自転車道場

僕の自転車半世紀の記録 / 2

14 コメント
views
6 フォロー
2
ディープインパクト 2025/06/24 (火) 12:03:41 修正

第2回 自転車の街 大阪
 近所の自転車屋の親父から部品は城東輪業から買うと教えてもらった。会社の場所は玉造、さっそく訪ねた。店内は部品だらけの倉庫、その中にカタログのような一冊の本があった。社員さんがその本を見て電話で商談している。この本どこで売ってるんですか??桃谷のトモダが出しているよ、玉造から桃谷は環状線の駅で2つ、自転車だと10分位??
 城東輪業は部品の小売りはしない卸売り会社。部品は売ってくれない、でも店にあったニップル回しにひと目ぼれした、これ売って欲しいと無理に頼んで買った。城東輪業製のニップル回し、16番がついている。UKAIという競輪用リムのニップルが16番で、他のどのニップル回しでも滑ったけどこの城東輪業製だけは回せた。車輪組み修行で一番使った城東輪業製ニップル回しとこの時出会った。

 城東輪業に教えてもらいトモダにいった。競輪ピストを店頭で止めるとおやっさんが出てきて、これ乗ってきたんかとジロジロ見る。僕は当時、自転車の部品名も言えないド素人、トモダの店内にはガラスのショーウィンドウにカンパやユーレーなど貴重な部品が並んでいた、非売品も多い。城東輪業に置いてあった本が山積みされていた。僕の目当てはこの本、名前は「ワールドパーツ」。トモダは世界中に自転車部品を通信販売していた、その販売に使っていたのがこの本。1万点ほどの部品の写真と値段が掲載されている。値段は800円、かなり高かった。でも買った!

 僕はこの本がボロボロになりページが分解するまで何度も読んだ。僕の自転車部品の知識はこの本で作られた。そしてトモダで現物を見た。昔は自転車の部品の実物を購入前に見て触り買った。
 今は部品を手にとって見れない時代、僕が大阪の自転車屋を探検していた頃、部品は目の前にあり手にとって確認ができた、トモダにはカンパもチネリもあった。トモダのおやっさんは儲けを全部部品購入につぎ込む、自転車愛にあふれる本物の自転車屋だった、でも整備はほとんどしなかった。おやっさんのすごいとこは整備ができないことを隠さず、これはできんと正直に言った。ほとんどの自転車屋は(大人は?)本当は整備できないのに(小学生相手にかっこつけたい?)できないことを認めず、触って壊す。そして言い訳する。しかしトモダのおやっさんは最初から出来ないことは出来ないといって触らなかった。小学生相手でも自分の知らないことは聞いてくるし、競輪ピストのフレームの話などもいろいろした。この潔さと自転車愛はすごいと思った。僕は最初に本物の自転車愛を持った自転車屋と出会った。

 シマノはデュラエースを出し、今のアルテと呼ぶクラスをシマノ600として売り出し、まだ105は出ていなかった。当時のデュラは品質がイマイチで競輪選手はクランクはスギノ、ハブは三信を使った。僕もデュラのクランクを使ってみたけど剛性がイマイチでたわんだ。デュラのクランクがまともに使えるレベルになったのは7400から、それまでのクランクは弱くて、アマはカンパ、プロはスギノを使った。しかしハブとスプロケは600は結構よかった。クランク以外はシマノは使えた、特にフリーについてはシマノは世界一。カンパはスプロケを製造していなくてボス式時代はレジナに丸投げだった。

 シマノはハブにフリーが一体でついているカセットフリーを発明し、これで最少ギアが11使えるようになった。ボス式時代は最小14しか使えなかった。サンツァーのボススプロケは耐久性がなく音がうるさかった、だからカセットフリーを一度使うと2度とボスは使いたくない。当時ボスは5速がMAXだった、しかしシマノはカセット化したことにより6速、7速を出した。

 イトーの兄ちゃんとの出会い。
 僕が部品を買ってたお店は大阪守口市にあるイトーサイクル。ここはネジ一個、ベアリング1個から販売してくれた。アマゾンもネットもない時代、イトーに行けば倉庫の中から兄ちゃんが必ず探し出してくれる、どんな部品でも値段をすぐ答え、出してくる、この人の頭の中は自転車の知識で埋まってる、イトーにはオタクのおっちゃんが集まる、店に来る自転車はとんでもない改造。この部品、こんなとこに付くんだ!自転車を見るだけで発見した。

 僕のピストは前後クイック仕様、固定ギアユーザーは少なく部外者?。イトーを中心に大阪のオタクが集まっていた。イトーサイクルを知らない人間は大阪で自転車を語るなかれ・・・イトーの兄ちゃんと勝尾寺で一度会った、なんかヒョロヒョロ走るオールカンパでフレームのラグが美しいチネリの自転車。何者?、イトーの兄ちゃんだった。納得・・、イトーらしさがにじみ出てるやん。イトーの兄ちゃん坂登るのこんなに速いんだ、勝尾寺も来てるんだ。

 僕にとっては兄ちゃんだけど、もうみんなじいちゃんの年齢。トモダもイトーも10年以上行ってない。自転車屋って整備下手なんだと教えてもらった。本当に整備極めたいなら自分でやるしかない、僕にとってはそれを早い段階で教えてもらえた、そして様々な自転車部品を見せてもらい触り、「芸術品」だと感動した。昔の自転車の部品は置いておくだけでも、キラキラ輝いていた。
 
 イトーやトモダで自転車部品を見ている時間は博物館で美術の展示品を観賞しているみたいだった。少年時代いい時間を過ごしていた。イトーもトモダも大阪では有名自転車店だったけど、いいかっこせず整備は他でやってもらいと部品販売に徹していた。整備を極めたい、達人を求めて、あちこちの自転車屋に行った 第3回 整備の達人はどこにいる?につづく

通報 ...