至誠 に悖るなかりしか
「42 ふたりだけ」(旧)
「27 ふたりだけ」(新)
日本の戦争についてまた反芻し、明治以来の歴史についてもの箇所は、文旨はすでに作中で十何回目かにくり返しかもしれないが、それを一巡して「まさに忸怩たるもの」の前に、旧版では、
しかし、日本を思うのは、今の迫水にとっては遊びでしかない。
からの一節がある。今の迫水の興味はそれら日本の記憶ではなくて、迫水自身の生きざまの問題だけである。五省のうち前の四つまでは今も実践を欠いていない自信がある。だが「至誠」とは……、という筋道が完全版では省略されているようにみえる。軍国少年のそれはずっと前の章は「ロマンチシズム」のうちで書いてあった。
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ロマンチシズムの中のセクシャリティのようなことをいっているときはリンレイに初めて会ってリンレイの凄みに圧倒されかけていた頃。それから時間が経過して今リンレイに対して思うことは、『白人女を抱いてみたかっただけではないのか』との身も蓋もなさを再び認め始めている。の、作中経過。
後章(旧48新30)の結末まで読み合わせると、旧版の「至誠」についての五行ほどを完全版で省略することはなおさら不適に思う。わかりにくくなってるのでは……。想像できるのは、この一連の事件を通じて明かされる論理の流れがストーリーとして出来すぎている、押し付け臭い、のように感じるところがあって、読者に「なるほど」と理解させるようなピースをあえて削って仄めかす印象にする、作為を殺す、ような気持ちだったんじゃないか。