ベトナム戦後とその後
トマス・ハリス『レッド・ドラゴン』(1981)読みおわった。ハリス作品を最後に読んだのが10年前だが、このまえ、『ブラック・サンデー』(1975)が、「ベトナム帰還兵がテロを起こす」スリラーの先鋒としてここ、ハサウェイを読み直す参考になりそうと思って再読もしたんだった。それは、今はあまりない。
『ブラック・サンデー』読んでもわかるが、1970年代にベトナム問題は社会問題としてアメリカ国内では衆知で、それは新しい問題でない。それに喚起して「ベトナムでトラウマを負って殺人鬼になる」のような、ベトナム発パターンの読み物がこの頃に量産されるんだろうと思い、その流れに興味なのだけど、そのことはわたしはあまり知らない。バナナフィッシュみたいなのか。
しかし、政治的な勝敗など関係なく、戦場から帰ってきた兵士たちにとっては、生還を祝ってくれる親族、仲間がいることが命を賭けたことの代価になるのだ。
それは、アメリカのベトナム帰還兵が、湾岸戦争の兵士たちがニューヨークで凱旋パレードをしている光景を見て『俺たちもこれが欲しかったんだ』と呻いた例を取りあげるまでもない。
率直な祝福は、人にどれほどの勇気を与えるか。生命をなげうっても良いと思わせるか。……
(オーラバトラー戦記9 1991.10)
このようなエピソードの例は、『「人殺し」の心理学』(デーヴ・グロスマン,1995 安原和見訳1998)に多く載っている。それは富野より押井守の参考文献の先頭に挙がっていたが、押井作品の話は今しない。
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上の本などは、帰還兵や戦争傷痍者の社会的支援のような目的や、軍人の使命を伝える意図があって書かれているが、もちろん小説家や漫画家や映画監督にそんな使命感はない。そちらは、「劇中、興味深い人物をつくるための刺激的でリアルな動機のサンプル」が興味。