カオスドラマX

Gray Traveller / 428

632 コメント
views
428
わったん 2025/12/14 (日) 17:33:45

シナリオ外

彼の歩む設計チームの廊下。
暗く、自我の溢れる道楽さえ放出されたその廊下。
セフィラ達との対話を経て、その道が拓かれる。

「……」

メインルームの全貌は白く、中央に設置された一人用の机。
そして肖像画が並び立っていた。
其処に佇む一人の男。
彼と同じく、黒い短髪にして、黄色い瞳を持つ。
白衣を靡かせ、振り向いたその男の物寂し気な表情を、ユンフは直視した。

「ようこそ、彼女を讃えるロボトミーへ」
「……」
「俺という因子に向き合い」
「「私たち」と言葉を交え、ここまでの悟りを語った者よ」
「傷跡を物語と紐づけ、心の何一つさえ見捨てず歩みを進める者よ」
「その旅路に色彩を、その本に感情を」
「思い出を力とする『人間』」
「やっと会えたな。ユンフ」

「……」
「アインさん」

ユンフの口から出た名を聞くと、男は目を伏せながら小さく口角を上げる。
その名を呼ばれた事に、驚愕でもなく、安心でもなく。
ただ何処か懐かしむように、幾度か首を振った。

「お前が此処に居る事」
「俺が設定した悟りに繋がるシナリオ外の物語」
「決して語られる事もなく、記録に残る事もない静謐な空間」
「光の種シナリオにエラーが発生すれば、全ては特定の時空に巻き戻されるはず」
「だが何故だろうな」
「俺を含め、「私たち」はお前という存在を認め」
「今此処で、こうして言葉を交えている」

一つの机にアインは手を置く。
ふと引き出しを開ける。そして閉める。
無為な行動を一つ、二つと取る。

「俺が今、対峙しているのは……俺には出来なかった事」
「言葉を投げかける事の出来る男だ」
「「私たち」が成そうとする未来に存在する、光を携えた男」

「俺はただの旅人ですよ」

「お前の持つ冒険記の在処から生じた心は」
「カルメンが望んだ世界そのもの」
「この世界は心を失っており」
「彼女を除く全ての人間は、知っていただけで向き合おうとしなかった」
「それが、「私たち」とカルメンの違い」
「そして、お前と云う旅人こそが成せる、彼女の意思の希望」

生じる言葉の節々に、自傷的な語気が交わる。
アインは開け切った引き出しからナイフを取り出し、机の上に無造作に置いた。

通報 ...
  • 429
    わったん 2025/12/14 (日) 17:34:05 >> 428

    「彼女は喪った魂を、彼らを救いたかった」
    「人類を救うという崇高なる正義感を持っていたが」
    「非人道的な行為を容認するような俺がその意思を継いだ」
    「なんとも皮肉な話だ」
    「翼の一つに成り上がり、翼と同じことをしている」

    置かれたナイフを手先に納める。
    そうして机に線をなぞるようにナイフを突きつけ始めた。

    「心の外壁は、心の内側を守る」
    「だが、決して光を与える事はなく、傷つく事さえ知らずに終える」
    「お前も、似たような経験をしただろう」
    「そして、俺の言葉を聞きながら、お前は俺の心の外壁を崩す為の言葉を形成しているはずだ」

    「そんな打算的な考えで言葉を綴るような事はしませんよ」
    「今まで逢った貴方たちもそうでしたが」
    「俺に言葉を投げかけて欲しくて、ヒントを与えているように見える」

    ユンフの言葉を聞き、アインは手元を止め、息を吐くように笑う。

    「……」
    「ユンフ、俺は数千、数万の職員たちの死を繰り返し」
    「仲間の人生を奪い、苦しみを繰り返させていた」
    「自分の目標を達成するという理由で全てを傍観したんだ」
    「この罪は許されることはない」
    「それでも……」

    「貴方はやるしかない」

    アインの言葉に続くように、そして彼が覚悟を決めて吐こうとしていた言葉を、
    ユンフは代わりに口にした。

    「……あぁ……」
    「この数多の悪を通して、一度でもいい。円環の鎖を断つ」
    「俺はいくらでも、なんでも背負っていく」

    噛み締めるようにアインは言葉を投げる。
    机から離れ、彼の前へと歩みを進める。

    「俺の……管理人の役目は、ロボトミーのエネルギーを放出させ、光の種を植え付けること」
    「人々に、種を植え付けるんだ」
    「人間には誰しも、自分だけの光がある」
    「俺達は植えるだけで、その後、どう発芽させていくかは、本人達次第だ」
    「それが、真の意味で人類の病が治る瞬間」
    「……ユンフ、お前はどうだったんだっけ」

    彼の目の前で歩みを止め、小さな笑みを崩さず、僅かに首を傾げるアイン。
    淀みなく見つめるその瞳に、彼は変色無き眼で返した。

  • 430
    わったん 2025/12/14 (日) 17:34:35 >> 428

    「俺は元々、種を植える事はしなかった」
    「代わりに出会った人達の種を育てようとしていた」
    「でも、途中で心変わりしたんですよ」
    「俺も、種を植えていこうって」

    「……種(思い出)……」
    「俺の理想とする物とは違うが」
    「人の感情を揺さぶる、大きな力だ」

    「俺の深淵に手を差し伸べ」
    「俺の種に光を届けてくれた」
    「温度を与えてくれた」
    「そんな人が居てくれた」
    「……貴方も俺と同じだろ」
    「その感情の揺れ幅は異なるかもしれないが」
    「俺達は利己的な人間なんですよ」

    「……」

    「本来、暗闇の中を彷徨うだけだった」
    「道を拓こうにも、何も見えない」
    「だから決めつけた信念で無理やり生き永らえ、ただ死を待つだけ」
    「でも、その暗闇に灯りが照らされた時」
    「俺達は外壁の隙間から零れ出た一筋の光で、利己を確立させた」
    「その後は、その人の為に邁進するんだ」
    「それが、俺達のやりたい事、成したい事」
    「方向標」

    「お前はその方向標に突き進む間に、種を蒔いてきたんだな」

    「俺の冒険記に綴る物語だ」

    「……ユンフ、お前は何故、種を蒔くんだ」
    「安寧の煌めきに説いた『思い出』を、都市の人々に蒔くのは、何故なんだ」

    「俺の苦痛を以てして、種に水を注ぐ事」
    「俺は……」
    「……」
    「……」
    「花畑を見せたいんです」

    433
    わったん 2025/12/14 (日) 18:10:50 >> 430

    画像1

  • 431
    わったん 2025/12/14 (日) 17:35:17 >> 428

    目尻を僅かに下げる。
    ユンフの優し気な口調と共に、アインは彼の言葉に綻んだ。

    「色んな花を飾った俺の冒険書」
    「色彩、温度、香り」
    「俺に与え、俺に見せてくれた、あの湖畔の輝きを案内してくれた人に」
    「今度は俺が見せてあげて」
    「多くの花を添えた花冠を」
    「……」
    「先のことです」

    「……与えられた時の夢を見る事はあるか?」

    アインから発せられた口調は、他人に向けたものではなく、
    何処か、自身に問いかけるようなものであった。

    「俺はある」
    「カルメンと草原に横たわっている記憶」
    「また太陽を横に眠る事なんて出来やしないのに」
    「その太陽の囁きを、俺は何時如何なる時も夢見ている」

    「……わかりますよ……」

    「だが、お前はまだ可能性があるんだろう」
    「この一秒の時を駆け抜けて、お前は故郷に帰る」
    「シナリオ外のこの物語さえ、お前の冒険記に綴って」
    「俺達の事を紡ぐ」
    「扉を開けるんだろ」
    「彼女が眠っている部屋へ」

    血塗られた風景を思い出すアインの表情に、ユンフは目を伏せた。
    その過去が、誰にも触れられたくない程、絶望に引き裂かれる瞬間であったが故に。

    「だが、この物語を終えるには、お前は結末を書かなくちゃならないな」
    「お前を此処へ誘った幻想体の話だ」

    「……記憶を奪う怪物」
    「……ラモエという奴を、抽出しませんでしたか」

    且つての思い出を巡る戦いにて、彼女の記憶を以てして倒した魔物の名前。
    ユンフはその単語を口にし、アインへと目をやる。

    「お前が持つE.G.Oの基となった幻想体か」
    「……残念だが、如何なる「私たち」の中でも、お前が望む記憶を持つ幻想体は居なかった」
    「ロボトミーを設立する前……外郭の研究所で制御した幻想体の中に居たのは」
    「お前も知る幻想体の一部のみ」

    やはりというような諦観にも似た瞳で、ユンフは視線を落とした。

    「だが……」
    「それは俺達の居るこのループでの話」
    「ユンフ、お前は可能性を跨いで此処に来た異世界来訪者」
    「それはつまり、何らかの縁に導かれてやってきたということだろう」
    「お前が都市と繋がれる原初」
    「その線を繋ぎし概念」

    「……」

    懐に手を当てる。
    授かった時から常備していた指輪。
    彼は小さく頷き

    「オーウェン」

    その名を囁く。

  • 432
    わったん 2025/12/14 (日) 17:35:26 >> 428

    「あの職員もまた、シナリオ外の存在」
    「最終的には適応してしまったが、その記憶に纏わる信念は都市で生きてきた中でも燦燦と輝いている」
    「……俺は、あの男をよく認識している」
    「1万年にも及ぶ時の牢獄の中で自我を保ち」
    「悟りを知る為に、犠牲を受け入れ前へ突き進む為に」
    「壊れてもおかしくはない程、過酷な道を歩んできた」
    「お前の方向標に向かって歩む姿勢に負けない程、アイツは立派な男だ」

    アインは机の引き出しから、徐に小さなボタンを取り出した。

    「会ってこい」
    「今この時だけ、俺が管理人の代わりを務めてやる」

    ボタンを人差し指で押下する。
    施設に響き渡る警告音。
    付随して聞こえ始める悲鳴。

    「複雑だろうけど、これが都市」
    「俺もまたその一環の人間。だからこそ変えようとする」
    「そんな俺の姿さえ、お前は物語に綴るんだろ」

    「……」

    「行ってこい」

    「アインさん」
    「貴方が用意した舞台」
    「その結末……」
    「どうか、最後まで行く末を見届けられることを祈っています」

    設計チームから飛び出すように退出するユンフ。
    その背を見届け、アインは小さな椅子に腰かけ、肖像画たちへと振り返った。
    後は待つだけ。そういうかのように、眼を閉じ、その身体を動かす事はなかった。