わったん
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2026/05/25 (月) 21:38:07
―かつての世界―
「……」
懐かしい記憶と共に、懐かしい土を踏みしめる。
手元にはミルラのしずくがいっぱいになったクリスタルケージ。
目の前に広がるのは、俺が想像していた世界ではなかった。
「……」
活気あふれる、人々の声。
修復作業に従事ていることが分かる。
屈強な男達が角材を運び、家々を建てていた。
「わっせ!わっせ!」
「わっせ!わっせ!わっせ!」
端では、弁当を拵えた人達が笑顔で見守っている。
その付近で子供達が奔り回り、快活な声が響き渡っていた。
「……これは……」
ティダの村は、滅んだはず。
俺は帰郷を願ったが、幻想を見せろと頼んだ覚えはない。
ユンフ、お前は都合のいい記憶にすり替えて、俺を夢の中に閉じ込めるつもりなのか。
そんなもんは要らない。
それは希望じゃない。
お前だって俺に紡いだだろう、希望を。
だというのに、お前はなんてことをしてくれたんだ。
俺は、本当のティダの村へと帰り、ケジメを付けて、
死んだ者達の思い出と共に前へ行こうと――。
「ようこそ、光のつどう『ティダの村』へ」
声が響く。
目の前に居たクラヴァットの青年が、目を見据えて俺に挨拶をした。
「――」
「クリスタルケージ、それもミルラのしずくいっぱいの希望――」
「兄さん、もしかしてクリスタルキャラバンだった人か?」
「……」
「俺の婆ちゃんが言ってたんだよ」
「俺のひい婆ちゃんとひいお爺さんが、クリスタルキャラバンだったって」
「今って瘴気が無いけどさ、その時は俺、キャラバンになりたかったんだ!」
「……」
「……」
「……」
「ティダって……言ったか?」
「えぇ?あぁ、そうだよ」
「此処はティダの村」
「瘴気が晴れて、復興中?なんだって」
「――」
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「兄さん、疲れてんだろ。上がって行きなよ」
「村長も客が来たって喜ぶだろうからさ!あ、村長って、俺の婆ちゃんな」
青年が遠くへと走り、角材を運び始める。
「……」
ただ、歩む。
その村を。
「……」
遠くに見える、リルティとクラヴァットの子供達。
模擬戦用の剣と槍でつつき合い、逞しくも愛おしい顔で未来を担っていた。
「……」
木箱の上で身体を揺らす、セルキーの女性。
華やかで、それでいて何処か喧しさもあるような、
心地よい音色で、鼻唄を奏でていた。
「……」
家の前で本を眺める老人。
その瞳は、文字に飢え、知識を蓄える若き闘志でさえあり、
夜空に名を馳せんとするような野望を秘めていた。
「……」
俺は、知っている。
彼らのような人達を。
俺は、紡いできた。
彼らのような人達を。
俺は、俺は――。
「……」
歩む。
村の奥地まで、ただ歩む。
俺の家があった場所。
だが、其処には家など無く、まだ片付けきれていないような端材があるだけだった。
「――」
その奥に見えるミルラの木。
なんともまぁ、皮肉なもんだよな。
俺達が潰えた後に、希望なんざ残っちゃいない村に生えたってんだから。
それで救われたキャラバン達も居る。
そんなふうに割り切れるだけ、俺も風化したのは、ねじれた影響もあるんだろうか。
だが、そんな絶望の地が今、復興し始めている。
言葉で表現する事は出来ない。俺の表情が変わっている感覚も無い。
だが、なんだろうな。
「――」
世界は、俺達を見捨てていなかった。
俺達の死は、決して無駄ではなかった。
そう思うだけでも、救われる気がした。
「……」
嘗て黄金畑が在った場所に足を踏み込む。
此処から見える景色が、俺は好きだった。
アルフィタリア城を見据え、その夕焼けに染まる地平線。
ヴェオ・ル高地から流れる風に頬を預け、そっと笑みを浮かべるあの日々。
……。
ユンフ。
お前は、これを取り戻してくれたんだな。
そして、取り戻した上で、俺に見せてくれたんだな。
「……」
ありがとう。
お前が成した事。
そのうちの一つに、
ティダの村が再び歩み始めた事が出来上がった。
お前は知る由も無く、罪悪感に呑まれるだけかもしれないが、
俺は、俺が救ったお前に、救われた俺が。
「……」
この世界を旅する事こそが、お前の希望を紡ぐことになるんだろうって、思えるようになった。
「……」
「……」
「……」
風が気持ちいい。
そうして陽を眺めていた時。
「其処からの景色は、とてもいいものです」
腰を曲げ、目を細めた老婆が、杖を付いて近づいてきた。
「……この景色は、過去にも幾度も見えたもの」
「アンタが見たのは、つい最近か?」
老婆は小さく笑い、重力に従って首を下げる。
「ここ最近の出来事です」
「いくつもの家を建て直してきた中で」
「まだ、此処だけは手を付けられていません」
「それ故に、いつか家が建った折には、家族と共に眺めていきたいものです」
「……ここは、俺の家が合ったんだ」
「家族も居た」
「そして、未来を一緒に見据える妻と、共に待っていた子も居た」
「……」
「旅を……旅を、終えたのですか」
「……どうだろうな……」
「この新しい世界を見て回って欲しい」
「そう、託されちまった」
「でも、その前に」
「ケジメを付けなきゃならねぇと思ったんだ」
「死した者達の為に、俺を生かせてくれた者達の為に」
「俺を、里帰りさせてくれた奴の為に」
「俺は、また旅をしよう」
「そう、思っている」
「……そうですか……」
「里帰り」
「そうですか……貴方は、帰れたのですね」
「村に、家に、故郷に……」
「……あぁ……」
「でも、変わっちまったよ」
「確かに復興しているかもしれないけれど」
「なんだろうな」
「俺の知っているティダの村ではないんだって思うと」
「何処か寂しい気持ちもある」
「前に進んでいる証であると同時に」
「俺はまだ進めていない」
「だからこそ、一度この世界を見て回った方がいい」
「そんな気がしているんだ」
「……では、私が言える事は」
「行ってらっしゃい、なのでしょうか……」
「……?」
「母が言っていました」
「村から見える景色、アルフィタリア盆地から見える景色」
「その夕焼けに染まる日は」
「雨の時は少し寂しかったけれど」
「今は雨が降っても、綺麗な景色が見えるようになった、と」
「――」
「――」
「――」
――テトの、言葉だった。
「長年、願ってきたことが叶い始めた」
「村の復興は、積年の願望」
「代々紡がれてきた希望の証」
「――」
「黄金畑は無いけれど」
「それでも、この景色は」
「此処からしか見れない」
「――」
「私は、この景色が好きなので」
「――」
老婆が、声を掛ける。
老婆は、その皺くちゃな老婆は。
優しい声で、優しい足取りで、俺の隣まで、
しっかりと、ゆっくりではあっても、力強く歩いてきた。
「お母さんが教えてくれていたこと」
「決して希望を捨てず、諦めない」
「お父さんはきっと、そうしているから、と」
「口癖のように言っていた」
「――」
「いつしか必ず、帰ってくる」
「必ず希望を持ち帰ってくる」
「たくさんの思い出を抱えて帰ってくる」
「里帰りしてきてくれる」
「そう、いつも言っていた」
「――」
「――」
「――」
「お母さん」
「諦めないで良かった」
「生き続けて良かった」
「だって、ミルラのしずくを」
「こんなにもいっぱいの思い出を、希望を持ち帰ってきてくれたのだから」
「――」
「――」
「――」
そうか。
生きて、生きていたんだ。
俺が、俺が間に合わなかったと。
俺に生きて欲しいと願う君達は、
自分達も生きる決心をしていたんだと。
その上で、俺を待ってくれていたんだって。
「――」
「――」
「――」
よかった。本当に、本当に――よかった――。
俺は、帰ってこれたんだ。
君達の元に。
君の思い出の元に。
俺達の希望の元に。
「ホーリー」
「……おかえりなさい」
「お父さん」
「――」
「……」
「――」
「……ただいま」
「…………」
「ただいま……ホーリー……」