コドールとハッサーン
コドールについて、「コドールは悪妻」のようなイメージをあらかじめ固めて読むのは、避けたい。アニメではアニメの受け手に向けデフォルメするというのは、ナディア・ロナもそうだった。
コドールが迫水の故郷の地上界を見てみたいという憧れ、それはきっと少女時代から迫水を見て抱いたのだろうことは、想像したい。
地上世界の文明を見たい夢を抱くことでは『ガーゼィ』のハッサーンを連想するとはまえに書いた。巫女ハッサーンによるバイストン・ウェルの理解は神話的な物語よりは即物的な捉え方で、それも何かコドールに通じるように感じる。話にきく地上界の原子力や原子爆弾が「存在そのものを脅かす」と語っているのに、そういう世界も見てみたいのです――のところ。
あってはならないことが起こっている地上界の現状は恐ろしいことだが、恐ろしいや忌むべきはそれとして、見てみたい。世界に対しては冒瀆的か、言うを憚るようなことかもしれないが、ある意味正直でもある。そういうところはコドールに好感をもってもいいはず。
結婚前のアピアがジョン・ロンの地上由来の哲学を訊いて感激していたようだったが、少女アピアのようなたんに新しい考え方への興味でもなく、世界の成り立ちや、存在そのものの驚異を体得したい、やはり実在への志向というか、哲学や科学者ではなくてもその思いはあるはず。
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