まだ考えない人(チェコ)
副管理人 d0070d6c48
2025/09/03 (水) 21:45:17
8月26日、海南島東方市。午後3時。
空に多数の黒煙と発煙手榴弾のカラフルな煙が立ち上る中を、
4機の戦闘ヘリコプターが全速力で飛び去って行く。
「こちらオスカー・ワンより全機、
目標イザベルまでの回廊を一気に制圧するぞ!
全機突入しろ!」
30mm機関砲と80mmロケット弾を屋上に備え付けられた
粗末な対空陣地に叩き込みながら、
高速で味方と逃げ遅れた避難民が立てこもる地点へと
救難ヘリの為のルートを高速で確保していく。
前からは重機関銃の曳光弾や
対戦車ロケット弾が飛んできていたが、
一つも命中するものは無い。
「こちらオスカー・ツー、
前方に広場… いや、目標アンヌ=マリーを確認した。
SAMやSPAAGは見えないが、その代わり多数の人影が展開してる」
「オスカー・ワン了解。
ロケット弾を片っ端から叩きこんで―」
次の瞬間、広場から数本の煙が
一斉にこちらに向かって飛んでくる。
「緊急回避!」
チャフとフレアを撒きつつ180度反転して退避するが、
すぐ近くで1発の対空ミサイルが爆発する。
破片がコックピットに突き刺さり、
ほぼ全体に網目状のヒビを発生させた。
「こちらオスカーワン、被弾した!
これより退避する、2番機が今後の指揮を担当しろ!」
しかしそんな事をしている暇もなく、
さらに多数の曳光弾が周りから飛んでくる。
「ああクソ、回避、回避!
…オスカー隊より本部へ、
目標アンヌ=マリーに多数の敵対空火器が集結中!
MANPADSと対空機関砲の簡易的な奴だ、地上の部隊に対応させろ!」
ミシン目の縫い目のような対空砲火を潜り抜けながら、
低空を高速で這うように退避していく。
戦闘から既に1日が経過していたが、
依然として包囲が解ける様子はなかった。
通報 ...
「こちらオスカー7、目標アンヌ=マリーを目指して北上中」
上空を2機の戦闘攻撃機が飛び去ってゆく中、
チェコ海兵隊の機械化歩兵分隊が
たった一台のOT-95装甲兵員輸送車を盾にして進んでいく。
「いいか、俺たちはこれから救難ヘリの道を切り開くために
敵の対空陣地を制圧する!死んでも任務を遂行しろ!」
そう血気盛んな分隊長が叫んだ。
片手でアサルトカービンを持ち上げ、
さながら古いベトコンのプロパガンダのような形相である。
「前方に交差点だ!
ポイントマンと選抜射手は先行して安全を確認しろ」
「了解」
煙幕手榴弾を投げ、お互いにお互いをカバーしながら
2名の兵士が少しずつ手ごろな遮蔽物に向かって前進していく。
敵影がいないことを確認してハンドサインで部隊に前進指令を出し、
装甲車と随伴兵達がゆっくりと移動を開始したその瞬間だった。
「売国奴を殺せ! 」
その声を合図とし、ほぼ全ての窓から一斉に銃火が開かれる。
装甲車に多数の7.62mm弾や9mm弾が命中し、
火花を散らしながら銃弾をそこら中に跳ね返していた。
「制圧射撃! 1時方向の白い奴だ!」
その言葉を言い終わらないうちに装甲車の12.7mmRWSが火を噴いた。
建物に多数の弾痕が空き、割れた窓ガラスが地面に落下していく。
「歩兵は対戦車特技兵を制圧しろ!
装甲車を失うと、徒歩で歩く羽目になるぞ!」
擲弾手が割れた窓ガラスの中にグレネードランチャーを叩きこみ、
続いて煙幕を貼って建物の近くにある遮蔽物へと分散していく。
「小銃手はあの建物を制圧しろ!行け!」
分隊長がフルオートで突撃銃を撃ちまくりながらそう叫んでいた。
「突入準備!」
そのまま建物の壁に首尾よく張り付き、
ドア越しに内部へと銃弾を叩きこんだ。
続いて銃痕で開いた穴から内部へと手榴弾を投げ込む。
短く敵兵の叫び声が聞こえてきた後、すぐに爆発が起きた。
「いいぞ!そのまま行け!」
強引にドアを蹴り破り、
3点バーストで制圧射撃を行いながら
建物の内部を迅速に制圧していく。
銃声が途絶えた後には
いくつかの民兵の死体が転がっていた。
全員がポケットに弾薬を突っ込み、
粗末な武器を持って息絶えている。
海南軍の悲惨な現状を表すような姿だった。
「装甲車に戻るぞ。早く敵陣を制圧しなきゃならん」
「ええ」
「時間の遅れを取り戻すぞ!
お前ら装甲車の上に載れ!」
そう分隊長が命令すると、
側面に付けられたスラットアーマーを梯子代わりにして
分隊員が次々とAPCの車体の上へと乗り込んでいく。
全員が乗り終わると、装甲車が再び移動を再開した。
道路はどこもかしこも荒れており、
おまけに大破した車両もいくつか転がっていたが
どうにか前進することはできる。
乗り心地は最悪だったが、それでも歩くよりははるかにマシだった。
「各自警戒しろ。どこに敵がいるか分からんぞ」
「この市街地でですか?
近距離ならともかく、遠くから斜線が通るとはとても思いま―」
…そう言い終わらないうちに、
どこからか一発の銃弾が車体に命中した。
「敵の狙撃手だ! 不味いぞ!」
そうAPCのドライバーが叫ぶ。
「どうするんですか、隊長!?」
「止まっても的になるだけだ! 走り続けろ!」
「畜生!」
そう言われて、自棄になった運転手はさらにスピードを上げて走りだした。
一応狙撃は止んだが、その代わりに更なる問題が前から迫ってくる。
「前方から― いや、前方の交差点に敵車列!テクニカル3台!」
「各自適当に撃ちまくれ! 通過できりゃそれでいい!」
兵員を満載した1台の小型トラックと
無反動砲を乗せた2台のテクニカルを横から一方的に撃ちまくる。
先行していたテクニカルの運転手が撃ち抜かれ、
そのままコントロールを失って電柱に衝突した。
しかし車列は止まるそぶりを一切見せず、
むしろ逆にスピードを上げてどうにか衝突を回避しようとしている。
「ああクソ!衝突するぞ!」
「知るか! 衝撃に備えろぉ!」
装甲車は強引に軽トラックを弾き飛ばし、
そのまま全速力で前進していった。
その後も目標地点に向かって無茶苦茶に進んでいき、
敵の銃弾が飛んでこなくなったところでようやく停車する。
「おい、お前ら生きてるか!?」
そう聞いて分隊員がどうにか返事をしようとしたが、
出てきたのは力のないうめき声だけだった。
「この程度でへこたれるな、救難部隊が来るまであと10分だぞ!
もたもたしてると作戦がすべてお釈迦になる!
…総員降車だ、敵陣地をぶっ潰しに行くぞ!」
どうにか立ち直った分隊員たちが装甲車から降り、
弾倉を装填してもたつきながら展開していく。
敵の対空陣地まではほんの少しだった。
「今度はT字路か。何もないといいがな…
ポイントマンは角から向こうの安全を確認しろ」
そう言われたポイントマンが発煙手榴弾を投擲した瞬間、
T字路の奥から重機関銃による無茶苦茶な射撃が始まった。
「敵の機関銃陣地!射撃音から見て12mm重機だ、
こっちのAPCの装甲を貫通できるぞ!」
射撃音は途切れることなくぶっ続けで続いており、
12.7mm弾によって向こうに停車していた軍用トラックが
穴あきチーズのような有様になっていく。
そんな弾幕の横で分隊員たちは装甲車の陰に隠れて
敵の弾切れを待っていた… はずだった。
「また足止めを食らう訳にゃいかん!
俺について来い、出来るだけ早くあの陣地を制圧するぞ!」
分隊長がそう叫びながら敵火点に向かって手榴弾を投げる。
その様相を見て他の分隊員たちが一歩下がった。
「下手に飛び出すと蜂の巣にされますよ!
どうやるんですか!?」
そう選抜射手が必死に説得を試みたが、
分隊長は大声で全員に指令を出している。
止められるものは誰もいなかった。
「機関銃手と擲弾手は窓に向かって牽制射撃し続けろ、
奴らに一発も弾丸を撃たせるんじゃない!
それ以外は俺と敵陣地を制圧する!」
そう言われた二人が角から急いで射撃を開始した。
火点周辺に大量の7.62mm弾と数発の40mm擲弾が命中していき、
一時的に敵からの射撃が止まる。
それを見た分隊長が即座に煙幕手榴弾を投げて突入していった。
「ぶ、分隊長を死なせるな! 続け!」
負けじとほかの分隊員達も全力疾走で付いていく。
命がけで壁まで到達したのもつかの間、
すぐに分隊長がドアを数ミリだけ開けて部下にまた命令を下す。
「古典的なワイヤートラップがあるぞ、
誰か銃剣でコイツをたたっ切れ!
こんなもんとっとと蹴散らして突入しろ!」
「了解しましたぁ!」
小銃手がドアの隙間から銃剣を突っ込み、
ブービートラップのワイヤーを切断した。
続いて内部に手榴弾を投げ込み、爆発とほぼ同時に突入していく。
内部に敵はいなかったが、
分隊長は即座に天井を打ち始めた。
「銃弾が貫通してるぞ、
奴ら床に簡易的な防弾措置をし損なったな!
お前らフルオートで撃ちまくれ、
1マカジン使い切っても構わん!」
そう言われて、全員が急いで天井めがけて
フルオートで銃を乱射し始める。
いくつかの銃痕から血がしたたり落ちてきた。
「いいぞ、戻って敵対空陣地の制圧に…
いや、このまま2階を確認するぞ。
そこから砲撃要請をできるかもしれん」
二階に上がると、そこにはいくつかの死体が転がっているだけだった。
「死体しかありませんよ。どうするつもりです?」
「窓だ、反対側の窓を見ろ!
そっから敵の対空陣地が見えるかもしれん!」
そう言われて選抜射手が窓から向こうの景色を見ると、
確かに向こうに敵の対空陣地が見えた。
対空機関砲が空に向かって盛んに弾幕をぶっ放し、
時折対空特技兵がMANPADSをどこかに向かって射撃している。
「正面からまともに撃ち合ったら一瞬で撃ち負けるぞ…
おい、レーザー標準機を使え!
速く152mmをぶち込んで奴らを沈黙させろ!」
「了解!」
そう言って、一人の兵士が窓を開けてそこから
レーザー標準機を敵の対空陣地に向かって照射する。
その要請が砲兵陣地に伝わるまで1分もかからなかった。
チェコ軍の野戦砲兵陣地には、12門もの152mm榴弾砲が展開していた。
あちこちに空薬莢が散らばり、無線からは砲撃要請が飛び交い、
付近では弾薬を乗せた補給トラックが盛んに動き回っている。
そんな中で、砲兵部隊は飛び込んできた砲撃要請をきっちりこなした。
「砲撃だ!
座標チャーリー・オスカー・デルタ、弾種誘導榴弾! 復唱!」
「座標チャーリー・オスカー・デルタ、弾種誘導榴弾!」
「撃て!」
一斉に放たれた12発の誘導砲弾は、
目標に向かって一直線に飛んでいった。
あちこちに飛び交う対空砲火を片っ端から抜き去りながら
広場の全てを覆い尽くすように空中で着弾し、
展開していた対空陣地を一瞬で消滅させる。
対空機関砲やMANPADSが誰かの腕ごと空中に向かって吹き飛んでいった。
その光景を見て誰もが歓声を上げていたが、
それよりもはるかに大きい声で分隊長が叫ぶ。
「おい!救難部隊が上空を通過するまであと何分だ!?」
それに答えるように、
大型ヘリの騒々しいローター音が
すぐ近くまで迫ってきた。
「どうするんですか分隊長!?
もう救援部隊は目と鼻の先です、
このままだと無線連絡する前に彼らが引き返していきますよ!?」
それを聞いた分隊長は10秒ほど考え込み、
そして大声でこう叫んだ。
「フレアだ、フレアを使え!緑色の奴だ!」
それを聞いて、二人の兵士が即座に発煙筒を取り出した。
空に向かって緑色の煙が立ち上っていく。
上空に展開していたヘリ部隊が目と鼻の先まで近づくのと、
緑色のフレアが上空へと立ち上っていくのはほぼ同時だった。
「目標アンヌ=マリーに信号を確認!
作戦は続行、作戦続行だ!」
分隊のすぐ上を何十機もの大型輸送ヘリが通過していく。
その中の一機に載っていたドアガンナーの一人が、
身を乗り出してこちらに親指を立てていた。
「…とりあえず、これでひと段落付いたな。
それで、海口にはいつ行くんだ?」
「すぐって訳にはいかないが…
その時が来たら、また焼き尽くさなきゃならん」
「ああ… そうだな」
「その時が来たらな… その時が」
→Dust to Dust/塵は塵に