わったん
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2026/02/22 (日) 19:54:52
「昼過ぎから馬車がガタついてなぁ」
「車軸と軸が痛んじまって」
「直せそう?」
村人たちが軋みかけた木製仕掛けの馬車で目を合わせる。
その会話内容は麦畑の中でも強く響き、何処か不思議な思い出の欠片を滲み出していた。
「おいおいーお兄さん。どっから来た人だい?」
村人の一人が、街路を歩むユンフに声をかけた。
その装いは、都市の人間の装いではなく、瘴気に塗れた世界で生き抜く人々が織り成す生活の姿だった。
「こんばんは」
「おいおい、まだこんにちはじゃねーのかい」
「まぁいいや。こんばんは!ようこそティダの村へ」
「太陽の恵みと麦畑があんたの旅を良いモンにしてくれるよ」
「……」
「俺はL社から来ました、ガンパウダー工房フィクサーのユンフです」
「L社……?」
「12区です。今は折れた翼、ロボトミーコーポレーションの巣と裏路地」
「あー!そうだったそうだった、ここはもう都市じゃないから忘れちまってたよ」
「おいおい、アンタ運がいいんじゃねーの!ここは平和の村だ」
「もし旅に疲れたってんなら、ゆっくりしていきなよ」
「ティダの村は、なんたって希望のつどう村だからな!」
「……」
「……」
「ティパの村を、御存じでしょうか……?」
ユンフの言葉に、村人は目を丸くして口を開ける。
「驚いた。どうして大陸最南端に所在するあの村を?」
「アンタは都市の人じゃないのか?」
「……」
「……」
「……」
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「あぁ、それよりユンフ。馬車は直せるか?」
「どうやら車軸がイカれちまっているらしいんだが」
遠くで会話をしていた村人もまた、ユンフに視線を送っている。
彼は、自身の中で渦巻く感情に対する問いを抑え、小さく頷いた。
そうして馬車の前まで行き、傾いたその車体を眺める。
嘗て自身が旅人として世界に思い出の種を蒔いた、あの風景。
荷台に視線を映す。
「……」
心に寄り添う少女の笑顔を思い浮かべる。
その風景を思い浮かべる事が容易な程、この馬車は自身の思い出に存在するものに似通っていた。
「……」
腰を落とし、地面に背を向けて馬車の下に半身を潜り込ませる。
原因をすぐに理解すると、片手だけを馬車下からはみ出させて掌を広げた。
「連結部分が歪んでました」
「軸穴の補強をするので、道具を」
「頼りになんなぁユンフ!」
僅かな時が過ぎ、土埃にやや汚れたユンフが馬車を眺める。
先まで傾いていた馬車は均一を保ち、安定した立ち振る舞いとなっていた。
「ありがとう、これで明日は麦をまた運べるよ」
「ティダの村の人々は、農村を紡いでいたんですね」
「ん?あぁ、ジュゴン川が流れるようになって、ファム大農場が出来ただろ」
「その歴史を持ってきた人の思い出を、俺達がしっかり受け継いでいるって訳よ」
「それがこれほどの麦畑を築き上げたわけですか」
「あぁ、そんな俺達を護ってくれるクリスタルキャラバンの連中には頭が上がらんもんよ」
「……その人たちは、今はどちらに?」
「……俺達の思い出の中にいるよ」
「あぁ、そうさな。ただ村長は違うだろうな……」
「奥に見えるビル群。あそこを登っていけば居るよ」
「ったく、都市とは関係ない連中だってのに、どうしてあんなビルにいるんだろうな!」
「……ビルに向かうのかい?」
「はい」
「……じゃあ、その向かう途中で、色々見て行っておくれ」
「そうすりゃ、きっと村長も喜ぶよ」
「……ありがとうございます」
ユンフは一礼し、街路につく。
その足先は、ティダの村と称するには異常な風景である、ビルの方へと向かっていた。
「うぎゃー!もー一回!」
「へへーん、次も僕が勝つもんねー!」
ビルに向かう狭間。
麦畑の横で、木の棒を振り回し合った少年たちが居た。
「……?あ、お客さんだー!」
「ほんとだ、珍しい!」
ユンフを見た途端、その棒切れを引き摺りながら、物珍し気に少年たちは駆け寄ってくる。
「お兄さん、強そうだね!」
「めっちゃ強そう!」
彼は少年たちの持つ木の棒の握り手を見つめた。
その構えの残痕は、剣を持つものではなく、槍を持つものの証であった。
「……槍術を勉強しているのかい?」
二人の少年が握る木の棒に一瞥をやったあと、彼は膝を曲げて視線を合わせる。
「そう!俺達クラヴァットと違って、リルティの人は力持ちなんだ」
「だから、そのすっごい強い力持ちになるために、頑張ってる!」
「……」
「あぁ……彼らは『武』の民だからね」
「でも、ティダの村の住民である君達が、何故リルティの槍術を?」
「お兄さん知らないの?」
「ティダの村のクリスタルキャラバンは、全種族が力を合わせて結成された最強のキャラバンなんだよ!」
「そーそー。その中でも、ミルド=デリス兄ちゃんは滅茶苦茶強いんだぜ!」
「いつも帰ってくる度に、倒した魔物の事も教えてくれてんだ!」
「翼の生えた目玉の化物とか、魔法を使う骸骨戦士とか、でっかいゴブリンとか、みんな倒しちゃうんだぜ!」
「アーリマンとスケルトンメイジ、……多分オークかな」
「うん、そんな感じの名前だった気がする!」
「その人に憧れて、君達も腕を磨いているんだ」
「ミルド=デリス兄ちゃんは、キャラバンとしてだけじゃなくて」
「この村の護り人として、俺達を護ってくれてんだ」
「希望の村、太陽の村なんだから、子供は元気でいろって!」
「俺達も、リルティの誇りを持った兄ちゃんみたいに、強くなって護っていきたい!」
「……」
「ミルド=デリスさんは、どんな人だったんだい?」
「腕自慢が大好きで、力仕事は全部解決してくれる」
「でも、すっごく元気で、皆に力を与えてくれる、そんな人だったよ!」
「カトゥリゲス鉱山から拾ってきた炭鉱とか」
「そういう素材を見ると小さい身体が飛び跳ねるぐらいには武器鍛錬も好きだったね」
「真空突き!」
「せんぷう斬り!」
「小さいけど、大きな人だったな~!キャラバンの皆からも、頼られている兄ちゃんだった!」
子供達が意気揚々とリルティの人物像を語る。
ユンフは語り部達の尊敬に満ちた表情を見つめ、其処にある思い出がまるで本当に在ったかのような感覚に陥っていた。
彼らの表情に嘘偽りは無く、言葉は何処までも真っすぐであった。
虚飾に塗れた固有結界とばかり認識していたこの空間は、
宿主が確実に『思い出』を持っていたことの裏返しであった。
「……そっか」
「じゃあ、ミルド=デリスさんを目指して、頑張っていかなきゃね」
「うん!」
「お兄さんも、クラヴァットだよね」
「でも、めっちゃ強そう!ねー、俺達に稽古してよ、稽古!」
ぐいぐいと裾を引っ張る少年達。
ユンフは、この光景が何処か遠くで起きたかもしれない現状である事に胸を痛めながら、
小さく笑って立ち上がった。
「村長さん達とお話したら、一緒に稽古してあげるよ」
「だから、怪我しないように振るうんだぞ」
「やった!!!」
「待ってるよ!」
元気よく麦畑に走っていく少年達。
その後ろ姿を眺め、何処か憧れた情景を思い浮かべつつ、
彼は街路を歩む。
夕焼けが差す前の日中。
彼は常に黄金に輝く街並みを横目に、都市とは異なる空気の音色を感じていた。
やはり、嘗ての思い出に通ずる匂い。
「……」
はやく帰りたい。
そう願う、表には出さない大きな欲望。
その願いを孕んだまま、歩く最中。
「~♪」
嘗て、自身に枷さえ強いておきながら、
自身の感情に付き従う事も出来た音色が、彼の耳を刺激した。
「――」
麦畑の隅。
円状に纏められたロールベールの上で、鼻唄を口ずさむ女性が上機嫌に足を揺らしていた。
「~♪」
「……あら、お客さん?ようそこ、希望のつどう村へ~」
彼に気づいた女性は、鼻唄をやめても尚、何処か飄々とした機嫌の良さで笑みを見せた。
「……」
「水かけ祭りの音色」
「そう。ミルラのしずくが集まった事を祝した希望の音楽」
「村の人々は怯えず、また優しい日々を送れる希望の歌」
「これが好きなの、私」
「ね、すぐわかったって事は、貴方もそうなんでしょ?」
「……」
「あら?違ったかしら」
「大半は憂鬱に沈み往く『僕』の独りよがりな時間でした」
「じゃあ途中からは『俺』になった、みたいな?」
「勘のいい人ですね」
「そりゃそうよ」
「なんたって、このティダに希望を届けてくれるキャラバンに身を挺してくれた」
「セルキーの人、ラ・セナに憧れているんだから」
「……」
「あら、セルキー族には厳しい感じ?」
「しましまリンゴや……ルダの村ではギルを盗まれたものでして」
「あはは、『我』の民って感じだよね」
「でも、ラ・セナはそんなことしないよ」
「彼女は帰ってくるたびに、ミルラのしずくだけじゃなくて」
「皆に希望を持ち帰っていたのよ」
「ラ・セナさんは、何故ティダの村のキャラバンになったのでしょうか」
「さぁ、どうなのかしら」
「でも、あの人は凄く自由な人だから」
「きっと理由も「なんとなく」とかその辺よ」
「気負わない、自由な人ですね」
「『我』の民たるセルキーらしい人だ」
「そう、だから私達にも同じことを教えてくれた」
「人は本質的に縛られながら生きていくけど」
「その柵の狭間に見える希望は、決して縛られているものではないこと」
「あの人にとって、私達ティダの村を救う事は」
「きっと束縛されたものじゃなくて」
「もっとこう、崇高とかそういうんじゃないんだけど」
「そうしたいからっていう自由気ままなところだったと思うの」
「……」
「ふふふ、どうやら貴方もキャラバンみたいね」
「えぇ、ラ・セナさんのような自由な気持ちで赴くことは出来ませんでした」
「でも、『そうしたい』って思ったんでしょ?」
「理由は明白だったので」
「きっと仲良く出来るわ、貴方達」
「水かけ祭りが始まったら、一緒に踊る?」
「俺のダンスパートナーは決まっています」
「あら、残念」
「じゃあ音楽だけ奏でてあげる」
「ちゃんと楽しそうに踊ってね」
「それが、音色を奏でる者に対する最高の賛美だから」
セルキーの人物像を語る女性。
その自由で、清涼感が駆け巡るノスタルジーな雰囲気は、
ティダの村で何にも縛られずに生きてきた人が放てる独特のものであった。
村で過ごした『思い出』があるからこそ、語る事の出来る確信。
ユンフはその確信を噛み締めながら、女性に一つ挨拶を交わして再び街路を歩む。
街路に沿った麦畑の僅かな外れ。
太陽の日差しを存分に受けながら、分厚い書物に眼を細める老人が居た。
モノクル越しでも分かる、その哲学的な文字を見つめるその様を見て、
彼はある種族に触発された人物である事を察知していた。
「若いの」
「ティダの村はどうかね」
書物に眼を通したまま、付近を通りかかったユンフに言葉を投げかける老人。
「看板通り、希望を連ねた活気のある村です」
「太陽の微笑みを受けた、優しい村」
「そう感じる事が出来るのは、お主が旅を重ねているからであろうな」
パタリと本を閉じ、皺くちゃな顔を彼へと向ける。
その年季は、都市においては珍しくさえもある老人の姿であった。
「若いの。どうだね、少し閑話に付き合っていただけるかな」
「村長に会う前の、気分転換、という奴かの」
「……」
「俺が都市の人間である事は、認識しているんですね」
「あぁ、そして、このティダの村に関する存在であることもまた」
「自ずとわかる」
「……理由をお聞きしても?」
「私が長生きしているからだ」
「何、この現象下における制圧の中で、お主から感じる色の濃い旅路に中てられた」
「……そうだな、こういう問答はどうだ?」
「その旅は、足に纏わり付く身も心も冷え切ってしまいそうな水を掻き分け」
「ただひたすら、何処へ行くとも知れない道を歩むが如く暗闇」
「だが、確かにある。希望の光」
「その光を、お主が抱えている」
「私達、ティダの村の住民が追い求めた種を、お主が持っている」
「そう感じた、そう感じられる程、私は都市で長く生きてきたからだ」
「……」
「どれ程歩き続けたかは分からない」
「水の凍て付く様な冷たささえ分からなくなってしまう程、俺は無感情に歩んだ」
「だが、それは途中までの話」
「俺を照らした太陽は、俺に温かさを教えた」
「その暖かさを以て、自分以外の気配を感じて、旅の疲れさえ愛おしく想い」
「俺は種を蒔いていった」
「歩む先に僅かな希望が見えれば」
「その希望が、俺達の種を育てていってくれるだろうから」
「ふむ」
「旅路に意味を成すは、世界の命運などではない」
「その暖かさを享受した者への感謝か」
「俺の成せなかった事を、これから成せるようにするための旅路です」
「その旅路の終着点に辿り着く事こそが、彼女に示す感謝足り得る」
「ハハハ、すまんな」
「どうやらお主の喋り方を束縛してしまったようだ」
「なるほど。感謝という言葉だけで表現するには」
「あまりにも壮大で、慈愛に満ちて、心弾む物語か」
「……」
「長生きされている中で、貴方の旅路は如何なものでしょうか」
「都市の枠組みの中で生き永らえ、現在は異世界の影響下に翻弄されることになる」
「それもまた運命」
「私もまた、私以外の一つの人生を大きく見てきた」
「トルブジータと呼ばれる、智に邁進せし者の記憶だ」
「そう。諦観しないこと」
「達観する事こそ、夜空の欠片に手を伸ばせるきっかけになる」
「……」
「『智』の民らしい、迂回した表現だよ」
「お主程ではなかろうて」
「俺は感情に沿って言葉を投げかけています」
「その上で直接的な表現を敢えて心の奥底にしまうのは、贖罪の時ではないから」
「……トルブジータさんは、読書がお好きだったんでしょうか」
「あぁ、厚ければ厚い程、その知識の情熱は燃え滾る」
「いつかは自身の身長を超える本を読みたいとさえ思っていたらしい」
「中身を問わないのであれば」
「次世代にまで紡いで、物語の本を描くことが出来たら」
「ユーク族の身の丈を超える本は書けそうです」
「おぉ、言うではないか」
「なら、是非とも記してくれ」
「お主はきっと、最後まで筆を執り続けることが出来ると、信じておる」
ユークの人物像を語る老人。
その知的で、落ち着いた雰囲気は、まさしくユーク族が放つ不思議な雰囲気そのものであった。
紡いできた知識の頁があるからこそ、その糧となった『思い出』をその者は放っていた。
ユンフは一つ挨拶を終え、再び街路を歩んだ。
ビルに繋がる一本道。
その道中、村全体を見渡せる岬のような足場で、一人の女性が佇んでいた。
「本を捲る度に、その呼吸は楽し気なものになった」
「筆を動かす度に、その字は嬉し気なものになった」
「そんな横顔を見たいが為に、私は旅をした」
「……」
「ある女性のお話です」
「非力ではあるけど、絶対に傍に居たくて」
「力になれなくても、皆を支えていきたい」
「そう、自分の出来る事を最大限まで考えて」
「希望を持ち帰るキャラバンの、希望そのものになっていた」
「そんな女性のお話」
「……」
「クラヴァットは畑でも耕しているのがお似合いだって揶揄されることはあったけど」
「その人は、確かに動機は不純だったかもしれないけど、キャラバンになる意志を自分で固めた」
「恋心はその人の人生観を大きく変化させて、最早別物になってしまう」
「でも、その人は、『それでよかった』と、納得していたそうです」
「……ようこそ、ティダの村へ」
「今、私が話したのは、テトさんの話です」
「――」
「……」
「健気な少女の、大切な人との思い出の話ですか」
「村人以外の人が、そう言ってくれるなんて」
「まるで貴方も此処で育ったかのような感じです」
「……テトさんは、この村を護ろうと、戦い続けたんですね」
「……最期まで、戦い続けたのは確かです」
「でも、きっと違う」
「この村を護るためではなくて」
「ある人を失いたくないから」
「その先に見える思い出まで手放したくないから」
「力の限りを尽くしていたと思うんです」
「……」
「ティダの村は、常に希望を抱えた村ですね」
「利己的に旅をすることが出来るのは」
「間違いなく希望の光となる礎だから」
「えぇ、私もそう思います」
「ティダの村にとっては、テトさんはキャラバンとして希望を持ってきてくれた人ですが」
「キャラバンにとっては、きっと彼女は希望そのものだったはずですから」
「……ごめんなさい、急になんでこんな話しちゃったんだろう」
「……」
「『温』の民は、その性質上争いを好まない」
「彼女は、戦う事以外で、村に平穏を届けたかったんだと思います」
「きっとそれが、その人の恋心が成せる希望だったのだと」
「……そうね……」
「書き続けた日記は、彼女にとっては恋文でもあったから」
「そんな優しい空間を、私達は見守っていたかったです」
「…………ティパの村の人。ありがとう」
「……」
振り返る事も、俯く事もなく、女性は村を眺め続けた。
その横顔に、彼は一礼をおくり、歩み始める。
ビルの入り口まで続いた麦畑。
剰え、中にさえ広がる黄金の畑。
登りあがる為の階段の多くは、下地は大理石やコンクリートだったのかもしれないが、
その表面は全て麦で覆われていた。
異質にも思える都市の風景に、ティダの村の栄光が華やかに彩られていた。
「……」
ビルの中身はほぼ空間が形成されており、それらを纏うように螺旋状の階段が天へと登り立つ。
「……これまで出会ってきた村人は、都市の人間に『記憶』を被せたものだった」
「それぞれの人生は、嘗ての俺が生きてきた世界そのものであり」
「そしてそれは、俺達にとって60年以上も前のティダの村の姿なんだろう」
「『里帰り』」
「貴方は、過去のティダに帰郷しようとしている」
「そしてその物語の結末を、俺は既に見届けてしまっている」
「……だから、呼んだんだろ、俺を」
「ティダのクリスタルキャラバンである、『村長』を模した貴方が」
階段の一段目に足を置く。
すると、彼の懐でE.G.Oが黄金色に輝く。
「……」
「会うまでの行路だ」
「見せて欲しい」
「貴方を思い出を」
力強く、彼は階段を上り始める。
そうしてその脳裏に響くは、見えるは、
希望を求めた太陽の旅路であった。