―ファム大平原―
7年目の旅路の終盤。
ミルラのしずくを蓄え、ティダの村に帰郷するまでの経路。
それは俺とミルド=デリスで馬車を引く、朝番の日だった。
朝晩とは云えど、まだ朝の光が届く事はない未明。
だがそれでも、夜明けが近いことは、星々の並びと空の色、それと鼻をかすめる朝の匂いでわかった。
耳を澄ませば微かに、小川のせせらぎの音がした。
「ねみぃ~……」
「右に同じく……」
毛布を外套のように羽織る俺とミルド=デリス。
ぽつぽつと歩きながら、パパオパマスの足取りに異常が無いかを確認する。
普段であれば野営をして一晩を明かすのだが、
今年の旅は思いのほか苦戦してしまい、帰郷するまでの期間が長くなってしまった。
皆が眠る馬車を激しく揺らさず、尚且つ少しでも早く帰ろうとしていた。
ミルラのしずくの供給が遅れれば、それは俺達の生きる術が無くなることを意味する。
だがそれとはまた違った、帰らなければならない理由があったんだ。
「あと5回の夜明けで暦が変わっちまうんだな」
年越しの宵が近い事。
生きてきた今まで、新しい年の夜は家族と過ごしてきた。
それは普段から変わる事のない、当たり前の日常だと思っていたが、
今年はその日常に罅が入りそうだったんだ。
「手紙で『間に合わなかったら悪い』って事は送ったから」
「……まぁ、間に合わなくても仕方ねぇかなとは思うよ」
村人のままだったら考えもしなかっただろうな。
だが、クリスタルキャラバンはそうはいかない。
故郷の命運を左右する旅の途上にあるキャラバンは、ミルラのしずくを手に入れるまで、そう簡単に帰るわけにもいかないから。
どんなに家族のもとに帰りたくとも、歩みを止めることはできなかった。
「毎年の契りなんだろ?だったらちゃんと毎年やんねーと」
「契りって程、堅苦しいもんでもねぇの」
「そういうもんかね」
「まぁ、受け入れなきゃならねー事象ってのは生きている限り舞い落ちてくるもんだからな」
「あんま気負いすぎんなよ」
「……ミルド=デリス達は大丈夫なのかよ」
「確かに暦の明け方を家内達と過ごせないのは俺様としちゃ痛手だわな」
「だが、そういう時もある。そう割り切る」
あいつが何気なく言った、励ましの一言だったんだろうな。
だが、俺にはどうしても悲哀の一端にしか聞こえず、歩きながら俯いた。
「……なんか悲しくなんねぇの、そういう考え方?」
思わずミルド=デリスに問いかける。
あいつも夜空を見上げたまま、隣で歩く俺の事なんざ見ちゃいなかったんだろうけど、
多分、俺が暗い顔してんのを察してくれたんだろう。
僅かに笑った顔が見えた。
「人によっちゃ、割り切るってのは受け入れ難い事かもしれねぇな」
「だが、自分に関与するその全てを頑張って拾い上げようとしても、いくつかは零れる」
「零れたもんに対して関心を無くせなんてことは言わねぇけど」
「後で拾いあげて、綺麗にすることだって出来る」
「なんだそれ」
「レビ、お前は俺様達の旅路を心から楽しんでくれている」
「十二分に伝わっているし、それを家族に伝えていんのも知ってる」
「そして、テトとの未来に語ってくれるってことも、期待してる」
「……当たり前だろ」
「だけど、俺様達の関係は永遠に思えて、そうじゃないって分かる瞬間がきっとくる」
「……そんな顔すんなよ。俺様だって嫌に決まってんだろそんなん」
「だけどな、そうやって『受け入れる』心構えってのはしておいた方がいい」
「お前が人である限り、心の変化の波に逆らう事は出来ねぇから」
現実的な示唆。
俺達キャラバンが永遠ではない事を示す、受け入れ難い未来。
きっと自ら離れ、手離す事を言っているんじゃない。
自然と、そうなってしまうことだってあるんだということを、
ミルド=デリスは優しく俺に諭した。
「……俺は……ティダの村を……」
「お前達を最後まで護るよ」
だが、俺はまだまだガキなんだ。
夢物語をいつ迄も追いかけていたい。
どうしようもない現実ってのが訪れたとしても、
俺はお前達を零さずに抱えて生きていきたいんだ。
「……へっ……そうしてくれよ」
「俺様の言った心構えってのも、杞憂で済むもんな」
夜風に揺れる彼の装飾が、何処か悲し気に彼の肩を撫でていた。
同時に、俺は、俺の持つ感情が彼らにはないのかと、不安にも思った。
「ミルド=デリスは……俺達が居なくなることを、受け入れるのか?」
「それは俺様の役目じゃない」
「……レビ、お前は今年で十七……だったか?」
「十八」
「……気づけばもうそんなんか……」
「それでも、お前はまだまだ若い」
「未来がある」
「例えそれが望む未来でなくとも」
「お前は、零れてしまったものを抱えるのではなく、仕舞って生きて往くことだって出来る」
「俺様には、零れる程大切なもんなんてなかったから」
「お前達が居なくなるなんて、受け入れられない事」
「真正面から俺の槍で貫いてやる」
「……」
「頼むから死なないでくれや」
「言っとくけどなぁ、別に死ぬつもりなんざねぇぞ?」
「心構えだよ、こ・こ・ろ・が・ま・え」
「杞憂にしてやるよ」
「あぁ、頼む」
小川のそばの開けた原っぱに、キャラバンの馬車が一台。
焚火も消さずに、腹を天に向けて寝てやがった。
こんな無防備にも程がある有様を見てしまえば、魔物だって呆れて襲いかかってこないだろうに。
「ありゃ深酒したに違いねぇ」
「早く帰って麦酒をたらふく飲みてぇな~」
「昨年はお前とテトがやっと飲み始めて楽しくなってきたってところだったのに」
「あのバカが――」
ひんやりと冷たい夜の空気の中でも、ティダの村で栽培した麦から作った麦酒の記憶は、
俺の心を、着ている装束よりも温めてくれていた。
「――しかし、このペースじゃやっぱり厳しいよな」
「船渡はメタルマイン丘陵に一隻しかねぇとなると」
「どう頑張っても2週間は掛かるぜこりゃ」
……割り切る、か。
俺としては、家族に顔見せて安心してほしいって気持ちが強かった。
だが、それはそれとしてどうしようもないことだってある。
旅をしていて、そんなときは幾度もあった。
どう考えたって取れない宝箱。
ホーリーが発動出来ないのに襲いかかるレイス。
だが、俺は諦めが悪い方で、どーしてもそいつらをどうにかしたいって足を止める。
大抵は仲間の皆に気絶するまでボコボコにされて、気づけばミルラの木の前とかあったな。
……なんでも、自分で出来るって思っていた。仲間が居れば、全てが上手く行くって。
でも、そうじゃないことだってある。
ミルド=デリスは、その事象に向き合った時、心が壊れないようにと、俺に受け入れる事を教えてくれていたんだ。
「……今年はキャラバンの皆で過ごすか」
だから、俺が諦めたような言葉を発した時。
「……」
悲しそうにも、嬉しそうにも……。
そんな、弟の成長に複合された感情を抱く兄貴みたいな顔をしていた。
「……」
「……ほ~!嬉しい事言ってくれるじゃねぇか」
でも、すぐ笑ってくれたな。
「で、どうすんよ」
「もし宴をするってんなら、豪勢に行きてぇだろ」
「あぁ、それなんだけど」
早朝。
起きた三人に、未明に話した事を伝える。
「ファム大平原の真ん中で年越し祭り!?」
「それも、ここら一帯のクリスタルキャラバン皆を呼んで!?」
「へ~!おもしろそ~!いいじゃん!」
「暦の時を超えし境界線。其処に浮かぶ星天を語る事の誉れが遂に某の身を焦がすか」
乗り気なのが丸見えだ。
「ファム大農場のキャラバンは既に帰っているはずだから」
「其処に寄らせてもらって料理を作ろう」
「モグに招待状を渡して、故郷に帰る事の出来ていないキャラバンで傷のなめ合いってことで」
「クリスタルキャラバンの宴で年を越そうかなって思うんだけど」
二人はいい。想像通りだったし。
だが、俺が心配だったのは
「……テト」
「いいかな?」
俺と同じく、故郷で幾度も年越しを経験してきたテトのことだった。
彼女は家族だけでなく、村人全員から愛されていた。
これだけ天真爛漫で、愛嬌のある可愛い天使を、
俺が連れ去っているようなこの状況。
加えて、彼女もまた、家族との時間を大切にしている子だ。
俺と同じく、故郷に対する思い入れは強い。
「パパオパマスの足踏みや、舟渡の事も考えると、年越しには間に合わない」
「だから、せめて皆で賑やかにって思ったんだけど……」
心配ではあったけど、俺の知っている天使は
「さてさてー!楽しみにするほかないじゃないですかー!」
何処までも、突き抜けた明るさがある事を知っていた。
「決まりだな」
「んで、どうやって呼ぶんだよレビ」
「モグに招待状を渡して、頑張って色んなキャラバンに渡してもらう」
「その間に、俺達は準備だな」
「……さーて、忙しい年末になるぜ!」
「頑張って料理作っちゃうよー!」
「テト~♪アタシ、久しぶりにさかなのバター焼き食べた~い♪」
「えー!またー!?いいよー!」
「おいテト、あんまコイツの期待に応えんなよ」
「たまには自分でやらせた方がいいだろ」
「ティダの村で成人しておきながら未婚なのコイツだk」
数日後の夕暮れ。
満天の中、せめてキャラバン同士で新年のお祝いをしようじゃないか――というメッセージを受け取ったキャラバンが、
挙ってファム大平原の小川に集まった。
連絡役のモーグリたちから、面白い手紙を受け取ったと、皆が口揃えて言う。
「ティダの村のキャラバンからの手紙って来て、珍しい事あるもんだなってとんできたぞ!」
「はいは~い。皆しずく溜まってんのね~、えらすぎー!」
「宴の最中も警戒は忘れんなよ。俺達が魔物を蹴散らしてやるぜ!」
「俺達の新しい魔法を試す時も来たな。篝火付けるのは任せなさいな」
「あれ?ティダの連中よ~。ミルド=デリス何処行った?」
それぞれが持ち場について、クリスタルケージを一か所に集める。
クリスタルの守護は、村ひとつぶんほどにまで広がり、一時の休息を与えた。
清らかな小川で旅の埃を落とし、それから、手分けして石を積んで、焚火を熾した。
炊事の煙が幾つも上がって、不思議な匂いに誘われた動物たちが何事かと顔を出したりもした。
料理自慢が腕を振るい、故郷の料理を次々に創り始めた。
そうしていくうちに夜が訪れる。
「さぁさぁ、キャラバン総出の宴の開催だーーー!」
月が輝き、星がいっぱいに瞬く夜空の下で、大きな篝火が揺らめく。
いつもは管理に気を付けているクリスタルキャラバンの物資も、この日ばかりは大盤振る舞いでさ。
その火を囲んで、みんなで新年のお祝いをした。
酒とか、いろんなものが、輝いていやがる。
焦がす程にカリカリのしましまリンゴパイ。
すすなりチェリーのまきまきタルト。
官能小説が商品に掛けられたキャラバン対抗戦腕相撲。
セルキーたちの披露する華麗な軽業。
昔の伝説や星についての講義。
楽器が引き出され、まるで水かけ祭りのような、キャラバン達の一時。
語り、騒ぎ、歌い……そして……。
「レビ!」
「今日こそ、踊りましょー!」
君と、踊った。
皆が疲れ果てて眠ってしまった夜。
焚火の跡の周りや馬車のそばには、昨日のどんちゃん騒ぎの痕跡。
眠りこけてしまったのだろう人影がぽつぽつと薄闇に沈んでいる。
俺は身体を起こし、目を拭った。
「……ったく……」
以前、無防備にも宴の後だと主張していたキャラバンの事をバカにしていた自分を思い出す。
今度は俺達がそれじゃねーかと。
宴の名残は、まだ匂いとして残っていた。
そうした一幕の最中、俺達は年を越したことの実感。
「レビ」
横で眠っていたであろうテトが、意識半分で俺を呼ぶ。
火の傍で、羽根のような仕草をしていた天使は、
休息の一時を示す猫のように、愛らしかった。
「また来年も、一緒に居ようね」
年越の宵は終わった。
キャラバンは夢から覚め、また新しい冒険へと旅立っていく。
新しい一年になってもそれは変わらない。
今日が来て、明日が来て
幾つもの思い出を抱えながら、旅は、これからも続く。
そう。だからこそ、彼女の言った来年は、必ず来る。
「……あぁ」
「俺が護るから」
「テト」
安心したように眠るテト。
見上げれば、空にもう星はなかった。
朝焼けの空を、鳥たちは導くように飛んでいった。