Vortumna (Mike Allen)
前話がそれだったので次は「書き出しからタニス・リーぽい」と感じるのは仕方ないだろう。最初の二段落でたちまち妖艶というか惨麗な、異形の美的世界に飛び込んでしまう。ダークファンタジー始まったなと思う。
けれどこの話もまた別の意味で、読者は素直に耽美に愉しめる話かはどうか。タニス・リーのトリビュート集のために寄せるメタ的な寓意はすぐに察せられ、不思議な世界ではあるけど、話の結末はあらかじめ、わりと早くから読めてしまいもする。
それはそれとして、リー作品関連からの特殊な諸点を記しておくと、第一節では
The pain, they believed, was the purpose.
でも「痛み」がこの演目の主題じゃないのよ。――という。『悲痛な目に合いながら、満身創痍で進んでいくこと』というのはダークファンタジーというジャンルの主要な属性である。
タニス・リー作品といえば、主人公は毎回のように辛苦に身を切ってずたずたになりながら冒険していく。そのときでも、書評にはゴア要素が盛んにもてはやされるもので、残酷・無惨で血みどろ、あでやかで不気味なイメージの魅力……というのは電子版を買っても巻頭に当時の短評が載っている。――でもゴアが本題じゃないのよ。
ゴアが本題じゃないならわざわざ毎回ゴアなシチュエーションで話を始めなくていいじゃないか。第二節ではモラルについても触れる。主題はモラルなんでしょ?……という文学ファンの読み方がある。わたしも最近その関心になって何度も言及しているのでわかるけど、どうやら本作は、「作家の寄稿小説という形でするタニス論」みたいな……「現在のタニスは正しく読まれていない」のような発表なのかな、という気が半分してくる。
その中でも、
in exasperated amusement, in weary contempt,
最近も挙げていたシニシズム的な表現。これはリーの70-80年代の中でくり返す特徴的な表現の面白さで、バースグレイブからヴィス頃の初期を踏まえて読んでいる読者ならやはり「おお」と思って目を引かれると思う。なるほど予想通りだ――と思って読み終えると最後の一文でどうなるのか。
笑ってはいけないけどタニスファンとしてもあらかじめ求めるものが高い短編です。純粋にファンタジーとしてはそんなに面白いものか。妖美なイメージは美しいとは思うけど……。処々の現代語の語彙はわたしには難しいものもあり、辞書よりはネット検索したほうが早かった。
その皮肉を引っ込めてくれれば第一級の作品でいいのに、みたいなことをいうとファンの出しゃばりなのか。だって作中でも an unneeded barb のようにも言ってる。
「サークルの内輪ネタじゃないか」みたいな印象は同好のアンソロだからいいのか。日本のファンとしては羨ましいのかな。
タニス・リー本人の作品にこういう異形な未来世界があるかというと、それそのものではないけど、たとえばバイティング・ザ・サン、原書は1976年で作家の初期からある。SF作品はそんなに訳されていないらしいので、わたしはこれから追っていくようなところ。