カオスドラマX

Gray Traveller / 703

703
わったん 2026/07/26 (日) 23:12:03

公園のベンチ。
来るはずもない誰かを、感情の重石を乗せて待っていたかのような形跡が其処にはあった。
握ったままのガンブレード。其処に付着した血液は決戦を終えた古刀のように凝固しており、
彼はそれを拭う事なく、痕跡の隣に疲れ果てたように腰かけた。
丸みを帯びた背、視線は地獄を覗き込むように、地面へ。

呼吸を一つ、二つ。
ただただ循環的に行う動作。
決して何の特別性も無く、ただの生命活動。

それさえ、過去の自身は意味のあるものとして紡いできたのだろうか。
思考を支配するのは、生きた走馬灯に自身の過去を提示するユンフの姿。
だが、その羨望にさえ思える光景は、自身では起こせない。
だからこそ、彼が起こしたことは、都市の流れに過ぎない出来事。
自身の思い描く軌跡とはかけ離れた、受動的な生命。

ザリ、ザリ……

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力無く握ったガンブレードの先端で、地面に線を描く。
一直線の縦。
ただ、感覚的に、彼はその引いた線を眺めていた。

「……」

ただの線。
直線。
だが、この線の先も、横も、何も描くことはなく、
その一本を、彼は見つめるだけだった。

過去にかけて現在。
その道中を示した線の中、横に逸れた曲線は存在していない。
彼の過去を表す答えは、喪われている。
未来に向かって歩む為に必要な線。
そのどれもが欠如している。
だから、彼は生きた走馬灯に自身の未来への想いを示す事が出来なかった。
その出来事を痛感する。

「……」

沈痛に、見えない歯を食いしばる。
自身の成したい事を、最期として成し遂げた生きた走馬灯。
その想いはこの公園で死す事により報われる思い出。
だが、彼はそれを良しとすることが出来ていなかった。
都市として考えれば、それは寧ろ幸せでさえあるというのに。

長い時間、線と向き合う。
点きもしない街灯が健気に揺らめき、風が寂しさを連れてくる。
ただ、沈むだけ。
沈むだけの時間の中。

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  • 704
    わったん 2026/07/26 (日) 23:12:58 >> 703

    「よぉ」

    彼に語り掛ける一人が、緩い足取で立っていた。
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  • 705
    わったん 2026/07/26 (日) 23:13:58 修正 >> 703

    「隣座るぞ」

    男は「よっこらせ」とわざとらしい掛け声をしつつ、背凭れに重心を預けて空を仰ぐ。
    透明の軌跡はその言動に微かに反応を示し、横の男に視線を傾けた。

    「誰だよ、アンタ」

    「そういうお前さんこそ誰だってんだ」
    「名乗んのは相手からさせるってか?いや結構結構」

    「そうやって近づく奴は、皆俺の事を知っているように語る奴なんだよ」
    「……俺は……」
    「……」

    「……」
    「どうした、名乗るの躊躇しやがって」
    「特色たる透明の軌跡様はいつも特色であることをわざわざ言わねェからな」
    「回りくどい感情表現と自己紹介はいつものことだ」
    「あと喜怒哀楽が全部一緒の顔な」
    「まぁ怒は分かりやすい方か。たまにゃ笑ってくれたがアレはファミレスの間違い探しレベルの難易度」
    「その癖『笑っている』とか抜かす矛盾兵器だ」

    「なんなんだよ、急に」

    「何って、ユンフとの思い出話に華咲かせようとしてるだけだろ」
    「こうして顔合わせんのは久々。19区の『労働感謝劇場』鎮圧依頼の事前準備が最後だったか?」
    「あと俺の声聞かせたのは『レッドウォール』の時だろうな」
    「あんときは親指の連中が押しかけてきてそりゃ大変だったぜ」
    「お前さんが居てくれりゃ、今頃俺はまだ工房構えて煤塗れだったかもしれねェってのに」
    「ハムハムパンパンの親父さんも元気してっかな~、最近顔出したか?」

    「……」

    「手紙寄越すとか言ってわざわざヂェーヴィチに頼んだろ?」
    「モグに手紙を渡す感覚と同じ~みたいな。いやわかんねェよって話」
    「都市で物を届けるって結構高いんだぞ。電子媒体でやりとりすりゃいいものをお前さんはいつも執筆だ」
    「まぁ確かに届いた。んで、なに?1級フィクサーになれたからこれからも工房を繁盛させますってか?」
    「いや結構結構」
    「お前さんの支えは確かに俺にとっちゃありがたいもんだが、俺は特異点を買えるぐらいにゃ資金持ち合わせてんだよ」
    「翼の理事だとか、協会長だとか、コネクションはいくらでもあるけど」
    「まぁそんな中でお前さんが黒霧事務所の意志を継いでくれてたんなら、それでいいって話よ」
    「だから自由に旅してくれや。お前さんは俺の事なんざ心配しねェってのは分かってるから」
    「まぁ、ただ見守らせて欲しいってだけ。サミーが残した意志を、最後まで見届けて」
    「お前さんが方向標に辿り着くところを、見守らせて欲しい」
    「だから、ガンパウダー工房って肩書きに縛られず、軌跡を描いてくれ」
    「……そう、話したかったのさ」
    「だが、もう俺の事なんざ思い出の一片として背負って生きて欲しい」
    「そう願っていた」

    「……」

  • 706
    わったん 2026/07/26 (日) 23:14:46 修正 >> 703

    「お前さんが記憶を無くしてなけりゃ、今までどこで何してたとか」
    「これからどうするつもりなのか、色々語りたいところだったんだ」
    「まだ他にも、話せることはある」
    「つーか、本当は聞きたい事があった」
    「そんでもってそれも全部見てきた」
    「都市の技術、折れた特異点を買いあげて、お前さんの記録を見た」
    「あそこでN社に居たらタブーハンターに捕まってただろうな」
    「『里帰り』」
    「あれほどお前さんが成し遂げたかった事と、同じ名前のねじれと対峙してから」
    「俺達の意志が紡がれなくなっちまったところまで」

    「……意志……」
    「……」
    「ガンパウダー工房ってところの人か」

    「そこんところのフィクサーって言いふらしてくれていただけの甲斐はあったみたいだな」
    「まぁ、覚えているって訳じゃねェんだろ」
    「ガンパウダー工房所長のヴォールカだ」
    「つっても、もう廃業した工房だけどな」
    「今は親指の特殊弾丸生成工房になっちまってる」
    「中央本部で造ってりゃいいものを、わざわざウチのところ奪うなんざ、まさしく指って感じだよな」
    「あのダンクとかいう野郎ぶん殴っといてくれよ。まだ居んだろアイツ」

    「俺に何の用だ」
    「もう何も覚えていない」
    「軌跡を描く事さえ、俺は出来ない」

    「初めて会った時は焦燥感に駆られた感じだったってのに」
    「随分と怠惰な雰囲気纏うようになったじゃねェの」

    「俺はもう、アンタの知るユンフじゃねぇんだよ」

    「今のお前さんのように、暗すぎる顔も、陰鬱な雰囲気も」
    「確かにしなかったな」

    「……」

    「んで、それがどうしたってんだい」
    「お前さんに声を掛けちゃいけない理由にでもなんのか」

    「アンタの知る理想のユンフを、俺は都市で担う事は出来ねぇ」
    「アンタが作った意志を、俺は踏み躙ったんだ」

    「都市の復讐に加担するなって話か」
    「サミーの意志。それを形にしたのが、お前さんが握ってるガンブレードだ」
    「クソッタレみたいな武器だよな。都市を生きるにはあまりにも釣り合っちゃいねぇ低ランク装備」
    「……まぁ、それが崩れちまった事を気にしてねェってのは嘘にはなるか」
    「だが、其処に染みついた血には、誰かを護る為の意志があったはずだ」
    「俺はそれを、都市の流れとしてではなく、お前さん個人の意志として尊重する」

  • 707
    わったん 2026/07/26 (日) 23:15:54 >> 703

    「……」

    「ユンフ」

    「……俺は――」

    「ユンフだ、お前さんは」

    「……」

    「……はぁ……いいか、ユンフ」
    「お前さんが生きている今、これは都市の物語」
    「元来、お前さんが生きていた世界とは土台が違う」
    「お前さんの生き方の土台は、まるで違うんだ」
    「海で育つか、陸で育つか」
    「そういうレベルの、異なった環境だ」
    「あくまでわかりやすく伝えようとしているだけだぞ。真に受けんなよ」

    「自分で話の腰折るなよ」

    「感情の揺れ幅も、その分異なる」
    「都市の感情表現しか俺は知らねェけど、お前さんが元々生きていた世界とは絶対的に違う」
    「他者からの言葉をどれだけ親身に受け止めるか、自我をどれほど出せるか」
    「お前さんはその両方が、あまりにも不安定になっている」
    「そしてその不安定さは、『自分がユンフじゃないから』『自分自身を確立させたいから』ってところに繋がってんだろ」

    「……だから俺は、ねじれたアイツを救えなかった……」

    「その感情自体は、無意識に存在している」
    「ユンフ、一つの物語に対する感傷の言葉は、個人それぞれが持つ過去から算出された思い出の結晶だ」
    「都市の人間として振舞うはずのお前さんが、何故そのねじれ一つに其処まで感情を零す」

    「……わからねぇ」

    「なるほど」
    「ならお前さんは都市の問題に直面する、嘗てのユンフそのものだ」

    「……」

    「諭しに来たわけじゃねェ」
    「お前さんは都市の流れに逆らおうとしながら、向き合おうとしている」
    「その向き合う最中で、お前さんに立ちはだかる感情の受け取り方があまりにも愚直すぎて」
    「感情の整理に追いついていないだけ」

    「その整理は、向き合わないための整理なのか」

    「お前さんが今書いた線」
    「それはなんだ?」
    「直感的に書いたんだろ」
    「自分自身の旅路、軌跡だ」
    「お前さんはこの線を見て、どう感じる」

    「過去が無い」

    「そうだ。軌跡と言うには、あまりにも寂しいもんだな」
    「お前さんは『生きた走馬灯』と一緒に、この軌跡の並列を望んだんだろう」
    「だが、そうするには都市という世界はあまりにも残酷で、身が持たない」
    「あの人は、お前さんが瓦解する事を知った上で」
    「『過去』になる事を選んだ」

  • 708
    わったん 2026/07/26 (日) 23:17:24 >> 703

    「……」

    「その意志は、俺やサミーが残したものと同じ」
    「お前さんを、そして思い出を想って託した『軌跡』なんだ」
    「横に無くとも、その軌跡はお前さんの過去を彩る」

    ヴォールカは付近にあったボロ枝を拾い

    画像1

    彼の線に一つ、線を加えた。

    「ユンフがしてきた事は、これだ」
    「自分が進む未来の為に、過去を描く」
    「自分が進んできた道の中で、その人達の道に繋がり」
    「自分を形成していく」
    「自分の道もその人の横道となり」
    「思い出となる」

    「……」

    「そうして記憶を思い出しながら、多くの人と関わって」
    「この横の線をたくさん引いてったんだ。お前さんは」

    「……この線は……」
    「……生きた走馬灯……」

    「お前さんがこれから目指す未来」
    「それを語る為の過去」
    「お前さんをお前さんとして確立させる、思い出だ」
    「お前さんが得た、お前さんだけの思い出」

    「……」

    「わざわざこれを提示しにきたのは」
    「見てられないぐらいに悩んでる青年に、たまらず声を掛けたくなったからなだけであって」
    「説教しにきたわけでも、なんでもねェ」
    「本当はお前さんの前に姿を現す事はないと思ってたんだけどな」

    「……」

    「まぁ、これも思い出の一つになっただろ」
    「……あまり飲み込まれるなよ、ユンフ」
    「人によってはお前さんをユンフと呼ぶことはないかもしれねェ」
    「お前さんがどっちを望んでいるかも、俺にはわからねェが」
    「お前さんは間違いなくユンフだ」
    「……」

    「……」

    自分が大切にしたであろう思い出
    「お前さんが取り戻す事」
    「それは、俺だけじゃねェ」
    「お前さんが築いてきた軌跡から伸びた横道」
    「皆が望んでいる事だ」
    「だから、負けんなよ」
    「お前さんは、お前さんだ」

    709
    わったん 2026/07/26 (日) 23:17:37 >> 708

    ヴォールカが去ってから暫く。
    彼は描いた線から伸びた横をひたすらに眺めていた。

    「……」

    『君なら描けるさ』

    「……」

    立ち上がり、空を仰ぐ。
    ガンブレードを背に、彼は公園をあとにした。