ガラテアの音を求めて
西海岸のLAストリートにZACという若者がいた。ZACはスターガルト病を患っていて、中学の頃に発症した視力低下がその頃にはかなり進行し、いずれは失明に至ると知りながら、治療の当てはなく、漠然と将来に悲観しながらその日その日を暮らしていた。
ストリートに屯する世代には、種類や程度は違えど、各々に障害や満たされない家庭事情を抱えて享楽にふけっている者が少なくなかった。そうした先のない若者達の間にも、とあるおとぎ話めいた噂があり、それは『地球上のどこかにあるアマンドラの国に行き、天使ガラテアのピアノを聴けば願いが叶う。癒えない病もない』というのだった。くたびれた夜のホステスからそんな噂を聞いたとき、ZACは、子供の頃から神や奇跡は信じないが、世の人の不幸をタネに商売しているというその女のことは無性に気になった。
LAからアマンドラ国へは容易な道のりではなく、途中アラスカからシベリアの大地を踏破し、幻のティル・ナ・ノーグを経てやがてアケローンの丘を越え、ノーザンバランドの古伝承の地に至るまでに十五年の歳月が駆け去っていた。この地、アマンドラ国の天使といわれる女王ガラテアは、伝説に語られる通りに今も聖堂でピアノを弾き続けている。悲愴曲「LOW」の強大な呪いのために歴代のピアノマスター達の身体は蝕まれ、演奏することで生命を削るように皆死んでいったというが、当代の女王ガラテアについては、呪いがかえって良い方向に効いたのか、若々しく健康そうで、何百年も昔の伝説より若返ってさえいるようだった。
ZACの視力はこの頃にはほとんど失われ、周辺視野でわずかに朧な像として女王の姿を捉えるだけだった。演奏が始まると、ZACの卑屈に凍っていた口元は震え、背骨を貫いて電流が走った。流麗な顫音が流れ去り、やがて余韻を引いて聖堂の静寂に消えていくまで、いまだ朦朧と恍惚の間に抜けきらぬZACは、よろよろとガラテアのほうに歩み寄っていった。
まじ感動したです。馬鹿な噂聞いてわざわざ来たんスけど……。これジャズすか?
べたべたする手に手を取られて、天使は戸惑いながら「クラシックです」とかろうじて答えた。昂奮のあまり一時的に吃音も収まったZACは、勢いで「結婚してくれねースか」とまで詰め寄った。
あの、ボク……。ごめんなさい。
一蹴されたが、自分の不細工なことならストリート時代から承知しているZACは、いんスよ、と陰気に笑いながら、
じゃ。ロスに帰ったらあんたのことコロンで宣伝しておくから。な?
え……ありがとう。
もとの道をたどって再び西海岸に舞い戻ったZACは、宣言の通り、コロンのハコのロビーチャットで天使ガラテアのアルバムを宣伝する仕事につき、それなりにその後を幸福に暮らした。ガラテアのピアノを語るについても、「クラシックはわからねーけど」と前置きに挟む癖はやめなかったそうだ。