かとかの記憶

∀ガンダム / 65

65
katka_yg 2026/07/22 (水) 11:06:27 修正

佐藤茂『∀ガンダム 4 火と月』

一:敗走以後

  • 祝砲
  • 求婚

二:古い火

  • 謀反
  • 脱出

三:前王召喚

  • 海へ
  • 部門

四:疑惑の月

  • 入港
  • 運河
通報 ...
  • 67

    福井版下巻、四章まで。まだ佐藤/福井両版の交互併読ができるみたいだが、福井版の足が早くなってくるほうが(当然ながら)早い。ギャバンのエピソード等には退屈し始めた。

  • 68
    katka_yg 2026/08/03 (月) 13:20:37 修正 >> 65

    福井版

    「地球の文化が月の文化に併呑される可能性を危惧しておられるのなら、それは杞憂です。私たちは地球の文化を尊重しています。帰還が実現すれば、ムーンレィスは地球の文明レベルに合わせた生活をするというのが、当初からの理念です。科学技術は自然環境の復興にのみ利用して、地球の文化の保護育成を……」
    「合わせるとか、保護するという言葉が出てくること自体、すでに十分に支配的なのですよ。第一、それこそ理屈だけの論法だとは思いませんか?」

    この前後ではすでにグエンに対して、本文の表現(ロラン・ディアナ目線)が次第にネガティブ評価を示しているにもかかわらず、この台詞については、読者も「そうだ、そうだ」という、グエンよく言った、という感想を抱くだろうと思う。

    それは、相手の程度に合わせるとか保護するという態度自体が、ムーンレィスの傲慢だ、ディアナの傲慢さだという気持ちで共感すると思う。そこは正しくない。

    グエンはそれを指摘したには違いないし、言われてディアナとロランは黙った。作者は、ここで自分の論法の誤りを認めるで黙るディアナの謙虚さこそ正しい、というあくまでディアナ支持をするけど、わたしに言わせればそれも正しくない。

    70
    katka_yg 2026/08/03 (月) 13:38:37 修正 >> 68

    それでまた、それほど高度な心理がわかる・わかることが互いにわかる、くらいだったら、なんで二千数百年も前に分かれた二つの文化が、通訳なしにそれほど流暢に言葉が通じるのかがまた不可解さを強めるという……。カタコトで上のやりとりが通じているとは思えないだろう。

    72

    katka_yg (@ygasea.bsky.social)
    グエンは傲慢だがディアナはその点まだしも謙虚だからヒロインが正しい。……と、読者目線ではグエンかディアナかではなく「それを裁定するロラン」が淡く上から目線に感じられているが、作者はそれに気づいていないか、無頓着だ(なんだか傲岸不遜な作者だ) というのは、富野信者だから福井アンチになるんだろ、という昔の定説とは少し違うみたい。福井晴敏の文章にはこの頃の作品に続けて同じ悪癖があると思うが、それを気づいて言語化できる読者がいないのでああいう話になるのでは
    Bluesky Social

    73

    katka_yg (@ygasea.bsky.social)
    『こんな子供の主張は実際聞くに耐えない、見られたものじゃないんですよ』と言いながら見せることはジュブナイルとして好ましい
    Bluesky Social

  • 71
    katka_yg 2026/08/03 (月) 13:45:49 修正 >> 65

    この間、佐藤版のぎりぎり陳腐なラブコメ調に悩まされつつ、振り返ってみれば『競漕海域』で認識されて本作に求められてるなら、月の運河人の生活習俗などは、いかにも本領、のはずだったんじゃないだろうか。

  • 74

    佐藤版4巻読了。福井版も、だいたいアグリッパとの邂逅のくだりまで併読。

    佐藤版のほうが、作中の出来事はおおむねTVアニメに近い順序で追っていくがアニメそのものではない。佐藤版で短く省略されたザックトレーガーでの事件は、福井版では大幅に増量してアニメの展開とも異なる方向へ舵を切る。

    福井晴敏の文体は福井氏独自のものだが、このあたりの文章表現は富野由悠季の小説の表現を仄めかしているし、ガンダムシリーズより『イデオン』を意識しているのは読み取れるだろう。核や化学兵器や、嬉々として「根絶やし」を書き込む福井文のことを悪趣味と感じる富野読者の気分はわたしはわかるが、今とくにそのアンチなわけでもない。

    併読だと、佐藤文のほうが女子の裸体や恋愛に終始しているラブコメ調に感じる……のはやむないとして、佐藤版はこちらもこちらでムーンレィスの歴史教育(国史)のような胡散臭い話題も取り上げ始めた。

    75
    katka_yg 2026/08/09 (日) 12:09:15 修正 >> 74

    福井版のターンXのサイコミュ(ダイレクト・インターフェイス)のことから、ターンAについても、この小説中では独自の意思があるとする方向で書かれている。「∀に意思(意識)があるか」という話は去年、映画や富野エッセイ・小説等範囲から広く掘ってみて面白い収穫があった。その話は現代でも尽きない。

    福井小説では、「∀の心」はあるかないかを早々に「ある」と決めたぶん、では∀は何を考えているのか?は「歴史の巻き戻し」として単純なテーマになっているのかもしれない。当の∀は∀で狼狽したり、ロラン少年の身を案じてやきもきしているような老ガンダムの心情までは興味になっていないだろうか。