- Gray Traveller
- 535
わったん
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2026/03/15 (日) 18:24:05
幸せだった時は、俺がキャラバンとして旅路を経ていた時がそうだった。
農村で腰曲げながら作物を育て、キャラバンの帰りを待つ日々。
別に悪かない。瘴気の世界に於いて、その生活は現状維持ではあるものの、
残酷でありながらも、生活の営みの輝きを纏った価値ある日々だった。
だが、やっぱり俺は外の世界に出たかった。
キャラバンが自分の脚を通して眺めている風景に恋焦がれた。
俺の意志で、俺の世界を広げたかったんだ。
俺自身の目的はそうだった。自分の為だったな。
でも、結局その先を見据えるのは、テトとの日々。
自分の世界を広げたい、なんて大層な事言いながら、
ただただ彼女と共に生きていける世界を、より自由にしたかっただけだった。
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―ヴェオ・ル水門―
5年目の旅路。
俺達キャラバンの絆は深く、言ってしまえば鉄よりも固い結束があった。
その結束を前にして立ちはだかったのは、ヴェオ・ル水門の数多くの扉。
ユークの民の知識の結晶により築き上げられた、約束された平和の象徴である水門。
魔物が棲む水門の奥には、ミルラの木がひっそりと立っている事をシェラの里で聞いた。
だからこそ、数ある門を潜り抜けて、奥底へと向かっていったわけだが……。
「鍵がない!何処!?」
セルキーの声が甲高く、明らかにイラついているのがわかる声量で水門の中を木霊する。
ラケットの矛先は付近に居たギガントードに向けられ、魔物とは云えど可哀想だなと思った。
「トルブジータ、アンタんところで作った水門でしょ?何処に鍵があるのかぐらいわかるでしょ!」
「河の流れはシェラ湖の生命の活力を流水させ往く夜空の断片」
「我々今を生き往く星の欠片が、水門の繋がる道筋を示す対価に理を奏でることは」
「現時点を以てしても考え得ぬこと」
「分かんないって5文字で言ってくれる?????」
「レビ、さっきギガントードが落としたブリザドの魔石だ」
「シェラの里に行くまで、武器の耐久度を落とす訳には行かねぇだろ」
「任せな。おいトルブジータ、今日は俺が後衛だ。たまには前出て運動しとけよ」
「難儀」
「アタシの時あんだけクソ長い講釈垂れたクセに随分と短いわね?????」
水門に塞き止められた水のせせらぎを耳にしながら、俺達キャラバンは踏み慣れない大地の地面を踏みしめる。
冒険を感じるその空間を跨ぐ時……その最中は、基本的にこんな感じだ。
戦闘の話、景色の話、手紙の話、その後の話。
抱えきれない程の思い出を紡ぎながら、俺達は歩を進めていた。
ガコンッ
水門の岬のような段差から下層を眺めようとした時、俺の足元から何かが凹むような音が響く。
足元には木製のスイッチがあり、どうやらそれを踏んづけてしまっていたようだった。
背面の水面付近に、小さな間欠泉が沸き出てくる。
其処には幾度も見てきたこの世界の鍵が在り、水門のギミックを理解出来た頃だった。
「やった!鍵を見付けたよ。流石だねレビ!」
間欠泉に押されて揺れる鍵を、濡れながらも抱え込んできたテト。
重い荷物を背負いながらも、テトは疲れ一つ見せずに笑って、奇抜な見た目の鍵を頭の上に掲げ続けた。
「ありがとう、テト」
「水門での戦いは俺も後衛に回る。傍に居てくれ」
「うん♪」
眩しい笑み。どこをどう切り取っても、その笑顔は俺のものだった。
高所から水門の流れを見極める。
ミルラの木に辿り着く為には、数回門を開けなければならない。
その門番として立ちはだかる魔物の配置を確認しつつ、俺達は歩き方を考えていた。
「リザードマンとギガントード、プリンか。あと見えるのはアイスボムだな」
「リザードマンはブリザドの耐性が無い。レビの仕事だ」
「氷の核が膨らむ頃に、某の灼熱を唱えよう」
「そしたらアタシとミルド=デリスで蛙狩りとプリン潰しだね。まっかせて!」
「さっきの様子見るに、俺様は要らねぇ気がすんだけどな……」
戦闘の段取りを予め擦り合わせておく。
俺達キャラバンは、どのキャラバンよりも連携に長けていると自負していた。
ある時、リバーベル街道で探索中だったキャラバンが崩壊しかけていた。
その手助けに入るとき、俺達は言葉を交わさずとも各々が誰を倒し、誰を助けるかを瞬時に把握していた。
キャラバンを助けた時に感じたのは、その人たちを助けた事の安堵ではなかった。
この世界を共に旅する者達が、俺と共鳴してくれている喜びであった。
「……?」
「あの大きな鳥……あの子はどうするの?」
鍵とケージを一生懸命に持ち続けるテト。
彼女の負担を減らそうと、鍵を持とうとするも、ふいっと駄々を捏ねられてしまった。
「グリフォンか」
テトの示した巨大な鳥は、水門の北西の位置に坐するグリフォンだった。
巨大な爪が地面を抉り、その凶暴さは遠くから見ても分かる。
普通は対峙しようなんざ考えない、恐ろしい魔物だ。
だが、それでも俺達には敵わない。
「グラビデで落としてやる」
「トルブジータ、始動は頼む」
「夜空さえも駆け巡る重力の因果。承知した」
「じゃあその後、一斉に畳みかけよっか!」
「そうこなくっちゃな。やってやろーぜ、水門攻略!」
「わー!皆頑張ってね……!」
俺達、ティダの村のキャラバンは、何よりも強い。
そう信じて疑わない程に、俺はこいつらと旅が出来て良かったと思えていたんだ。
戦いは始まった。
北西を位置するグリフォンの住処。
其処に足を踏み入れた途端、耳に劈く奇声が空間を揺るがした。
だが、グリフォンの巨体から発せられる、本能に突き刺さるような恐怖の雄叫びなど無視だ。
「うっふ~ん♡セルキーよ~ん♡こっちよ~!」
口笛を吹きながら、ラ・セナは華麗ながら身軽な動きを駆使して、グリフォンの周囲を飛び続ける。
幾度も彼女を捉えようとする爪先は、常に彼女の数歩遅れた空を斬るだけで、
僅かな掠り傷さえつけることは出来ない。
「っしゃあ!さっさと飛んでみやがれ!」
グリフォンの足元で、鉄槍を巧みに振るうミルド=デリス。
旋風さえ巻き起こすようなその力強い撓りは、体格差を感じさせない程のリルティの力を感じさせた。
狙いの定まらない攻撃先に、逃げるようにグリフォンが翼を広げて滞空する。
トルブジータは左手を掲げる。
魔力を抽出したその動作に応えるように、その手には灼熱が纏い始める。
精緻な魔導が空中で螺旋を描き、空気を圧縮させていた。
俺は合わせて左手を掲げる。
傍にいるテトに一瞥をやり、安心してくれと笑ったな……。
先に得たブリザドの魔石から魔力を出力する。
凍えるような魔力が集中し始めるが、少し離れた位置にいるトルブジータの魔力が心地よく、
そしてすぐそばにいる天使の眼差しがあるからこそ、何も苦ではなかった。
グリフォンが天高く舞おうとしたところで、俺達は互いに腕を振りながら
魔法を繰り出す。
「グラビデ」
マジックパイル。
属性が合わさった合体魔法により、グリフォンを中心とした空間の重力が加圧される。
ズドオオオンッ!
先まで獲物を捕らえようとしていた狩人の体勢は、見る間もなく地へと落ちる。
土埃に塗れた巨体が、再び爪を振るわんと力を込めていた。
「行くぞ!」
合図を皮切りに、4つの影が鮮やかに動く。
戦闘の最中に溜めていた右手の力を一点に集中する。
魔物を中心とした、会心の一撃の場所。
そこは俺には円形に標があるように見え、仲間達とのタイミングが示された絶好の瞬間。
同時に見える、仲間たちの背中。
後ろから見守ってくれる、テトの存在。
必殺技を炸裂させる。
ズドオオオッ!
持ち上げられた巨体は、再び地面へと沈む。
各々武器を持ち、身体を離して笑みを放った。
「ナイス~!最高のタイミングの魔法だったわ!足元掬ってくれてんのも流石!」
「其方の蝶が如く舞、ミルド=デリス史の豪然たる立ち回りが故」
「後方からの支援、んでもって囮役が居てくれるからこそ力一杯武器を触れるってもんなんだよ」
……。
楽しかった。
俺達は、ミルラのしずくを集めるクリスタルキャラバン。
だが、それ以前に、俺は一人の人間として、この旅路を歩んでいた。
使命や義務なんかじゃない。
そしてそんな俺の旅路を大きく彩る仲間達との歩みが、俺の人生に華を添えていて、
俺は幸せだった。
「レビ!」
鍵を精一杯抱えたテトが駆け寄る。
クリスタルゲージを最適な位置に設置する神経の他に、俺達を見守るしかないであろうその眼差し。
それでも、俺達を信じて待ってくれている彼女の声は、俺にとって幸せそのものだった。
「テト、ありがとう」
「お二人さん、まだミルラのしずくは集められちゃいねぇ」
「話しによりゃ、ゴーレムが奥底で護ってるらしいじゃねぇか」
「んじゃあ今度は俺も前出る」
「ミルド=デリス、ラ・セナ。さっきは譲ったが、今度は俺が主役だぜ」
「ざ~んねん。ティダのクリスタルキャラバンの主役の座は、アタシが既に盗んじゃってますんで~!」
「お前は主役って柄じゃねぇだろ」
「なんだよ、うっふ~んって。やばいだろ」
「水門の水って綺麗ね。野菜の水洗いには適切じゃないかしら」
「うるせぇな~!」
「こんだけ魔物が居るんだから、濾過しねぇと危険じゃねぇの?」
「シェラ湖の水質は緻密な計算により、ポンプフラワーが賄れり」
「良き炊出しが望めよう」
「トルブジータさん!?」
あぁ、楽しい。
この光景を、あとどれ程眺めていられるのだろうか。
そう思い、俺の瞳には、こいつらを含めた、身の丈に合っていない未来が映っていたんだと思う。
その未来を見据える中で、テトは我慢の出来なさが浮き彫りしていて、
鍵を器用に持ちながら俺にくっついてきていた。
「……」
「ゴーレム倒して、ミルラのしずくを手に入れたら……」
「手紙書いて、この水で料理しよう」
護るべく今、そしてその先に映る未来。
俺は、完璧であった。
俺にとっての旅日記の終わりが、いいものであると、信じで疑わず……。
剣と彼女の手を握って、俺達はヴェオ・ル水門の最奥地へと向かった。