『煽りではない』
平和憲法の本文に解釈の余地はなかろうと思えるものも政治的にどうでも解釈される
というレベルに較べれば、銃刀法か何かを根拠にアキバで若者をしょっぴくみたいな次元は問題にならない。
『煽りではない。法の執行については、もっと深刻な問題がある。それは、殺意があるかなしかで殺人罪の軽重が決まる現行法の解釈で、殺意がなければ殺してもいいというところにまでいく!』
ここでの〝煽り〟はあくまで字義どおりらしい。
ここはちょっと違うなと思う。当時のネット語の「煽り」は相手の書き込みに対して意図的に挑発的か、侮辱的な言いがかりのレスをつけて、相手が乗ってくればスレで寄ってたかって盛り上がる遊戯の習慣。『リーンの翼』のここでは、『集団の気勢を上げるための(仲間を)扇動するスローガン』と解しているようだ。
2ちゃねらーの感覚でこの文章を読むと少し変な気分になると思う。もともと字義通りではないし、「らしい」と紹介した行動とも違う。スレを加熱か加速させる、祭りという意味では同じだが。ともかくロウリィは「これは掛け値無しにシリアスな現実だ」と言いたかったのだが、『煽りではない』もリアルジスミナに通じたかどうか。
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2010年の小説を2026年に読んでいるだけなのに変な注釈だ……。そんなこと言うわたしも真面目にネットに耽っていたことはないし、小説としてどうしても完璧な考証を期すことは誰にもできまい。深入りはせずに、ロウリィやエイサップの話に集中しよう。
ごく最近出版の、現代日本語の用法の言語学の本をめくったとき、20年は昔のネット語も現代語研究の中で手短に紹介しなければならないらしい事情には一読してげんなりした。その項に続いては、「ケータイ語」とか。
正調の常用語でいえば、
『今良い話をしているんだから余計な茶々を入れるな。煽ってんじゃねえよ。こういう馬鹿がいるからスレの空気が悪くなって荒れるんだ、クソが』
のように半ギレになった人がいたら、『そいつ煽ってねーよ。興味あるからその話つづけてよ』というのは『煽りではない』という言い方になると思う。穏当な宥めかな。そんな執り成し対応は普通されないと思う。黙ってNGしとけが鉄則のはず。