そう言われたので、あえて一呼吸おいて言った。
「…酷いもんだぜ。逮捕者が出なくても構わん、だとよ」
「え? ストでもやるの?」
「…全員ぶっ殺してもいいって事だよ。
こりゃ、上も相当頭に来てるな」
彼女に向かって、呆れるようにそう言った。
警察だというのに本当にどうかしている。
一体、上層部は何を考えてるんだ?
「ま、あたしはそんなことどうでもいいけどさ。
どうせ外で張ってるだけだし」
「おいおい… なんだよ、それ?
逃走車両に対してはお前が管轄なんだぞ?」
「その時はその時で、まあ何とかなるでしょ」
「全く、お前って奴はなぁ…」
「いいじゃん別に。
あんたこそ、愚痴ばっか吐いてると精神に悪いわよ」
…その愚痴の原因はアンタだがな。そう言いかけたが、
幸いなことにその寸前で踏みとどまれた。
「ほら… 目的地だ。着いたぞ」
そう言って、目の前に停車しているトレーラーの
上に載せてあるLTVz.08多脚強襲戦闘車―
海南の特異な地形が作り出した
市街地における高速戦闘用の車両であり、
彼女がいつも操縦している勤務先を見上げた。
「おい、何やってんだ?」
しかしここまで来たというのに、
彼女は全く動こうとしていない。
何を考えているのやら、この娘は…
「えーと… この中ってさー、結構狭いんだよね。
ずっと乗ってると体が痛くなってくるんから…」
「そうか? 蜂の巣にされるよりはマシだと思うが…」
「ふはははー、対14.5mm装甲だぞ。凄いだろー」
「そうか。背が低くて良かったな」
「…今なんて?」
「いや、何でもない…」
さて。先ほど彼女が言ったように、この車両は非常に狭い。
要は機動性と装甲の為に居住性が犠牲になっており、
そのため悲惨なことに屈強な軍人よりも小柄な乙女の方が
運用には遥かに向いているのである。
「よいしょっと」
そんなことを思っていると、
いつの間にか彼女は車両に乗り込んでいた。
全く、すばしっこい奴だ…
「おい、トンプソン! イチャついてないで早く乗れよ!」
遠くからヤジが飛んできた。
その方向を見ると、トラックの運転席から
知り合いの武警であるオレクサンドルが顔を出していた。
「ああ、今行くよ…」
そう言いながら、トラックの後部座席に乗り込もうとする。
上空を2機の哨戒ヘリが飛んでいった。
現場は既に戦闘状態に入っていた。
装輪装甲車が建物の窓を片っ端から撃ちまくり、
道のど真ん中では一台のトラックが炎上している。
そんな危険地帯の中を、多脚戦車の後ろに張り付きながら
ゆっくりと確実に前進していく。
「阻止砲火を貼り続けろ!
奴らを建物から出すんじゃない!」
「うわぁ、凄い事になってる…」
「何言ってんだ。向こうも同じようなも」
…言い終わらないうちに銃弾が頭の上を掠めた。
「阻止砲火!」
「分かってる!」
彼女がそれを言い終わらないうちに、
7.62mmガトリングが短く回転した。
窓ガラスを一列まとめて粉砕し、
撃たれた一人のギャングが倒れて
看板に激突しつつ地面へと 落下していく。
それを見て流石の敵さんも恐れをなしたのか、
途端に発砲が止まった。
「いいぞ! 前進しろ!」
その瞬間、全員で一気に斜線が通らない場所まで移動する。
そこには先に来ていた武警達が固まっていた。
「お、ようやく来たか。戦力は?
「多脚戦車が1台と武警が二個分隊!」
こちらの指揮官がそう回答したが、
正直増援は必要のないように思えるほどの
戦力がすでに展開している。
ざっと三個分隊はいるだろうか?
「じゃ… ぼちぼちやるか。
おい、開錠頼む」
「了解!」
次の瞬間、既に多数の銃口が空いている建物の入り口めがけて
多脚戦車の12.7mmと7.62mmガトリング砲が炸裂した。
銃弾が壁を貫通して入り口の周辺で
待ち伏せていたギャングを片っ端から打ち抜き、
射撃が終わり次第即座に武警の一個分隊が
壊れかけているドアを蹴り開けて突入していく。
内部はすでに血の海になっていた。
いくつか死体が転がっており、
その周りに千切れた腕だの足だのが吹っ飛んでいる。
「入り口付近は全滅か。息のある奴はいるか?」
「いえ、何処にもいません。
そこらじゅう血だらけですよ」
奥には木製のドアがあったが、
貫通している形跡はない。
中にまだ人がいるな…
「スタングレネードを使いますか?」
「どうせ上は逮捕者が出なくても構わないんだ。ただのグレネードでいい」
中に一発の破片手榴弾を投げると
部屋の中から怒号と叫び声、
それから走り回る物音が聞こえて来て―
爆発音。
中にいたギャングの一人がドアを開けてかろうじて出てきたが、
直後に倒れて動かなくなった。
背中には手榴弾の破片がいくつか突き刺さっているが、
それでも念のためで2発の拳銃弾をぶち込まれる。
「突入」
そう分隊長が静かに言うと、
武装警察たちが中でうめき声を上げながら
地面に転がっているギャング達を素早く掃討していく。
息があろうがなかろうが、頭に一発ずつ叩き込んでいった。
「殺してやる、殺してやる、殺してやる…」
一人のギャングが最後の抵抗をするべく
震えた手で自動拳銃を向けようとするが、
まともに銃を上に上げる事すらできていない。
「出来るもんならな」
そう言ってリボルバー銃を男の額にぶっ放した。
力が抜けた手から銃が抜け落ちる。
「第一分隊はそのまま一階を制圧しろ!
そっちは二階を頼む!」
そう言いながら、武警達が部屋の奥へと移動していった。
「こっちも展開するぞ! 分隊前進!」
分隊長の命令を聞いてこちらのチームが二階へと移動しようとした瞬間、
途端に上から阻止砲火が飛んできた。
「階段上に2名、武装は9mmSMG!」
こちらも負けじと短機関銃や拳銃を撃ちまくった。
銃弾がいたるところに当たり、
そのたびに照明や窓ガラスが壊れていく。
「どうします? フラグを投げますか?」
「投げ返されたり、失敗して
こっちに転がってきたら面倒だ。辞めとけ。
それよりも向こうの弾切れを待った方が賢明だ」
言われた通りにしばらく待っていると、
本当に弾幕が途切れた。
どうやら、撃ちまくっているうちに
両者とも同じタイミングで弾切れになったらしい。
「行け!」
短機関銃をバースト撃ちしながら突入していく。
リロードしていた二人のギャングが撃ち抜かれて倒れ、
一人は階段を転がって一回へと落ちていった。
続いて廊下に飛び出して来た一人も同じく射殺する。
「廊下を制圧!」
「そうか。制圧を続けろ」
武警達が片っ端から部屋に突入し、
次々に高速で内部を制圧していく。
「お前はそこ突き当りにあるの部屋だ! 行け!」
そう言われて、自分も部屋の中に
一人の武警と共に突入することになった。
「おいおい、マジかよ…」
その部屋はいかにも奴らのボスがいそうな雰囲気を醸し出していた。
観音開きの扉の前には高給そうな装飾品が転がっており、
おまけにその下には防弾チョッキを付けて
頭をぶち抜かれたギャングの一人が転がっている。
「とにかく行くぞ。弾薬を再装填してから突入する」
目の前にいる一人の武警が、ドアの横に張り付いて
サプレッサー付きの突撃銃を装填しながらそう言った。
こちらも同じようにリボルバー銃に弾丸を込める。
「行くぞ」
「ああ」
「3,2,1― 突入!」
そう言いながらドアを蹴破って
部屋の中へと飛び込んだ次の瞬間、
内部にはありきたりで衝撃的な光景が広がっていた。
ギャングのボスらしき男が女性を人質に取り、
頭に大口径のリボルバー銃を突き付けている。
「おい! この女がどうなっても―」
サプレッサーにつきものの特徴的な銃撃音がし、
男は政府を言い終わらないうちに倒れた。
女の方はショックか何かで地面に倒れこんでいる。
「畜生、条件反射で撃っちまった」
「おかげで躊躇しなくて済んだな。
…で、この女はどうするんだ?」
「拘束するさ。殺さない事に越した事は無い」
そう言いながら女の方を見ると、
こっそりと男が持っていたリボルバー銃を持とうとしていた。
目線があった瞬間急いで銃に飛びついたが、
撃つ前に容赦なく射殺される。
顔面のど真ん中に穴が開いた。
「おいおい、美人だったのがこれで台無しだ。
容姿に頭が少しは伴ってりゃ、
こんなところで無様に死ななかったのにな…」
そんな言葉を聞きながら、無線に制圧完了を示す
短い報告を入れようとしたその時だった。
突入した反対側から爆発音が二回連続で響き、
直後に半ば叫ぶように無線連絡が入ってくる。
「こん畜生、一階のガレージから逃げられた!
奴ら梱包爆薬で封鎖線を強行突破しやがった!」
散発的に銃撃音が響き渡る中、海南武警に所属する1機の
哨戒ヘリコプターがその上空を飛んでいる。
「こちらブラボー11、逃走車両を発見した。
種類は普通自動車で台数は4台、ルート251を南南西に移動中。」
道路を4台の雑多な乗用車が走り、
それを一台の多脚戦車が追いかけている。
下手なSFのような、実に珍妙な光景だった。
「こちらブラボー11よりチャーリー4※、撃てるか?」
※LTVz.08のコールサイン
「ダメ!民間人に当たる!」
「とにかく追跡を続けろ。
いるだけでも十分に助かる」
その一方でギャング達は平然と銃火器をぶっ放しまくっているが、
多脚戦車の装甲は貫通できずに全て跳ね返されている。
代わりに跳弾がいたるところへと命中し、
そのたびに看板やガラスがぶっ壊れた。
「あー… ブラボー11よりチャーリー4、
フォックスロット17が対応中。
終了次第、発砲許可を出す」
「うん、分かった!
それで対応はいつ終わるの!?」
「5分もあれば終わる。終了次第報告するから待て」
戦闘にいた乗用車のが急カーブして横道に逃げ込んでいった。
無理に移動したせいでブロック塀に車体を擦ってしまい、
カーブミラーがもぎとれる。
「一台が逃げた!」
「こちらブラボー11了解。
仕方ない、オブサーバーに対応させる」
周りに民間車両がいるのにもかかわらず、
近くに待機していた狙撃ヘリの14.5mm狙撃銃による
正確無比な一撃が無慈悲にも火を噴いた。
タイヤを撃ち抜かれてコントロールを失い、
ガードレールを飛び越えて用水路の下へと転落していく。
車が水路に墜落すると同時に、サイレンから
街路封鎖と建物内への避難を告げる放送が流れてきた。
「こちらフォックスロット17、
街路の封鎖及び付近に警告を発令した。
もうハデに撃ってもいいぜ」
「了解っ!」
次の瞬間、多脚戦車が一気に加速して
前方にいた一台の乗用車を跳ね飛ばした。
車が近くの建物に思い切り衝突する。
それと同時に上部12.7mmRWSが横を向き、
銃口を向けられた逃走車両が
ブレーキを踏んで緊急回避をしようとするが
運転手が前部座席ごと撃ちぬかれた。
車は急減速しながら横転し、
そのまま止めてあった無人のトラックに衝突して
中身入りのスクラップと化した。
「おい、ヤベェぞ! もっとスピードを上げ―」
ギャングの一人がそう叫んだが、すでに手遅れだった。
前方の12.7mmと7.62mmガトリング砲が火を噴き、
最後の一台はまともによけきれずにもろに被弾して
銃弾が次々と乗用車の薄っぺらい鉄板を貫通しつつ
最終的にエンジンに引火して爆発しながら
前方に向かって吹き飛んでいった。
その光景を上空から見ていた監視ヘリのパイロットが、
一言だけ無意識のうちに小声で呟いていた。
「容赦ねぇな、あの操縦手…」
戦闘終結後、上空には監視ヘリの代わりに
報道社のヘリコプターが飛びまわっていた。
無線を聞くに逃走車両どもは
いとも簡単に殲滅されたらしいが…
あのバカは大丈夫だろうか?
「あー、疲れた疲れた。
速く帰って休みたいなぁ」
…そう言いながら、
建物の屋根伝いに彼女がとことこやって来た。
コンテンツ「お、戻って来たか。
今回も無事だったようで何よりだ」
「ありがと」
そう言って、彼女は銃痕だらけの建物に
もたれかかっている。
「ところで… 早く帰りたいならどうして、
屋根の下で呑気に雨宿りなんてしてるんだ?」
「あ、その事なんだけどさ…
ねぇ… また、傘貸してくんない?」
再びそう言いながら、彼女はウインクしていた。
全く、懲りない奴だ…
そう思いながらも、先ほどと同じように傘をさす。
「あ、そうだ。傘じゃなくても
逃走車両を捕まえたお礼のタクシー代か
代わりに車で送ってくれてもいいよ」
傘の下に入って次の瞬間、
彼女はそう言いながらこちらを見てきた。
「お礼? なんで俺が」
「えー、だってあいつらを取り逃したのはあんた達じゃない。
私がいなかったら、とっくに解雇されててもおかしくないぞ
…本当に、全く、性懲りもない奴だ!
数日後。海南島にあるチェコ軍駐屯地の一室では、
特別行政区政府の一部の主要メンバーやチェコ軍、
そしてBISが勢揃いしていた。
「…また奴らにやられました。
一つのギャング・グループが壊滅したようです」
「それが何だって言うんだ?」
「奴ら、最近海南独立賛成派のマフィアグループと
ドンパチやってたらしいですよ。
要は独立に協力する事へのお礼でしょう」
「マフィア? 行政区はそんなものまで動員してるのか?」
「ええ。金で動くんです、海南にとっては楽に動かせる駒ですよ」
「有事の際は酷いことになりそうだな。チェコ軍は迎撃できるのかね?」
「恐らくはできます… が、多くの損害を被るでしょうね」
「どのぐらいだ?」
「向こうがどれだけ兵器を密輸しているかによります」
「そうか… 現状ではどのような対策が出来る?」
「親チェコ派によるクーデターですね」
「クーデター? 独立勢力じゃあるまいし」
「いえ、それよりもずっと穏便な物ですよ。
とにかく説明を―」
…そして彼は説明を始めた。
その「穏便な」計画が、
後にもっと過激な計画を招くことも知らずに。
→会議は進む、されど踊らず/La réunion continue, mais il n'y a pas de danse
多脚戦車パイロット
ミラネッティ・サーラ
イタリア系。
明るく元気で活発な子。
クリストファー・トンプソン
元チェコ警察、米国系。
情報収集能力だのなんだのに優れているくせに
何故か戦闘しまくる部隊に配属されてしまった哀れな男。