となっています。

9
American_Crusoe 2025/07/14 (月) 13:22:29

残念ながら、「スアソリア(助言演説)」には残存文献があまりないようですね。ChatGPTに、「『スアソリア(助言演説)が収められている、セネカ(父)の文集の一冊』について詳しく説明してください」と頼んでみました。
 
 
【ChatGPT】

■ セネカ(父)の文集と「スアソリア」について

◆ セネカ(父)とは?
ルキウス・アンナエウス・セネカ(L. Annaeus Seneca)
通称「セネカ(父)」または「老セネカ」
→ 哲学者セネカ(セネカ(子))の父親であり、1世紀前半のローマの修辞家・教育者・文筆家です。

◆ セネカ(父)の作品
セネカ(父)は、ローマの修辞教育の現場で用いられた模範弁論(declamation)を記録・要約した2種類の作品集を残しています:

《コントロウェルシアエ(Controversiae)》全10巻
架空の法廷を舞台にした弁護・起訴演説(controversiae)
様々な修辞家の主張や技法、sententiae(格言的警句)を引用しながら解説

《スアソリアエ(Suasoriae)》全1巻
架空の歴史的・伝説的人物に「助言」する形式の演説(suasoriae)
たとえば「カエサルはルビコン川を渡るべきか?」といった歴史的な岐路に立たされた人物に対し、修辞的に進言する

8
American_Crusoe 2025/07/14 (月) 13:15:58

「Declamation had its origin in the form of preliminary exercises for Greek students of rhetoric: works from the Greek declamatory tradition survive in works such as the collections of Sopater and Choricius of Gaza. Of the remaining Roman declamations the vast majority are controversiae; only one book of suasoriae survive, that being in Seneca the Elder's collection. The controversiae as they currently exist normally consist of several elements: an imaginary law, a theme which introduced a tricky legal situation, and an argument which records a successful or model speech on the topic. It was normal for students to employ illustrative exempla from Roman history and legend (such as were collected in the work of Valerius Maximus) to support their case. Important points were often summed up via pithy epigrammatic statements (sententiae). Common themes include ties of fidelity between fathers and sons, heroes and tyrants in the archaic city, and conflicts between rich and poor men.」

「ディクレイメーションは、ギリシアの修辞学徒のための予備練習として発展した形式に起源をもつ。ギリシアのディクレイメーション伝統に属する作品は、ソパテールやガザのコリキオスによる文集などに現存している。現存するローマのディクレイメーションの大部分はコントロウェルシア(法廷弁論)であり、スアソリア(助言演説)が収められているのは、セネカ(父)の文集の一冊のみである。現在伝わるコントロウェルシアは、通常いくつかの要素から構成される:想像上の法律、複雑な法的状況を提示する主題(テーマ)、その主題に関する模範的または成功例とされる弁論(議論部)である。学生たちは、自らの主張を裏付けるために、ローマの歴史や伝説からの実例(exempla)を引用するのが一般的だった。これらの例は、ウァレリウス・マクシムスのような作家によって収集されたものが多く使われた。重要な論点は、しばしば簡潔で印象的な格言風の言い回し(sententiae)によって要約された。典型的な主題には以下のようなものがある:父と息子の忠誠関係、古代都市における英雄と暴君の対立、富者と貧者のあいだの葛藤。」

7
American_Crusoe 2025/07/14 (月) 13:07:26

つまり「ショーとしての模擬弁論(デクラマティオ)」には二つのジャンルがあったわけですね。

(1)「コントロウェルシア(controversia)」……架空の法廷における弁護または起訴の演説。

(2)「スアソリア(suasoria)」……歴史上あるいは伝説上の人物に行動方針を助言する形式の演説。
 
この「スアソリア(suasoria)」というのは面白いですね。歴史上の人物や物語上の人物に、リアル現代人の我々が助言する小説というのは、すでにいろいろありますが、それを行きずりのセリフではなく、「弁論」(我々的には「喧嘩」)として中心に据えるというのは面白いかもしれません。

6
American_Crusoe 2025/07/14 (月) 12:59:49

「In Ancient Rome, declamation was a genre of ancient rhetoric and a mainstay of the Roman higher education system. It was separated into two component subgenres, the controversia, speeches of defense or prosecution in fictitious court cases, and the suasoria, in which the speaker advised a historical or legendary figure as to a course of action. Roman declamations survive in four corpora: the compilations of Seneca the Elder and Calpurnius Flaccus, as well as two sets of controversiae, the Major Declamations and Minor Declamations spuriously attributed to Quintilian.」

「古代ローマにおいて、ディクレイメーション(declamation)は古代修辞学の一分野であり、ローマの高等教育制度の中核をなしていた。このジャンルは二つの下位ジャンルに分かれていた。すなわち、コントロウェルシア(controversia)――架空の法廷における弁護または起訴の演説――およびスアソリア(suasoria)――歴史上あるいは伝説上の人物に行動方針を助言する形式の演説――である。ローマ時代のディクレイメーション作品は、以下の四つの文献群に現存している:セネカ(父)とカルプルニウス・フラックスによる編纂、さらに、クィンティリアヌスに偽託されている二つの『コントロウェルシア集』――すなわち『大ディクレイメーション集(Major Declamations)』と『小ディクレイメーション集(Minor Declamations)』である。」

5
American_Crusoe 2025/07/14 (月) 12:54:31

「ショーとしての模擬弁論(デクラマティオ)」については、英語版のウィキペディアの記事が存在します。以下、原文と、ChatGPTによる翻訳文を掲載します。
 
 
「Declamation (from the Latin: declamatio) is an artistic form of public speaking. It is a dramatic oration designed to express through articulation, emphasis and gesture the full sense of the text being conveyed.」

「ディクレイメーション(ラテン語:declamatio に由来)とは、公的な話術の芸術的な形式である。それは劇的な演説であり、発声、強調、ジェスチャーを通じて、語られるテキストの意味を完全に表現することを目的としている。」

 

「劇的な演説」とありますね。令和の「ショーとしての演説」を彷彿とさせるものがあります。

4
American_Crusoe 2025/07/14 (月) 12:47:19

ここで言われている「ショーとしての模擬弁論(デクラマティオ)」が、先ほど私が「演示弁論」と呼んだものです。ただ、この二つの呼び名が意味するところが完全に一致するのかどうかは、今のところ不明です。「演示弁論」という呼び方は、浅野楢秀氏の『論証のレトリック』に出てきますが、この本はアリストテレスの『弁論術』をわかりやすくしてくれた本で、岩波文庫のアリストテレス『弁論術』では、「演説的(演示的)なもの」と翻訳されています。最近の選挙をみると、「演説」もまた「ショー」だというのは納得できますが、昭和的な感性でいえば、真面目な「演説」と遊戯的な「ショー」は全く別のものです。従って、同じ「演示弁論」でも、古典期ギリシアでは真面目な演説的性格の強かった「演示弁論」が、第二次ソフィストの時期には、遊戯的な「ショー」の性格を強めていったと考えることもできます。ただし、古典期ギリシアの第一次ソフィストも、ずいぶんふざけた「遊戯的弁論」を多く行っていたようです。

3
American_Crusoe 2025/07/14 (月) 12:29:10

まずはウィキペディアにある基本情報を引いておきましょう。
 

「第二次ソフィスト(だいにじソフィスト)は、ローマ帝国期のギリシア語圏で活動した知識人集団。第二次ソフィスト思潮、第二次ソフィスト運動、第二ソフィスト時代、第二のソフィスト術(英: Second Sophistic, 独: Zweite Sophistik)などともいう。

明確な範囲は決まっていないが、主にピロストラトス『ソフィスト列伝』に挙げられるところの、アッティカ方言を駆使する、1世紀から3世紀の弁論家を中核とする。古典期ギリシアの本来の「ソフィスト」と異なり、蔑称の意味合いは薄く、哲学者を兼ねる人物も含まれる。

主な人物に、ディオン・クリュソストモス、パボリノス、ヘロデス・アッティコス、アエリウス・アリステイデス、ラオディケイア(またはスミュルナ)のポレモン、アプレイウス、ピロストラトス、リバニオスらがいる。ルキアノスは第二次ソフィストに属しながら、『弁論教師』『レクシパネス』などで第二次ソフィストを風刺した。アテナイオスの『食卓の賢人たち』も第二次ソフィスト時代を背景に書かれた。

当時の背景として、ネロやハドリアヌス、プルタルコスらも関与したローマ帝国期のギリシア文化復興運動(ギリシア・ルネサンス)があった。出身地は様々だが、活動地はアテナイ、スミュルナ、エフェソスの三都市が主だった。皇帝やローマ人エリートと交流し、政治に影響を与える者もいた。

第二次ソフィストの弁論は、古典期のような法廷弁論・議会弁論よりも、ショーとしての模擬弁論(デクラマティオ)が主流だった。弁論の文体は、「アッティカ主義」すなわちアッティカ方言の擬古的で簡潔典雅な文体と、「アジア主義」すなわちヘレニズム期小アジア風の装飾過多な文体が、対立しつつ混在していた。

ホメロスの改変作品を著すことも多かった(ディオン・クリュソストモス『トロイア陥落せず』、ピロストラトス『へロイコス』など)。

近現代の西洋古典学では、1876年ドイツのエルヴィン・ローデによって初めて取り上げられ、1960年代末アメリカのグレン・バワーソックによって主題的な研究対象とみなされ始め、2000年代頃から欧米で積極的に研究されるようになった。」

引用終わり。

2
American_Crusoe 2025/07/14 (月) 12:14:59

「古典期ギリシアのソフィスト」(第一次ソフィスト)と「第二次ソフィスト」の違いは、大きく言うと次のような感じです。

(1)「古典期ギリシアのソフィスト」(第一次ソフィスト)……哲学的で抽象的な論題について議論した。法廷弁論や議会での弁論など、自然発生的な現実的な議論が中心で、遊戯的な議論も行ってはいるが中心的ではない。この「第一次ソフィスト」の中からソクラテスが独自の境地を確立し、弟子プラトンを通じて現代でも知られる「哲学」を創造した。この過程で「ソフィスト的なもの」(私が考える「喧嘩」の起源)と「哲学」の違いが強調され、「ソフィスト的なもの」は敗北し、消滅していく。ただし、これもソクラテスの弟子であるイソクラテスが、プラトン的な、今日の我々にも馴染みがあるような抽象的な議論としての「哲学」とは全く別の「哲学」概念を提出しており、「ソフィスト的なもの」はここに受け継がれたと考えることもできる。

(2)「第二次ソフィスト」……どちらかというと、個別具体的な論題について議論した。遊戯的な性格が強く、それとも関連して「哲学的」というよりは「文学的」な性格が強い。法廷弁論や議会での弁論(審議弁論)とは区別される遊戯的な弁論「演示弁論」を中心に展開される。「演示弁論」とは、冠婚葬祭の儀式や宴会の場に集まった「観客」のために行われる人為的な議論で、古典期ギリシアではプラトンの『饗宴』が有名でしょう。

1
American_Crusoe 2025/07/14 (月) 11:48:25

私は「喧嘩師」の起源は古典期ギリシア(紀元前5世紀から前4世紀頃)の「ソフィスト」だと考えていますが、ここでは、ローマ帝政期、特に紀元後1世紀後半から3世紀初頭にかけて東地中海のギリシア語文化圏で栄えた修辞学中心の文芸復興運動である「第二次ソフィスト」を取り上げます。

その理由は、「第二次ソフィスト」の方が元々のソフィスト(ギリシアのソフィスト)よりも遊戯性が強いからです。

「第二次ソフィスト」の方が、「喧嘩」をゲームやスポーツに近い遊戯的なものにしようとしているHOPEの方針に合致すると思います。

581
オビディ✩.*˚ 2025/07/14 (月) 10:27:45

週替わり座談会のテーマついでのおはよう。
忙しいのでまた後ほど。

76
オビディ✩.*˚ 2025/07/14 (月) 10:24:32

あ。今週のテーマ忘れてた。
「好きな飲み物」で。

388
ちゃわわん 2025/07/14 (月) 06:24:58

>> 387
旧シャドバ俺バハムート流行ってた時ぐらいにちょっとやってただけだからもうアーティファクトの存在すら忘れてた w

あれよ、新シャドバはなんか超進化とかいう概念が増えて戦略性が広がっとるんよ
とりあえずカード集めなきゃ話にならん w

57

>> 56
こらーーー!

56
オビディ✩.*˚ 2025/07/14 (月) 00:10:11

>> 54

やーい末吉BOT!!!😆

55
オビディ✩.*˚ 2025/07/14 (月) 00:09:36 >> 53

>> 53

なんだ、自作じゃないのか……。
自作の絵も楽しみに待ってるね!(プレッシャーを与える)

そうなんだよ、ずっと小吉(こきち)BOTだった〜。

でも今日から小吉BOT卒業したよ!!!

580
オビディ✩.*˚ 2025/07/14 (月) 00:05:47

そろそろ寝ます。
明日はいつも通り1700くらいに来ます!
あと昼くらいにも来るかも。

おやすみ〜!

54

Luceさんの今日のHOPEおみくじの結果は「末吉」でした!

53

エーンうれしい!これAIに描いてもらったやつw
にしても小吉botじゃんかわいそう

52
オビディ✩.*˚ 2025/07/14 (月) 00:03:21

変わった!!!
やった吉だ!!!

オビディ.さんの今日のHOPEおみくじの結果は「吉」でした!

51
オビディ✩.*˚ 2025/07/13 (日) 23:59:14

>> 49>> 50

可愛いアイコンだね!
てか私ずっと小吉引いてる(4日連続くらい)んだけどw
明日こそ変われと祈ってる。

3
オビディ✩.*˚ 2025/07/13 (日) 23:48:34

>> 2

そうそう。
ちなみにその文化もうちにないね!
ていうか喧嘩界自体にその文化なかった感じがする。

らくえん行った時にみんな言ってて、私もちゃっかり真似して言ってたけど、ぶっちゃけ私も全然知らない文化だったし。

50

末吉いっぱい

Luceさんの今日のHOPEおみくじの結果は「末吉」でした!

2
なぐも 2025/07/13 (日) 23:30:44

掲示板で新スレたてたらみんなで「スレおめ」って言うような感じか…

49

>> 46
たしかに!つける!!

1
オビディ✩.*˚ 2025/07/13 (日) 23:02:52

X(旧twitter)には、朝起きた時に「おはよう」寝る時に「おやすみ」ってツイートする文化があってね。
そのツイートに相互の人が「おはよー」「おやすー」って言ってくれるんだ。

で、これの面白いところはその返信が「おはあり」「おやあり」なんだよね。

要するに「おはようありがとう」「おやすみありがとう」の略なんだけど、ふつうに返信するよりこっちの方が好きだなーと私は思ってた。

いつしかリプ関係の規制が厳しくなってXにはもうその文化はほぼ残ってない。