カオスドラマX

Gray Traveller / 670

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わったん 2026/05/31 (日) 21:47:40

都市に染まる

V社での騒動に終止符が打たれてから数日。
エル村、ソル村に訪れた黄金畑の影響は過ぎ去っていった。
製造施設は廃れ、一画に及ぼした被害は大きなものであったが、
都市の雑多に変わりはなかった。
ある人は道端で嘆き、
ある人は巣に入る為に暴動を起こし、
ある人は己の死を受け入れるかのように祈る。
都市らしい普遍的で、不変的な日常。
そして、都市の不純物であった男は、ただ歩むだけだった。
目的も無く、ただただ裏路地を。

「な、なんだよお前……!急に襲いかかってきやがって……!」

裏路地に跋扈するねずみ。
最早相手にするのも馬鹿らしくなる程の力量差の存在が、隘路で後ずさる。
その正面に立っている男は、鋼鉄を片手に携え、催促するかのように手だけを差し出した。

「さっき内臓取っ払ってただろ」
「寄越しな。俺が売り払う」

「と、特色が何言ってんだよ……!」

「俺の事知ってんのか」
「なら話は早い」
「その溢しそうな内臓を見逃す代わりに、俺が誰なのか教えてくれや」

その黄色い双眸は依然変わらず小さな黒い瞳孔を放ち、突き刺すような視線をねずみへと向ける。
対する末端の存在は、ただ己に振りかかる不運を呪うと同時に、
男が示した提示に疑問を浮かべるだけであった。

「何言ってやがんだよ……俺はあんたと知り合った事はねぇよ!」
「特色の一人『透明の軌跡』つったら、誰でも分かるけど、直接のやりとりなんてしたことあるわけねぇだろ」
「なんなんだよアンタの反応は……!」

「伝聞とかねぇのかよ」
「『思い出を探すフィクサー』だったんだろ、俺」
「漠然とだが、下地だけは分かってきたところだ」
「誰と仲良かったとか、そういうのわかんねぇか」

「知らねぇっつってんだろうが!」
「や、やるなら……やれよ」
「この内臓は、お、俺が届けないと」
「捨て犬の奴らに、こ、殺されちまう……!」

呆れたようなため息を一つ。
男は片手で下げていた鋼鉄を肩の位置にまで上げ、
ねずみとの距離を淡泊に詰めていく。

「ひっ……!」

その武器に込められた力は、決して強いものではなかった。
だが、この武器に今まで込められてこなかった無感情。
慈悲の無い一振りをする前兆を既に物語っていた。
そうして都市でよくある光景が振りかかりそうになった時。

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  • 671
    わったん 2026/05/31 (日) 21:50:15 >> 670

    キ ィ ン ッ !

    「……」

    「……」

    慈悲は無い。だが、緩やかでやる気さえ感じられないその一振りに、
    輪を纏った高熱機伝の熱源が受け止めるように答えた。

    画像1

    赤い残像を揺るがしながら、その視線はしたたかなものであった。
    突き刺すような視線は彼を捉えており、だが敵対を意味するものでもなかった。

    「う、うわあああ!!!」

    ねずみは悲鳴を上げながら、裏路地の奥底へと逃げて行く。
    V社も例外なく、数多の事務所が存在する。
    22区で起きた『里帰り』における被害は極小であったものの、
    その影響に於いて無視できない人物が居る事務所がある事。
    それが此処で示された。

    「何者(なにもん)だ、アンタ」

    怪訝そうに目や口を尖らせる灰色の旅人。
    そんな表情の変化に、対峙する男は僅かに視線を揺らし、ため息を深くついた。

    「……」
    「幾分か表情を変えるようになったな」
    「透明の軌跡」

    互いに武器を下ろし、視線を向け合う。
    ヴェルギリウスのその台詞に対し、彼は更に眉を潜めた。
    目の前の者が誰であるか、記憶には無い。
    それ故に、彼の特徴となる赤い瞳。
    そしてその瞳が彼を彼たらしめる物である事が分かる『赤い視線』の特色バッチ。
    彼はその情報を脳内に咀嚼していき

    「……赤い視線か……」
    「特色フィクサーだな」

    答えに辿り着く。

    「……」
    「お前程の人間が、何故自身の方向標を見失ったかは想像さえも拒否する出来事だが」
    「どうやら人をよく見る癖は抜けきっていないらしい」

    「俺の事を知っているようだな」
    「そして、今まで会ってきた奴の中で類を見ない程に強い」

  • 672
    わったん 2026/05/31 (日) 21:52:09 >> 670

    「……ユンフ」
    「何処まで消え、何処まで覚えている」

    「何も」

    「旅日記の余白の事も、もう記憶にないか」

    「言ってんだろ。俺に記憶は無い」

    「お前は一貫して透明であるべきだった」
    「何故都市の色に染まる」

    「俺が都市の人間だから」
    「頭、禁忌、外郭……」
    「漠然と身体が覚えていることはある」
    「だが、倫理観もクソも無い現状が目に入った時」
    「俺は確かに此処に居なかった存在なんだろうなってのは理解した」
    「だが、理解しただけであって、覚えている訳じゃねぇんだ」

    「……」

    「で、赤い視線が何の用だ」

    「俺の事務所、孤児院はこの辺りに構えている」
    「その時、お前の話を耳にした」

    「随分と世話焼きなんだな」
    「俺とアンタはそんなに仲良かったのかよ」

    「……」
    「虚無の旋律、モバイルデッド、8bitタウン、降格急降下席、そして……」
    「コンパスのない兵士」
    「そんな事件を解決してきた仲だ」

    「訳わかんねぇ事件達だ」

    「……」

    俺は世界を蝕む瘴気を払い切ったティパの村・クリスタルキャラバンのユンフだ

    ヴェルギリウスの脳裏に浮かぶ、嘗ての彼の姿。
    あらゆる軌跡を思い出として担っていき、大切に書へと書き綴ってきた彼。
    そんな姿を知っているが故、目の前の存在が過去の事件を蔑ろにしている様を見て、
    ヴェルギリウスは再び、深く、深く長いため息をついた。

    「流れに抗った結果が、今のお前なのか」

    「都市の流れは残酷だ」
    「俺はその流れに抗おうとは思っちゃいない」
    「ただ武器を振るうだけ」
    「そうしてりゃ、自ずと俺が何者だったのか分かってきてくれりゃあなって」

    「……」
    「お前は、『思い出の旅人』として都市に抗うフィクサーだった」
    「透明の軌跡、などと呼ばれたのも、多くの色を背負い、種を蒔き、思い出という花を咲かせたからだ」
    「だというのに……お前の本質は、今目の前に立っているお前そのものなのか……」

    「……俺がどんな人物だったか、教えてくれるのか」

  • 673
    わったん 2026/05/31 (日) 21:52:57 >> 670

    「いや……」
    「興覚めだ」
    「俺が導くには、お前という存在は既に都市に染まり過ぎた」
    「自分自身の方向標を見付ける事の出来ていない人間には」
    「俺の言葉が、俺の示す流れは理解出来ないが故」

    「そうかよ」
    「……さっきのねずみを庇ったのは何故だ」

    「お前自身が示した抗いだ」

    「それを代わりしてくれた、と」

    「もう、その必要も無いことは存分に理解した」
    「それは決して悲劇でもなく、悲観する事も無い」
    「ただ、都市の循環に沈み往く焔が其処にあるだけ」

    「……仲良かったにしちゃあ、冷たいんじゃねぇか」

    「仲良くなろうとしていたのは、お前の方だったからな」

    「へぇ」
    「アンタのような怖いおじさんに、俺が、ね」

    「……」
    「V社は透明の軌跡の本拠地ではない」
    「12区、L社の地こそ、お前がフィクサーとして奔走した本拠地だ」

    「なるほどな、拠点がそもそもとして異なってた訳だ」
    「そりゃあ上辺だけしか知らねぇ奴らしかいない」

    「分かったらさっさと行け」
    「今のお前の姿は、決して愉快ではない」

    「俺の事、吐かねぇと戦う」
    「そう言ったら?」

    「……」

    「は、冗談に決まってんだろ」
    「アンタとやり合ったら、とてもじゃないが勝てる気はしない」

    「……何の面白味もない冗談を……」

    「勝手に失望してんじゃねぇ」
    「俺は俺だ。例え抜け殻であろうとも」
    「今こうして話し、歩き、感情を露呈させている」
    「過去に縋るつもりはない」
    「俺は俺という存在を知った上で」
    「この都市を歩む」

    「……」

    「じゃあな、赤い視線」

    鋼鉄を片手に提げたまま、彼は都市を歩む。
    その背を眺め、一人の特色は心痛なる想いを抱え、
    都市に見えた希望の種の一つが潰えてしまった事に、
    ただ残念で仕方がないと唸った。