「下水道を使って移動します。
使い古された手ですが、まあ役には立つでしょう」
「え、そんな所に行くの?」
「敵の大部隊と戦いたいなら行かなくてもいいですよ。
ほら、そこの早くマンホール開けてください」
ミレナ・レヴァーがそう言ったが、
ライラにそう言われてしぶしぶ了承する。
「籠城地点は分かるのか?」
続いて、トリスタン・モルコが
マンホールの蓋を開けながらそう言った。
「場所は事前に頭の中に叩き込んでます。
見なくても大体の場所はわかりますよ」
マンホールを開け、
一人づつ下水道へと下がっていく。
電気が途絶えているせいで通路は薄暗い。
「うわ、目の前が全然見えないね。
自警団のみんなから暗視装置を借りておいてよかったよ」
「ええ。
…分隊、前進!」
そう命令を下した瞬間、
全員が薄暗い下水道を一斉に駆け出した。
下水道内には全くと言っていいほど敵がいないらしく、
こちらが走る音と水の音以外は何も聞こえない。
「…停止して。
そのまま水路内に退避」
しばらく走っていると、ライラが静かにそう言った。
暗かったことが幸いし、
奥から懐中電灯を持ってやって来る敵が
はっきりと見える。
「前方から敵兵2名。殺るか?」
「不許可。バレると面倒ですし、
水路の中で動かずやり過ごします」
「了解」
通報 ...
懐中電灯の強力な明かりは
照らしたところを非常に見やすくするものの、
その代償として暗い場所はますます暗く見える。
敵兵はこちらに気づくこともなく、
そのまま下水道を歩き去っていった。
さらにもうしばらく待って、
分隊は再び前進し始める。
作戦開始から既に15分を過ぎていた。
「…この上が籠城地点のはずです」
「じゃ、あそこにいる奴らは一体何者なんだ?」
ライラ・ニーニコスキが目標地点にのほぼ真下に到着したとき、
そこには夜間迷彩に身を包んだ兵士たちがいた。
規模は三個分隊ほどで、さらに全員が
消音機付きの火器を装備している。
「…味方か?」
そうルボミールがライラに言った。
「私たちの他に潜入している部隊はいませんし、
籠城してる部隊ならわざわざこんなことをする意味がありませんよ」
「だとすると、ありゃ見た目から察するに特殊部隊だな。
敵さんも同じ事を考えてたって訳か」
「でしょうね」
「撃つか?」
「こっちが始めるまで待機して。」
そう言いながらライラは
近くに流れていたレジ袋を拾い上げて
その中に手榴弾を入れ、
敵兵の背後めがけて放り投げる。
レジ袋はコンクリートに叩きつけられ、
そのままぐちゃぐちゃになって着地した。
「レジ袋? なんでこんなものが―」
敵兵が不思議に思いながらレジ袋を拾い上げようとした次の瞬間、
ベストタイミングで手榴弾が爆発した。
それと同時に一斉に分隊員が一斉に射撃を開始する。
サプレッサーの特徴的な発砲音が
短く下水道に響き渡った後、
海南武警の全員が地面に倒れていた。
それと同時に戦闘音を聞きつけたのか、
上から人声と走り回る音が聞こえてきた。
ライラはマンホールを銃で叩き、
そして大声でこう言った。
「ライラ・ニーニコスキ、チェコ空挺軍の先遣隊!
只今到着しました!」
一人の空挺兵がやってきてマンホールを開ける。
周りの友軍達がその光景を驚きながら見ていた。
…海南市の一角は、
今や一大防衛線に作り替えられていた。
空挺軍が持ち込んだ重火器、
海南武警の装備している歩兵用火器、
そして市民が持ち込んできた各種消耗品―
その全てがこの場所にかき集められた結果、
今やこの場所は一種の要塞のような
様相を醸し出していた。
窓からは機関銃や自動擲弾銃の銃口が覗いており、
屋上にも迫撃砲が備え付けられている。
入り口に至っては戦車が門番代わりに配置されていた。
「奥でシェンケジーク中将がお待ちです。
こちらへ」
案内役らしき兵士がそう言って
ライラとミレナを建物の中へと誘導していった。
ルボミール達も付いていこうとするが、
その寸前で別の兵士に止められる。
「おい、俺達もこの二人の護衛で来てるんだぞ。
どうして入れないんだ」
「事前に上からそう連絡されてる。
外で仲良く待ってるんだな」
「…ああ、分かったよ!」
そう言って、ルボミール達は引き返していった。
ライラ・ニーニコスキとミレナ・レヴァーは、
建物の地下にあった司令部へと案内された。
士官たちが無線機で指令を送っている中、
唯一1人の男だけが椅子に座って地図を眺めている。
その男はこちらを見るなり、
すぐさま立ち上がり敬礼してこう言った。
「チェコ極東方面軍隷下第9軍司令官、
ヨゼフ・シェンケジーク中将です。
戦況はどうなっているのでありますか」
「南方においてチェコ空挺軍及び海兵隊、
それから日本軍の一個海兵大隊と
二個機械化歩兵大隊が全面攻勢を開始しました。
もちろん、この場所においても海兵隊一個旅団による
奇襲的な奪還攻撃が計画されています」
ライラがそう言うと、シェンケジーク中将はその場にいた全員に
展開している部隊を後方に戻すよう命令した。
「我々は誤爆防止の為に防衛戦に留まると
本部に伝えることは可能でしょうか?」
「了解しました、後でそう伝えておきます。
…では、こちらからも質問を。
消耗品の備蓄はどのぐらいありますか?」
「一週間は持ちますが、
それ以上はどう頑張っても不可能です。
それよりも医療品が圧倒的に足りません」
「戦力は?」
「二個自動車歩兵旅団と一個憲兵大隊、
それと海南武警が三個中隊。
ですがどの部隊も医薬品不足で損耗が酷く、
このままでは弾薬が尽きるよりも
早く戦闘不能状態に陥るでしょう」
「そうですか。
もしも海兵隊が攻勢に失敗したら、
空挺軍のヘリ部隊を回して
増援の派遣及び負傷者の後送、
あと大規模な空輸を行うように言っておきます」
「感謝します。
ところで、海兵隊はどこから攻勢を行うんでしょうか?
そちらが要請すれば、それに合わせてこちらも支援攻撃を行いますが…」
「ああ、それは…」
その時、地上では突然小さな爆発音のような音が響き渡った。
周りにいた全員が条件反射で地面に伏せる。
「迫撃砲ー いや、違う!」
なかなか着弾音が聞こえてこないことに気づいた
エヴシェン・ルニャークがそう叫びながら空を見ると、
甲高い音を立てて飛んでくるはずのそれは
辺りを照らしながらゆっくりと落ちてきていた。
「…畜生、照明弾だ! 来るぞ!」
その声が辺りに響き渡るのと同時に、
遠くでは海南軍による攻撃が始まっていた。
照明弾が発射されたとき、
海南武警の離反派に所属するクリストファー・トンプソンと
ミラネッティ・サーラの二人組は他の離反派と共に
塹壕に立てこもっていた。
今やサーラが乗っている多脚戦車は
大量の土嚢やらヘスコ防壁やらで固められており、
高性能戦車から簡易トーチカへと成り下がっていたのである。
「おい、奴ら来たぞ。
…聞こえてるか、サーラ?」
「うん。聞こえてる…」
数日間にわたりぶっ続けで続いた塹壕戦は、
短時間での犯罪者制圧を目的として編成されていた
海南武警の精鋭部隊を肉体面でも
精神面でもすっかり疲弊されていた。
しかも敵は犯罪者などではなく、
(ほぼ全員が顔も知らないような奴だったが)
かつての同僚なのである。
こうしてこの部隊の士気や充足は急速に低下していき、
僅かな空挺軍の精鋭兵とかき集められた民兵の増援によって
どうにか戦線を維持するまでに
この地点での戦況は悪化していたのである。
「ここを突破させるな!
意地でも奴らをここで食い止めろ!」
ここの部隊を指揮している
チェコ空挺軍の小隊長がそう命令した。
大量の敵兵が奥からやって来るが、
友軍による支援砲撃や機関銃の掃射により
たちまちのうちになぎ倒されていく。
どうにか防衛線の近くまで到達した敵兵たちも、
ワイヤーや手榴弾によって作られた簡易的な地雷によって
次々と周りを巻き込みながら吹き飛んでいく。
「畜生、奴ら平気で突っ込んでくるぞ!」
「とにかく撃ち続けろ!」
「右から敵車両部隊!」
「サーラ!撃て!」
テクニカルに乗った一団がやって来たが、
12.7mmと40㎜擲弾の掃射に合って一瞬でなぎ倒された。
コントロールを失った車両が建物に衝突し、
さらにガソリンか何かに延焼したのかそのまま爆発する。
「もう一台来たぞ! ああクソ、なんだよありゃ!?」
さらに前面に装甲版を車両が猛スピードで突っ込んできた。
7.62mmを弾きながらすぐ近くまで達してきたが、
流石に12.7mmを防御することはできずに
エンジンを撃ち抜かれて停車する。
ドライバーがドアを開けて逃げ出していった後、
車は大爆発を起こして木端微塵になった。
「自爆車両!?」
「相手の事情なんて知った事か! 撃ち続けろ!」
「さらに2時方向から敵歩兵!」
続いて来たのは民兵群だった。
全員がガムテープやら何やらで
銃火器に着剣しており、
叫びながら一斉に突っ込んでくる。
「ステファーヌが撃たれた!
衛生兵を頼む!」
「こちらE中隊より司令部、
増援を要請する!早くしてくれ!」
「狂信者どもを撃ち殺せ!」
辺りに大量の銃弾と手榴弾が飛び交い、
さらに接近した兵同士の白兵戦までもが起こっていく。
今や戦闘は最高潮に達していた。
その時。
「10時方向から対戦車―」
直後、辺りへと銃弾をばら撒いていた
多脚戦車に向けて1発の対戦車ロケット弾が命中した。
車両前部が激しく黒煙を吹き出しながら炎上し、
搭載している各種弾薬が音を立てて暴発していく。
「サーラぁ!」
トンプソンがそう叫んだが、
それと同時にその声をかき消すように
敵からの迫撃砲攻撃が始まった。
「馬鹿野郎! お前も死ぬぞ!」
彼女を助けに塹壕から飛び出そうとしたトンプソンを
一人の民兵が掴んで止める。
「何言ってんだ、同僚がやられてるんだぞ!?」
「飛び出しても迫撃砲で死ぬだけだ!
それよりも敵を食い止めろ!」
そう言いながら民兵は振り返り、
イベリア製の古いボルトアクションライフルをぶっ放した。
「ああ、畜生…」
そう言いながらリボルバー銃を装填する。
「くたばれぇ売国奴!」
3発まで装填を終えたところで、
そう絶叫しながら民兵が突っ込んできた。
手には短機関銃を槍のように構えており
フレームにはテープを使って
サバイバルナイフがくっつけられている。
「クソ!」
こちらもリボルバーをぶっ放した。
弾丸は相手の眉間へと性格に命中し、
脳味噌を後ろに向かって吹き飛ばす。
続いて、その後ろからさらにもう二人が
拳銃を乱射しながら突撃してきた。
すかさず先ほど射殺した一人を片手で引き寄せて盾にして防ぎ、
そのままもう片方の手でリボルバー弾を胸に二発ぶち込んで一人を射殺する。
さらに奥にいる最後の兵士にも銃弾を発射しようとしたが、
その前に銃弾がとっくに切れていることに気づいた。
(…弾切れか!)
そう思いながら、素早く腰からナイフを引き抜いて
三人目の敵兵めがけて放り投げる。
ナイフは敵の首に深々と突き刺さり、
そのままよろめいて地面に倒れた。
「いくらでも来やがれ、こん畜生が!殺してやる!」
そう叫びながら再びリボルバー銃を装填する。
迫撃砲弾の雨は未だに止んでいなかった。
「ひでぇ状況だな」
ルボミール・プロヴァズニークが増援と共にやって来た時、
戦況は壊滅的な状態に陥っていた。
塹壕内の至る所で大規模な白兵戦が発生し、
その外には散発的にに迫撃砲弾が着弾している。
「どうするんだ、分隊長?
下手に突っ込んだら全滅するぞ」
ルニャークのその質問に対し、
当の分隊長はこの男が最も聞きたくない回答を返した。
「ああ。突っ込むさ」
「…おい、何だって?」
「向こうもだいぶ人数が減ってるんだ、
とにかく増援が来る前に撤退させればいい。
おいアルビーン、好きなだけ手榴弾をぶん投げていいぞ。
奴らに地獄を見せてやれ」
「了解」
それから一呼吸おいて、
ルボミールは全員に大声で命令した。
「総員着剣しろ!
警官くずれどもに本当の戦い方を見せてやれ!」
それを聞いて全員がためらうことなく着剣し、
同じく着剣している敵兵めがけて全力で突っ込んでいく。
「売国奴どもめ!撃て、撃てぇ!」
そう言いながら敵兵が急いで射撃を始めたが、
既に後の祭りだった。
「愛国者どもを殺せ!」
「愛国者どもをぶち殺せェ!」
兵士達が口々にそうわめきながら、
一糸乱れぬ隊形で一斉にこちらにむかって突っ込んでくる。
その光景を見て逃げ出す敵たちに対し、
容赦なく背中から銃弾と銃剣をぶち込んでいった。
「だ、駄目だぁ!
ここに留まってると皆殺しにされるぞ!」
…戦局は一瞬で逆転した。
文字通り死ぬ気で突っ込んでくるチェコ空挺兵の前に、
ろくな訓練も受けていなかった民兵たちは
総崩れで無茶苦茶に撤退を始めたのである。
「躊躇はいらん!奴らを国の為に死なせてやれ!」
それに対し、先ほどまで劣勢だった友軍達も一斉に支援射撃を始める。
逃げ出していく敵兵たちは、攻勢開始時のように
再び片っ端からなぎ倒されていった。
「追撃は無用だ、
とっとと残像兵を片付けて塹壕を奪還しろ!
もちろん、奴らが増援を引き連れて帰ってくる前にだ!」
ルボミールが再び命令を下した時、辺りはすっかり静かになっていた。
周りには大量の薬莢と死体が転がっている。
「サーラ!サーラぁ!」
そう叫びながら、その中を一人の男が走っていった。
「おい、大丈夫か!?
今助けてやるからな!」
そう言いながら、前部が大破した多脚戦車のハッチを
どうにかこじ開けようとしている。
それを見て、ルボミールが一言命令した。
「スヴァトスラフ、シュチェチナ…
あ、それとロベルト。
そこで足掻いてるジェントルマンを助けてやれ」
「了解」
「…おい兄ちゃん、どいてろ。
俺たちがコイツをどうにかしてやる。
いいかロベルト、
いち、にの、さんで開けるぞ。」
「それで開けられるのか?」
そう言いながら二人でハッチを掴む。
「開けられなかったら別の手を試すだけさ。
行くぞ… 一、二、今ぁ!」
そう言ってハッチを全力で持ち上げる。
「おい、サーラは大丈夫なのか!?」
そう言う男とロベルトがすかさず中を覗くと、
そこには一人の女性が眠るように気を失っていた。
ロベルトと男とで急いでその女性を引っ張り上げる。
「おい、彼女は大丈夫なのか!?」
「えーと、まあ、無傷だと思うぜ。
見たところ特に外傷も無いし、
多分被弾のショックで気絶してるだけだ」
「あんたが何をそんなに心配してたが知らんが…
コイツは乗員保護用の装甲カプセルを装備してるんだよ。
この中に居さえすれば、戦車砲でも喰らわない限り
砲撃でもなんでも守ってくれるって寸法だ。
それに装甲が耐えれないほどの衝撃はできる限り
前部で吸収できる構造になってるし、
それからHEAT弾対策だってー」
シュチェチナがそんな風にしゃべり続けていたが、
誰一人としてそれを聞いている者はいなかった。
「んが… あれ、トンプソン、
なぁんでそんなに泣いてるのぉ…」
「全く、お前って奴は、
人をこんなに心配させやがって…」
「ロベルト、もうお前の出番は必要なさそうだぞ。
別の負傷兵救助に回っとけ」
「おいおい、じゃあなんで俺はわざわざ呼ばれたんだよ?
ま、無事なことに越したことは無いがなぁ…」
そんな事を話していると、
空爆停止時間が終わったのか
上空を数十機の軍用機が飛び去って行った。
翼にはチェコ空軍の国籍マークを付け、
パイロンにありとあらゆる地対地兵装を満載して。
「…見ろよ、ついにドンパチし始めたぜ。
いよいよ始まったか」
「ええ。どうやらそのようですね」
海兵偵察部隊所属のデニス・シュルツと
ラドヴァン・シュチェルバは、
空爆に寄って吹き飛んでいく海南軍の陣地を遠くから眺めていた。
先ほどまで気配すらなかった対空陣地は打って変わって
一斉にその砲火を開いており、
深夜だというのに空は爆発と曳光弾によって
明るく照らされている。
8月25日、月曜日。午後11時20分。
作戦名「プレスト・ノクターン」。
チェコ海兵隊による東方市の開放作戦は、
大量の攻撃機による大規模な空爆支援を
開始の合図を告げるゴング代わりにして始まったのであった。
→憂鬱な月曜/Blue Monday