カオスドラマX

Gray Traveller / 434

434
わったん 2025/12/21 (日) 21:20:58

警報の鳴り響くL社。
収容室の並ぶ廊下を駆け抜ける。
赤色灯が、廊下の黒を無遠慮に切り刻いていた。
その狭間には幻想体と相対する、逃げ惑う、蹲る、多くの職員が入り乱れていた。

脱走。
幻想体複数。
鎮圧失敗。

アナウンスや近場の職員が呟く内容からして、L社の状況は芳しくなかった。
廊下の奥、悲鳴と金属音が重複する。
幻想体が一体、職員を壁際に追い詰めていた。
パニック状態の職員は指示を聞かず、ただ引き金を引き続けている。

「申し訳ない、通ります」

速度を落とすことなく、鋼鉄を抜く。
通り過ぎ様、最小限の動作で幻想体の動線を断ち、
衝撃音が廊下に反響する頃には、すでに背を向けていた。
今は職員の安否を確認するときではない。
彼は歩を進め続けた。


―中央本部―

「ありがとうございます、ユンフさん……」
「でも、まだ他の部署が!」

疲弊しきった表情の奥に、死にたくないという願望を象った瞳。
アーリンは傷だらけの身体を支えるように立ち上がりながら、
中央本部で既に還った卵達に一瞥をやった。

「中層及び下層の鎮圧は粗方片付いています」
「上層に集中した幻想体及びパニック状態の職員については、L社の職員の方々でも対応可能のはず」

「……っ」
「それでも、上層の状況に乗じて、下層の幻想体が再脱走する可能性も……!」

「アーリンさん」
「貴方達のチーフにお会いしたいんです」

「その前に全幻想体の鎮圧を……!」
「そうしないとアイツが!!」

先までの疲弊が嘘のように、切迫した皺が彼女の顔を表現する。
相対するユンフは、鋼鉄の背に戻し、その言動を冷静に凝視していた。

「最高危険ランクの幻想体を一人で鎮圧」
「業務に於いても脱走をさせない」
「中央本部のチーフ」
「そんな人が、この状況で何もしでかさないわけがない」

アインが施したL社の混乱。
彼はその行動の本質に、オーウェンと邂逅出来る可能性を秘めている事を理解していた。
それはつまり、この地獄の状況を制圧してはならない事。
地獄でしか会えない事。
そうすることでしか、彼らは繋がる事がない事。
そして、その地獄を決して野放しにするような男ではない事。

「アーリンさん。貴方達の大嫌いな人に会いたいんです」
「何処に居るか……見当がついているんじゃないですか」

その現実を打ち崩す事の出来ないもどかしさを秘めながら、彼は再び問う。

「……」
「アイツを……あのバカの事、絶対に護ってください……」

「勿論」

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  • 435
    わったん 2025/12/21 (日) 21:21:28 >> 434

    廊下の中央、収容室の前。
    此処に来るまでの間に、幾度も幻想体、そして混乱に陥った職員を相手取り、
    彼は先まで忙しなく動かしていた脚を止めていた。
    懐の指輪から鼓動を感じる。
    この逸る気持ちを一刻も早く収めるべきだと感じると同時に、
    何処か、懐かしい、原初の感覚が、彼に安堵を与えていた。
    扉を開ける。

    ―逆光時計 収容室―

    古いぜんまい仕掛けの機械。
    本体の中央部には4つの真空管があり、本体右部にはねじ巻きが付いている。
    3つの真空管には光が宿り、その4つ目の空白に何かを埋めんとする意志があった。
    だが、その幻想体に対する所感よりも、彼にとってはまず

    「よう」

    一寸先の暗闇さえ、己の手で熾した光で包み込むような、
    決まりきった未来にさえ抗い、己を確立させていくような、
    自分という存在を築き上げたような、
    決して一言で表す事の出来ない存在の放つ一言に、
    ただただ、辿り着いたかのような感覚を覚えた。

    「……オーウェンさん……」

    436
    わったん 2025/12/21 (日) 21:22:42 修正 >> 435

    画像1

  • 437
    わったん 2025/12/21 (日) 21:23:17 >> 434

    青く長い髪。
    決して崩すことのない自信気な笑みと、その傲慢さを象徴とする歯。
    中央チーフである証の腕章に、覚悟の決まった出で立ち。
    オーウェンの姿が、其処に在った。

    「俺の事を嗅ぎまわっている特色ってのはお前のことだろ」
    「ったく、随分と男前じゃねーの」
    「俺にそっちの気はねぇんだけどな」
    「だが、俺は男女関係なく引き寄せちまう男……」
    「ったく、俺という存在そのものがALEPH並に危険――」
    「いや、魅力的って話か?ったく」

    「ガンパウダー工房フィクサー、ユンフです」
    「ここのどの幻想体を相手にするよりも、貴方を探す方が手間だったよ」

    「だぁーっははは!」
    「おまけにユーモアもあんのかよ!お前最っ高だな!!」

    片目を塞ぐように手をあて、収容室全体に響き渡る轟音を口から発する。
    小さく呼吸を整える音を交えながら、オーウェンは細めた瞳でユンフを見る。

    「一方的に俺を知ってんのはなんでだ?」
    「俺は確かに最高にカッコいいし、べらぼうに優しいし、信じられん程に美しい」
    「都市に名が売れてても不思議じゃねぇな。頭も俺の事をきっと都市の星座にしようと躍起になってたはずだ」
    「それどころか外郭にオーウェンタウンを作ったって可笑しくねぇ」

    「L社の物語における不純物である俺が此処に誘われた要因であり」
    「そして、貴方の祖父の、聞いても居ない願望を、俺が目に焼き付けに来たからだ」

    懐から遺品を取り出す。
    その二つの指輪。刻まれた名と、その銀に輝く生前を物語る傷。
    オーウェンはそれを目にした途端、吊り上がったような口角を僅かに緩めた。

    「……リバーには会ってねぇんだな……」

    「案内してくれますか?」

    「無理だよ。わかってんだろ」
    「俺も訳わかんねぇんだよな~……俺が幾度も経験してきた道程」
    「このL社という中での檻」

    「時の――時空の牢獄」

    彼の発言に、オーウェンは「わかってんじゃん」と感心しつつ息を吐く程度に笑った。

  • 438
    わったん 2025/12/21 (日) 21:23:40 >> 434

    「ハムスターみてぇに永遠にぐるぐる回ってんだよ俺」
    「だが時に、俺というハムスターは腹が減ったから餌を食いに行くんだ」
    「気に入った餌がある。それは走り終えた後にとっておきたい大切な餌」
    「だから大事にしまっておこう」
    「大切な餌を守った時、俺の目の前は再び回る滑車の中で走り回る視点に移る」
    「また腹は減る」
    「大事な餌だ。またしまう」
    「また滑車に戻される」
    「一生進めない」
    「気が狂って、大事な餌を食う事にしたんだ」
    「そしたらどうだ?俺は自分の脚で、再び滑車に戻る」
    「戻れちまったんだよ。俺がつまんねぇ意思を捨てた途端にな」

    「……」

    「大事な餌はもう戻ってこない。そう思ってたらどうだ?」
    「普段通りの顔して戻ってきやがる。俺がどれほどの苦悩を以てしてその選択をしたとしても」
    「その日は繰り返され、取りつかれたように俺はただ滑車を廻す」
    「今もそうさ。俺の大事な仲間が居るこのループ」
    「きっとこれが最後だって思ったら、透明の試練とかいう訳わかんねぇ、今まで経験したことのない……」
    「明らかにイレギュラーな世界が舞い込んできやがった」

    「……この滑車は、『シナリオ外』のもの……」

    「そうだ。俺の奔る今は、ぜってーにあのクソAIがまた丁寧に戻すんだろうな」
    「……久々に会えたループだった」
    「いやぁ~、あいつら――」
    「……」
    「でも、代わりに、俺を支えてくれる別の仲間が今は居ねぇ」
    「どっちも取りたいのに、どっちも頬張りたいのに」
    「俺はどうしようも出来ねぇ」

    「オーウェンさん、俺には――」

  • 439
    わったん 2025/12/21 (日) 21:24:00 >> 434

    「お前はL社の不純物として認識してて、ここの時空が可笑しい事が分かってる」
    「それも爺さんの指輪を持った外部の人間」
    「……そうか。お前未来の時空から来たろ」

    彼の語りを遮るように、オーウェンは言葉を紡ぐ。

    「……」
    「断定は出来ない」

    ユンフはただただ曖昧な返答を口にした。
    L社の顛末を知る彼は、その結末に繋がる彼らそのものに未来の話をすべきではない。
    答えを直接伝える事は決して無く、その旅路に僅かな希望を以てして、彼は真剣な表情でその意思を伝えた。

    「正直碌な結末になんねぇことだけは分かってんだけど」
    「まぁそうだよな。それが最もスマートで平等な返答だ」
    「……聞きたい事があるんだろうけどさ」
    「その前に一ついいか?」

    「勿論」

    「爺さんは元気だったか?」

    「貴方達の帰りを待っているよ」

    「優しいなお前」
    「同時に自分に対して残酷すぎんだろ」

    「俺の思うカッコいいってこれなんだよ」

    「ひゅ~~!いいねぇ、俺が言ってたら周りの連中は黙ってなかったろうな!」
    「……そうだな、お前はきっと、爺さんのことを導いてくれたろう」
    「礼はしねぇとな。俺というナイスガイはいつだって他人の恩義に尽くすのさ」
    「長話だよな?」

    「口下手なので、短く話せる自信はないかな」

    「OK、じゃあ特色っつーその実力」
    「そしてお前の瞳から発せられる異常なまでの信念に免じて」
    「俺のお供を赦してやる」

    オーウェンは幻想体のぜんまいに手を掛ける。
    その意味を知る由はなかったが、ユンフはその行為を受け入れるように身体の力を抜いた。

    「あーあ」
    「……また、これかよ……」
    「アーリン、ハリー、フランク」
    「……愛してるぜぇ……」

    屈託なく切なげな笑み。
    そんな遣る瀬無い表情を作りながら、オーウェンは逆行時計に光を灯した。
    4つ目のランプに数字が浮かび上がる。
    その時計は、収容室だけではなく施設全体を包み込むようにして輝き

  • 440
    わったん 2025/12/21 (日) 21:24:20 >> 434



  • 441
    わったん 2025/12/21 (日) 21:24:47 修正 >> 434

    「……」
    「久々だな。これ」
    「ユンフ、意識あるか?」

    鋼鉄を手に掛け、ガチャッという音で合図する。

    「さてさて、それじゃあこれから俺達はとんでもなくカッコいい存在になるぜ」
    「なんつったって、さっきのアラートは無かったことになったからなぁ」
    「その無くなった分が何処に来るか」

    悲鳴の聞こえないL社。
    代わりに鳴り響くは、数多の幻想体の悍ましい音。
    薄暗く、電力を含めたインフラ全てが停止したL社の世界。
    それは、クリフォト抑止力が喪われたL社。

    「前の俺はどうだったかな~」
    「結果はもう朧気だが、あれを周りに見せたら惚れ直しただろうぜ」
    「ったく、俺っつーE.G.Oの扱いに長けた職員だからこそ出来た芸当だったっつーのに」
    「お前が混ざったら俺の専売特許がなくなっちまうぜ~ったく」

    互いに収容室を出る。
    その薄闇の奥底から見える眼光は、一方的な殺意を持った怪物が多く潜む事を示唆していた。
    そんな絶望的な状況下、二人は背を互いに預けるように、互いに反対へと歩む。

    「大事な話ってのは、全部終わった後にしっぽり語るってのがかっけぇのさ」

    「……話の続きは、此処の全員を寝かせた後でいいんだよな」

    鋼鉄を抜ききる。

    「出来るか?」

    十字架の表面、棘の冠を被った頭蓋骨のメイスを抜き取る。
    互いに駆け出すその瞬間

    「貴方探す方が手間取ったって言っただろ」

    「口下手ァ~~~!」

    なんてことのないやり取りを残し、二人は幻想体の群れへと駆け込んだ。