かとかの記憶

リーンの翼 / 384

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katka_yg 2026/02/13 (金) 11:03:09 修正

国内の工場の基礎技術習得のために桜花の模造品を作らせるプランは、やはり奇妙にわたしは思える。とにかくその図を描いている夜、迫水は突然に涙をあふれさせて慟哭する。

前巻までにくり返した地上界の日本軍の回想とはもうだいぶ違う。エリート官僚やインテリを非難する思いはこれまでもずっと続いていたはず。天皇を隠れ蓑に使った、というのも既に言ったことがある。

言葉遊び、美辞麗句を使うことで直面した現実から逃避し、止まないことを、

それもロマン主義……自滅の美学という怒濤!

本文ではこのあと東條英機の述懐を上げて続く。『戦陣訓』を書いた男などはこういうものだと述べているが、それでもまだ、作中の迫水はその東條の後の発言は知らないし、それが美文だったからといって「至誠」への思いも崩壊したようには、言われていない。このときは一人でただ自室で怒号し、涙するのみだった。

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    katka_yg 2026/02/13 (金) 11:18:41 修正 >> 384

    『国家に騙されていた……』の発言は、戦中を経験した世代の方々が戦後になって過去を語るときに、広く共有した態度のようで、わたしもそういう回顧は直に聞いたことは幾度かある。

    「戦争中は自分も一緒になって旗を振っただろうに、それ自体が責任転嫁的でないか」というのはまさに当時を知らない者だから言える、それこそが時代錯誤(歴史観の欠如)だとは書いておく。騙されていたと振り返ることは正しい。

    戦中世代だけでなく、戦後生まれの人でも自分の親がたびたびそう言っていたのを聞いて育ったというのは、富野監督はそれよりやや年が上だが「父について」語るときに零すことがある。

    そのように育った場合、どんな国家観・社会観を抱くに至るかでは、『二度と国家が人を騙してはいけないぞ』とは、その結果考えるとはかぎらない。『俺はもう騙されてはいない』とは、いつの時点でも大半は考えていることだろう。その経緯からでも、人間は騙されるべき性質のものであるから、いかに集団を騙し導くことだけが組織を語ることだ、のような次世代の学生の運動に通じることも思える。

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    模造「桜花」の一機はこの当時、新国家建設時代の記念として保管してあり後にエイサップ達に見せているアイテムでもあるから。