カオスドラマX

Gray Traveller / 685

685
わったん 2026/07/12 (日) 22:27:32

生きた走馬灯

街の中心にあったはずの公園は、もはや人のための場所ではなかった。
敷き詰められていた石畳は幾度もの戦闘痕によって抉れ、隙間から黒ずんだ雑草が伸びている。
崩れた街灯は地面に横たわり、錆びた鉄骨を晒したまま、朽ちた世界を物語っていた。

透明の軌跡は足を踏み入れる。
半壊した建物に囲まれた、朽ちた公園。
遊具やベンチなど、一通りのものがまだ存在している事を認識する。

「霧に蝕まれた巣じゃなきゃ、子どもが走ってたり」
「それを見守る老人なんかが居ても可笑しくない場所だな」
「一般的な公園の定義ってのは恐らく、今直感的に覚えのある風景を示したわけだが」

思考に雲がかかる。

「……チッ……」

覚えのない間隔を手繰り寄せようとしても、
そもそもが存在しない以上、彼の心には都市上での感覚しか芽生える事はなかった。
妙な苛立ちに表情を変えつつ、脚幅を変えずに瓦礫を乗り上げる。
そうして公園の中央に位置する広場に存在する異形の元へと、
まるで散歩するかのように悠々と歩き続けた。

「『生きた走馬灯』か」
「ねじれなんだろ」

甲冑を包帯で巻いた異形。
目も口も、感情を表現する器官の存在しない存在。
だが、不思議とそこから発せられる声は、直接心へと響くものがあった。

『爛れた道の先』
『黒い街灯を見て、私は後退りした』
『其処は決して、退路などではなく、戻る術も無く』
『穢された過去の集う集合場所』

「何言ってんだよ」

『妬む理由が無くなった』
『私の護るべきものが、何も残らず無くなった』
『虚ろも知らぬ幼子が虚無に直面した時』
『其処に生まれ出るものは終末でしかなく』
『流浪無き霊を呼ぶだけ』

「……」

話にならない。
そう言わんばかりに、彼は背の鋼鉄に手を掛けようとする。

『だが、それでも』
『それでも、私は、此処を離れる事だけはしたくなかった』

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  • 686
    わったん 2026/07/12 (日) 22:29:34 >> 685

    振り抜いていても可笑しくは無かった。

    「……」

    だが、透明の軌跡はその時、剣に手を掛けず、
    ねじれの言葉に耳を傾けてしまった。

    「……」

    伸ばした手を戻し、ゆったりと歩む。
    決して敵意を消失させたわけではない。
    だが、その歩く様は以前まで組織を相手していた彼のものではなく、
    老人の話を聞きに行く若者のように整然としていた。
    生きた走馬灯の両刃に届く位置まで身を動かし

    「何故、離れる事を拒む」

    ねじれと『対話』をした。

    画像1

    『……』
    『……透明の軌跡……』
    『……私を、覚えているか』

    「知らねぇよ」
    「あと質問に答えな」

    『……その揺らぎから察するに……』
    『貴方は、貴方自身を忘れ去った墓守か』

    「……」

    『辞せぬ足跡は世に残り、厳格に貴方自身を背比べする』
    『その真似事にも思える道は、貴方が歩む行路を正しく示す』
    『だが、何故だろうか。貴方が見据えた道を塞ぐ私は』
    『決して貴方を見てはいないというのに』
    『私に問いかける術を持つ貴方は、何故こうも空虚なのか』

    「……」

    深く、深く、ため息を付く。
    今にも背の鋼鉄を思うがままに振ろうかとさえ考える。
    だが、彼はその思考に蓋をした。
    ねじれに対する理解を示すことは、ユンフが行っていたであろう都市の流れに反する利己。
    その道を歩むことは、自身の存在がユンフとして確立していくことへの前進となる。
    それ故、彼は力で目の前のねじれを鎮圧しようとしていた。

    「……気に入らねぇ……」

    同時、彼は理解したかった。
    誰にも今自身の彼を理解されない事への憤り。
    それは目の前に佇む『ねじれ』という存在も同じこと。
    都市に生き往く人々から怪物扱いされ、フィクサー含むあらゆる戦闘能力を持つ人々から迫害されし感情。
    重ねてしまったのだ。

    「記憶を持っているってのに、空虚じゃねぇってのに」
    「心の折れ方に沿って自身を表現するお前らが、気に入らねぇ」

    自分自身と。

  • 687
    わったん 2026/07/12 (日) 22:30:19 >> 685

    『……』

    「もう一度聞くぞ」
    「何故、離れる事を拒む」

    『……前提の足りない清濁』
    『弔いを数えた旅路に、寂れた言葉を結ぶ必要があるだろうか』

    「話し相手になってやるっつってんだよ」
    「俺は善行しようと思って声を掛けている訳でも、剣を抜いてない訳でもない」
    「アンタを見ようとしているから、こうして口開いてんだ」

    『……』
    『……』
    『……透明の軌跡……』
    『本は、持っているか』

    「……ない」

    『なら、新たに書物を用意しておく事だ』
    『それが、貴方の退路となるだろうから』

    「……」

    『私が此処を離れない理由』
    『それは、誰かが帰ってきた時』
    『誰もいなかった、と』
    『言いたくないからだ』

  • 688
    わったん 2026/07/12 (日) 22:47:21 修正 >> 685

    私は公園が好きだった。
    巣に住まいを持つ私は、一定の幸せを約束されていた。
    その幸せの中でも、静寂とも喧騒とも取れない、公園の囁きが好きだった。
    春になれば花が咲き、楽師が演奏し、恋人たちが噴水の縁へ腰掛ける。
    老人は鳩へ餌を撒き、子どもたちは追いかけ回る。
    そんな、ごくありふれた場所。

    「おじさん、こんにちは!」

    地域保護の特別指定区域。
    ツヴァイの人間が担当する事となったこの公園。
    足元を奔り回る子どもたちの笑顔は、都市という暗雲を感じさせない希望そのものだった。
    私はツヴァイ3課の人間だった。
    英雄などでも、名を遺すような騎士でもなかった。
    ただ、そうなりたかった残滓に過ぎない。
    迷子を家に送り届けたり、酔っ払いを裏路地の夜に置いていかないようにしたり、
    催しがある時は人混みを整理する。
    それだけの男だった。
    だが、「護る」とは、案外静かな仕事だと、そう思えば幸せだった。
    今日、誰も泣かなければそれでいい。それでよかった。

  • 689
    わったん 2026/07/12 (日) 22:47:32 >> 685

    街灯が照らす公園の隅々。
    私はその空間が平等に訪れる事を好んでいた。
    昼にしろ夜にしろ、其処には街灯が示す退路がある。
    休む事、逃げる事。
    何かに向き合い続ける上で、それぞれのペースがある中、
    私は其れを肯定した。
    私は常に、都市の呪縛から逃げ続けていたから。
    だからこそ、街灯が僅かに示す地面の色が、私にとっては逃げ道だったのだ。

    「でも、おじさんは協会のフィクサーなんでしょ?」
    「じゃあ、逃げられないじゃん」

    子どもは時々、純粋が故に逃げ場を閉ざす。
    私は結婚も、恋愛も、ましてや友人関係も、何も上手く行くことはなかった。
    それでも、巣に住まうという幸福の定義が、私にとっては救いであり、
    同時にそれしかないと思っていた。
    だが、其処に照らされる街灯は、私の影を大きく引き伸ばしてくれたのだ。
    彼ら自身が、私にとっての逃走経路でもあった。
    未来を託す若者。
    血の繋がりも、親密な関係も無い。
    一般市民同士の顔見知り。
    だが、その縁が集うこの公園の人々が、
    私にとって、幸福の延長線に存在する希望だった。

    「君達がいざとなったら助かるように」
    「私は逃げるわけにはいかないのさ」

    勿論、彼らもまたいずれ都市に染まっていく事になるだろう。
    ましてや、既にその片鱗を垣間見ていても可笑しくはない。
    裏路地の悲鳴も、外郭に捨てられし物語も、
    見ようと思わずとも見てしまう事さえあるから。

    「じゃあ、この公園が安全地帯ってことだね」

    「ハハハ、そうだな」
    「そう言ってくれると、私もサボりがいがある」

    街灯に照らされし無垢。
    街灯を照らす者達。
    私は巣が安全である限り、此処を護り続け、
    そして逃げ道となれるよう、留まり続ける。
    そう、願った。


  • 690
    わったん 2026/07/12 (日) 22:48:16 >> 685

    ある日、L社を中心とした崩壊が始まった。
    翼は折れ、羽根は毟られる。
    聞いたこともない速度で、街中の鐘が狂ったように鳴り響いた。
    建物が崩れ、人が押し合い、悲鳴が重なっていく。

    「広場へ!」
    「噴水の方へ!」
    「街灯を目印に!」
    「順番に!」

    子どもを抱き上げる。
    老人へ肩を貸す。
    泣く母親の手を引く。
    多くの逃げ道を喪った者達を、此処へと導いた。

    「い、一体何が起きて……」

    「ひとまずこの公園で待っていて欲しい」
    「付近の地域保護任務に従事したツヴァイ隊員を呼ぶ」

    白く光る空。
    まるで希望が翳したかのような空。
    期待に満ちた高揚感が、崩壊した建物とは裏腹に、
    私の心を彩っていた。


    絶望に染まる黒き日々。
    私は、その最中でも、公園に赴いた。
    何をするにしても気力の沸かない日々。
    最早死んだ方がマシとさえ思える脱力感。
    それでも、私はこの公園に身を置いた。

    「……」

    公園の一つ、護る必要ないんじゃないか。
    そう考えもした。
    そうして意味もなく佇む事に嫌気さえ差した時。

    「こんにちは」

    一人の青年が、声を掛けたのだ。

  • 691
    わったん 2026/07/12 (日) 22:48:26 >> 685

    「ツヴァイ協会の方ですね」
    「ガンパウダー工房フィクサーのユンフです」

    決して明るい言動ではない。
    だが、この黒き昼においても、決して揺らぐことが無く、
    自身の歩むべき方向を見据えた瞳は、私にとってこの上なく眩しかった。

    「L社の巣内の保護状況の偵察にきました」
    「ツヴァイの方が誰も外を出歩いていなかったもので」
    「ですがこちらの公園には居たようですね。安心しました」

    「……今は、人と話すような気分ではない……」

    「絶望に染まる停滞の影」
    「人は誰しもが虚ろとなり、動かなくなりました」
    「ですが、貴方は此処にいる」
    「それも、ツヴァイの制服を着て」

    「……?」

    「俺としちゃ、直属の親組織みたいなものなので」
    「貴方のように『信念』に基づいて、本能的に保護活動をしている方が居らっしゃって」
    「よかったな、と」

    不思議な感覚であった。
    絶望にしか思えない日々の中で、突き刺さるような光を持つ青年。
    その姿は見覚えがあり、『透明の軌跡』であることをすぐさま認識した。

    「例え巣が崩壊しようとも、何かを護ろうとする姿勢」
    「貴方にとっての翼が、此処なんだろうなって、思ったんです」
    「そうしたら、自然と声を掛けてしまいました」
    「……ですので、情報提供については無理強いはしません」
    「どうか、御無事で」

    そうして彼は、誰かを護る意志を持った鋼鉄を背に、
    この区域の安全確認をするかのように、去って行った。


  • 692
    わったん 2026/07/12 (日) 22:48:43 >> 685

    黒昼と呼ばれる現象が過ぎ、巣の崩壊は著しいものと変化していく。
    私が護り続けていた公園は、比較的安全地域ではあった。
    それ故、周辺に住まう住民は、相変わらず公園で日々を過ごす者もいる。
    少し大きくなった子どもたちや、依然に増して健康になってきた老人。
    巣が崩壊したとしても、今を強く生きようとする者達が、
    この空間に居てくれることが、嬉しかった。

    「おじさんいつもいるね」
    「翼が折れても、僕達の事護ってくれるの?」

    「あぁ、勿論だとも」
    「翼は折れたかもしれないが、私にとってこの公園は、まだ折れてはいない」
    「其処に居る君たちの未来も、私は護る為、この逃げ道を確保しているよ」

    「退路ってやつ?」
    「帰る場所が在るのは良い事だよね」

    そう彼らが言ってくれる事。
    私にとっての退路が、存在していることが、生きる糧であった。


    「6課の人間が何故此処に」

    ツヴァイ隊員が疎らの間隔で滞在を成す。
    協会直属事務所のフィクサー達も、確認出来た。

    「透明の軌跡から、巣全体の地域保護依頼を受けたんです」
    「他に大きな仕事が無ければ、暫く我々は組織から巣を護り続ける予定です」

    「ウォルター部長の判断か……」

    「3課所属の貴方には、L社付近の『親指』との交戦、ねじれである『霧の射手』の情報収集が命じられました」
    「この区域の保護はお任せください」

    「……この公園には、未だ無垢であり続ける子供や、生を全うしようとする心強きものたちが居る」
    「どうか、護ってやってくれ」

    「はい。ツヴァイは『あなたの盾』ですから」


  • 693
    わったん 2026/07/12 (日) 22:49:02 >> 685

    濃霧で輪郭のはっきりしない行路。
    L社の巣付近は特に酷く、その世界での戦いは疲弊する一方だった。
    親指の炸裂弾は、ツヴァイのコートさえ振動貫通させる。
    私と共に戦った同僚は、何人かがカポの弾丸の餌食となった。
    だが、私はこの程度の弾丸など目の仇にもしない。

    私は長らく前線で戦いを命じられ、
    ねじれの情報収集や、其処に至る人命救助まで、3課としての仕事を全うした。
    そんな日々が続いたある日。

    「6課が図書館に全戦力を投入して、全滅した」

    南部ツヴァイ協会6課の崩壊の報せ。
    濃霧の立ち込めたこの空間は、無線機さえも碌に通せない周波数の乱れがあった。
    それ故に、届く情報はいつも遅れてやってくるもの。

    「……公園の様子を見たいのだが、前線を離れることは――」

    「不可能だ。俺達は『あなたの盾』」
    「親指が狙う地域そのものを護る必要がある」
    「協会フィクサーは、やれと言われたらやるしかない」

    「……そうだな……」

    心配が、常に沈殿する。
    退路は、なかった。


    霧の射手により、ツヴァイ3課フィクサーは殺された。
    親指との交戦直後、奴らの弾丸を基に射抜かれた。
    私が取った行動は、同僚の仇討ちや、ねじれの観察などではなく、
    ただ前線から退くことだった。
    他者の視線も無く、己が成したい事に邁進する。
    協会フィクサーとしてはあるまじき行為だったであろう。
    だが、私は人生の中でも最も五里霧中の最中、
    退路である公園へと向かった。


  • 694
    わったん 2026/07/12 (日) 22:49:15 >> 685

    誰一人として存在は無く、
    何一つとして存在は無く。
    公園には無機質のみがあり、
    不自然な血痕が存在するだけであった。
    裏路地の夜を過ごした後なのだろうか。
    僅かに見えるのは、嘗て子どもたちが付けていたアクセサリーや、
    老人が大切にしていたジョウロが見えるだけ。

    「……」

    街灯が示す孤独。
    光などではなかった。
    照らしてなどはいなかった。
    私にとっての希望を、幸せを。
    私は護る事が出来なかったのだ。
    ツヴァイの所属する協会フィクサーとして、
    その役目に従事した結果、
    私は、退路を喪った。

    「……」

    それでも、誰かが帰ってくると思ってしまった。
    この公園は、この地域の中心だ。
    誰かが帰ってくるなら、きっとここへ来る。
    そうだ。誰かいる。誰かいるはずだ。
    まだ確認できていないだけで、まだ誰かいるはずなんだ。
    きっといる。
    居てくれ。
    助けを待っている人間が。


    雨の強い日だった。

    「……」


    寒さで手先が麻痺していた。

    「……」


    喉から声が出なくなった。

    「……」


    涙が、枯れていた。

    「……」


  • 695
    わったん 2026/07/12 (日) 22:49:24 >> 685

    私は待ち続けた。
    花が枯れ、錆びた街灯が崩れ落ちる。
    幾日も待った。
    街灯の光が無くなっても、
    誰も来ない。
    流れてくるのは、
    此処で死に往く顔をした、退路の人々。
    私に囁く、死ぬ間際の詰問。
    あぁ、すまない。
    私は、私は――。
    君達を、護ってやれなかったのか――。


    <都市で誰かを護るのはとても難しいこと>
    <その上で貴方は、ツヴァイという盾となることを選んで>
    <立派に役目を果たしたのね>

    <でも結局、貴方が護りたかったものはなんだったのかしら>
    <考えてもみて>
    <あなたが護る必要があったのは、公園の幸せだけじゃない>
    <他にも色んなものを護れることだって出来たのよ>
    <それでもあなたは、この公園の平和を護ることにした>

    <えぇ、素敵な物語>
    <あなたが彩る小さな世界は、とても前向きで、素敵な空間だったはず>
    <でも、其処を喪ったからといって、あなた自身を蔑ろにする必要はないんじゃない?>

    <そう。護りたいものがあるはず>
    <例え居なくたって、其処はあなたにとって大切な退路だったのだから>
    <いいの。そこに縋る事は、決して悪などではない>
    <いなくなった人達の為にも、貴方が其処を護るの>

    <そう>
    <光になって、溶けていって、貴方だけの色を咲かせるの>
    <自分の望んだ姿形になれるように>