カオスドラマX

Gray Traveller / 598

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598
わったん 2026/04/26 (日) 21:28:58 >> 595

「おにいさんが待っている事も、良い思い出になる」
「だから、過酷な旅かもしれないけれど、楽しみなんです!」
「外の世界を見てきて、色んな景色を日記に綴る」
「記憶を大切にする旅が!」

眩しい。
キャラバンに従事したての俺も、こうだったな。
光のつどう村、ティダ……。
その名に恥じぬキャラバンになろうと、必死だった。
だけど、結局は旅そのものが好きで、
多くを見て、多くを知り、多くを紡いできた。
それが、俺の人生であり、
俺の好きなことだったから……。

「……そうか……」
「……俺は君達と一緒に旅は出来ないけど」
「もし、アルフィタリア盆地にまで足を踏み込むことが出来たなら」
「見てきて欲しい」
「ティダの村のことを」

「え……」

「分かっている」
「残酷な光景が広がっている事は、間違いない」
「でも、『そうなってしまう』事を、知っておくべきなんだ」
「それが、クリスタルキャラバンの背負う宿命」
「俺のようになってほしくない」
「老婆心が故の、酷いお願いだ」

「……」

「そうして見てきてくれたなら」
「それを伝えて欲しい」
「そしたら俺も、やっと前に進める」
「そんな気がする」
「そうだったらいいなって、思うから」

「おにいさん……」

「……」
「了解!任せて!」
「おにいさんにとっても、私達にとっても辛い事かもしれないけど」
「それでおにいさんが前へ歩めるなら」
「一緒に向き合っていこう?」

「ありがとう……」

再び剣と盾を振るう子供達。
夕焼けが差し込み始める浜辺。
遠くから戦いの指導をしながら、
俺はその光景と、彼女たちの言葉を胸に、
記憶としてしまいこんだ。

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  • 599
    わったん 2026/04/26 (日) 21:29:17 >> 598

    それから幾数ヶ月も過ぎた、もうすぐキャラバンが出立する頃。
    そんなある日の夜だ。
    住まわせてもらっている家で、旦那たちが既に眠りに付いている時間。
    俺は遅くまで水汲みをしていて、皆が眠りに付いた頃に帰ってきた。

    ギィ……。

    物悲しくも扉が軋みながら開く。
    カンテラを片手に、家に入る。皆寝ている。
    起さないようにと、ゆっくりと歩いていた時。
    扉の建付けが悪かったのか、隙間風が局所的な突風を起こした。

    フッ……。

    カンテラの触媒が消える。
    月明かりでは心許ない部屋の暗闇は、視界を不自由にしていた。

    「……」

    寝室に向かう最中、壁伝いに歩む。

    ガッ

    箪笥に身体が当たってしまい、鈍い音を鳴らした。
    衝撃で僅かに開いた箪笥。
    音を鳴らしたことをやばいと思って、すぐ直そうとした。

    「――」

    何も見えない暗闇だったのに、
    箪笥の中で眠る手紙が見えた。
    見覚えのある、俺の好きな手紙の外装が。

    「――」

    直感的ではあったが、
    俺宛てだと思った。
    手紙を隙間から抜き取り、部屋の中央の腰掛けに座る。
    月明かりが急激に鮮明に光を灯しているように感じ、
    綺麗に封のされた包装を解く。
    中身を、広げる。

  • 600
    わったん 2026/04/26 (日) 21:29:42 >> 598

    お身体の具合はいかがですか。
    私の方は元気です。
    畑の麦たちも、近所の子供達も、寡黙な御年輩方も、
    皆、これから生まれてくる子に声を掛けてくれています。
    お腹を蹴ってる感覚は、
    あなたの帰りを待ちきれないみたいに嬉しさを表しているみたい。
    皆、あなたの帰りを待っています。
    急ぐ旅ではありません。焦らず、旅の思い出を抱えて帰ってきてください。
    でも、もし帰れなくても、大丈夫。
    あなたが生きてくれれば、それでいい。
    だから、命を削ってまで、命を捨てようとしてまで、
    自分の人生を蔑ろにしないで。
    あなたが生きている事そのものが、希望なのだから。
    それは、全てが喪われたとしても、あなたを想う愛です。
    どうか、希望を捨てず、
    どうか、ご自愛ください。
    愛してます。愛しいあなた。

    あいたい

         ―テトの手紙―

  • 601
    わったん 2026/04/26 (日) 21:30:06 >> 598

    「――」

    読み終えた時に過ったのは、
    俺が選択を間違えたあの豪雨の時。
    流され、意識を喪っている最中。
    その時、ティダの村はどうしていたのだろうかという絶望。
    心に与える大きな傷は、未だ広く冴えわたり、
    指先から凍える感覚が再び心に影を纏わせた。

    ガチャ……。

    「おぉ、帰ってきたか」
    「農家の連中の水汲み、大変だったろ?今日は早く寝――」
    「――」

    背後から旦那の声が途切れる。
    俺は振り向いてはいなかったけど、
    きっと俺の表情が見えたんだろう。
    丸め切った背中は、手紙を見た時の俺の心境を表していたはずだ。

    「……」
    「すまない……いつか渡そうとは思っていたんだ……だが……」

    「……大丈夫……」
    「俺は、大丈夫だ……」
    「……俺が眠っている最中に、届いたのか……?」

    「……2回目、お前が此処に運ばれた時だ……」
    「覚えているか……?」

    「あぁ……ミルラのしずくを、クリスタルに吸わせたときだったか……」
    「……教えてくれ」
    「モグは、レターモグは、何か言ってたか?」

    「……」

    「大丈夫。受け止めたいんだ」
    「これは、必要な事なんだ」

    「……」
    「……」
    「モグがお前宛てに、と」
    「ただ、それだけを言って帰った」
    「返信は要らない。そう言うかのように」

    「……」
    「……」
    「……だよな……」

    モグが俺を探し当てられなかった時。
    一度ティダの村に帰るなりしているはずだ。
    その時、惨状を確認すれば分かるだろう。
    手紙の返信の有無。
    それは、生存の証。
    改めて感じる。
    終わったんだと。

  • 602
    わったん 2026/04/26 (日) 21:30:30 >> 598

    「……」

    「……」

    「旦那、気を使わせて悪かったな」
    「再三だが、俺は大丈夫だ」
    「傷は癒えちゃいないが、時間が解決してくれたものもある」
    「思い出が薄れて、零れ落ちるものもあったから」

    「レビ、今日はもう寝ろ」
    「明日は休んでていい。鍛冶屋には俺から伝えておく」

    「……」

    旦那は俺の肩に手を置き、数度叩いてから部屋に戻った。
    月明かりが、急激に影を落とした。


    帰る理由が明白だった日々。
    身体の傷を無視して、帰る為に前を向く。
    過去を振り返りながらも、振り向く事をせず、
    必ず辿り着くはずだった希望のキャラバン。
    俺は、瓦解した。
    だから、もう帰る事は出来ないと思った。
    身体だけが残った俺の存在は、感情として確立されていない。
    でも、あの手紙に残っていたのは、
    俺に生きていて欲しいという願いだった。

    「……」

    滲んだ字が、感情を揺さぶった。
    気丈に振舞った手紙。だが、最後の文で見せた本心。
    魂が叫ぶ。
    俺は、帰るべきだと。

    「……」

    また絶望に彩られるかもしれない。
    だが、どうだろうか。
    俺は、帰る。
    帰らねばならない。

    「……」

    希望は確かに絶望に塗り替えられた。
    だが、希望を紡ぐ事は出来た。
    そしてまだ、希望は燻っている。
    俺という、希望が。
    なればその凱旋をあげるには、俺が立ち止まっていてはいけないんだ。

    「……」

    月夜の灯りが、俺の目を照らす。
    家の端にあった鏡には、俺の目に光が燈っていた。