カオスドラマX

Gray Traveller / 656

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わったん 2026/05/25 (月) 21:38:07

―かつての世界―

「……」

懐かしい記憶と共に、懐かしい土を踏みしめる。
手元にはミルラのしずくがいっぱいになったクリスタルケージ。
目の前に広がるのは、俺が想像していた世界ではなかった。

「……」

活気あふれる、人々の声。
修復作業に従事ていることが分かる。
屈強な男達が角材を運び、家々を建てていた。

「わっせ!わっせ!」

「わっせ!わっせ!わっせ!」

端では、弁当を拵えた人達が笑顔で見守っている。
その付近で子供達が奔り回り、快活な声が響き渡っていた。

「……これは……」

ティダの村は、滅んだはず。
俺は帰郷を願ったが、幻想を見せろと頼んだ覚えはない。
ユンフ、お前は都合のいい記憶にすり替えて、俺を夢の中に閉じ込めるつもりなのか。
そんなもんは要らない。
それは希望じゃない。
お前だって俺に紡いだだろう、希望を。
だというのに、お前はなんてことをしてくれたんだ。
俺は、本当のティダの村へと帰り、ケジメを付けて、
死んだ者達の思い出と共に前へ行こうと――。

「ようこそ、光のつどう『ティダの村』へ」

声が響く。
目の前に居たクラヴァットの青年が、目を見据えて俺に挨拶をした。

「――」

「クリスタルケージ、それもミルラのしずくいっぱいの希望――」
「兄さん、もしかしてクリスタルキャラバンだった人か?」

「……」

「俺の婆ちゃんが言ってたんだよ」
「俺のひい婆ちゃんとひいお爺さんが、クリスタルキャラバンだったって」
「今って瘴気が無いけどさ、その時は俺、キャラバンになりたかったんだ!」

「……」
「……」
「……」
「ティダって……言ったか?」

「えぇ?あぁ、そうだよ」
「此処はティダの村」
「瘴気が晴れて、復興中?なんだって」

「――」

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  • 657
    わったん 2026/05/25 (月) 21:39:25 >> 656

    「兄さん、疲れてんだろ。上がって行きなよ」
    「村長も客が来たって喜ぶだろうからさ!あ、村長って、俺の婆ちゃんな」

    青年が遠くへと走り、角材を運び始める。

    「……」

    ただ、歩む。
    その村を。

    「……」

    遠くに見える、リルティとクラヴァットの子供達。
    模擬戦用の剣と槍でつつき合い、逞しくも愛おしい顔で未来を担っていた。

    「……」

    木箱の上で身体を揺らす、セルキーの女性
    華やかで、それでいて何処か喧しさもあるような、
    心地よい音色で、鼻唄を奏でていた。

    「……」

    家の前で本を眺める老人
    その瞳は、文字に飢え、知識を蓄える若き闘志でさえあり、
    夜空に名を馳せんとするような野望を秘めていた。

    「……」

    俺は、知っている。
    彼らのような人達を。
    俺は、紡いできた。
    彼らのような人達を。
    俺は、俺は――。

    「……」

    歩む。
    村の奥地まで、ただ歩む。
    俺の家があった場所。
    だが、其処には家など無く、まだ片付けきれていないような端材があるだけだった。

    「――」

    その奥に見えるミルラの木。
    なんともまぁ、皮肉なもんだよな。
    俺達が潰えた後に、希望なんざ残っちゃいない村に生えたってんだから。
    それで救われたキャラバン達も居る。
    そんなふうに割り切れるだけ、俺も風化したのは、ねじれた影響もあるんだろうか。
    だが、そんな絶望の地が今、復興し始めている。
    言葉で表現する事は出来ない。俺の表情が変わっている感覚も無い。
    だが、なんだろうな。

    「――」

    世界は、俺達を見捨てていなかった。
    俺達の死は、決して無駄ではなかった。
    そう思うだけでも、救われる気がした。

  • 658
    わったん 2026/05/25 (月) 21:39:52 >> 656

    「……」

    嘗て黄金畑が在った場所に足を踏み込む。
    此処から見える景色が、俺は好きだった。
    アルフィタリア城を見据え、その夕焼けに染まる地平線。
    ヴェオ・ル高地から流れる風に頬を預け、そっと笑みを浮かべるあの日々。
    ……。
    ユンフ。
    お前は、これを取り戻してくれたんだな。
    そして、取り戻した上で、俺に見せてくれたんだな。

    「……」

    ありがとう。
    お前が成した事。
    そのうちの一つに、
    ティダの村が再び歩み始めた事が出来上がった。
    お前は知る由も無く、罪悪感に呑まれるだけかもしれないが、
    俺は、俺が救ったお前に、救われた俺が。

    「……」

    この世界を旅する事こそが、お前の希望を紡ぐことになるんだろうって、思えるようになった。

    「……」
    「……」
    「……」

    風が気持ちいい。
    そうして陽を眺めていた時。

  • 659
    わったん 2026/05/25 (月) 21:41:19 >> 656

    「其処からの景色は、とてもいいものです」

    腰を曲げ、目を細めた老婆が、杖を付いて近づいてきた。

    「……この景色は、過去にも幾度も見えたもの」
    「アンタが見たのは、つい最近か?」

    老婆は小さく笑い、重力に従って首を下げる。

    「ここ最近の出来事です」
    「いくつもの家を建て直してきた中で」
    「まだ、此処だけは手を付けられていません」
    「それ故に、いつか家が建った折には、家族と共に眺めていきたいものです」

    「……ここは、俺の家が合ったんだ」
    「家族も居た」
    「そして、未来を一緒に見据える妻と、共に待っていた子も居た」

    「……」
    「旅を……旅を、終えたのですか」

    「……どうだろうな……」
    「この新しい世界を見て回って欲しい」
    「そう、託されちまった」
    「でも、その前に」
    「ケジメを付けなきゃならねぇと思ったんだ」
    「死した者達の為に、俺を生かせてくれた者達の為に」
    「俺を、里帰りさせてくれた奴の為に」
    「俺は、また旅をしよう」
    「そう、思っている」

    「……そうですか……」
    「里帰り」
    「そうですか……貴方は、帰れたのですね」
    「村に、家に、故郷に……」

    「……あぁ……」
    「でも、変わっちまったよ」
    「確かに復興しているかもしれないけれど」
    「なんだろうな」
    「俺の知っているティダの村ではないんだって思うと」
    「何処か寂しい気持ちもある」
    「前に進んでいる証であると同時に」
    「俺はまだ進めていない」
    「だからこそ、一度この世界を見て回った方がいい」
    「そんな気がしているんだ」

    「……では、私が言える事は」
    「行ってらっしゃい、なのでしょうか……」

    「……?」

  • 660
    わったん 2026/05/25 (月) 21:45:21 >> 656

    が言っていました」
    「村から見える景色、アルフィタリア盆地から見える景色」
    「その夕焼けに染まる日は」
    「雨の時は少し寂しかったけれど」
    「今は雨が降っても、綺麗な景色が見えるようになった、と」

    「――」
    「――」
    「――」

    ――テトの、言葉だった。

    「長年、願ってきたことが叶い始めた」
    「村の復興は、積年の願望」
    「代々紡がれてきた希望の証」

    「――」

    「黄金畑は無いけれど」
    「それでも、この景色は」
    「此処からしか見れない」

    「――」

    「私は、この景色が好きなので」

    「――」

    老婆が、声を掛ける。
    老婆は、その皺くちゃな老婆は。
    優しい声で、優しい足取りで、俺の隣まで、
    しっかりと、ゆっくりではあっても、力強く歩いてきた。

    お母さんが教えてくれていたこと」
    「決して希望を捨てず、諦めない」
    お父さんはきっと、そうしているから、と」
    「口癖のように言っていた」

    「――」

    「いつしか必ず、帰ってくる」
    「必ず希望を持ち帰ってくる」
    「たくさんの思い出を抱えて帰ってくる」
    「里帰りしてきてくれる」
    「そう、いつも言っていた」

    「――」
    「――」
    「――」

    お母さん
    「諦めないで良かった」
    「生き続けて良かった」
    「だって、ミルラのしずくを」
    「こんなにもいっぱいの思い出を、希望を持ち帰ってきてくれたのだから」

    「――」
    「――」
    「――」

  • 661
    わったん 2026/05/25 (月) 21:46:19 >> 656

    そうか。
    生きて、生きていたんだ。
    俺が、俺が間に合わなかったと。
    俺に生きて欲しいと願う君達は、
    自分達も生きる決心をしていたんだと。
    その上で、俺を待ってくれていたんだって。

    「――」
    「――」
    「――」

    よかった。本当に、本当に――よかった――。
    俺は、帰ってこれたんだ。
    君達の元に。
    君の思い出の元に。
    俺達の希望の元に。

    「ホーリー」

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    662
    わったん 2026/05/25 (月) 21:46:51 >> 661

    「……おかえりなさい」
    「お父さん」

    「――」
    「……」
    「――」
    「……ただいま」
    「…………」
    「ただいま……ホーリー……」