カオスドラマX

Gray Traveller / 696

696
わったん 2026/07/19 (日) 22:17:00

走る走馬灯の佇む公園。
其処に潜んだ世界は、喪われた退路。
彼の背中を刺す街灯は、退路を背負った証であり、
其処から溢れ出る罪悪は、ねじれた彼を彩っていた。

『咲いていた花はもう既に無く』
『記憶違いの色彩と共に零に帰納した』
『私が望んだ小さな世界』
『その僅かな世界でさえも、都市では瞬く間に消えていく』
『ならばせめて、私が街灯となり、退路を示さねばならない』
『此処に帰ってくるかもしれない誰かの為に』
『私は退路とならねばならない』
『……』
『透明の軌跡』
『これが、私が此処を離れない理由』
『私の、成したい事だ』

語りを終えた彼の背中で、街灯が揺れる。
揺れる度にチカチカと点滅を繰り返す様は、『此処が退路だよ』と、
そう主張しているかのようにも見えた。

「……」

透明の軌跡は目を凝らす。
その街灯、そして生きた走馬灯の揺れ動きを。
彼もまた、その感情を理解しようと耳を傾け、そして物語を想像した。

「……」

答えを割り切る。
彼の心根に触れる言葉を選び、自身の想いの中であらゆる言葉を切除していく。
きっとこれが、過去の自分が成してきたことだと感じて。
しかし

「……」

生きた走馬灯に投げかけるべき言葉が、透明の軌跡の口からは出なかった。
彼が、都市の人間であるが故に。

都市の流れに抗おうとした生きた走馬灯の過去。
其処に示された結末は、美しい声の誘いであり、自身の利己を見出した上で、他者に流された感情の発現。
その太く、拒絶に塗れた利己の塊に対して投げかける言葉は、
都市の流れに沿って歩む彼には存在しなかった。

もうそこには護るものがないんじゃないか。
公園を見捨てて楽になってしまえばいいんじゃないか。
別に自分のせいではないんだから、落ち込まなくたっていいんじゃないか。
忘れてしまっていいんじゃないか。

透明の軌跡の中で切り捨てられた言葉の羅列は、全て都市から生まれ出たもの。
その中でも前へ進む、自身を表現する為に、誰かの背中を優しく押す世界を、透明の軌跡はもう忘れていた。

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  • 697
    わったん 2026/07/19 (日) 22:17:55 >> 696

    『……』
    『……』
    『……』
    『私は、私の中で答えを得た』
    『その上で他者から投げかけられた言葉に、意味を見出そうと堕落しない』
    『私の世界は、人の足りない世界だ』
    『既に色を失った世界』
    『あるのは、街灯の光だけ』
    『透明の軌跡』
    『貴方には、もう既にないのだろう』
    『過去に刻んできた、軌跡に彩った道が』
    『……』
    『……』
    『……』
    『フッ……黒昼の最中でさえ、貴方は顔を歪めることさえしなかったというのに』
    『是としない感情に阻まれただけで、悲痛を表現するか』

    「……」
    「今、アンタの声を聞いて考えた答えは、全て俺から生まれでたものだ」
    「俺はその思考を決して可笑しいとは思わない」
    「だが、違うんだろうな」
    「その考えに辿り着いた末、この武器を手に取ってアンタを倒す事は」
    「元来の俺ならし得ない物語の結末」

    『では、貴方は何故、その護る意志で紡がれた剣を手に取らないのか』

    「……」

    『質問を変えてみよう』
    『何故、私に言葉を投げかけようと感じた』

    「……」
    「答えに、辿り着かない」
    「俺は、俺には過去が」
    「何もないから」

    自分自身と重ねたねじれに対して、彼が言い出せる答えは全て「これが都市だから」と諦観するものだけであり、
    その全てを否定するには、彼にはなかった。

    思い出が。

  • 698
    わったん 2026/07/19 (日) 22:19:19 >> 696

    『……対話とは、未来に残る過去の残滓』
    『その残滓が人の感情となり、また別の人へと伝播する命の雫』
    『護られるべき尊い行程』
    『貴方に課せられていた使命は、既に曲線を喪っており』
    『私に提示する為の道は閉ざされている』
    『故にこそ、貴方は私と対話するべきではなかった』
    『私を、最初から鎮圧すべきだったんだろう』

    「……確かに、アンタを倒せばそれで話は終わりだ」
    「俺は都市の人間として依頼され、都市の人間としてアンタを始末する」
    「普通の話」
    「だが、これは俺の感覚だ」
    「俺と同じように空虚になったはずのアンタに理解を示せなきゃ」
    「俺はこの先、本当に自分を見付ける事なんて出来ない」
    「だから、俺は対話を選んだんだ」
    「選んだはずなのに」
    「……答えが、出ない」

    『それを成してきたのが』
    『過去を彩る貴方、透明の軌跡だった』

    「……」

    『准えるべき過去は、持つものが提示する記録』
    『それが退路であり、自分自身を形成するものである』
    『思い出を持ちえない貴方が、私に言葉を投げかけること自体』
    『それは時間の浪費に過ぎず、ただ立ち止まるだけの出来事』
    『利口ではない』
    『貴方は、都市の人間であるが故、過去で私を示す事は出来ない』

    「……」

    『見逃すという選択は、そもそもとして存在しないのだろうな』
    『いずれにせよ、私は此処でいつか死ぬ』
    『貴方の手によってではなく、他人の手によって』
    『此処で死に往く事こそが私の望みであり』
    『それが退路を示す事となるのだから』
    『それなら、透明の軌跡』
    『今此処で、貴方が剣を振ろうが振らまいが』
    『結末は変わらない』
    『貴方は、『ユンフ』ではないから』

    「……」

    生きた走馬灯が此処を離れない理由。
    それは自身の退路を護れなかったことに対する罪悪。
    そしてその罪悪から解放される為に、
    自身の成したい事。この場を護る街灯となりながらも、この場で散る事。
    透明の軌跡は、生きた走馬灯が望む顛末に対して、
    示せるものが何もなかった。
    過去も思い出も、何もなかった。
    だからこそ

    「なら……それなら……退路なんかじゃなく」
    「進路を見付けたらどうなんだよ……」

    未来への想いを、吐露する事にした。

  • 699
    わったん 2026/07/19 (日) 22:20:20 >> 696

    『進路……か』

    「都市と向き合うことに疲れて、アンタは逃げる事を選んだんだろ」
    「逃げる事を選び、その逃げ先を喪っちまったから、こうして感情の解れが発生した」
    「その感情が司る彩りを、俺は認識することは出来ねぇ」
    「認識するには、俺には過去が無いから」
    「アンタが示した退路を、俺は持ち合わせていないから」
    「アンタに投げかける言葉の全ては、その過去に想いを馳せてやるにはあまりにも薄っぺらだろうな」
    「でも、だからといって、今を生きる俺が、今を生きるアンタに言葉を投げかけちゃいけないなんてことないだろ」
    「少なからず、今、此処を護ろうっていう意思があって、ねじれてでも生きてんじゃねぇか」
    「死ぬ道しかない退路に縋るのは、その時がアンタにとっての最大の幸福だったからだろうけど」
    「もう訪れもしないその時に身を委ねるのは、死んだも同然だ」
    「それなら、生きてみようって、思わねぇのか」

    『……都市において、生きる事とは苦痛を共にする事』
    『真の意味で生きる事は、今『』が説いた進路にあるのだろうな』
    『絶望に染まったとしても、それでも前を向いて生きる事』
    『だが、そんな器用に生きる事の出来る人間は、『信念』があるはずなんだ』
    『私が掲げた信念は、とても小さく、とても脆い』
    『紙屑のように細かく裂かれた淡い幻想』
    『向かう先も、結局は都市に向き合わない逃げ道』
    『それなら、私は此処を護る街灯となる』
    『退路が、私の場所』

    「……」

    『紡ぐ言葉は借り入れたものではなく、自身から発せられた感情によって生まれた物語』
    『言っただろう。私は退路だと』
    『透明の軌跡。進む為には、過去が必要だ』
    『それは、『貴方』が示した都市への反骨』
    『ならば私は『君』に示すのだ』
    『私が此処に残るのは、私がこの姿になったのは』
    『その過去に縛られるが故であることを』

    「……」
    「……教えてくれ」
    「何故、俺を導く言葉を投げかけるか」
    「アンタはねじれているのに、何故……」

    『この公園に足を踏み入れたのだろう』
    『街灯に照らされているのだろう』
    『此処が、私にとっての『翼』だから』
    『其処に足を踏み入れている君も』
    『私にとっての退路であるが故』

  • 700
    わったん 2026/07/19 (日) 22:21:04 >> 696

    「……」
    「俺が未来を語る事は、空虚だっていうのか」
    「過去を持たないが故、意味がない」
    「アンタに納得の行く答えを示すことは出来ない」
    「俺が思っていた『対話』ってのは、こうも複雑なもんじゃなかったってのに」

    『フッ、透明の軌跡』
    『生まれつきの英雄などいない』
    『それは過去を遡れば、誰であれそうだ』
    『星は常に光り輝いてはいるが』
    『それは遥か昔に光ったからこそそう見える』
    『君は輝こうとしている』
    『今の君を彩る全ては、ユンフが彩った輝きだが』
    『こうして私に対話を持ちかけてくれたことは』
    『君が私に進路(たいろ)を示してくれたからこそ』
    『君だけの星となる』

    「……それでも、納得には至らなかったんだろ」

    『そうだ』
    『そして、こうして対話して行きついた最後は』
    『決まって刃を交える事で終幕する』

    生きた走馬灯の包帯が崩れ、刃の煌めきが霧に反射する。
    両刃に宿るこの場所への守護の想いが、質量となって上げられた。

    『透明の軌跡』
    『君は進むことが出来る』
    『ならば、私は君が進めるように』
    『君の過去を作る』
    『それが、退路となるだろうから』
    『そうしていつか走馬灯のように思い出してくれ』
    『都市の色に染まらないように抗った人間が』
    『こうしてねじれた今も、都市に抗っていることを』
    『自分の中の、"方向標"を定めていることを』

    「……」
    「……」

    その質量を前にして、人は防衛本能を示す。
    それに倣って彼も剣を――

    「生きた走馬灯」
    「それでも、俺は」

    抜くことはなかった。

    「アンタに未来を示したい」

  • 701
    わったん 2026/07/19 (日) 22:22:24 >> 696

    『……』
    『決裂にも及ぶ時間が過ぎた』
    『これ以上、時間の浪費を重ねてどうする』

    「アンタは見てくれたんだろ、『俺』を」
    「俺はユンフじゃねぇ」
    「分かってる。そのやりきれない感情をどうにかしようと、アンタに言葉を投げかけた」
    「透明の軌跡である事を、ユンフを知っていて尚」
    「俺に言葉を投げてくれた」

    『憧れにも近しい感情を、嘗ての貴方に寄せていただけだ』

    「それは過去の透明の軌跡に彩られた感情だろ」
    「だが俺は違う。俺は今を生きる透明の軌跡だ」
    「生きた走馬灯が位置するこの場所、それが小さな翼なんだろ」
    「俺は其処でアンタに存在を認められ、歩み出そうとしている」
    「ユンフは、過去を以てして軌跡を描いたんだろう」
    「なら俺は、未来を以てして軌跡を描きたい」
    「その為には生きた走馬灯」
    「俺はアンタを――」

    ヴォンッ!!

    振り下ろされた刃が、透明の軌跡の足元を砕く。
    無限にも散らばる石畳の素材が、頬を切り裂いた。

    「……」

    『私を救うことは、この場から離れる事を意味する』
    『私は、決して此処から離れたくないが故』

    「……」

    『軌跡の描き方は千差万別だ』
    『それは慈悲にもなり、苛烈にもなる』
    『満たされもしない現実は、時に恐ろしい程に波を押し寄せる』
    『君はその軌跡を描くには、きっと何もかもが足りていない』
    『私を真の意味で背負う事は、君の退路が無くなってしまう』

    「……やろうとしている事は、同じってことか……」

    『君は、私の翼の一部になってくれるんだろう』
    『なら、護りたいじゃないか』
    『ユンフではなく、君というそのものを』

    「……ここで俺が剣を握る事は、それは都市に染まったままになっちまう」
    「それじゃあ俺の軌跡は――」

    『君なら描けるさ』
    『私が灯す街灯を、君は見る事が出来た』
    『かつてユンフが描いた軌跡にも無い、私の街灯を』

    「……」

    『始めようか』
    『この戦いは、決して哀しいものではない』
    『及落が決まらない内に、この場所から逃げるんだ』
    『今日、誰も泣かなければ、それでいい』

    「……」
    「……あぁ」

    振るわれる両刃に応えるように、
    透明の軌跡は剣を抜いた。

    702
    わったん 2026/07/19 (日) 22:23:27 >> 701

    理解し合う事は出来なかったんだろうか。
    俺はただ、アンタが過去に縛られてこの場所を離れられずにねじれてしまったって言うから、
    無責任にはならないように、言葉を考えて未来を提示したつもりだった。
    それでも、アンタには刺さらなかったんだろ。
    あとは都市らしい解決の仕方をすればいいって。
    あぁ、それでいいはず。
    それでいいはずなんだ。
    だが、何故俺はその流れに沿わなければならない。
    俺が示した未来への軌跡は、生きる事そのものだ。
    あとはアンタが俺の手を取ってくれればよかったはずなのに。
    俺には何が足りなかった。
    アンタの何を知り得なかった。
    ユンフなら、どう諭した。
    俺は、何故、言葉を紡げない。

    『やはり、特色だな』
    『それは君の力だ』
    『紛れもなく、君自身の力』

    「……」

    『私に手を掛けてくれたのが、君でよかった』
    『……退路は、前にもある事を教えてくれた』
    『なら、君は思うがまま、進路に向かえばいい』

    「……」

    『どうか、御無事で』

    都市に生を授かってから、敵対するものや、
    今後の支障に来す者、あとは被害に直結する気に入らない奴は、殺してきた。
    だからだろうな。
    俺が今手に掛けたこの物語は

    「……」
    「……」
    「……」

    俺の感情に、『過去』というものを、強く突き刺してきた。