地上界(地球)の人々にバイストン・ウェルのことを伝える使者として――というのは、もっと早く『ファウ・ファウ物語』のようなストーリーを読んだほうが素朴に読者にわかる。ファウ・ファウは、ファウ・ファウのことを地球のみんなが知ればきっと幸せになるのに、というくらいのごく素朴なはなしだった。
『リーンの翼』の中では今回、前の巻の頃に「ガロウ・ランの神話」のようなトピックで、地上の歴史をバイストン・ウェル物語に編入するもくろみとして考えていた。それは作家・富野由悠季の野心として。
「バイストン・ウェルがある」と地上の人々が皆知れば、地上界の現代史もバイストン・ウェルの存在を踏まえて語り直されなければならないだろう。個人の生き方も国家政治もバイストン・ウェルありきで考え直されることになるはずだ。
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その使命なる求めにより、圧倒的なオーラバトラーと巨大戦艦を率いて地上の日本国を制圧しに行こう、という言い方をすれば、フェラリオのファウ・ファウと英雄たる聖戦士の違いはわかりやすいはず。
無垢のフェラリオやエミコちゃんに語らせれば夢や希望に聞こえるものを、悪意的に歪めてるんじゃないか?というのは、そういう風に読むべきではない。『どうせ伝わらないのでしょうが』というペシミスティックな言いは、ファウファウでも同じだ。
迫水真次郎はその使命を糧に、個人的には地上への望郷や憎悪ももろともに燃やして浮上する先を求めているんだ。その情念は子供には足りない。フェラリオの節を横に除けておいてようやく生き神様のところに戻るみたいだな。