カオスドラマX

Gray Traveller / 595

632 コメント
views
595
わったん 2026/04/26 (日) 21:27:28

ティパの村の延命が決まったその日から、幾つか月日が経った。
長閑な風景と、希望に満ち溢れた村人たちの笑顔。

「レビ、馬車直せるか?」

俺はその風景を、牛飼いの親父の元で眺めていた。
俺と言う思い出を抱えたティパの村の人間達が、決して哀しい思いをしないようにと願い、
生きる事を選んだ。
村の広場。
陽だまりの中を、子供たちが駆け回る。
洗濯物が風に揺れ、誰かの焼くパンの香りが遠くから流れてきた。

「パパオパマスの奴、だいぶむくれてきちまってな」
「力も強くなって、車軸をイカれさせんのが上手くなってきやがってんだ」

村の広場で、ふらふらしていた俺に声を掛けてくれる村人。
陽に灼けた男の隣に停められた荷馬車へ視線を落とした。

「とりあえず見るよ」

軋んだ木材、僅かに傾いた車体。
見れば、車軸が不自然に歪んでいる。
馬車の下に潜り込み、影の中でその木製を幾度も確認する。

「……連結部分が歪んでるな」
「補強材の残りを持ってきてくれ」

「頼りになるじゃんか、レビ!」

声を、かけてくれる。
絶望に染まった俺を、少しでも前に向いて欲しいと願うかのように。

通報 ...
  • 596
    わったん 2026/04/26 (日) 21:27:42 >> 595

    カンカンカンッ!

    金槌の音が、午後の静かな村に響く。
    最後の釘を打ち込み、俺は汗を拭いながら身を起こした。

    「――」
    「よし、直った」

    傾いていた車体が、均一を保つ。
    その馬車に乗り込む村人が、数度揺らすと、満足げに微笑んだ。

    「ありがとう、これで港まで行ける!」
    「またなんかあったらよろしくな!」

    「あぁ」

    なんてことの無い日常。
    見る風景が、嘗ての故郷ではなく、新たな生きる場に変わっただけ。

    「……」

    馬車を引いていく村人の背中を眺め、再び耽った。
    今、俺はティパの村の人として生きている。
    決して珍しくはない話だった。
    ティダの村に流れ着いた他種族も、キャラバンの失敗から逃れる為に放浪していた。
    誰もが、何かを喪い。
    それでも、何処かで生き直していく。

    「……」

    俺が生きる決意を秘めた理由は、いくつかあった。
    少女たちの思い出として生きる俺が死んでは、それは希望を紡ぐ話にはならない事。
    仲間達が居たら、きっと俺に生きろと背中を押してくれていたと思う事。
    そして、ティダの村の人々が、他の村に合流したんじゃないかという希望がある事。
    何も絶望だけじゃない。そう思い込む事も大切だ。
    欠落した俺の核は、何もすべてを自壊に追い込むわけではなかった。

    「おい、レビ」

    牛を引き連れ、牛飼いの旦那が俺に声を掛けてきた。

    「子供たちが浜辺で稽古をつけて欲しいとよ」
    「来年のクリスタルキャラバンの旅は自分たちがするだとかなんとか」

    「裁縫屋の旦那はなんて言ってるんだ?」

    「勇気に勝る希望は無しってな」
    「次の旅は大人が主軸に立ち回る」
    「世代交代も考えなきゃならんが、大事な子供達だ」
    「こういう世界だからこそ、過酷な旅を共にして成長していくんだろうよ」

    「……そうだな……」
    「導いてくれる大人が居れば、その行路は学びが絶えない」
    「俺もそう思う」

    「じゃあ稽古つけてやってくれ」
    「今か今かと待ってて、腕と剣がくっつきそうになるぐらいにワクワクしてんだ」
    「ほら、レビ先生、行った行った」

    そうしたかったかは定かではなかった。
    だけど、旦那たちが俺に忙しなく頼みごとをしたり、
    とにかく体を動かそうとさせていたのは、
    辛い思い出を忘れさせるためだったんだと思う。

    「……」

    新しい、希望に満ちた思い出でその胸の傷を癒す為に、
    ティパの村は俺を囲ってくれていた。

  • 597
    わったん 2026/04/26 (日) 21:28:45 >> 595

    浜辺で柔い木の棒と、鍋の蓋を盾に武器を振るう未来の希望達。
    立ち位置を変える度に、砂の細かな崩れる音と、波が攫う囁きが交互に聞こえてきていた。
    その最中、彼女らは俺に気づいて手を止め、笑みを浮かべて迎えてくれた。

    「おにいさん、こんにちは!もうすぐこんばんは!」

    「武器を振るうのには慣れてきたか?」

    「うん、順調順調!」
    「最初は盾を構え続けるのもつらかったけど、もうへっちゃらだよ!」

    「おにいさんの教えてくれたコツ、本当に分かりやすいからすぐ慣れました」

    「そりゃよかった」
    「俺が剣を握り始めたのは、君達よりももっと後の年齢だったんだけど……」
    「ティパの村の未来は明るいな」

    「おにいさんだって、まだ若いよ?」

    「あぁ……そうだな……」
    「次の出立は、半年後だろ?」
    「それまでにしっかり腕を磨けよ」

    「うん!」
    「大人の皆にも負けない強いキャラバンになるよ!」

    「そいつは結構なことだ」

    「……おにいさんは、一緒に来ないの?」

    「……」
    「俺は……」

    「ダメだよ。おにいさんは心の傷があるって――」

    「おにいさん、私達は、おにいさんに救われた命を紡いでいるの」
    「希望を胸に、未来を描く」
    「私達は、おにいさんに教えてもらったんだよ」
    「この世界を生きて往く上で、大切な事を」
    「思い出を忘れずに、旅をしていくことを」
    「だから、その姿を」
    「見守って欲しいって」

    「……」

    且つて、仲間たちに馳せていた思いが沸きあがる。
    俺もそうだった。
    キャラバンとして生き往き、いずれ訪れる静穏なる生活。
    其処は黄金畑の中心であり、俺が家族と笑顔で歩み往く世界。
    そんな世界を、お前達に見て欲しいと、見守って欲しいと、そう願っていた。

    「……」
    「正直に言うと」
    「辛い記憶が、俺の心を痛めつけるんだ」
    「旅の思い出を、俺は忘れちゃいないけど」
    「思い出すと、辛いんだ」

    「う……」

    「だから、俺は君達に希望のつどったミルラのしずくを託した」
    「旅なんて出来るだけの精神を取り繕うことさえ出来ない」
    「俺はもう、キャラバンじゃないんだ」

    「そんな……じゃあ、ずっと村でじっとしているの……?」

    「……あぁ、君達の帰りを待っているよ」
    「本当は、君達と一緒に帰りを待つのがいいんだろうけど」
    「やる気なんだろ。クリスタルキャラバン」

    「はい……僕達は、おにいさんの希望を紡いだんです」
    「なら、この村を世界が平和になるまでずっと護って行きたいんです」

  • 598
    わったん 2026/04/26 (日) 21:28:58 >> 595

    「おにいさんが待っている事も、良い思い出になる」
    「だから、過酷な旅かもしれないけれど、楽しみなんです!」
    「外の世界を見てきて、色んな景色を日記に綴る」
    「記憶を大切にする旅が!」

    眩しい。
    キャラバンに従事したての俺も、こうだったな。
    光のつどう村、ティダ……。
    その名に恥じぬキャラバンになろうと、必死だった。
    だけど、結局は旅そのものが好きで、
    多くを見て、多くを知り、多くを紡いできた。
    それが、俺の人生であり、
    俺の好きなことだったから……。

    「……そうか……」
    「……俺は君達と一緒に旅は出来ないけど」
    「もし、アルフィタリア盆地にまで足を踏み込むことが出来たなら」
    「見てきて欲しい」
    「ティダの村のことを」

    「え……」

    「分かっている」
    「残酷な光景が広がっている事は、間違いない」
    「でも、『そうなってしまう』事を、知っておくべきなんだ」
    「それが、クリスタルキャラバンの背負う宿命」
    「俺のようになってほしくない」
    「老婆心が故の、酷いお願いだ」

    「……」

    「そうして見てきてくれたなら」
    「それを伝えて欲しい」
    「そしたら俺も、やっと前に進める」
    「そんな気がする」
    「そうだったらいいなって、思うから」

    「おにいさん……」

    「……」
    「了解!任せて!」
    「おにいさんにとっても、私達にとっても辛い事かもしれないけど」
    「それでおにいさんが前へ歩めるなら」
    「一緒に向き合っていこう?」

    「ありがとう……」

    再び剣と盾を振るう子供達。
    夕焼けが差し込み始める浜辺。
    遠くから戦いの指導をしながら、
    俺はその光景と、彼女たちの言葉を胸に、
    記憶としてしまいこんだ。

    599
    わったん 2026/04/26 (日) 21:29:17 >> 598

    それから幾数ヶ月も過ぎた、もうすぐキャラバンが出立する頃。
    そんなある日の夜だ。
    住まわせてもらっている家で、旦那たちが既に眠りに付いている時間。
    俺は遅くまで水汲みをしていて、皆が眠りに付いた頃に帰ってきた。

    ギィ……。

    物悲しくも扉が軋みながら開く。
    カンテラを片手に、家に入る。皆寝ている。
    起さないようにと、ゆっくりと歩いていた時。
    扉の建付けが悪かったのか、隙間風が局所的な突風を起こした。

    フッ……。

    カンテラの触媒が消える。
    月明かりでは心許ない部屋の暗闇は、視界を不自由にしていた。

    「……」

    寝室に向かう最中、壁伝いに歩む。

    ガッ

    箪笥に身体が当たってしまい、鈍い音を鳴らした。
    衝撃で僅かに開いた箪笥。
    音を鳴らしたことをやばいと思って、すぐ直そうとした。

    「――」

    何も見えない暗闇だったのに、
    箪笥の中で眠る手紙が見えた。
    見覚えのある、俺の好きな手紙の外装が。

    「――」

    直感的ではあったが、
    俺宛てだと思った。
    手紙を隙間から抜き取り、部屋の中央の腰掛けに座る。
    月明かりが急激に鮮明に光を灯しているように感じ、
    綺麗に封のされた包装を解く。
    中身を、広げる。

    600
    わったん 2026/04/26 (日) 21:29:42 >> 598

    お身体の具合はいかがですか。
    私の方は元気です。
    畑の麦たちも、近所の子供達も、寡黙な御年輩方も、
    皆、これから生まれてくる子に声を掛けてくれています。
    お腹を蹴ってる感覚は、
    あなたの帰りを待ちきれないみたいに嬉しさを表しているみたい。
    皆、あなたの帰りを待っています。
    急ぐ旅ではありません。焦らず、旅の思い出を抱えて帰ってきてください。
    でも、もし帰れなくても、大丈夫。
    あなたが生きてくれれば、それでいい。
    だから、命を削ってまで、命を捨てようとしてまで、
    自分の人生を蔑ろにしないで。
    あなたが生きている事そのものが、希望なのだから。
    それは、全てが喪われたとしても、あなたを想う愛です。
    どうか、希望を捨てず、
    どうか、ご自愛ください。
    愛してます。愛しいあなた。

    あいたい

         ―テトの手紙―

    601
    わったん 2026/04/26 (日) 21:30:06 >> 598

    「――」

    読み終えた時に過ったのは、
    俺が選択を間違えたあの豪雨の時。
    流され、意識を喪っている最中。
    その時、ティダの村はどうしていたのだろうかという絶望。
    心に与える大きな傷は、未だ広く冴えわたり、
    指先から凍える感覚が再び心に影を纏わせた。

    ガチャ……。

    「おぉ、帰ってきたか」
    「農家の連中の水汲み、大変だったろ?今日は早く寝――」
    「――」

    背後から旦那の声が途切れる。
    俺は振り向いてはいなかったけど、
    きっと俺の表情が見えたんだろう。
    丸め切った背中は、手紙を見た時の俺の心境を表していたはずだ。

    「……」
    「すまない……いつか渡そうとは思っていたんだ……だが……」

    「……大丈夫……」
    「俺は、大丈夫だ……」
    「……俺が眠っている最中に、届いたのか……?」

    「……2回目、お前が此処に運ばれた時だ……」
    「覚えているか……?」

    「あぁ……ミルラのしずくを、クリスタルに吸わせたときだったか……」
    「……教えてくれ」
    「モグは、レターモグは、何か言ってたか?」

    「……」

    「大丈夫。受け止めたいんだ」
    「これは、必要な事なんだ」

    「……」
    「……」
    「モグがお前宛てに、と」
    「ただ、それだけを言って帰った」
    「返信は要らない。そう言うかのように」

    「……」
    「……」
    「……だよな……」

    モグが俺を探し当てられなかった時。
    一度ティダの村に帰るなりしているはずだ。
    その時、惨状を確認すれば分かるだろう。
    手紙の返信の有無。
    それは、生存の証。
    改めて感じる。
    終わったんだと。

    602
    わったん 2026/04/26 (日) 21:30:30 >> 598

    「……」

    「……」

    「旦那、気を使わせて悪かったな」
    「再三だが、俺は大丈夫だ」
    「傷は癒えちゃいないが、時間が解決してくれたものもある」
    「思い出が薄れて、零れ落ちるものもあったから」

    「レビ、今日はもう寝ろ」
    「明日は休んでていい。鍛冶屋には俺から伝えておく」

    「……」

    旦那は俺の肩に手を置き、数度叩いてから部屋に戻った。
    月明かりが、急激に影を落とした。


    帰る理由が明白だった日々。
    身体の傷を無視して、帰る為に前を向く。
    過去を振り返りながらも、振り向く事をせず、
    必ず辿り着くはずだった希望のキャラバン。
    俺は、瓦解した。
    だから、もう帰る事は出来ないと思った。
    身体だけが残った俺の存在は、感情として確立されていない。
    でも、あの手紙に残っていたのは、
    俺に生きていて欲しいという願いだった。

    「……」

    滲んだ字が、感情を揺さぶった。
    気丈に振舞った手紙。だが、最後の文で見せた本心。
    魂が叫ぶ。
    俺は、帰るべきだと。

    「……」

    また絶望に彩られるかもしれない。
    だが、どうだろうか。
    俺は、帰る。
    帰らねばならない。

    「……」

    希望は確かに絶望に塗り替えられた。
    だが、希望を紡ぐ事は出来た。
    そしてまだ、希望は燻っている。
    俺という、希望が。
    なればその凱旋をあげるには、俺が立ち止まっていてはいけないんだ。

    「……」

    月夜の灯りが、俺の目を照らす。
    家の端にあった鏡には、俺の目に光が燈っていた。