俺オデュッセウス
「オラシオンガンダム」はひどいが、オデュッセウスガンダム、よりはだいぶマシかな。そのことわたしはずっと悶々と抱えて不満だったのだけど、今更もう言ってもしようのないこと。
というのは、作中の世界でモビルスーツのペーネロペーを誰が命名したのかは明言されてはいないが、話をみているとどうやらケネスらしく、ケネスがなんでペーネロペーと名付けたかについても書かれてはいないが、小説の読者にはなんとなく想像つく。
映画では第一作ですでにあった、「キルケー部隊」のネーミングの際にやはりオデュッセイアを引用する。それは、ペーネロペーという名前をすでに部隊で使っているからそれに因んでいこうというつもりは見せているけど、こんな時代にメカにホメロスから名を採るなんて、まずそんなに格好いいことではないと思う。神話だ神秘的だや、ましてインテリというイメージはなく、むしろケネスは悪趣味、低俗、馬鹿なやつですという作者の語りが入っているようにわたしには思える。
オデュッセウスガンダムが結局なんで公式設定になったかは承知しているが、映画ではっきりとオデュッセウスと言われるなら嫌。それはこのさき、第三部。アニメはアニメだと思って楽しみにはしているので、わたしはべつにそんな端々の設定に強硬に異議も訴えてない。
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パイロット出身で今は新型モビルスーツ開発に携わっているケネスは、新型モビルスーツのことを『俺の女』という含みでペーネロペーの名前つけたんだろうな、という気分が想像される。それはケネスの結婚歴にバツが付いているから、(独身漂流中)という若干自嘲的なフシもあるのかもしれない。
新部隊をキルケーと名付けたときも、やはりキルケーはオデュセウスの愛人であって、ケネスにとって『オデュセウス=俺』意識なのは、ギギが俺と寝てくれれば真実キルケー部隊になる、という台詞に残ってる。にもかかわらず、同部隊内にケネス以外にオデュセウスが別にいては台無しじゃないのか。その下世話な趣味はわかられなくてガンダム付けたらしいのか……。
女おとこのレーン
ペーネロペーのパイロットのレーン・エイムは、きっとそんな含んだ意味合いはわかってなく、自分の愛機が「女の名前」だというこだわりもなくてメカ操縦に専心しているつもりなのだろうけど、傍から見るとケネスの稚児、愛童という目線で見えなくもないのでやっぱり未熟な若者だ。
『閃光のハサウェイ』の作中にケネスとレーンの怪しい関係はない。ところで、『ガイア・ギア』のウル・ウリアンはレーンと共通点を幾つか挙げられるキャラクターで、ウルとレーンが文中で同じ表現を使って描かれたりすることがある。ウルの上官であるダーゴル大佐はウルに湿度のある目を向けていて、ケネスの態度によってはレーンが同じような危機感を覚えはじめる展開は、考えられなくもなかった。
そこまで行かないぶんレーンのキャラは掘り下げずにあっさりして終わる、ともいうか。上官と部下の嗜虐/被虐(SM)の関係はその後、タシロとファラにつづく。
そういえば、わたしはギリシア悲劇古典の前回最後がソフォクレスの『ピロクテテス』で、この作中でオデュッセウスは悪役だ。善とか悪であまり割り切れない作品だが……。わたしの興味がホメロスではなくて、一連のオレステイアまで一度読み返してリヒャルト・シュトラウスを聴こうという目論見だったのが、また長らく吹っ飛んでしまっていた。古典戻らねば。
最近、英語の小説中で女性の人物もsheと呼ばずにthey(単数)で呼ぶときの特有の事情について考えていたけど、モビルスーツのペーネロペーも翻訳するときにsheと呼んだりしていれば若干ニュアンスは乗るか……。
わたしはアニメの吹き替え事情、モビルスーツを何と呼んでいるかなどはまた全く知らない。
語感の問題だと、89年頃にロボット作品のライバルメカの名前に「パピプペポ」なんて違和感が大きく、とても格好良く強ようにも思えなかっただろうから、当時、アニメ前提でない小説ならではだったんだろう。ペーペーという音の響きの面白さからストーリーが発しているのかもしれないな。先に古典作品の出典ありきだとは思えない。