まだ考えない人(チェコ)
副管理人 d0070d6c48
2025/08/22 (金) 21:27:44
8月15日、海南省。楽東リー族自治県。
この県の湾岸部にある高速道路は
人道回廊として非武装地帯に指定されていたが、
全ての勢力がそれに従うとは限らなかった。
しかし海南救国政府もチェコ政府もそれに従っていたため、
誰もがここは安全だと信じ切っていたのである。
だが現実は悲惨だった。
この非武装地帯はギャングにとって都合のいい狩場であり、
襲撃や略奪がすぐに相次ぐことになったのである。
しかし、チェコ政府はすぐに対処した。
作戦名「スフォルツァンド・インテルメッツォ」―
退役軍人を中心とする自警団のニュー・ナズタル軍団を
戦力の中心として人道回廊の安全を確保する作戦は
何よりも迅速に計画され、そして実行されたのである。
…双眼鏡で遠くを偵察すると、
海岸線に延々と続いているだけの
実に不毛な景色のハイウェイと
容赦なくギャング集団をなぎ倒している
汎用ヘリコプターの姿が見えた。
一方で逃げ惑っている避難民たちは全く見えず、
どうやら車の中に立てこもっているらしい。
その光景を見て、
自警団員達が口々に話し合っている。
「何が人道回廊だ…
こんなの、ただの略奪街道じゃないか」
「だから我々で奪還するんだよ。
自警団なら自警団らしく、
きっちり安全を確保しなきゃならない」
「なぁ、この作戦に給料は出るんだろうな?」
「ノヴォトニー首相の金払いは良かったぜ。
今も同じじゃねぇのか」
「また戦争かよ。
これで終わりだといいんだがな」
「終わり? 指導者すらぶっ殺してないのにか?」
そんな風に話し合う退役軍人の集団に混ざって―
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「やっぱりヘリって強いんだね。
おばあちゃんから聞いた話とは大違いだよ」
「それ、第二次インドシナの話でしょ?
今は2025年だし… そりゃ強くなってますよ」
…この場に似つかわしくない二人の乙女が、
そんなふうに談笑していた。
しかしその一方でその恰好は特殊部隊と大差ないものであり、
おまけに装備は全て最新鋭の物で固められていた。
片方はライラ・ニーニコスキ。
チェコ空挺軍スペツナズ所属の精鋭兵で、
こう見えても最高クラスの狙撃手の一人。
その横にいるミレナ・レヴァーも同じく
スペツナズ所属の空挺で、チェコ軍唯一の人外である。
「お前ら、見とれてないでとっとと車両に乗り込め!
そんな所でチンタラ話してると戦争が終わっちまうぞ!」
そう全員に大声で命令したのは、この自警団の一部隊を指揮する
ルボミール・プロヴァズニークだった。
彼は第五次中東戦争などに従軍したベテラン兵で、
ライラが入営時代の時に知り合った古い友人でもある。
「ねえ、私はどの車両に乗り込めばいいんですか?
まさか年頃の女の子を徒歩で歩かせるわけじゃないでしょうね」
そうライラが聞くと、ルボミールはすぐに回答した。
「安心しろよ、俺の車に乗せてやるさ。
何事もスピードが肝心だしな」
「はぁーい!」
…そうミレナ・レヴァーがやけに元気な声を出した。
展開準備を終え、既に車両に乗り込んでいた
自警団員たちが一斉にこちらに振り向く。
ああ、全くこの後輩は…
ライラ・ニーニコスキは、半分呆れながら思っていた。
「30秒後に前進する。準備しろ」
「あい」
そう返事をしながらライラが
アサルトライフルを装填しているとき、
ルボミールは車の椅子の下から
携行式の対戦車ロケットを取り出していた。
「…何に使うんですか、それ?」
「なに、単なる景気づけだよ。
コイツで奴らの度肝を抜いてやるのさ」
「民間人に命中したら不味いことになりますよ」
ライラが呆れながらそう言ったが、
ルボミールはそんなこと気にしていないらしい。
「これでも戦争中は対戦車特技兵だったんだぜ?
確実に当ててやるさ」
「ま、形は違えど当たるでしょうね…」
「車両隊は突撃しろ!ハデに行くぞ!」
そう言って、ルボミールは勢いよく
対戦車ロケットをぶっ放した。
ロケット弾はハイウェイの少し手前に止まっていた
ギャング集団車両の中めがけて
吸い込まれるような弾道で綺麗に着弾し、
ガソリンか何かに誘爆したのか大爆発を起こした。
吹き飛んだタイヤが四方へと飛び去って行く。
それを皮切りに、自警団が乗り込んでいる
半装機式バイクや民間車両を改修して作った
即興の歩兵機動車に乗り込んだ車両群も一斉に移動を開始した。
全員が各々に持っている火器をフルオートで撃ちまくり、
中には分隊支援火器を狙いも付けずにぶっ放す者もいる。
薬莢をその辺にバラまきながら、
車両は急速にギャングの元へと突っ込んでいった。
「撃て、撃て!あの車両どもを止めろ!」
敵もすかさず撃ち返してくるが、
銃弾は車列の後方へと着弾する。
…ただ、反対にこちらの銃弾もあまり当たっていなかったが。
「あの、どこまで行くんですか!?
間違えれば民間車に突っ込みますよ!?」
「ドライバーに期待しな!」
「帰ったら訴えてやる!」
ライラのその叫びむなしく
車はスピードを落とさずに突入していき、
敵の一人を思い切り跳ね飛ばしてようやく止まった。
フロントガラスが割れてはいないが、
血痕が付いて前が見えにくくなっている。
「あーあ、どうするんですか?
私は掃除しませんよ」
「言っただろ、ドライバーの責任だよ。
…総員降車! 残存している奴らを掃討するぞ!」
そう悪びれずに言うと、
ルボミールはVz.68短機関銃を持って外へと出ていった。
ライラとミレナ、それから車両のドライバーも同じく銃を持って降車する。
「おいライラ!お前何持ってきたんだ!?
「私はCz807アサルト、ミレナはVz.92散弾!」
「そうか!やってやろうぜ!」
かくして戦闘は始まった。
銃撃戦はほぼ一方的に展開された。
なにせギャング側はバイクを乗り回す必要があるからか
ソードオフの散弾銃やリボルバー銃などの火器しかないのに対し、
自警団員は軍用のバトルライフルや
対物ライフルまで装備しているのである。
しかもただの犯罪者と退役軍人の集まりなのだから、
練度にも天と地の差が存在していた。
相手の射程外から、一方的に単発やバースト撃ちで
片っ端からギャングを掃討していく。
正直この戦闘を書き起こしてもあまり面白そうにないため、
ここに派遣されている自警団所属もといルボミールの部下である
7名について紹介することにしよう…
「擲弾手ですか?今頃珍しいですね、貴方も」
「何ぃ!?よく聞こえねぇよ!」
ライラ・ニーニコスキのその発言を、
どうやら元独立戦車旅団所属のアルビーン・ジガは
全くと言うほど聞こえていなかったらしい。
現にこの男は、先ほどから続けざまに
銃身下装着式のグレネードランチャーを
ギャング団の車両めがけて撃ち込み続けているのだ。
着弾するたびにバイクやSUWが吹っ飛び、
逃げようとしている車両も乗員もろとも
次々に鉄屑へと戻していく。
「ライラおねーちゃーん、耳が痛いよぉー」
奥ではミレナ・レヴァーが小さく悲鳴を上げていた。
「えーい、うるさい!黙って戦え!」
ライラもそう叫びながら銃弾をぶっ放す。
奥では、炎上する車両からギャングが
こちらに目もくれずに逃げ出していた。
「奴ら逃げてよ、どうするの!? 追う!?」
「後方に狙撃手が展開してる!
ここは一旦彼らに任せて個々の安全確保を続けて!」
「了解!」
そう言いながらミレナがスラッグ弾をギャングめがけて撃ち込む。
それと同時に、遠距離からの狙撃によって遠くにいた
別のギャングの一人が射殺された。
「命中。いい腕だ、ヴァスィル」
「ありがとうございます」
そんな風に相棒を褒めながら
対物ライフルのスコープを除いていたトリスタン・モルコは、
この分隊の中で唯一のフランス系チェコ人だった。
彼は元山岳部隊の強硬偵察班所属で、
東州内戦において従軍した経験がある。
その横にいたヴァスィル・ストリーチェクは
彼のスポッターだったが、モルコとは違って
所属は独立自動車狙撃旅団で従軍経験も無い男である。
「距離900m、風速北西1m」
「了解」
再びトリスタンは引き金を引いた。
14.5mmは目標に向かって正確に飛んでいき、
敵の一人の胴体を正確に撃ちぬく。
弾丸はそこに大穴を空け、
その衝撃でギャングを地面に押し倒していった。
「一人やった。次の目標指示を」
「了解… ん?」
その時、ヴァスィルは双眼鏡の片隅に何か動くものを見つけた。
最初は倒れているギャングの一人かと思ったが、
よく見ると匍匐前進で少しずつ動いている。
「トリスタン、9時方向だ!
不意打ちしようとしてる奴がいるぞ!」
「距離と風速は!?」
「距離820m、風速―」
そう言い終わらないうちにギャングは素早く立ち上がり、
素早く拳銃を構える。
…間に合わない。そう思った次の瞬間だった。
「畜生が!」
ギャングの一人が近くにいた自警団員―
この中ではルボミールに次ぐ古参兵である
元独立旅団所属のエヴシェン・ルニャークめがけて
拳銃をぶっ放し、その銃弾は彼の右耳を掠めて飛んでいった。
…その直後、ルニャークもすぐさま持っていた火器で反撃した。
バトルライフルから放たれた3発の7.62x54mmR弾は、
容赦なく目の前にいたギャングを真っ二つにする。
哀れなギャングの下半身はその場に崩れ降ち、
上半身も這いずりながら逃げようとしたがすぐに動かなくなった。
エヴシェンはそれに対して容赦なく無言で
ギャングの頭に再び7.62mmを撃ち込み、
スイカのように首から上を丸ごと吹っ飛ばす。
「こん畜生…」
彼は耳を抑えながら、
治療の為に後方へと下がっていった。
「おい、ロベルト!早く来てくれ!」
彼が呼んだロベルト・ジェムリチュカは、
自警団の中でも貴重な過去に衛生兵をやっていた兵士だった。
その言葉を聞き、彼はすぐさまマークスマンライフルを持って
こちらに一直線で駆けつけてくる。
「どうした、どっか撃たれたのか」
「右耳から出血してる! コイツを早くどうにかしてくれ!」
「おいおい、それぐらいで死ぬわけないだろ?
んなもん馬鹿げてる」
「何ぃ!? これで死んだら責任取ってくれるんだろうな!?」
「とにかく、
ここはスヴァトスラフとシュチェチナに任せて交代するぞ。
移動開始!」
「けが人になんて事させやがんだ、テメェ!」
…海兵隊所属のスヴァトスラフ・カウツキーと
空挺軍所属のイゴル・シュチェチナは、
遮蔽物に隠れながら先ほどと同じぐらい不毛な会話を行っていた。
「見ろよ、コイツは俺のCz.92セミオートショットガンだ。
しかも銃下部と上部に自前でマウントを乗っけてるやつで、
上に倍率2倍のアメリカ製テレスコピックサイトと
可視光と赤外線のモード切替が可能な
複合レーザーサイトを取り付けてあって、
下には軽量化されたフォアグリップをくっつけてあるし
しかもマズルブレーキだって装備させてあるんだぜ。」
「だから何なんだよ、スヴァトラフ?
撃てて殺せりゃそれで十分だろ」
「何? じゃあお前はどんな銃を使うんだよ?」
「ZK-383短機関銃。40年代の奴だが、
その分信頼性はお墨付きのいい銃だよ」
「そんな古い銃を使うのか?」
「故障しないからぶっ壊れも捨てられもせず、
こうやって古い銃になったんだよ。
逆にお前はそんな自分でカスタムしたような銃で、
問題も無く戦い続けられるのか?」
「安心しろ、この銃には対人用に特化した
高級な12ゲージホローポイント弾をフル装填してる。
この弾を食らってマトモに動ける奴はいないさ」
「そうか。お前が粗悪品を
掴まされてないといいんだがな」
「民間人に舐められるんじゃねぇ、お前ら!
サンヤー・ハイウェイ・ギャングの誇りはどうした!?」
そんなことを言っていると、
2人のリーダー格らしいギャングが突っ込んできた。
一人は大口径のリボルバー銃を、
もう一人は両手にマシンピストルを持っている。
それを見て、スヴァトスラフは素早く
もう一丁の短機関銃を取り出した。
「チッ、何がギャングの誇りだよ。
おいスヴァトラフ、早く撃て」
「ああ、わかってる。
こういう時にはこの銃を使うんだ、Cz.02短機関銃!
コイツには4倍サイトを乗せて、
さらに精度が高いPBP弾を装填してある。
しかも下には切り替え式レーザーサイトを―」
「そんな事はいいから、とっとと、早く撃て!」
「了解!」
短機関銃が2回だけ短く閃光を放ち、
敵の両方が地面に崩れ落ちて動かなくなる。
それを見て、残っていた僅かなギャング達も逃げ出して言った。
「逃げてくぞ。終わったか?」
「…まだ終わっちゃいないさ。
内戦はまだ続いてるんだからな」
急に後ろから話しかけられる。
…声のした方を見ると、
耳に包帯を巻いているルニャークが立っていた。
「生きてたのかルニャーク。
てっきりショック死したのかと思ってたぜ」
「ああ。もしそうじゃなかったら、
心霊体験としてテレビ局にでも話とくんだな。
…ところで、アイツまだ雑学を言いふらしてんのか?
俺には全く理解できんぞ」
「ま、銃ってのは自分の命を預けるためのものだ。
あながちアイツの言動も理にかなってるかもな…」
一方その頃、ロベルトとルカーシュ・プロコペツ―
元国家憲兵大隊所属の熟練兵― は流れ弾などで
負傷した市民がいないか辺りを走り回っていた。
「君たち、大丈夫かい?」
プロコペツが車をのぞき込むと、
そこには4人の日本人家族が乗り込んでいた。
「は、はい…」
その中の一人が回答する。
見た感じ、歳は女子高生ぐらいだろうか?
「ルカーシュ・プロコペツ、自警団所属だ。
もう安心してもいいよ」
「あ、えーと… 倉田朝羽です」
「…そうか、名前を教えてくれてありがとう。
じゃあ、僕は負傷者がいないか探してくるね」
「あ、ありがとうございます…」
そう言って、プロコペツはまた駆け出していった。
それと同じとき、ライラ・ニーニコスキは
ルボミール・プロヴァズニークとあーだこーだ話し合っていた。
「救出したはいいものの、本当にとんでもない量の避難民ですね。
…これ、どうやって送り届けるつもりなんですか?」
「後で海軍にでも頼んで脱出させるさ。
無線の周波数はチェコ政府に教えてもらってるし、
LCACとかを揚陸させりゃどうにかなるだろ」
「そうですか。ありがとうございます」
「それで、お前はこの後どうするんだ?」
「東方市近郊への深部偵察に。
それと、場合によっては現地部隊への連絡も。
昨日から無線が不通になってるんです」
「そうか… 俺たちも協力するか?」
「協力? なんか貸してくれるんですか?」
「いくら隣の市とはいえ、こっからじゃ遠いだろ?
こっちの車両に乗せてってやろうか?」
「そりゃ乗せてって欲しいですけど…
あなたの上司は快諾するんですか、それ?」
「こっちの任務に協力してくれたんだ。
向こうも同じように協力させてくれるだろ、多分」
「…あらかじめ言っておきますけど、
私は貴方の責任について弁解しませんからね……」
8月20日、海南省東方市。午後9時きっかり。
チェコ軍の抗戦むなしく包囲下に置かれているこの場所を、
ライラ・ニーニコスキ達は遠くから眺めていた。
市街地からは黒煙や対空砲火が立ち上っており
時折爆発によってビル街のシルエットが
逆光によって照らされている。
「おい… マジでこんなところに突入するのかよ?
こんな無茶は中東以来だぜ」
エヴシェン・ルニャークがそう言ったが、
誰も返答するものはいなかった。
「…分かったよ、やればいいんだろやれば。
こん畜生…」
それを聞いて、ライラがハンドサインで指示を出す。
部隊はゆっくりと前進していき、
そのまま暗闇の中に消えていった。
→Semper Fi/常に忠誠を