かとかの記憶

アケローン民話 / 20

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katka_yg 2026/05/21 (木) 02:31:16 修正

ポセイドンの使い

地球塔が巨大なコロシアムになり、誰もが闘争を遊戯として熱中していた頃のこと、下層階の街に一人の若いミサイリストがいた。心の正しい若者で、ミサイル製造の才能に恵まれ、本当ならスペシャリストになることもできたであろうが、貧しさのためにゴート協会に納める上納金もまかなえず、世の中の有力な人々に縁故を求める伝手もなかった。

毎日の暮らしの糧を得るため、若者は傭われてマフィアの主催する地下のミサイル試合のための娯楽用ミサイルを作っていた。コロシアムで行われるビッグ・ゲームでは、戦士達は戦いを勝ち抜けば、やがてオクタビー伝説のようにあらゆる願いを叶えるとも歌われる。地下のミサイル試合はそうした夢やロマンとは無縁に、ただスリルと金を賭けての賭博である。無法な爆撃の応酬がくり返される中でも、若いミサイリストの作るミサイルはできるだけ無関係の市街に被害や汚染を広げないよう発射されたから、常に派手な破壊のみを求めている観客にとって、地下試合での彼の人気も奮わなかった。

ミサイルの技術に自負を持ちながら世に出ることはできず、無為に才能を埋もれさす日々に、若者も気持ちを燻らせてはいた。八百長試合でない、本当の闘いがしたかったし、一発で一つの文明を滅ぼす本物のミサイルを作り上げ、誰もを見返してやりたいと思わぬわけではなかった。そんなある夜、若者の貧しいラボに見知らぬ客が訪ねてきた。十字の飾りのついた覆面の紳士は、海洋都市からの使いと名乗り、伝説のエウテルペ人のような古風な話し方をした。

ガレージの灯の下で使者は語った。海洋都市ポセイドンでは優秀なミサイリストを求めている。都市の中枢制御体である巨大コンピュータは幾千世紀もの稼働を経て狂気に陥り、いまや市民一人ひとりの生まれて死ぬまでを鉄の規律に抑えつける暴君として振る舞うに至った。自由を求める人々はコンピュータ、ポセイドンへの反抗を試みたが、ポセイドンは古代の超科学による異次元の障壁に守られ、それに対する有効な兵器をもたない。ポセイドン破壊を可能とするのは、銀河神話の悪魔のミサイルのみ。そして、悪魔のミサイルを作り得るミサイリストは、この宇宙で現在、ただ一人しかいないというのである。

聞かされる話は荒唐無稽で、途方もない物語にもかかわらず、若者の気持ちは動いた。海洋都市の人々は厚い待遇を約束してくれた……だが、報酬や称賛が目的ではなかった。――私はいままで、自分は孤独な人間だと思い続けていたが、遠い海洋都市にも私を知ってくれている人々がいた――旅立つ理由は、それだけで十分に思えたのだ。

海洋都市にラボを移したミサイリストは、その地の社交界に迎えられて大いに名を知られ、もてはやされることになった。当時気鋭の科学者達とも交流ができ、乞われて講演を行ったりもするにつけ、彼自身の自尊心も大いに満たされた。都市の中枢コンピュータ、ポセイドンの実体は通常、都市の上空、宇宙空間に存在しているが、年に一度のメンテ祭りの日には大気圏に向かって降下を始める。攻撃のチャンスはこのときである。ただし、ミサイルの誘導に際して衛星をはじめ、一切のコンピュータネットワークを介してはならぬ。これは必ずやポセイドンに察知されるためである。すなわち、ミサイル自体の自律的な予測判断に頼まねばならぬが、それには高度な知性プログラムが必要だ。おおむねそうした議論が交わされたが、若者にはノーストリリアの古文献にもとづく自信があった。試すべき秘訣は全て分かっていると思った。

発射の日、ガレージに完成したミサイルの下で、ミサイリストは自分の子供と語り合う気持ちで作品と向き合っていた。そのミサイルがどのような外観、形状をしていたかは知られていない。(臆説するところでは、それは人の形をしていたともいわれる。)やがて降下してくるべき標的について、ミサイルはすでに全てのことを知っていた。発動を意思し、エンジンに点火した瞬間、それはガレージから忽然と飛び去り、ふわりと微風のような浮遊感だけを残して消えた。無限の紆余曲折をたどって因果の隅々に設けられた障害をくぐり、標的の存在の根源にまで突入、もろともに爆破し、過去現在未来にいたるあらゆる時空から消滅した。制御体ポセイドンは無に帰し、海洋都市の人々は解放された自由を喜んだ。

若いミサイリストは海洋都市を去り、その後の消息を絶った。その後、しだいに判明してきたことは、破壊された制御体ポセイドンは本物ではなく、ダミーであり、それは真のポセイドンを封印するために設けられたカウンター装置であった。封印を解かれたポセイドンは真に悪魔的本性を表すことになったというが、そうした顛末はミサイリストの若者にとって、どうでもよかった。ミサイルに知性を与えるとき、ミサイリストはその意識体に己の魂を吹き込むという。自分自身の分身、わかり合う友、恋人ともいうべきミサイルを爆破したミサイリストは深く心傷つき、パイプを埋めて出家したのちは、ミサイルを弔いその供養に生涯を費したという。本当のことはわからない。ミサイリストの心の底を、誰が知っていようか。

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