彼が指さした方向を見ると、
窓越しに滑走路へと緩やかに着陸していく1機の航空機が見えた。
…S-47ナイトオウル。
科学者が道徳的な観点と引き換えに作り上げた、
チェコ最高にして最悪の戦闘機。
「畜生が!」
そう言って手を放し、このバカな研究者を椅子に落とすと
彼は研究室から出ていった。
ミラン・ヴォカールが滑走路にたどり着いたとき、
既に彼女… ラトカ・マトウショヴァーはS-47から降りていた。
見た目に似合わない耐Gスーツを着込み、片手でヘルメットを抱えて。
「やあ」
「あ、ミランさん。
またデータ収集ですか?」
「いや… ちょっと体調を聞きに来ただけだ。
どうだ、大丈夫か?」
そう聞くと、彼女は笑顔で答えた。
「ちょっと疲れたけど… 全然大丈夫。
あと2回ぐらいは飛べるかな」
「そうか」
…あの航空機を3回も飛ばせるなんて、
とても正気じゃない。常軌を逸している。
彼は再びそう思い、そして今や
何としてでも彼女を地上に降ろそうとしていた。
「なあ…
正直な話、この飛行機を飛ばしてみてどうだ?」
何かネガティブな反応を示したら、
即座に上に報告する。そのつもりだった。
「楽しいよ」
「…ぁ?」
その予想外の回答を聞いて、変な声が出る。
一方で、彼女は相変わらず笑顔でしゃべり続けていた。
「とっても楽しいの。
あの飛行機を自由自在に飛ばしてると、
まるで羽が生えたような気がして」
「だが―」
(その飛行機は、人殺しの道具なんだぞ?)
…そう言おうとした時だった。
通報 ...
アグレッサー部隊の塗装を施した1機のS-25と4機のS-35が、
曲技飛行隊のそれを超えるレベルの
完璧な編隊飛行を行いながら上空を通り過ぎていく。
「…なんだありゃ?」
垂直尾翼には、吹雪の中を飛ぶ隼のマークが書きこまれている。
どこかで見たような気がするが…
何なのか全く思い出せない。
「おい、何やってるんだ!」
声のした方向を見ると、
短機関銃と防弾チョッキでフル武装した人員を乗せたジープが
こちらに向かって走って来ていた。
多分彼女の護衛兵だろう。
…そろそろ戻らないと不味そうだな。
「じゃ、また」
そう言って、彼は再び職場へと戻っていった。
「さよーならー」
彼女はそれを見送ると―
先ほどやってきた兵士たちに振り向いた。
「えーっと… 何の用ですか?」
彼はこの男たちを護衛兵だと思っていたが…
実際には全く違っていた。
「…チェコ空軍の者だ」
「え? どうして軍の人が?」
「うちの飛行隊との演習に付き合ってもらうだけだ。
安心しろ、数十分で終わる」
ミラン・ヴォカールが研究所に戻ると、
同僚のシルヴェストル・ドピタが興奮した様子で話しかけてきた。
目を輝かせ、片手には雑誌を抱えている。
「おい! すげぇのが来たぜ!」
「なんだよシルヴェストル、そんなに興奮して。
彼女ならもう数日前に来てるぜ」
全く… いったい何を見たんだ、コイツは?
「いや違うんだよ、さっき飛んできた飛行機の事だ!」
「飛行機? 確かにチェコ空軍の機体だったがな…」
「見たほうが早い! ほら、とにかくこれを見ろ!」
「全く、そんなことで驚く… な…」
そう言ってこの同僚が見せてくれたチェコ軍の広報紙を見て、
彼は絶句すると当時に先ほど飛び去って行った
機体の事をようやく思い出した。
…第8航空師団第28教導戦闘飛行隊ノーイースター、
チェコ最高の練度を誇る航空隊の一つ。
「リーダー機と飛行する最高練度の4機」との
キャプションを付けられて写っていたその機体は、
先ほど見た物と全く同じものだった。
一方その頃、ラトカ・マトウショヴァーは
チェコ陸軍のジープに押し込められて
研究所まで全速力で運ばれて行き、
その建物の一室へと放り出されていた。
最初は訳が分からなくて目を白黒させていたが、
目の前に見知った顔があることに気づくと
彼女は途端に落ちついた。
「あ、マルツェル・クバーセクさん。
久しぶりですね」
「やあ、ラトカ君。
早速だが、君にとって残念なお知らせがある」
「…え?」
予期せぬ言葉を聞いて、
額から冷や汗が出てくる。
「君を打ち負かしに来た」
「ど、どうして…」
混乱している彼女を気にしないのかのように、
彼は涼しい顔でしゃべり続ける。
「はっきり言って、私の判断は間違いだった。
君が墜落するか実務を始める前に、
絶対に飛ぶのを阻止しなきゃならない」
「で、でも、私は…」
そんな彼女を落ち着かせるように、
彼は笑顔で言った。
「…どうしても飛びたいというなら、
私を撃ち落としてみろ。
ああ、もちろん演習での話だが」
「…いいんですか?」
それを聞いて、彼はすぐさまテーブルの上に置いていた
パイロットヘルメットを持って
部屋の外へと出ていった。
「行くぞ、弟子ども。仕事だ」
その時、彼― マルツェル・クバーセクは、
かなり簡単な仕事になるだろうと思っていた。
なにせ、相手は実戦経験もない新人なのだ。
…だが20分後、彼はあと一歩のところまで追い込まれていた。
(馬鹿な)
最高クラスの練度を持っていた僚機達は、
全員が意気揚々とドッグファイトで突っ込んでいった。
…それが間違いだった。
重力を無視したかのような敵機の機動に
僚機は善戦したものの次々に撃墜されていき、
今や飛んでいるのはマルツェルとラトカのたった2機だけだった。
ヘッドオンしているため、ブーメランを2枚重ねたような
彼女が乗っている機体のシルエットがはっきりと分かる。
「ミサイル、ミサイル―」
機体に搭載されている警報装置が鳴り響くと同時に、
両者の機体は猛スピードで交差した。
直後に両者とも撃墜判定を食らう。
(…相打ちか)
(もしかしたら、今回ばかりは
友人に頼った方がいいかもしれんな…)
そう思いながら、2機の戦闘機は
スピードを下げながら滑走路へと戻っていった。
そして滑走路へと降り立った後、
また― 彼は、電話で友人を呼びつけることになったのである。
「もしもし、フランチシェクか?
ちょっと野暮用に付き合ってくれ」
友人… フランチシェク・グロシェク。
もう一つのエース航空隊である
第28航空団第36戦闘飛行隊スコールの隊長。
ミラン・ヴォカール
研究者の一人。今回の計画には反対している。
リボル・シミーチェク
研究者の一人、この計画の最高責任者。
マルツェル・クバーセクの友人。
世界最高クラスの航空工学を有するイカれた男。
エスコン3のサイモン・オレステス・コーエンみたいな奴。
シルヴェストル・ドピタ
研究者の一人。航空機大好き人間。
ラトカ・マトウショヴァー
諸々の条件を満たしてしまった上にヤベー研究者に合ってしまったせいで
S-47ナイトオウルのパイロットに選ばれたかわいそうな子。
でも本人はまんざらでもない。
ベトナム戦争時のエースパイロットであるボリス・マトウシュの孫。
マルツェル・クバーセク
第8航空師団第28教導戦闘飛行隊ノーイースター隊長。
エスコン0のディトリッヒ・ケラーマンと7のミハイを足して2で割った人。
マルツェルの僚機ども
あまりにも奇っ怪な見た目の敵機を見て
「あんなんすぐに落ちるだろ」と思ったのが運の尽きだった。
フランチシェク・グロシェク
第28航空団第36戦闘飛行隊スコール隊長、
マルツェル・クバーセクの弟子兼友人。
エスコン0のジョシュア・ブリストーと6のイリヤ・パステルナークを混ぜ、
そこに無政府主義を足した男。でも意外とまとも。
ガタガタ
ひどい!非人道的!!!()
人の心定期()
人の心はいいのですが、機体性能的に怖いですね()
信じられるか、元ネタ の方が非人道的なんだぜ()
まあどのみち操縦できる奴が現状一人しかいないので、コイツはそのうち名目上は破棄扱いとされて極秘裏にどっかへ保管される事になります