「よお、お嬢ちゃん。
フランチシェク・グロシェクだ、よろしくな。
ま、気軽にスコール1って呼んでもいいぜ。
で… あんたの名前はなんて言うんだ?」
「あ、私はラトカ・マトウショヴァーって言います。
よろしくお願いします」
そうお辞儀しながら彼女は言う。
全く、俺の同僚たちもこんな礼儀正しい奴だったらいいんだが…
「おいおい、あんたに何かを願われる筋合いはないぜ」
「いや、そういう意味じゃなくて―」
「分かってるよ。 ほんとにカワイ子ちゃんだな」
ちょっとからかったところで、いよいよ本題に入る。
「で… 条件は?」
「1対8、どちらも支援機は無し。
完全にお互いの練度が物を言う勝負だ」」
この航空隊の副隊長を務めている
ヴィート・ブラジェイがそう言った。
格闘戦担当のパイロットで、
前進翼機であるS-35を乗りこなす頼れる相棒だ。
「おい、どうして俺たちがこんなガキの遊びに
付き合わなきゃならないんだよ」
続いて、この航空隊の一人であるロベルト・ヴォンドラークが口を開いた。
どうやらこの任務に対してかなりの不満があるらしい。
それに対して同じ航空隊のヴィート・ランボウセクが
皮肉交じりで言葉を返す。
「今の時代は男女平等なんだ。
男、たとえ軍人でも育児をする時代なんだよ」
…全く、不真面目な奴らだ。
「無駄口を叩くな。行くぞ」
「じゃ、お互い頑張ろうな」
「はい!」
そう握手をしながら言うと、そのまま自分の愛機へと歩いていった。
そしてもちろん、彼女も同じように反対側へと歩いていく。
…今回もいつものように勝つ。お互いにそう思いながら。
通報 ...
数分後、先ほどブリーフィングを受けていた敵機 視認。
全員が空中に舞い上がっていた。
空は水平線のかなたまで澄み切り、
9つの飛行機雲がその中に綺麗な直線を描いていく。
そんな中、一機の味方から短い通信が入ってきた。
「こちらスコール5、
方向1-7-0、高度3万フィート。状況を開始する」
先導機が敵機を確認したらしい。
レーダーディスプレイにも、
はっきりと1つの光点が表示されている。
「スコール・リーダー了解、最大限引きつけろ。
…始めるぞ」
数秒もせずに、ミサイルが目標をロックしたことを示す
特徴的な電子音がコックピット内に響いた。
敵機はまだ視認できていないが、
既に長距離AAMは敵機を捉えている。
「FOX1!」
ミサイルが発射された次の瞬間、
既に敵機は高速で反対の方向へと飛び立っていった。
あらかじめ逃げておくとは勘のいい奴だ。
…ま、ただ単に臆病者の可能性もあるが。
「スコール・リーダーよりエレメント・ツーへ、
高度2万フィートまで急降下しろ」
敵の行動に合わせ、続けて指示を出していく。
編隊の中から4機が低空へと急降下していく。
正面の4機が敵機を引き付けている間に、
残りの4機で両方から叩く。
チェスのように確実に追い詰めていき、
いつものように完璧な勝利を手にして、
滑走路へと全機揃って凱旋する。いつもの事だ。
そう思いながら、敵機が網にかかるのをひたすら待つ。
そうなったらどこかのタイミングで飛び込んで、
後ろからミサイルを突っ込ませればいい。
しばらくすると、レーダー上で1つの光点が無茶苦茶に動き始めた。
どう見ても航空機の動き方ではない。
まさかとは思うが― 故障か?
そう考えた時だった。
「落ち着けスコール4!
スコール1より全機、
フォーメーションを組みなおして対応する!」
低空に飛び込み、再び網を張り直そうとする。
その次の瞬間だった。
「敵機視認! 太陽の方向だ!」
上からこちらに向かって、
敵機が特徴的なシルエットを見せながら
一直線に突っ込んでくる。
「こちらスコール7、レーダー照射を受け―」
最後まで無線を言い終わる間もなく、
高速で敵機は地上へと飛び去って行った、
「スコール7が撃墜!」
それと同時ににいたS-34Bが素早く対応し、
敵機を追いかけて落ちるように急降下する。
「FOX2! FOX2!」
そして数秒後、パイロットは信じられない物を見ることとなった。
敵機が180度旋回し、短距離AAMをいとも簡単に回避する。
そして重力など知らないかのように、
いとも簡単にそのまま大空へと突き進んでいった、
「一体何なんだよ、あのバケモンは!?」
「機体は一人前だがまだパイロットは半人前だ!
避ける時の動作が大きい、落ち着けばやれる!」
気が付けば自分も叫んでいる。
敵機は再びこちらへと向かってきていた。
「こちらスコール4、敵機後方! 振り切れない!」
…考えるよりも先に反射神経で動いた。
「あばよ、ブービー!」
奴がミサイルを撃とうとする一瞬の隙を狙い、
機体を横滑りさせて後ろに食らいつき30mm機関砲を乱射する。
勝負は一瞬で付いた。
「こちらスコール1、敵機撃墜 。勝った…」
「おい、残存機は何機だ?」
「スコール3がやられた。そっちはどうだ」
「こっちは7と8が落ちてる。
とんでもないパイロットだな」
もはや最初の勢いはなく、
全員が疲労困憊の状態で飛んでいた。
「あー… とにかく滑走路に戻るぞ。
詳しい話は後でする事にしよう」
「ああ、そうだな…」
研究所に戻るために滑走路を歩いていると、
また彼女と会った。
とてもあのような動きができるパイロットとは思えないが、
世の中には十人中十人がただの初老の男と思う見た目なのに
空軍一の精鋭兵という老人もいる。
ま、何が起きてもおかしくないだろう。
「あ、フランチシェクさん」
「よくやったな嬢ちゃん。
エースパイロットだって夢じゃないぜ」
「いや、そう言うのは辞めときます。私には別の夢がありますし」
「そうか。将来は何になりたいんだ?」
「ドクターヘリのパイロット。
みんなの役に立てる仕事でしょ?」
なぜかその言葉に妙な違和感があった。
…どうしてみんなの役に立ちたいのに、
こんな最新鋭の戦闘機のテストをやっているんだ、と。
「…ああ、そうだな。いい夢だ」
「じゃ、また」
そう言って、また来た時のように反対側へと歩いていく。
後ろから彼女と研究者の一人が話す声が聞こえた。
「やあ、マトウショヴァー君。
機体は思うように動かせたかい?」
「もちろん!」
「そうか。またどれぐらいの連続使用に耐えうるかも調べんとな…」
その時足が自然と止まり、
彼女の話にふと耳を傾けたくなった。
精鋭パイロットとしての勘だったのかもしれない。
「結局、この訓練って反射神経を鍛えるための物なんですよね?」
「ああそうだ。データも取れるし一石二鳥だよ。
君にはいつも助けさせられてもらってる」
「えへへ、褒められちゃった。
…それで、結局この研究って何の為に使われるんでしたっけ?」
「未整備の滑走路でも短距離離着陸が可能な、
新型の複翼救急航空機だ。
これを実用化できたら、離島にいる急病人も助けられるだろう」
「じゃあ、もっと頑張ります!」
…ああ、畜生、何だって?
そのあまりに突飛で悪意を伴う嘘を聞いて、
色々と思考を巡らせながら数分間その場に立ち尽くしていた。
「おい、アンタら一体何やってたんだ!?」
そんな中で、一人の男が全速力で走ってやって来た。
彼も白衣を着ているので、おそらくここの科学者の一人だろう。
「フランチシェク・グロシェクだ。アンタは?」
「ミラン・ヴォカール…ここの研究者だ」
息切れしながら、そう彼は言った。
「で、何をやってたんだ?」
「空戦演習だ。 それももっとも愚かな目的の為のな」
「畜生、やっぱりか…
もう既に分かっていそうだが、とりあえず言っておく。
彼女はあれをただの練習だと思ってるよ」
「…ああ、そうか。
で、そんなことを伝えて一体俺に何をしてほしいんだ?」
「彼女はあれが人殺しの兵器だってことを知らないし、
俺は知ってほしくもない」
そこで言葉を区切ると、彼は一呼吸してまた言った。
「止めて見せるさ… 何としてでも」
幸いにも、ここに良心がある人物は少なからずいたようだ。
後で元帥にも教えておこう。
「…なら助言だ」
その発言を聞いて、息切れを起こして地面に顔を向けていた
彼が視線をこちらに向ける。
「あの機体は視界外戦闘にはめっきり向いてないし、
何しろあんなもんを操縦できる奴なんて片手で数えられるほどしかいない。
その事を伝えれば、上もとっとと試験を止めるだろうさ」
「…本当か?」
「こっちもエースパイロットだ。
信憑性は保障する」
それを聞いて、彼はこう言いながら研究所へと駆け出していった。
「ありがとう! 感謝する!」
…ふと上を見ると、
チェコ航空の旅客機が
上空に飛行機雲を走らせながら飛んでいた。
その光景を見ながら、一言ぽつりと呟く。
「元帥に頼まれたとはいえ、
わざわざ出向いて来た結果がコレか。
全く、酷い歓迎だったな…。」
エピローグ:報告書 2025/4/17
数か月にわたる試験の結果、
この機体は視界外戦闘においてはほとんど役に立たないと判明。
結果としてこれを最高機密扱いの技術実証機とし、
カンボジア内の航空基地へと移送する事とする。
また、これに関してパイロットのラトカ・マトウショヴァーは
機密保持の契約及びBISによる一時的な監視を行い
カバーストーリーによる隠ぺい工作も並行して行う事。
- ミラン・ヴォカール
付記:
リボル・シミーチェクは今回の研究に関する責任を取り、
降格及び左遷を行う事とする。
またチェコ保安・情報庁から彼の個人的なスケジュールに
関する書類の提出を求められ、これを了承した。
この事案に関しても直ちに機密指定される。