橘花も超重戦車(マウス?)も実機・実車が飛んで走ってんねん。対してこのホリは模型位で実車のじの字も出来てない絵に描いた餅だから非難轟々だって散々やいのやいのしてきたのにまだそんな寝言言ってんのかと。これが許されんだったらドイツにE−50くれよ、各国になんかよくわかんねぇお隣のwikiで史実欄空白のまま数年の絵餅戦車くれよってな。おいおい夏休み此処に極まれりだなこりゃ……
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橘花も超重戦車(マウス?)も実機・実車が飛んで走ってんねん。対してこのホリは模型位で実車のじの字も出来てない絵に描いた餅だから非難轟々だって散々やいのやいのしてきたのにまだそんな寝言言ってんのかと。これが許されんだったらドイツにE−50くれよ、各国になんかよくわかんねぇお隣のwikiで史実欄空白のまま数年の絵餅戦車くれよってな。おいおい夏休み此処に極まれりだなこりゃ……
こいつはmaiの捏造戦車だぞ?模型もクソもないわ
マジ?モックアップ写真も捏造か。ほんま日陸ツリーの癌だなコイツ
まあ無事切除されるんだしめでたしという事で
先づ前提として、私は先に述べたる通り、獨逸國の諸計畫車輛も亦た實裝すれば宜しいと考へてゐます。君が言ふ通り、かういふ車輛があるからこそ、他の國にも終ぞ完成せざる機體を實裝しなければなりますまい。それから私は此處に於ては、諸君らが未成の車輛を一律排斥してゐることに問題提起をしてゐるのであつて、この『試製五式砲戰車ホリ量産型』が果して完全に捏造されてゐるものなのかどうかについては論じてゐないのです。少くとも試作型の仕樣が計畫案として大日本帝國の頃より存在してゐることは、認められますけれども。
然りと雖も、君の意見には誤謬が有りませう。
抑も私は、「實在してゐる車輛が、實際の通りに動かぬこと」を看過してゐるにも關はらず、「實在してゐない車輛」といふものを等しく却下する姿勢を問題としてゐるのです。譬へば、砂漠を驅けてゐるマウスは「實在してゐる車輛」なのでせうか。到底さうではありますまい。
にも關はらず、『陣風』『試製五式砲戰車試作型』といつた諸車輛は、實際に車輛が完成してゐないからと、「リアルに基づかない」とだけ述べて憎惡の對象にして了ふ。であれば、マウスが不整地を驅けたり、橘花が砂地から離陸してゐたりすることにも、同樣に「リアルに基づかない」と修正を要求しなければ、それは矛盾してゐるでせう。史實と甚だ合致しない擧動は、最早架空と變はらない。私はさういふことを述べてゐるのです。
ごめん。読めねぇ...なんか自分が日本人として劣っている気分になる...
Twitterでもそうだけど、この手の旧かなづかいとか古い文体を使いたがる人たちはだいたい人に読みやすい文章を書こうという気がなく、旧かながなんかかっこいいと感じて使っているんだろうなと思っているので正直あんまりいい印象がない。ていうか、ゲーム中の各車両・機体の挙動のリアリティはゲーム性と関わる部分なんだから、ある程度リアルじゃなくなってしまうのはしょうがないでしょ。マウスが不整地に入った途端身動き取れなくなってJ抜けする以外になくなったり、橘花が砂地の飛行場にスポーンしたらその時点で離陸不能になるようなゲームがやりたいってんなら話は別だけど。そこを理由にして架空の戦車や機体も実装しろってのは、是非はともかくとして理屈としておかしくない?架空兵器も実装してほしいなら「架空兵器も実装できるよう基準を変えてくれガイジン!」とだけ言えばいいものを、こんなまどろっこしい文体で長々と主張する必要なんかどこにもないよ。
因みに五式砲戦車のモックアップ写真や図面自体は実在するのよ。問題は件のお騒がせ野郎が捏造したスペックや生産実績を出した事でね。因みに、主砲だけは完成してるぞ。
まア、文体の指摘は是則ちアドホミネムの論法であるからして、此處では捨て置きませう。
さて君、私の書きたる主張は目を通して頂けたでせうか。此處に於て、『マウスが不整地に入った途端身動き取れなくなってJ抜けする以外になくなったり、橘花が砂地の飛行場にスポーンしたらその時点で離陸不能になるようなゲームがやりたい』とは一言も述べてをらぬ。諸君らは「リアル」といふ言葉を恣意的に運用してゐる、と述べてゐるのです。
先づ前提として、私は
い:計畫のみで實在しない機體は「リアル」ではないので實裝してはならないと述べてゐる、つまり存在の有無といふ史實を重んじてゐる。
ろ:にも關はらず、實在こそすれ甚だ擧動が「リアル」の範疇から逸してゐるものは看過してゐる、つまり擧動の正確さといふ史實を輕んじてゐる。
といふ諸君らの態度を指摘してゐるのです。
さて、此處に一つの客觀的事實を置いてみませう。
は:「リアル」の範疇から甚だ逸脫して動く諸機體は、最早「史實に存在してゐた機體」と同一の存在ではない。是則ち、實質的には「架空機」に相當するものである。
以上の事實から、存在のリアルを極めて重んじてゐるにも關はらず、擧動のリアルを甚だ輕んじ、機體そのものの有無に拘泥するのは明確な二重基準である、といふ結論を導き出し、是を問題として提起してゐるのです。
枝<惑星みたいなゲームシステムでもうちょいペーパープラン機とかもいるゲームやりたいよね、E-50とかそこら辺がMBTよろしく爆走してる姿は見たいコテハン+旧文体みたいなのを不特定多数の場で書く時点で地雷なのは確実
文体を指摘することが人格攻撃になるの?いったいどういう理屈で?木主の思想や容姿を攻撃したわけでもないのに?まして木主は自ら「発議者」と名乗って議論を起こしているにも関わらず、他人にとって読みづらい文章を書いている時点でそこは批判されてしかるべきでしょう。議論をするつもりがあるのか、あるいは自身の考えを受け入れてもらおうという気があるのかを疑問に思われたとしてもやむを得ないのでは。
そして私の主張を言い換えると、「不必要に不快なゲームにならないよう、ゲーム性に関わる部分についてはリアルすぎないようにする」ということと「ゲーム中に実装される車両・機体の史実性を重んじる」ことは両立するし、前者に立脚して後者の基準を批判する論法自体がおかしいでしょ、という話。
「挙動の正確さという史実を軽んじている」のは当然で、そこを追求していったら、前述の通りマウスは不整地にめり込み橘花は未舗装の飛行場から離陸できなくなってしまう。だからそこはみんな快適なゲーム性のために妥協しているし、ガイジン側もわざわざそういう方向性の調整を入れたりはしない(戦車の砲身に当たり判定を追加してはどうかという提案が過去にあったが、ガイジンはそれを却下している)。
ところが木主は「あなた方は挙動のリアルさを軽んじているにも関わらず、実装基準についてはリアルさを重要視している!おかしい!」と言ってるわけだ。そりゃそうでしょ?ゲーム性を捨ててまでリアルな挙動をわざわざ求めたりなんてしないし、そういう人はWar Thunderじゃなくてもっとシミュレーション寄りのゲームをやる。実装基準に関してはガイジン自らが定めてるんだから、その基準をちゃんと守ってくれよ、基準に合わないホリなんか実装すんなよってみんな文句を言ってる(言ってた)んでしょ。これはあなたの言うリアルさが云々とはまったく論点が違う話だし、「ゲームとしての楽しさを求めること」と「ガイジン自ら設定した実装基準の遵守を求めていくこと」は両立するよね?違いますかね?何しろあなたの文章が死ぬほど読みづらいので、もし私が誤読していたらすいませんね。
先づアドホミネムとは、論議に於て主張の外に在ることを批判する論法であるからして、「あなたの文章が死ぬほど読みづらい」「旧かながなんかかっこいいと感じて使っているんだろうなと思っているので正直あんまり~」という部分は、明確にアドホミネムの定義に該當するものでせう。トオン・ポリシング、と言つても適當だ。
さて、君は擧動の再現と、ガイジン社の實裝基準は異なる軸にある概念だ、と述べてゐますけれども、抑もガイジン社は長年に亘り、調整といふ名目で計畫機を實裝してゐます。敢へて提示せずとも知つてゐるでせうが、君の言ふ『妥協』といふのは已に、實裝基準にも適用されてゐるといふことを、如何考へてゐるのでせうか。片方の軸を「仕方がない」と肯定し、片方の軸を「許してはならない」と否定するのは奇妙だ。
さて末尾で懸念してゐる通り、君は誤讀をしてゐる。抑々私は、コミユニテイの風潮に對し『問題提起をしてゐる』のです。つまり、ガイジン社の基準に對して意見しているわけではありませぬ。ガイジン社の搖れ動く基準に對し、利用者の論調は「擧動云々は妥協するけれども、計畫機の實裝には妥協できない」といふところに偏つてゐると考へたからこそ、それは二重基準であらうと述べてゐるのですよ。まア、先に述べた通りであるからして、今一度讀み直し給へ。
もう一度書きますが、「コミュニティの風潮に対して問題提起をしたい」のであればなおさらみんなに読みやすい文章を書くべきであるにも関わらず、それに反するような文体を使うのは矛盾していませんか?私を含む大多数の人々にとって、現代ではほとんど使われることのない文体が読みづらいのは至極当然です。また、もしあなたが本当にコミュニティの風潮を変えたいのであれば、そもそも日本語限定のwikiではなく公式フォーラムなどに書き込むべきだと思いますが、あなたはそこでも英語ではなく、この文体で通すんですか?それじゃ誰も読みませんよね?あなたは本当にその文体でコミュニティの風潮を少しでも変えられると思っているんですか?
ところであなたは「ガイジン社の基準に対して意見しているわけではない」と書いていますが、
「私はある程度リアリステイツクであれば、かういふ計畫にあるのみの機體も、どんどん實裝に踏み切つてくれたらと思ふのです。(中略)かうした有り得たやもしれぬそれを操ることにこそ、『シユミレエタア』としての愉悅がありませう」
「先づ前提として、私は先に述べたる通り、獨逸國の諸計畫車輛も亦た實裝すれば宜しいと考へてゐます。」
私はこれらの文章を「ガイジンは架空兵器も実装できるように基準を変えるべき」という趣旨だと読んだし、だからこそ以前のコメントで「架空兵器も実装してほしいなら『架空兵器も実装できるよう基準を変えてくれガイジン!』とだけ言えばいいものを~」と書いたんですが、これも私の誤読ですか?
そしてこれもまたもう一度書きますが、私が言っているのは「挙動のリアルさを妥協している」という点を論拠とするあなたの論の立て方がそもそもおかしいという話です。根本的にゲームというバーチャルな空間である以上、どうしたって完璧にリアルな挙動を再現することは不可能なんだから、そこを許すも許さないもないし、リアルだけど不愉快なゲームをわざわざ遊ぶ人だってほとんどいない。にもかかわらず「挙動のリアルさは妥協しているのに架空兵器の実装に強硬に反対するのはおかしい、二重基準だ」という論の立て方をされたら、そりゃゲームなんだから前者に関してはどうしたって妥協せざるを得ないでしょ。そこを妥協しなかったらゲームとしてはクソつまらないんだから、そこを軸とされたらなんでもかんでも二重基準になってしまう。私個人としてはガイジンの基準が変わろうが変わらなかろうがどうでもいいし、今の実装基準があいまいだろうが全く気にしていませんが、ただ「ゲーム上の挙動がリアルじゃないことを許容している」という点を人質にとって実装基準との二重基準を批判するのは不誠実でしょって話。
まさにあなたの言う「寧ろ、かういつた遊びの本懷は『リアリステイツク』の追求にあつて、『リアル』の再現ではないのでは」です。
仮にあなたのいう二重基準を受け入れるとしても、やはり自分は「そこは両立したっていいでしょ」と思っている派ですが、まあそこは完全に考え方が違うようなのでいくら議論しても永遠に交わらないでしょうね。
先づ、君は猶も誤讀をしてゐる。私は『今や架空機を扱ふのも興趣や道理が有らう』といふ唯の主觀を述べ、それから諸君の言ふ「リアル」の曖昧な基準に對し問題提起をしてゐるのです。
つまり、ガイジン社に對し基準の變更を求めるといふ論旨ではありませぬ。曲解である。典型的なストロオマンの論法だ。
さて君の反論は、私の述べた二重基準を旣に證明するものではありませんか。
君は『擧動』は仮想だから妥協して當然だと言つてゐる。それは君の思ふ楽しさの爲に、史實から乖離することを認めることでありませう。
他方で、『實裝基準』は、架空機があると氣に入らぬからと、頑なに妥協を許さず、他者が提唱する楽しさ、乃至はそれが齎す利益を全て無視し、史實から乖離することを認めない。
要するに君は、「己の許容できる妥協は『仮想だから』と肯定し、許容できない妥協は『リアルではない』と叩く」といふ、身勝手な「リアル」といふ概念の定規の伸縮を行つてゐるに過ぎない。雙方は等しく、史實からの乖離を招くことであるからして、兩者は對等に檢討されるべきであらう、と思ふわけです。さう主張するからこそ、先づ敢へて私は『架空機の實裝に贊成する』と唯の主觀を述べたまでのこと。何故、君はそれを實裝基準に對する、ガイジン社へ宛てた意見表明と曲解するのでせうか。
本題の論理に於て破綻してゐるにも關はらず、『文體が讀みづらい』と、議論の外側にある事象へ逃避し續ける態度は、最早反駁に窮してゐる姿にしか見えませぬ。己の論理の矛盾を直視されては如何でせうか。
文章が読みづらいのはこの際もうどうでもいいんだけどめちゃくちゃ長いから格納してくれない?そもそもここは問題を提起する場所じゃなくて車両のコメントを書き込む場所なんだからフォーラムでその語り口で日本語コミュニティの場所に書くか英語で本来のスレッドに書き込んだら?
ドイツの計画車両が実装されるとしたらそれはガイジンの実装基準が変わらない限りは実現しないんだから、実装基準の変更を希望しての文章だと考えるのがそれほど曲解だとは思いませんが、まああなたがそう考えてないのは理解しました。しかしあなたもまた誤読している、というか、本当にコメントを読んでいますか?
「それは君の思ふ楽しさの爲に、史實から乖離することを認めることでありませう。」
違います。そもそもその史実における挙動とやらをどう設定し、どう再現するかが根本的にゲーム内では難しいんだから、妥協するも何も再現不能だよね?と言っているんです。それは私の楽しさがどうとかの主観的な問題ではなく、根本的にゲームとして再現できない面がどうしてもあるんだから、そういうところはガイジンの匙加減で仮想のものとして実装されざるを得ないですよね?
例えばBf109F-4の上昇率は高度〇m気温〇℃湿度〇%風速・風向がこれぐらいの場合にこれくらい、旋回率は高度〇m気温〇℃湿度〇%風速・風向がこれぐらいの場合にこれくらい、燃料のオクタン価、プラグの摩耗具合などなど、あらゆるパラメーターを設定したとしましょう。しかし、そのパラメーターは本当に必要か、あるいはもっと必要なパラメーターが欠けているのではないか、そしてそれらすべてをゲーム上で再現したとして、それは本当にリアルなのか?=実機の挙動に近いのか?ということは誰にも検証しようがない。どこまでが必要なリアリティで、どこからが不要なリアリティなのかも人によって変わるでしょう。だからガイジンは実際にわかっている実機のカタログスペックなどをある程度参考にしつつ、ゲームバランスも加味しながら架空の挙動をゲーム上で作り上げているわけです。
ではそれは「挙動のリアリティを妥協している、あるいは妥協しているガイジンの姿勢を許容している」ということになるでしょうか?私はならないと思います。なぜなら完全な挙動のリアルさなんて技術的に再現不能だから。どうあってもプレイヤーはガイジンの匙加減を大なり小なり受け入れざるを得ないし、それはプレイヤー個人が許容するだの史実からの乖離を認めるだのという話ではない。WTに限らず、ゲームである以上はどうあっても越えようがない壁です。
あなたのいうダブスタは、私(もしくはコミュニティ)が「挙動のリアリティを妥協している、あるいは妥協しているガイジンの姿勢を許容している」のだ、という点に立脚したうえで「ならばなぜこと実装基準に対しては頑なに妥協を許さないのか」と、実装基準に対する姿勢とのダブスタを批判しているものと思いますが(誤読だったらすいません)、「挙動のリアリティ」という基準があいまいで技術的に実現不可能なことは認めるも認めないもないんだから、そんな無茶苦茶な点を軸にしてダブスタだと主張されたらたまんないよ、って言ってるんです。その論理の立て方がおかしくないですか?という話で、私はこの話を一番最初のコメントから一貫して続けています。挙動のリアリティだとかややこしいことを言わず、「どうせトンチキゲーなんだからトンチキ兵器が実装されたっていいっしょ!」ぐらいの話だったら私も同意できたと思いますが。
「他方で、『實裝基準』は、架空機があると氣に入らぬからと、頑なに妥協を許さず、他者が提唱する楽しさ、乃至はそれが齎す利益を全て無視し、史實から乖離することを認めない。」
違います。もう一度言いますが、少なくとも私個人は架空兵器が気に入らないとか一度も言っていませんし、私の論点はそこではありません。個人的な意見を言うなら、ゲームバランスを著しく崩すようなものでなければ実装してもいいんじゃないの?とは思っています。もちろん架空兵器を実装するなという人もいるでしょうから、実装基準を変更するならガイジンがコミュニティに対してきちんとその旨を提案し、熟議の末に行われるべきものでしょうね。
「『文體が讀みづらい』と、議論の外側にある事象へ逃避し續ける態度は~」
「お前の文体が読みづらいから!」とだけ言ってたら逃避と言われてもやむを得ないですが、私はちゃんと反論しています。むしろあなたこそ、あなたの言うコミュニティへの問題提起はその読みづらい文体で達成されるんですか?という私の問いかけに対して一向に回答していませんよね。あなたが本当に問題提起をしたいんだったら公式フォーラムにだって投稿できるはずですが、その時は英語で書くんですか?それともその文体のまま投稿するんですか?本当に人々に広く呼び掛けたいんだったら、TPO(特にO)をわきまえた書き方が重要だとは思いませんか?難しい文体だけどきっと読んでくれるはずだ、という読む人へのあなたの甘えに過ぎないのではありませんか?あなたは書くにも読むにも大して苦労しないでしょうが、読まされるこちらは読解のための時間を余計に要するんですよ。現代の日本語が使えないわけでもないでしょうに、わざわざそんな文体を使う理由は何なんです?
君の言ふところは、要するに『擧動の非現實は技術的な限界で、架空機の實裝は規則性の話だ』ということであらう。故に二重基準では無いといふことであらうが、それは詭辯だ。先づ君の言ふ『摩耗が云々』は論點を矮小化させてゐる。私が言つてゐるのは譬へば砂漠を驅ける超重戰車といふやうな、明らかな「リアル」からの乖離である。それは技術的な問題ではなく、唯の遊興としての調整であり、史實に對する妥協である。つまり、コミユニテイの風潮は概してそれを看過してゐるのに、他者が提唱する、遊興をより好くする爲の架空機の實裝は、ガイジン社の基準だと權威に阿つて、本質はどちらも遊興としての調整であるといふのを意圖的に無視し、檢討の俎上に持つて來やうとしない。抑もガイジン社の基準が搖れてゐるといふのに。さて、それは二重基準だと述べてゐる。加へて言へば、君自身が架空兵器を容認してしまつてゐるではないか。旣に君は、私の問題提起に對する反論の根據を自ら放棄してをり、最早私と論爭する道理すら失つてゐる。論理に窮し、唯だ文體に嚙み付いて管を卷くのみであれば、以後は默殺させて頂く。
私は一番最初のコメントから一貫して同じことを言い続けていて、それでもどうしてもあなたが理解してくれないようなので徐々に文章量を増やして可能な限りわかりやすく説明したつもりだったのですが、あなたのコメントの1行目を読んだ瞬間に「あっこの人まだ理解してないやん」と気づいて愕然としました。「架空機の実装は規則性の話だ」なんて趣旨をいったいどこから読み取ったんですか?「故に二重基準ではない」なんて主張も一切していない。
こんな文体を使っておきながら読解力はないんですね。私はあなたの論理の立て方を批判しているのに、あなたは私が架空兵器を認めない人間であるという前提でずっと話を続けていて全く話がかみ合っていないんですが気づいていますか?本当に私のコメントを読んでいますか?おまけにいつまでもコメントを格納しようとしないし、あなたの文体に対する私の疑問にも答えてもらえない。あなたがその文体にこだわるのと同じくらい、あなたがなぜその文体を使い続けるのか知りたいとこだわるのは許されないことですか?まあこれ以上コメ欄を汚すのも申し訳ないしこれっきりにしましょう。言葉が通じるのに話が通じないとはこのことだなとしみじみ実感させてもらいました。
気に食わないならブラウザバックすればいいじゃないか、何も目くじら立てることもあるまい。なんか煽りカスが居ついた感じするな最近。なんでも夏休み夏休みって言えばいいって思ってるのダサい
全く関係ないんだけど,「拘らず(かかわらず)」を「関わらず」とするのは現代では誤りとされているけど,昔は「關はらず」としても問題なかったの?