1,214 件中 201 から 240 までを表示しています。
1103
ただの猫 2026/05/28 (木) 18:19:31

  なぜ織田信長が 浅井長政と朝倉義景を 滅ぼすことができたのか

ある識者が 延々と理由を解説しているが 次の投稿で 理由を簡単に説明

見出し・・信長は、なぜ浅井・朝倉を滅ぼせたのか?裏切りと悲劇が招いた「二大勢力」の最期とは?

 天正元年(1573)8月から9月にかけて、織田信長は長年にわたり対峙してきた浅井氏・朝倉氏という二大勢力を相次いで滅ぼした。両氏は信長包囲網の中核を担った存在であり、その滅亡は戦国の勢力図を大きく塗り替える転機となった。

 では、なぜ浅井氏と朝倉氏は、短期間のうちに相次いで崩壊することになったのか。その背景には、信長の迅速な軍事行動だけでなく、重臣や一族の裏切りが大きく影響していた。本稿では、浅井・朝倉滅亡に至る一連の戦いの経緯を追っていきたい。

湖西から攻勢開始――木戸・田中両城を攻略
 天正元年(1573)7月26日、京都を発った信長は、巨大船に乗って近江高島郡へ出陣した。近江高島郡は、江北の浅井氏と越前から南下する朝倉氏の合流地点にあたる重要な地域だった。

 信長は陸路からも軍勢を差し向け、木戸城(滋賀県大津市)、田中城(同高島市)を次々と落とした。木戸・田中の両城は、明智光秀に与えられた。この勝利により、湖西方面において織田方は優位な立場を確立したのである。

相次ぐ寝返り――浅井方内部の動揺
 同年8月になると、浅井氏の配下にあった阿閉氏、浅見氏が相次いで信長方へ寝返ったので、朝倉・浅井連合軍は不利な状況に傾いた。同じ頃、越前の朝倉氏は余呉、木之本(以上、滋賀県長浜市)まで出陣し、信長軍と交戦したが、信長は自ら出陣して朝倉軍を蹴散らすと、そのまま逃げる敵を追撃した。

 織田軍は越前へ退却する朝倉軍を追い続け、敦賀(福井県敦賀市)付近に至るまで戦闘を繰り広げた。この戦いで朝倉軍は約3000の兵を失い、一族や重臣にも多くの死者が出たと伝えられている。朝倉氏にとって、極めて大きな打撃となったのである。

一乗谷放棄――名門朝倉氏の崩壊
 同年8月、織田軍が敦賀から越前国内へと攻め込むと、義景は本拠である一乗谷(福井市)を捨て、賢松寺(福井県大野市)へ逃亡した。一乗谷に住んでいた武士や町人たちも織田軍を恐れ、散り散りになって逃げ出した。

 8月20日には、朝倉景鏡(義景の従弟)が織田方へ寝返るという決定的な出来事が起こる。これにより義景は完全に孤立し、最終的に自害して果てた。こうして、越前の名門・朝倉氏はここに滅亡したのである。

次なる標的は浅井氏――小谷城への総攻撃
 朝倉氏を討った信長が次に矛先を向けたのは、かつて同盟関係にあった浅井氏である。8月26日、越前を発した信長は、浅井氏の居城・小谷城に近い虎御前山(以上、滋賀県長浜市)に陣を敷き、総攻撃の準備を整えた。

 翌8月27日、羽柴(豊臣)秀吉が小谷城の京極丸に攻め込むと、戦況は一気に動いた。その翌日には、長政の父・久政が自害に追い込まれたのである。この時点で、浅井氏の命運はすでに尽きかけていた。そして9月1日、小谷城はついに落城し、当主・長政も自害して果てた。

 長政の妻であるお市(信長の妹)と娘3人(茶々、初、江)は辛うじて城を脱出することに成功した。しかし、嫡男でわずか10歳の万福丸は織田軍に捕らえられ、関ヶ原(岐阜県関ヶ原町)において磔刑に処せられたという。3人の娘はその後、信長のもとに引き取られたが、これにより浅井氏は完全に滅亡したのである。

二大名門の滅亡がもたらした歴史の転換点
 こうして天正元年(1573)、越前の朝倉氏と江北の浅井氏という二大勢力は、わずか1か月余りの間に相次いで滅亡した。この戦いで大きな軍功を挙げた羽柴秀吉には、浅井氏の旧領が与えられた。

 のちに天下人へと成長していく秀吉にとって、この時の活躍は重要な転機となったといえるだろう。そして、浅井・朝倉という信長包囲網の中核勢力を失ったことで、信長の天下統一への道は大きく開かれていくことになったのである。

※今後もこのテーマで記事を投稿して参りますので、フォローして温かく見守っていただけたら嬉しいです。

1102
ただの猫 2026/05/28 (木) 16:39:03

 ウクライナ戦争は「東西冷戦の延長戦」

この歴史的な詳細は、既に何度も投稿した

大昔 1200年代以前から ウクライナ ベラルーシ ロシアの3国は 同じ「スラブ人」だったので ウクライナの「キエフを首都」として3国統一

「キエフルーシ公国」を築いていた

ところが1200年代に入り ユーラシア大陸の東北部モンゴルのチンギス・ハンが ユーラシア大陸に「モンゴル帝国」を築く野望に燃える

そのためモンゴルの南部に位置する中国を侵略するがチンギス・ハンは 中国の「六盤山」で死去

そのため4代目の」モンケ・ハン」が チンギス・ハンの野望を引き継ぎ 弟のフビライにユーラシア大陸の東部一帯を 征服するよう命じ

もう1人の弟「フラグ」には ユーラシア大陸の西部一帯を征服するよう命じる

こうして モンゴル族フラグにより キエフルーシ公国は滅ぼされウクライナウクライナ ベラルーシ ロシアの「3国に分離」してしまう

ところが1600年代 ロシア人が「ロマノフ王朝」を築き「帝政ロシア」を築く

この帝政ロシア時代 外交手腕に優れたエカテリーナ2世が かってウクライナ ベラルーシ、ロシアは 3国一体化したキエフルーシ公国を築いていたので

エカテリーナ2世は 帝政ロシアに ウクライナ ベラルーシを「併合」する

この併合で ウクライナのウクライナ人には 帝政ロシアからの「独立を目指す反ロシア派のウクライナ人」と ロシアに寄り添う「親ロシア派のウクライナ人」に「分裂」してしまう

これは 明治時代の「日韓併合」も同じで 朝鮮人には 日本からの「独立を目指す反日派の朝鮮人」 と 日本に寄り添う「親日派の朝鮮人」に分裂したのと同じ

ところが 第1次世界大戦の最中1917年、レーニンの「ロシア革命」で 帝政ロシアが 共産主義の「ソ連」になる

共産主義のソ連になっても ウクライナとベラルーシは「ソ連に併合された儘」

そして次は1939年 ドイツヒトラーとソ連スターリンが 互いに戦争しない「独ソ不可侵条約」を締結、同年1939年から 第2次世界大戦に突入

ところが 2年後の1941年 ドイツヒトラーは ソ連の領土が必要になり 独ソ不可侵条約を「一方的に破棄」

ドイツ軍(ナチス)が ソ連のレニングラート スターリングラード侵略

ここで ソ連に併合されていた「ウクライナの反ロシア派」が「ナチスに加担」ソ連に銃口を向ける

だから「ロシアのプーチン」が テレビで・・「ウクライナの反ロシア派はナチスだ」と発言していた理由

そして今度は1950年 朝鮮戦争で 資本主義と共産主義が「軍事的に敵対」する「東西冷戦」時代に突入

そのため資本主義の米国は 共産主義に「対抗」するため 資本主義の諸国を結束させた「北大西洋条約機構(NATO)」を結成

対する共産主義のソ連も 資本主義に「対抗」するため 共産主義の諸国を結束させた「ワルシャワ条約機構(WTO)」結成

ここで ソ連に併合されていた「ウクライナ ベラルーシ」も 共産主義の「ワルシャワ条約機構(WTO)」に「加盟していた」

しかし「東西冷戦」では 共産主義諸国が加盟する「ワルシャワ条約機構」が 資本主義諸国が加盟する「北大西洋条約機構」より「軍事的に劣勢」で

1991年 ソ連ゴルバチョフ書記長が 東西冷戦の「原因」になっていた ソ連共産主義を「解体」する、そのため 1991年、共産主義の諸国が 加盟していた「ワルシャワ条約機構(WTO)」も「解体」する

そのため共産主義の「ワルシャワ条約機構に加盟」していた「ウクライナ・ベラルーシ」は「ソ連から独立」する、そして国号が ソ連から「ロシア連邦」に国号が 変更

ロシア連邦から 独立した「ウクライナ」には 前述したように、帝政ロシア時代から 「ロシアからの独立を目指す反ロシア派」と ロシアに寄り添う「親ロシア派のウクライナ人」に分裂していて

ロシアから「独立」すれば、当然の成り行きで「独立派で反ロシア派のウクライナ人」が ウクライナに「反ロシア派の政権」を樹立する

しかしウクライナにはロシアに寄り添う「親ロシア派のウクライナ人」もいるので

反ロシア派の政権を「糾弾」今度は ウクライナに「親ロシア派のヤヌコビッチ政権」が 樹立される

しかしウクライナには「反ロシア派」もいるので 親ロシア派のヤヌコビッチ政権を「糾弾」

この当時 米国は、オバマ大統領で 副大統領は「バイデン」

バイデンが ウクライナの「反ロシア派」を「支援」

そのためウクライナの「親ロシア派のヤヌコビッチ政権」は追放され ロシアに亡命、こうしてウクライナには「反ロシア派の政権」が樹立された

この「反ロシア派の政権」が 現在の「反ロシア派のゼレンスキー政権」

ウクライナのゼレンスキー政権は「反ロシア派」なので 米国主導の北大西洋条約機構(NATO)加盟を希望、

ここで もし ウクライナの「反ロシア派のゼレンスキー政権」が NATOに「加盟」すれば

ロシアにとって ウクライナは「敵国」になり ロシアは「ウクライナから攻撃されてしまう」

かっては ロシアの一部だった「ウクライナが敵国」になってしまう・・昨日の友は 今日の敵になってしまう・・子供でも分かる理屈

だからロシアのプーチンは ウクライナの「反ロシア派のゼレンスキー政権」を「打倒」し ウクライナに「親ロシア派」の政権を 樹立するため

ロシア軍が「ウクライナ侵攻」した理由

だからプーチンはテレビで「これは戦争ではない」と言っていた理由

反ロシア派の政権を打倒し 親ロシア派の政権を樹立するために「ウクライナ侵攻」

プーチンは デタラメを言っていない デタラメは 米国バイデン

ところが ウクライナのゼレンスキー政権は「反ロシア派」なので ロシア軍に「銃口を向けてしまい」 ロシアプーチンと ゼレンスキーが ウクライナを巡り「ウクライナ戦争」に発展

ウクライナ戦争は 東西冷戦の「延長」

1100
ただの猫 2026/05/28 (木) 14:13:53

 ウクライナは「何処の国が支配すべきか」の領土問題

これが ロシアと ウクライナのゼレンスキー政権とが ウクライナ㋾巡り「ウクライナ戦争」している「核心」

このウクライナ戦争は 1950年 朝鮮戦争から始まった 資本主義と 共産主義が軍事的に敵対する「東西冷戦」の「延長戦」がウクライナ戦争

そのため資本主義国と共産主義国の「教科書の説明」が「違っていて当然」

日本人識者どもは何時も頭がボケているので 肝心な核心チン玉が分からず4ページのグダ解説

見出し・・ロシアの教科書「ウクライナ侵略は人類の文明を救う行為」世界の歴史教科書を比較してわかった“国の価値観と政治的意図”

他国の教科書を覗き見ることで、自国の歴史教育のあり方が見えてくる

各国の歴史の教科書を読み比べると、その記述の仕方や学び方にはかなり差があることがわかります。本記事では、『世界の歴史教科書を読み比べてみた』の制作に携わった西岡壱誠氏が、ロシアの教科書の記述から見る歴史教育について考察します。

■「特別軍事作戦」を子どもにこう教える

 歴史の教科書、と聞いて、多くの日本人が思い浮かべるのは「クロマニョン人」「四大文明」「メソポタミア」といった、人類の起源から積み上げられた淡々とした記述ではないでしょうか。年号を覚え、テストに備える。そんな“無色透明”なイメージかもしれません。

 しかし、世界を見渡すと、教科書の姿は驚くほどバラバラです。何より興味深いのは、そこに国家の意思や政治性が、最初の一行から色濃く滲んでいるということです。

 例えば、ロシアの教科書を例に挙げましょう。2023年8月、ロシアで初めての国定歴史教科書が発表されました。『ロシアの歴史 1914-1945年』『ロシア史:1945-21世紀初頭』の2冊です。

 編纂を主導したのは、元文化相で現大統領補佐官のウラジーミル・メディンスキー氏と、外交官・諜報員養成機関として知られるモスクワ国際関係大学学長のアナトリー・トルクノフ氏です。

 衝撃的なのは、教科書のなかにこんな一文が現れることです。

 「ウラジーミル・プーチン大統領がウクライナに対する『特別軍事作戦』を開始していなければ、人類の文明はおしまいだったかもしれない」

 (注:本記事ではこのように教科書の翻訳を掲載していますが、いずれも原語からの翻訳を経たものです。翻訳の都合上、語感や細かなニュアンスについては原文と完全に一致しない箇所がある可能性がありますが、各記述の大意や論旨に違いはないものとお読みください)

 つまり、主権国家への侵略戦争が、「人類の文明を救う行為」として描かれているのです。

 教科書はさらに踏み込み、もしウクライナがNATOに加盟したのちに「クリミアかドンバスで挑発行動を起こし紛争を仕掛けていたら」、ロシアはNATO全加盟国と戦争になり、「そのようなことになれば、文明の終わりだったかもしれない」と主張しています。先制攻撃こそが世界を救った、という論理です。

 西側諸国の描かれ方も鮮烈です。

1099
ただの猫 2026/05/28 (木) 07:13:00

 欧米も日本も かっては帝政ロシアの農奴制と変わりがない

15世紀の頃 西洋白人キリスト教徒たちは「白人こそが創造主が作った人間であり 有色人は人間ではない」と決めつける

これが「白人至上主義(人種差別)に「キリスト教がお墨付き」を与えた「人種差別の元祖」

そのため17世紀頃 白人でキリスト教諸国の欧州各国は 有色人の「アフリカ」を 羊の毛を刈るが如く侵略。植民地化した

西洋の小国ベルギーのレオポルト2世は、アフリカのコンゴを植民地化(ベルギー領コンゴ)とし コンゴ人に「重税」を課し 払わないコンゴ人の 両腕 両足を切断

コンゴ人から 重税を搾取 世界一の「大富豪」になっていた

英国も アフリカの巨大な湖を ヴィクトリア女王に因み「ビクトリア湖」と名付けアフリカのナイル川に生息する巨大魚ナイルパーチを ヴィクトリア湖でアフリカ人に養殖させ

英国人はナイルパーチの肉だけを 削ぎ落し食肉とし 西洋や 日本にナイルパーチの肉を輸出していて 日本では学校給食にナイルパーチの肉を使っていた

こうして西洋白人キリスト強国の西洋諸国は 有色人のアフリカ人を 虐待、奴隷化

それでも飽き足らず アフリカ人を「商品」として扱い 奴隷貿易

アフリカで 奴隷船の船底に アフリカ人を すし詰めのように 詰めこみ 西洋に運搬

しかし 船底に詰め込まれたアフリカ人たちに 疫病蔓延 死亡すれば 海に放棄していた船主は アフリカ人に保険を掛けていたので アフリカ人が疫病で死亡しても「保険金が入る」

生き残ったアフリカ人は「西洋に陸揚げ」され「奴隷商人」や「貴族」が「セリ」でアフリカ人を競り落とす
生殖器がデカいアフリカ人男性は西洋の貴婦人たちが 性の慰め者に擦るためセリ落とし

肉体労働に耐えるアフリカ人の男女は、奴隷商人がセリ落とし 再度 奴隷船に詰め込み

当時、北米大陸ではアメリカ人が「西部開拓」時代で 北米大陸の南部が 農園地帯で 農園で アフリカ人を強制労働させた これがアメリカ人がおこなった有色人のアフリカ人に対する「人種差別」の「虐待の奴隷」

オバマ大統領の祖父も、アフリカ人で 同じ境遇を受けた一人

日本も同じで 平安時代 宇多天皇は 菅原道真の才能を見抜き 右大臣に抜擢する

しかし宇多天皇は 自分の息子の「敦仁(あつひと)皇太子」に天皇の座を譲位する

こうして 宇多天皇の敦仁皇太子は 17歳で「醍醐天皇」に即位する

ところが後醍醐天皇の弟・・つまり宇多天皇の次男で 斎世(ときよ)親王と菅原道真の娘が「結婚」

そのため菅原道真は 皇室の姻戚関係となり 左大臣の藤原時平が菅原道真を「蹴落とす」ため まだ未熟で17歳の醍醐天皇に入れ知恵

そのため醍醐天皇が 道真の右大臣の地位を剥奪、平安京から 道真を大宰府に追放

こうして朝廷は 未熟な醍醐天皇と左大臣の藤原時平が 朝廷を 我が物顔で支配

そのため 各地の豪族たちが山野を開拓 農地を拡大する為、農民や非人を奴隷として酷使

豪族たちは「広大な農地」を所有 領主(大地主)になる これが昭和時代まで続き
大地主は 小作人たちに 自分の農地を貸与 小作料を取り 農作物を栽培させていた

しかし 戦後 米国GHQの「マッカサー」は「農業改革」で 大地主が保有する広大な農地を 分割させ 小作人たちに 分け与えた

だから現代 農家は自分が所有する農地で 農作物を作れるようになっている

帝政ロシアだけが農奴で 残忍だった訳でなく 米国も日本も 弱者は 奴隷(奴婢)同然に扱われていた

奴隷(奴婢)以下で、人間として 扱われなかった人達が「非人」

アメリカ人

1098
ただの猫 2026/05/28 (木) 04:31:26

  帝政ロシア時代の残忍な「農奴制」

これは 米国も日本も変わりない

見出し・・ロシア史上最悪級の「悪女」100人以上の農奴を拷問した伯爵夫人ダリヤの末路

今から250年ほど前、18世紀のロシア帝国を治めていたのは、後に大帝と称えられる女帝エカチェリーナ2世でした。

彼女はヨーロッパの進んだ考え方を取り入れ、国を近代化しようと志した知的な指導者です。

しかしその足元では、領主が自分の土地で働く農奴を私物化し、絶対的な権力で支配する歪んだ仕組みが根深く残っていました。

そんな時代に、貴族社会を震え上がらせる凄惨な事件が発覚します。

領主であるダリヤ・ニコライェヴナ・サルトゥイコヴァという女性が、支配下にある100人以上の農奴に対し、長期にわたって執拗な拷問と殺害を繰り返していたのです。

そのあまりの残虐さから、彼女は後世「鬼女、血塗られた女領主」などと呼ばれることになります。

ダリヤの罪が異常だったのは犠牲者の数だけではなく、訴えが何度も握りつぶされ、被害者が主人のもとへ送り返され、虐待が長年にわたって続いていたことにありました。

今回は、ロシア史に残る「悪女」ダリヤ・サルトゥイコヴァについて解説します。

恐怖の邸宅
ダリヤ・サルトゥイコヴァは1730年、名門貴族の家に生まれ、近衛軍の将校グレブ・サルトゥイコフと結婚しました。

その残虐性が顕著に表れるようになったのは、1755年に夫が亡くなり、広大な領地と多くの農奴を相続してからです。
彼女はモスクワの邸宅や、モスクワ近郊のトロイツコエ村を中心に、農奴たちを日常的に虐待したのです。

被害者の多くは10代後半から20代の若い女性や、まだ幼い少女たちでした。
後の裁判では138件の不審死が調査対象となり、そのうち38件についてダリヤの直接的な暴行による死亡責任が認定されました。

彼女の暴力には共通した傾向がありました。
それは些細な理由で、例えば洗濯物のすすぎ方が不十分であるとか、床の掃除が隅々まで行き届いていない、などといった理由で激昂したのです。

自ら丸太や熱湯を用いて農奴を打ち据え、髪の毛を素手でむしり取る、厳冬期に裸で屋外へ放置する、懐妊中の女性に容赦のない打撃を加えて流産に至らせるなど、その行為は常軌を逸していました。

沈黙を破った告発者たち
しかし農奴たちは、ダリヤの暴虐に対して無抵抗だったわけではありません。

記録によれば、何度も地方の役所やモスクワの当局に対して訴えを届け出ています。

しかしダリヤは有力な貴族家系との繋がりを持ち、役人たちに多額の賄賂を贈ることで、これらの告発を組織的に握りつぶしていました。
逆に訴え出た農奴たちが「主人に対する不敬」として処罰され、鞭打ちの刑に処された上で、再び彼女のもとへ送り返されるという事態が繰り返されていたのです

2人の農奴、サヴェーリーとエルモライが、決死の覚悟で当時のロシア帝国の首都サンクトペテルブルクへと逃亡し、即位したばかりのエカチェリーナ2世に直接訴状を届けることに成功したのです。

特にエルモライの訴えは悲痛なもので、彼はダリヤによって3人の妻を次々と殺害されており、その怒りと悲しみが女帝を動かしました。

新女帝エカチェリーナ2世は、自らを啓蒙主義的な理性に基づく統治者として位置づけており、法による秩序の確立を急いでいました。
彼女はこの訴えを重く受け止め、法務院に対して徹底的な調査を命じます。

これは、ロシア史上類を見ない貴族に対する大規模な司法介入の始まりとなりました。

法務院から派遣された捜査官ステパン・ヴォルコフらは、1762年から1768年までの6年をかけて、ダリヤの罪を裏づける証拠を集めていきました。

捜査官たちはダリヤの領地に入り、多くの証言を集める一方で、邸宅の会計帳簿や農奴の記録も徹底的に調べあげます。
ですが彼女は一貫して罪を認めず、捜査は証言や帳簿の記録を積み上げる形で進められました

法務院は最終的に、138件の不審死のうち38件について、ダリヤの直接的な暴行による死亡責任を認めました。
判決文は、その行為が懲戒の名目をはるかに逸脱した執拗な虐待であると断じています。

女帝の裁きと永劫の沈黙
1768年10月、エカチェリーナ2世はダリヤに対して最終的な判決を下します。

その内容は、当時の貴族社会において極めて異例なものでした。
ダリヤは貴族の身分を奪われ、名を名乗ることも禁じられ、判決文では「怪物」と呼ばれるほど厳しく断罪されたのです。

まず、モスクワの赤の広場において、首に「この女は拷問者であり殺人者である」という銘板を下げられ、1時間にわたり晒し台に繋がれる辱刑に処されました。
ダリヤはモスクワのイワノフスキー女子修道院に送られ、当初は光の差し込まない狭い地下独房に閉じ込められました。
食事は小さな窓から差し入れられるだけで、外部との接触も厳しく制限されたのです。

その後、小窓のある房へ移されたとも伝えられますが、ダリヤは33年間を獄中で過ごし、1801年に71歳で没しました。
晩年には、窓の外を通る参拝客に罵声を浴びせたり、鉄格子を掴んで叫んだりすることもあったと伝えられています。

遺体はドンスコイ修道院の墓地に埋葬されました。

1097
ただの猫 2026/05/27 (水) 20:59:31

 日銀が保有する「国債」が 45兆円の評価損

見出し・・日銀が国債で過去最大の評価損45兆円 金利上昇で前年の1.6倍に

日銀の国債保有残高と評価損益

 日本銀行は27日、保有する国債を時価でみた評価損が、3月末時点で45兆4414億円だったと発表した。前年の約1.6倍に膨らみ、過去最大となった。日銀による大規模金融緩和策の転換に、中東情勢を受けた原油高、財政の悪化懸念などが重なって長期金利が上昇し、国債の市場価格が下落したことが響いた。日銀は「財務に問題はない」としている。

 日銀が公表した2025年度決算によると、保有する国債残高は前年比7.8%減の530兆8695億円で、2年連続で減った。この額は簿価(取得時の価格)で、時価では485兆4280億円だった。簿価と時価を差し引きした評価損は、前年度の28兆6246億円から拡大した。

 日銀は2024年3月に大規模な金融緩和策を転換し、同7月と昨年1月、同12月にも利上げに踏み切った。長期金利は上昇(債券価格は下落)し、大規模緩和時に大量に購入した国債の評価損が膨らんだ。

・・・この「報道の意味」は 安倍政権の時代 日本経済は「物価安」で「円の価値が高く」なる「デフレ経済」に陥った

この「物価安」で「円の価値が高く」なる「デフレ経済」では物価が安いので「消費者」にはプラス

しかし「物を作る生産者」にとっては「物価安」なので 穀物を作る「農家」や 物品を製造する「製造業者」は「破綻してしまう」

さらに「円の価値が高くなる」のでで「政府が抱える借金」の価値も高まり 借金が「増加」してしまうので

安倍総理は 逆に「物価高」で「円の価値が低く」なる 2%インフレ目標を掲げる

この政策は「日銀が行う金融政策」なので 日銀が「円の価値を低く」して「物価高」のインフレ経済にしたのが

日銀による「金融緩和」の政策

この日銀による「円の価値を低く」して「物価高のインフレ誘導」の為に 政府が「借金するために発行」していた国債を 日銀が「無制限に買い取る」・・「買取りオペレーション」を行う・・これが金融緩和・・アベノミクス

そのため「日銀」は 政府が借金する為に発行した「国債」を「多量に保有」していて

この「日銀が保有」する「多量の国債」の「価値が低く」なり 日銀は 保有する国債で「過去最大の評価損45兆円」もの 評価損になったという報道

簡単に言えば 政府の借金を日銀が「肩代わり」したのである その結果 日銀は45兆円もの評価損になった

こうして 現在 日本経済は「物価高の日本」になっている

1096
ただの猫 2026/05/27 (水) 18:43:43

 「叩けよさらば与えられん」の意味は?

“求めよ、さらば与えられん”――これは、キリスト教のことをよくご存じでない方でも、どこかでお聞きになったことがある、キリストの有名な言葉です。

熱心に求めていけば、必ず与えられるという意味の、励まされる言葉です。

1095
ただの猫 2026/05/27 (水) 18:40:46

 旧約聖書 と 新約聖書

旧約聖書は、ユダヤ教の聖典 新約聖書は、キリスト教の聖典

イエス・キリストは 悟り深い男性で 人民に こう諭している

「叩けよ さらば開かれん」

さらに、こうも 諭している

「神の物は神に返せ カエサルのものはカエサルに返せ」

このイエス・キリストの言葉が 悟りある「目から鱗が落ちる」言葉の由来

ところが ユダヤ教のイスラエルは、パレスチナ人から 居住地を「奪い」イスラエルの領土を拡大している

そのため 居住地を奪われたパレスチナ人たちが パレスチナ解放機構【PLO】を設立 ユダヤ教のイスラエルが奪った居住地を 返還するよう 現在の「パレスチナ戦争」

このパレスチナ戦争で ユダヤ教のイスラエルがパレスチナ人を 無差別に大量殺戮している

そのため 国際刑事裁判所が イスラエルのネタニヤフ首相を 犯罪人として「逮捕状」を発行している

ユダヤ教は キリスト教。イスラム教と「違い」 邪悪で強欲な宗教 

1094
ただの猫 2026/05/27 (水) 18:16:05

  「目から鱗が落ちる」・・由来

これはイエス・キリストの言葉・・「叩けよ、さらば開かれん」に由来

見出し・・「目から鱗が落ちる」って仏教の言葉じゃないの?出典をたどると新約聖書に行き着いた

「目から鱗が落ちる」って仏教の言葉じゃないの?出典をたどると新約聖書に行き着いた
「目から鱗が落ちる」って仏教の言葉じゃないの?出典をたどると新約聖書に行き着いた

「目から鱗」、出典は意外にも新約聖書だった

「目から鱗が落ちる」と聞くと、何かが急にすとんと理解できたとき、つい口にしてしまう言い回しです。なんとなく仏教や中国の故事に由来する言葉だと思っている人もいるかもしれません。

実は私も、ずっと仏教由来の言葉だと思っていました。ところが出典をたどってみると、行き着くのは仏教ではなく、新約聖書でした。

出典は新約聖書『使徒行伝』

国立国会図書館の解説によると、「目から鱗が落ちる」の出典は新約聖書『使徒行伝』第9章です。現在の訳では『使徒言行録』とも呼ばれます。そこには、目から「うろこのようなもの」が落ち、再び見えるようになった場面が記されています。ギリシア語で書かれた原文にも、「うろこのようなもの」にあたる表現があるとされています。

およそ2000年前に記された新約聖書の一節が、いまの日本語の慣用句として残っているのです。

1093
ただの猫 2026/05/27 (水) 17:28:08

 畳は「イグサ」という草で「畳の表」が作られている

「イグサ」は、昔 何処の湿地帯にも 自生していた自然界の草で、この「イグサ」で
「畳の表」を作っていた

そのため「新品の畳」には「イグサの匂い」がしていて、心地よい生活を送っていた

特に「備後(びんご)のイグサ」で作った「畳表」は、高級品だった

備後とは「現在の広島県の東部(福山)」の昔の地名

この「備後のイグサで作った畳表」を、室町時代、天下人になった「織田信長」が 

安土桃山城を築城する際、備後のイグサで作った畳を用いている

見出し・・信長の安土城天守や宮中でも重用 最高級畳表「備後表」の歴史たどる 広島県立歴史博物館で企画展

 福山市など広島県東部の伝統産品「備後表」にスポットを当てた企画展が、広島県立歴史博物館(同市西町)で開かれている。

資料約50点を集め、織田信長が安土城天守に用い、宮中や江戸幕府の指定銘柄として重用された最高級畳表の歴史をたどっている。

 室町時代の文献には「備後筵(むしろ)」の表記が登場。寺の祭事用に購入された記録があり、格式高い場で使われていたことがうかがえる。

 江戸時代には福山藩が特産品として備後表を奨励。材料のイグサは現在の福山市沼隈町産とし、藩の役人による品質検査を経るなど厳格なルールが確認できる資料もある。イグサ栽培から製品の出荷までの流れを一覧できる絵巻は、幕府御用達の畳師が現地視察して描いた。

 ほかにも、備後発祥の製法で美しい艶を特長とする「手織中継(なかつぎ)表」の見本や織機を展示。文化庁の選定保存技術「手織中継表」保持者の来山淳平さん=同市=やイグサ農家を紹介するコーナーもある。

 時代とともに備後表の需要は減り、イグサ生産も激減している。尾崎光伸学芸員は「全国に名をはせた伝統産業をどう受け継いでいくか。関心を持つきっかけになってほしい」と話している。

1092
ただの猫 2026/05/27 (水) 12:42:28

  なぜ中国政府が 高市総理を「非難」するのか

日本識者どもと、高市総理は「歴史に半可通」でよく分かってない

ロシアが「国連安保理」で 日本の軍国化を非難

見出し・・ロシア、安保理で日本批判 中国主宰、「再軍備」主張

国連安全保障理事会の今月の議長国、中国の王毅外相は26日、「国連中心の国際システム強化」をテーマにハイレベル会合をニューヨークの国連本部で主宰した。ロシアのネベンジャ国連大使は、日本が「再軍備」を推進し国連中心の国際システムを損なっていると批判した。王氏は日本に言及しなかった。

・・・日本は「明治政府」から「好戦的な軍国主義」の国家になる

理由は、江戸時代。日本全国には「剣術道場」があり 男どもは「剣術を修行する為」
に道場に通い 剣術の「腕前を磨き」 剣豪になっていた

剣豪になった男どもは 諸藩の大名が 他の大名と「戦う際」 剣術の腕前が優れた剣豪を「剣客」として「召し抱えていた」

こうして「剣術に優れた剣豪たち」が 大名に仕える「武士」

「武士」とは 大名に仕える「剣豪の事」つまり大名に「召し抱えられた剣豪」が[武士」

「大名に召し抱えられていない剣豪」は、ただの素浪人、こうして 大名に仕える剣豪(剣客)の武士たちは 主君の大名が 他の大名と「戦う際」 鎧・兜を身に着け 他の大名に仕える敵の武士を 殺戮していた

この大名に仕える「戦闘的な武士達」が 江戸末期 徳川幕府を「倒幕」し「明治政府を築いた要人」だから当然「明治時代」から 日本は「戦闘的な軍国主義」の国家になる

こうして明治時代「戦闘的な軍国主義」で「日清戦争に勝利」し「朝鮮半島と台湾」を「植民地化」

次に日露戦争でも勝利し 帝政ロシアが支配していた中国東北部(満州)を日本が支配する

こうして 日本人たちが「中国の東北部(満州)」に「移住」 こうして日本人たちが中国東北部(満州)を「支配」する、この「中国東北部(満州)」に「進駐した日本陸軍」を「関東軍」と言う

そして日本陸軍の参謀だった「石原莞爾と板垣征四郎」が 中国東北部(満州)の「吉林省」に 日本の傀儡国家「満州国」を建国するため

渤海に面する「大連」と 満州の内陸部の「吉林省の長春」を結ぶ「南満州鉄道」を建設する、こうして「昭和時代」になり 日本陸軍参謀の「石原莞爾と板垣征四郎¥は。中国東北部(満州)の支配だけでは飽き足らず「中国本土の侵略」を画策する

「中国本土」とは 万里の長城から「南部一帯」が「中国本土」で 漢王朝時代 前漢の武帝が 万里の長城の「東北部」を 領土化したので「中国東北部(満州)」という

日本は明治時代 日露戦争に勝利 帝政ロシアが支配していた「中国東北部(満州)の「支配権」を 帝政ロシアからポーツマス条約で「割譲」され 日本が 中国東北部(満州)を支配する

何故、中国東北部を 満州というのか この東北部は「満州族の居住地」だったので 日本は中国東北部を「満州」と呼んでいた

中国北東部 = 満州

この「中国東北部(満州)」の領土は「中国の領土」で 日本は この中国東北部(満州)を「支配する権利」だけ、こうして日本は 中国東北部(満州)に「南満州鉄道」を建設

そして時代は 昭和時代になり 日本陸軍参謀の石原莞爾と板垣征四郎は 中国本土まで 侵略しようと画策する、しかし 中国本土を 侵略する「大義名分」がないので 中国本土を侵略の「大義名分」を「捏造」する

1931年 日本の南満州鉄道の「柳条湖」という所の「線路」を 日本陸軍(関東軍)が「爆破」する・・自作自演

この爆破した犯人を 中国・国民党政権の「張学良」が 南満州鉄道の柳条湖の線路を「爆破した犯人」として「デッチ上げる」こうすれば 日本軍が 中国本土を侵略できる「大義名分」になる

しかし 中国・国民党政権の張学良は 柳条湖の線路を「爆破してない」ので柳条湖の近郊にある「奉天」で 日本軍と 中国・国民党軍が「戦闘」この戦闘が 満州の北部 ハルピン チチハルまで拡大

これが昭和時代1931年の「満州事変」

そのため中国・国民党政権は「日本軍から侵略された」として「国際連盟」に「訴える」この訴えに呼応して国際連盟が「リットン調査団」を 満州に派遣

リットン調査団は「日本軍による中国侵略を認定」 国際連盟に報告

そのため国際連盟の加盟国は 国連安保理で「日本を非難決議」する、こうして日本軍は 中国侵略が「できなくなり」日本は国際連盟を「脱退」する

しかし「運命は どう転ぶか分からない」

日本軍が 中国の「盧溝橋」という橋の近くで「軍事演習」していると 日本軍から 侵略されたと国際連盟に訴えた「国民党政権の兵士」が 軍事演習していた日本軍に 中国から叩き出すため 軍事演習していた日本軍に「発砲」

これは日本軍にとっては 中国による「戦争の挑発行為」で この1937年7月の「盧溝橋事件」を契機に 日本軍が 中国本土の侵略 開始する

この中国を侵略した日本兵士たちが 中国人を無差別に殺害したり 中国人婦女子を「手当たり次第に強・姦」さらに南京市民を 無差別に殺戮した 1937年12月の「南京虐殺事件」:

何の罪もない中国を 一方的に日本軍が「侵略・凌辱」した 歴史

他方 中国政府は「台湾を中国の一部」にするため 中国軍が 台湾の海で運ぎ演習で 台湾を軍事威圧していたので 高市総理は この台湾有事で「集団的自衛権」を行使する発言

この高市総理の発言は 日本が軍国主義で 中国とは 戦闘的に敵対する発言になっていたので、中国政府は、高市総理に「日本は また昔のように軍国主義の日本に戻るのか」高市総理を非難」

中国は 前述したように 1937年 盧溝橋事件を契機に 何の罪もない中国を一方的に「侵略した過去の歴史」があるため 高市総理を非難

他方 現在の中国政府は 1921年からソ連共産党が 軍事支援したので 今の中国共産党政府が存在しているので

中国と ソ連(ロシア)は「義兄弟の関係」

そのため、ロシア政府要人が 国連安保理で 日本の軍国化を 非難している「理由」かって日本は 明治 大正 昭和時代の「敗戦」までは「好戦的な軍国主義の国家」だった

戦後から 日本は 平和主義の国家に変貌したのである

しかし 高市総理は 戦争を知らない年代なので 戦闘的な「集団的自衛権の行使」発言

 

 

1091
ただの猫 2026/05/27 (水) 06:27:11

 男女がキスをする理由

創造主は 動物を地球に誕生させた しかし無限の命ではなく 限りある「有限の命」

これでは創造主が せっかく動物を創造しても、DNAの末端部には テロメアという塩基配列を授けているので無限の命ではなく「限定的な有限の命」なので「絶滅してしまう」

そのため その動物の「種が絶滅しないよう子孫」を作り その動物の種が 絶滅しないよう「子孫が繁栄」するよう オスとメスに「生殖器」を授け

オスとメスが 生殖器を結合させ、オスが精子を メスの生殖器に射精すればメスの卵子と結合・・受精卵となり メスの子宮内で 生命体が 作られる

こうして創造主は 創造した動物の種が 絶滅しないよう 子孫を作る仕組みを授けている

ここで 子孫を作るために、まず「オスとメスの生殖器」を結合させるには オスの生殖器が メスの生殖器の中に「スムース」に挿入できねば

オスとメスは 生殖器で結合できず、子孫が作れないので オスの生殖器が メスの生殖器に「スムースに挿入できる」よう メスの生殖器から「ぬるぬるした油」のような「潤滑油」が分泌される

この「ぬるぬるした潤滑油」で オスの生殖器がメスの生殖器に「スムース」に挿入される「仕組み」になっていて 

オスとメスは この生殖器を挿入した時の「ぬるぬるした感触」が、とてもない「快感」

キスも 男と女は 口内から ぬるぬるした唾液を分泌しているので 男と女が唇を合わせると 男女とも唇が ぬるぬるした感触で「オスとメスが生殖器で結合した感触」と「同じ」になり 男と女は「愛情的にも性的」にも満足する

だから 男女のキスでは 男女が「ベロとベロ」で「相手のベロを舐め合う男女」もいて ベロとベロが、ぬるぬる感で 男女は単に唇を合わせるより ずっと「愛情的にも性的」にも満足する仕組みになっている

つまり キスは 男女の「愛情的にも、性的満足する生殖器結合(性行為)」の「代償」行為がキス

キスは「本命となる子孫繁栄」の男女の性行為の「予備行為」がキス

学者の癖に そんな単純な事すら分からないとは なさきけない

さらに「オスの性感帯」は ペニスの「裏側(下部)」に集中していて「メスの性感帯」は ホール内面の上部(腹の方)に 性感帯が「集中」していて これを「G スポット」と言う

そのため「他の動物」は 交尾する際 オスが「メスの後ろ」から 生殖器を挿入すれば

オスの性感帯は「ペニスの下側」に集中していて メスの性感帯は「ホールの上部(腹側)」の方に集中しているので

「オスの性感帯(下部)」と メスの性感帯(上部)が「ぴったりマッチ」するので「この世のものとは思えない最高の快感」になる

つまり「動物の性行為」は「後背位」

創造主は子孫を作るため このような 最高の性的快感を 動物に授けている

ところが人間は 後背位で性行為せず 男女が腹と腹を 合わせて性行為する「正常位」

これでは 男性の性感(下部)と 女性の性感帯(上部)は「マッチせず」 最高の性的快感にならない

他の動物のように「後背位」の性行為のほうが 男女の性感帯が「マッチ」するので この世のものとは思えない最高の性的快感になる

なぜ 人間の男女は、腹と腹を合わせて性行為する「正常位」で性行為するのか 男女が「口と口を合わせキス」するために 腹と腹を合わせて性行為する正常位で性行為した方が キスができるので 愛情表現が 豊かになる

他の動物は 後背位で交尾するので 口と口で「キスできない」

 つまり 他の動物は「愛情など関係なく」 ただ子孫を作るためだけの交尾

人間は「男女が愛情」の下で 子孫を作るので「愛情表現のキス」ができるよう 正常位で性行為

このようにキスは「性的欲情や愛情」を高め 男女が性行為するための「予備行為」がキスする理由

学者共は学問バカで「男女の本質」が 分かってない

1090
ただの猫 2026/05/27 (水) 04:42:57

  なぜキスをするのか?

学者の癖に 実態が分かってない

見出し・・・人がキスをする本当の理由 2100万年前の祖先から続く、進化生物学の物語

人間のキスの歴史は、約2100万年前、中新世の熱帯雨林の樹冠から始まる。そこでは、私たちの類人猿の祖先たちが、ロマンスとは無関係の、生存に直結する理由から、唇を重ねていた。

まずは、最大の誤解を解いておこう。キスというもの、少なくとも唇を合わせるという行為そのものは、人間だけのものというわけではない。とはいえ、「人間特有のもの」という感覚は、直感的には理解できる。私たちは、この行為を中心に文化の体系を築き上げてきた種だからだ──約4500年前のメソポタミアの粘土板に刻まれた最古のキスの記録から、地球上のあらゆる社会の求愛、挨拶、別れの儀式に至るまで。

だからこそキスは、私たちに特有のものであるように感じられる。しかし、生物学はそうではないと示唆している。

チンパンジーはキスをする。ボノボもキスをする。オランウータンは、社会的緊張や和解の場面で唇を重ねる。『Evolution and Human Behavior』で2025年に発表された英オックスフォード大学の研究では、霊長類の系統樹における「キスの進化」の歴史が追跡された。

研究論文の著者らはこの行動について、人類及びすべての大型類人猿の共通祖先、つまり、私たちの種が出現する約2100万年前にさかのぼる可能性が高いと結論づけた。

絶滅した近縁種であるネアンデルタール人も、ほぼ間違いなくキスをしていた。この結論は、ホモ・サピエンスとネアンデルタール人が唾液の交換を通じて口腔内細菌を共有していたこと、そして、両者が交雑していたという証拠によって裏付けられている。

つまり問題は、なぜ人間はキスをするのかということではない。もっと興味深いのは、なぜ私たちはこれほどまでに、文化的な重みと神経化学的な強烈さ、感情的な影響を伴うような形でキスをするのかということだ。

■人間のキスにまつわる進化上の難問

話を進める前に、その行動を正確に定義しておこう。種間比較を行うため、研究チームは、ロマンチックなイメージを排した定義に落ち着いた。キスとは、食物の受け渡しを伴わない、非攻撃的な口と口の接触だ。

この定義は、魅力に欠けるかもしれない。しかし、この最小限の定義でさえ、太古から深く根付いた何かを捉えていることがわかった。だが、キスが科学的に不可解であるのは、従来のダーウィンの論理に従えば、そもそも存在してはならないはずだからだ。

口と口の接触は、病原体の伝播において、極めて効率的な経路だ。唾液には、数百種の細菌や多数のウイルスが含まれており、そのなかには深刻なものもある。この行動は、直接的なエネルギーの確保につながるものではないし、防御につながるものでもない。少なくとも表面的には、生存確率を高めるものではない。それどころか、進化の帳簿という冷徹な視点から見れば、それはコストのかかるものだ。

それにもかかわらずこの行動は、人間だけでなく、数百万年にわたる霊長類の進化においても存続し、私たちの系統の歴史における生態系の大変動をすべて乗り越えてきた。

2025年の研究の筆頭著者であるオックスフォード大学の進化生物学者マチルダ・ブリンドル博士は、これを「進化の難問」と表現している。この表現は的を射ている。明らかな利益がなく、真のコストを伴う行動は、時間の経過とともに淘汰されるはずだ。それにもかかわらず、キスが淘汰されず、むしろ私たちの系統がより複雑になるにつれて、深まり多様化したという事実は、それ自体が示唆を与えてくれる。

つまり、キスとは、すぐにはわからない形で、生物学的にそれだけの価値があるということだ。その仕組みを説明するため、3つの仮説が提唱されている。

■人間のキスに関する3つの仮説

  1. グルーミング仮説
    グルーミング仮説は最も古く、ある意味では最も洗練された仮説だ。英ウォーリック大学のアドリアーノ・ラメイラが『Evolutionary Anthropology』に発表した2024年の研究によれば、キスは、霊長類のグルーミングの最終段階に由来する可能性が高いという。つまり類人猿において、ある個体が、別の個体の毛並みを整えた後、付着したごみや寄生虫を取り除くため、突き出した唇を皮膚に吸い付けるような動きをする瞬間のことだ。

手入れすべき厚い毛皮がない生活では、口を使った接触は、衛生的な機能から切り離され、新たな社会的意味を獲得する余地が生まれた。その行動はすでに存在しており、私たちの行動レパートリーに組み込まれていた。進化は単に、その用途を変えたにすぎない。

  1. 遺伝的適合性仮説(The genetic compatibility hypothesis)
    この仮説は、より驚きを誘うものであり、率直に言って、少し謙虚な気持ちにさせられる。二人がキスをするとき、知らず知らずのうちに、互いに対して生物学的検査を行なっているという説だ。

免疫機能の中心を担う遺伝子群である「主要組織適合遺伝子複合体(MHC:major histocompatibility complex)」に関する研究により、人間は無意識のうちに、自分とは異なるMHCプロファイルを持つパートナーに引き寄せられることが明らかになった。そのメカニズムは、主に嗅覚によるものと考えられる。

『Proceedings of the Royal Society B』に発表された1995年の研究では、女性は一貫して、自分とはMHCプロファイルが異なる男性が着用したTシャツの香りを好むことが示された。

その進化論的根拠は単純明快だ。MHCプロファイルが異なるパートナーのあいだに生まれた子どもは、より幅広い免疫レパートリーを持ち、より多様な病原体と戦う能力を持つ。MHCプロファイルの相違が大きいカップルほど、体外受精による妊娠成功率が高く、妊娠間隔は短く、流産率が低い。

親密さや、身体的な接近、唾液の交換を伴うキスは、私たちがこうした遺伝的な情報を得るためのメカニズムなのかもしれない。つまり、初めてのキスがうまくいかないのは、テクニックの問題ではなく、あなたの免疫系が何かを伝えているのかもしれない。

  1. 神経化学的な絆仮説(The neurochemical bonding hypothesis)
    この仮説は、なぜ私たちが、すでに評価し、選んだ相手とキスを続けるのかを説明している。キスは、脳内で化学反応の連鎖を引き起こす。欲望や報酬に関わるドーパミン、信頼や愛着に関わるオキシトシン(「愛のホルモン」とも呼ばれる)、そして、安らぎや落ち着きをもたらすエンドルフィンだ。

以上3つの仮説を総合すると、それらは互いに競合し合う説明ではなく、互いに補完し合う重層的なレイヤー(層)と言える。キスはおそらく、グルーミングとして始まった。その後、遺伝的評価の手段として取り入れられた。そして、それが進化の過程で維持されてきたのは、キスがもたらす強力な神経化学的報酬のためだ。

それぞれの層が互いを強化し合い、社会的衛生の一形態だった行為を、人間の行動レパートリーの中でも最も感情的な行為の一つへと変貌させたのだ。

■人類にとってさえ、キスは普遍的なものではない

キスの起源を2100万年前までさかのぼったオックスフォード大学の研究では、ロマンチックあるいは性的なキスが確認されているのは、人類の文化の約46%にすぎないことも明らかになった。一部の社会では、この行為は広く行われ、儀式化されている。一方で、全く行われない社会もある。

これにより、2025年の研究で完全には解明されなかった疑問が生じる。ロマンチックなキスとは進化の結果ではあるが、一部の文化圏で後に抑制された行動なのか、それとも、特定の集団から広まった文化的発明なのかという疑問だ。

科学の現段階における正直な答えは、確かなことはわかっていない、というものだ。研究で明らかになっているのは、キスをする能力、つまり神経回路、化学感覚器官、神経化学的メカニズムが、霊長類に共通して見られる特徴であるということだ。これは、私たちの種が受け継いだものであり、その後、どこでどのように生きるかによって、極めて多様な形で発展してきた。

誰かに身を寄せると、2100万年前の何かが動き出す。それはかつて、中新世の森での毛づくろいのひとときを終わらせる行動であったし、祖先たちが、見知らぬ相手に適切な免疫プロファイルがあるかどうかを見極める手助けをした行動でもあった。そして、現代の脳にドーパミンやオキシトシン、そして寄り添うことの温もりをあふれさせるものでもある。

キスが、詩や文学、さらには西洋のロマンチック映画の古典的作品の大事なテーマになっているという事実は、進化論的な観点で言えば、「ボーナス(おまけの贈り物)」のようなものなのだ。

1089
ただの猫 2026/05/26 (火) 21:31:37

  中国政府に 恨みを売った高市総理

高市首相の“一言”に中国が大激怒するワケ…習近平を追い詰める「3つの深刻事情」

強い怒りを示しながらも制裁措置には慎重な中国
 
高市早苗首相が11月7日の国会答弁で、台湾有事が発生した場合、日本の集団的自衛権行使の前提となる「存立危機事態」に該当しうるとの認識を示した。

 この発言は従来の政府解釈や安保法制の枠内に収まるものであるにもかかわらず、中国政府は即座に批判して、その後、制裁の可能性を示しながら答弁の撤回を厳しく求めた。

 中国外交部はその後も、強烈な表現で何度も非難声明を発表し、日本産水産物の輸入停止や日本向け渡航の注意喚起を公告するなどの制裁措置をとりはじめた。

 11月18日に日中外務省の局長級協議が北京で行われた際、中国外交部の劉勁松アジア局長がポケットに手を突っ込み、険しい表情で日本外務省の金井正彰アジア大洋州局長に応対する映像が公開された。これは中国側が日本に対して高圧的に対応している演出をしたと考えられる。

1088
ただの猫 2026/05/26 (火) 21:20:41

  空海の「怨霊信仰」

空海は、真言密教で「怨霊信仰」の教えを広めた僧侶

「恨みを抱き死んだ故人の霊魂は 天上界の神となり 天皇をも見下し、恨みを晴らすため、雷を落とし 疫病を流行らせる」と説く

空海の「怨霊信仰」

なぜ空海が「怨霊信仰」を説いたのか?

その理由は「桓武天皇」が、奈良時代の「聖武天皇」が奈良に築いた「平城京」を長岡に「遷都」しようとして 桓武天皇に忠誠を誓っていた「藤原種継」に 長岡京の建設を任せる

ところが 長岡京の建設を任せられていた「藤原種継」が 何者かによって「暗殺」されてしまう

ところが 桓武天皇の弟だった「早良親王」と 桓武天皇から「長岡京の建設」を任せられていた「藤原種継」は 日頃がら仲が悪く 藤原種継の暗殺は「早良親王」が 犯人とされ

桓武天皇は、弟の早良親王の地位を剥奪 淡路島に流刑する

この流刑の途上 早良親王は無実を訴え 断食 餓死してしまう

そのため 桓武天皇は 長岡京は「早良親王の怨霊」が祟っている、として長岡京を諦め、京都に「平安京」を築く・・これが「平安時代」

そのため藤原種継の一族が 次々に「病死」してしまう

そのため平安時代 空海が「怨霊信仰」で 恨みを抱き死んだ故人の霊魂は 天上界の神となり、天皇をも見下し 雷を落とし 疫病を流行させ恨みを晴らす」と説く

そのため怨霊信仰で 怨霊を鎮めるため「御霊会(ごりょうえ)」が行われるようになった

そのため 同じ平安時代「宇多天皇」から 才能を認められ右大臣になった「菅原道真」を右大臣に抜擢

しかし宇多天皇の死後、宇多天皇の息子の「醍醐天皇」になり 醍醐天皇の弟だった「斎世(ときよ)親王」と 菅原道真の「娘」が結婚

そのため菅原道真は 皇室とは「姻戚関係」となる

そのため 左大臣の「藤原時平」が 右大臣の菅原道真を蹴落とす為・「道真が 天皇の座を狙っている」として醍醐天皇に告げ口

そのため醍醐天皇は 道真を京都の平安京からから追放、大宰府に左遷 大宰府の地で没した「菅原道真」も 菅原時平と醍醐天皇に「恨みを抱き死んだ」との噂が広まり

道真の怨霊を鎮めるため 御霊会が催される

しかし 藤原一族が 次々に病死してしまい 遂に 藤原時平も病魔に倒れる

この時の様子を描いた絵巻物が 北野天満宮に奉納されている

このように「空海が怨霊信仰」を説く

この空海の「怨霊信仰」は「こじつけ」ではなく「現実」で ・・人は他者に「恨みを売る」ような言動を行うと・・ああ アイツを地獄に落としてしまった・・アイツは恨みを抱き死んだのだろうという思いに駆られ

「自責の念と後悔の念」で 怨霊の姿や声を「幻覚」してしまい 悩み続けストレスに陥り「免疫力が低下」

「がん」などの病魔に侵されてしまう、これを説いたのが 現代の「安保徹」教授

だから 恨みを抱かせるような言動は「してはならない」

高市総理は 中国政府に「恨みを抱かせる発言」をしているので 何時の日か 中国政府が、高市総理に、恨みを晴らす時が来るかもしれない

1086
ただの猫 2026/05/26 (火) 17:38:16

 密教・・最澄と空海

平安時代、桓武天皇が、西暦804年 最澄と空海を「遣唐使」として「唐に派遣」する

唐に入唐した最澄は「唐の天台山」の国清寺と龍興寺で「密教」を学び 翌年805年 日本に帰国

比叡山で「天台宗」を開く

他方 空海は 唐に残り「サンスクリット語の仏典」を 音写語で「漢字の仏典」に直していたインド人僧侶三蔵からサンスクリット語を学び 三蔵からサンスクリット語の仏典と中国語の仏典を授かる

さらに唐の都・長安の青龍寺で 密教の太祖・恵果から密教を学ぶ

恵果は 日本に密教を広める為、3か月で 密教の全てを空海に「伝授」する

こうして恵果から密教の全てを伝授された空海は西暦806年 日本に帰国 高野山で「真言密教」を開く

空海の真言密教とは「即身成仏」で「真言を唱える」ことにより大日如来と「一体化」できるという「即身成仏」の教えが、真言密教の本義

そのため最澄は、空海よりも7歳ほど年上だったが 年下の空海から「密教」を習うため145人の弟子たちを引き連れ

空海の「弟子」になり、西暦812年 阿闍梨の空海から「灌頂(かんじょう)」を受ける

灌頂とは 阿闍梨の空海が 弟子たちに密教を授けたという儀式のことで 空海が 密教を授けた僧侶の頭に「水を灌ぐ儀式」を灌頂と言う

しかし 空海は最澄に 密教の全てを伝授しなかったので 最澄は空海に「何時になれば密教」を伝授してくれるのか尋ねる

空海は3年掛かる というので 最澄は3年間も天台宗の弟子たちを放って空海に3年間も弟子入りできないので

最澄は、弟子の「秦範(たいはん)」を空海に預け 比叡山に帰る

ところが 最澄の弟子だった「秦範」は 2度と最澄の元には「戻らなかった」

そのため「秦範」を巡り 最澄と空海は「対立関係」に陥る

人道的には、最澄の方が空海よりも年上だったので「常識性」では 最澄の方が優れていた

だから後の朝廷や幕府は「天台宗」を「擁護」していた

これが室町時代 天下取りを狙う織田信長の「比叡山焼き討ちの令」に繋がる

1085
ただの猫 2026/05/26 (火) 11:14:41

  「時効」の中断

日本で、罪を犯しても ある期間 逮捕されず逃げ切ると「時効」があり、逮捕できない法律になっている

時効は「罪状」により「時効の期限」が決められている

しかし「国外逃亡」すれば「時効が中断」され逮捕される

なぜ「時効により罪が問われなくなる」のか 何時までも罪を問うと裁判所は 次々に終わりなき事件が山積してしまい「裁き切れなく成る」ため、法的に「時効」が認められている

国外逃亡したため「時効が中断」され 30年後 逮捕された男  カルロス・ゴーンも国外逃亡したので 時効の中断で いまだ逮捕される立場

見出し・・<フィリピン逃亡30年>フィリピン逃亡30年 奪った金握り空港へ 拘置所からの独白

奪った金を握りしめ

 長い、長い逃亡生活を終え、容疑者として捕まった。

 2025年10月、相原久仁雄(62)は成田空港で30年ぶりに日本の土を踏んだ。

 周りを警視庁の捜査員が囲む中、搭乗口には報道陣によるカメラの放列があった。顔を下げず、口を真一文字に結んだ。

 後に相原は記者に明かす。

 「捕まった時は『ああ、ついに来たか』ですよ。一生、日本に戻ることはないと思っていましたから」

 結局、フィリピンで拘束され、日本に連れ戻された。時効が止まっていた強盗傷害事件の容疑者として。

 人生の半分、30年もの月日を注いだ逃亡とはいったいどんなものなのか――。

 面会や手紙を通じて彼が語ったのは、もはや「逃避行」を超えた歩みだった。

 ◇31歳、強盗の誘いに乗る

 東京・蒲田。駅前に小さな飲食店がひしめき合う下町は、再開発が進んだ今も昭和の面影を残す。日本を追われるように出て行く前、相原はこの街で暮らした。

 

1084
ただの猫 2026/05/26 (火) 10:51:57

 AIは 人類を「頭が足りないアホ」にする

科学者どもは 元々、子供みたいな人種で、AI解発が、鬼の首でも取ったかのような栄光に思っているが 人類がアホになるとは分からない

ローマ教皇が 真実を警鐘している

見出し・・教皇レオ14世が、AIに警鐘 バベルの塔の再来と2級の人間の誕生

ローマ教皇レオ14世は米国時間5月25日、自身初となる回勅のなかで、AIや大規模な自動化、急速な技術進歩によって現代版の「バベルの塔」が建設されていると警告し、強欲や不道徳、人間の生命に対する敬意の欠如などによって特徴づけられる、黙示録的な世界観を共有した。

レオ14世は25日、『マニフィカ・フマニタス(壮大なる人類)』と題された83ページの回勅を発表し、資本主義、反移民政策、そして人間がもつ技術的な野心についての見解を述べた。この回勅はすでに、ここ数十年で最も勇敢な意見の1つであるとの評価を集めている。

回勅の大部分ではAIの急速な進歩と社会実装に焦点が当てられており、テック企業が政府よりも強大な権力を持ちつつあるとの見方が示されている。また、AI経済は奴隷制社会に類似しており、「2級の人間」を生み出すことになるだろうとの警告もなされた。

レオ14世は、新たな「バベルの塔」が建設されるリスクを示唆することで、最も重大な警告を発した。旧約聖書に登場するバベルの塔は、天まで届く塔を建てようとした人間の傲慢さと度を越した野心を阻止するため、神が1つの言語によって結束していた人間の言葉を混乱させ、互いに意思疎通ができないようにして団結を挫いたという物語だ。

人類が築きあげようとしているのは長期にわたって人間の管理下に置くことが不可能なシステムであり、最終的にはそれによって貧困層とエリート層との格差が広がり、互いの共感が損なわれ、人間の価値そのものに格差が生まれることになると教皇は指摘している。

その他にも、レオ14世は反移民政策に対する厳しい非難を表明し、現代の資本主義を痛烈に批判したほか、環境破壊は貧困層に対する道徳的な犯罪であると示唆した。

■現代版「バベルの塔」

テクノロジーが発展し続ける中、教皇は人類が「新たなバベルの塔を建設するか、あるいは神と人類がともに暮らす都市を築くか」の選択を迫られていると述べた。聖書で語られるバベルの塔の物語は、神と肩を並べる都市を築こうとする人間の試みを伝えている。

「都市が傲慢さと自己完結の主張の上に築かれるとき、コミュニケーションは崩壊し、言語は混乱して人々はもはやお互いを理解できなくなる。その結果は団結ではなく、離散である。バベルの塔の物語はしたがって、どれほど壮大であっても、自己肯定から生じ、効率性のために人間の尊厳を犠牲にし、神の祝福なしに天に届こうとするあらゆる試みの限界を明らかにしている」とレオ14世は述べる。

「そうであれば、我々は『バベル症候群』、すなわち、弱者を犠牲にすることによって生まれる利益とそれぞれの違いを無くす画一性への傾倒、そして、たとえそれがデジタルな言語であっても、単一の言語が個人の神秘を含むすべてをデータやパフォーマンスに変換できるという思い込みを避けなければならない。今日ではそれは技術的な装いをまとっているものの、人間性を奪う危険性、つまり、神を排除し、他者を手段として利用するような未来を構想する危険性は、古く、かつ常に新しい誘惑なのである」

1083
ただの猫 2026/05/25 (月) 21:24:01

 月に関するフレーズ

「我が心 明日に向かえども 清月、なぜに我を照らさん」

「花に清月 花の影 花を踏みたる少年の 惜しむべきは花影なりけり、翁わびて影もなし」

1082
ただの猫 2026/05/25 (月) 20:53:33

  今夜は「竹取物語(かぐや姫)

これは平安時代に描かれた最古の童話で 作者不詳 

竹細工を生業にしていた翁(老人)が ある日 竹を切っていると 光輝く1本の竹があったので 切ってみると、竹の中から可愛い稚児が誕生

そのため翁が家に連れ帰り 古女房と一緒に稚児を育てると美しい娘になり

かぐや姫と名付ける

何故、かぐや姫なのか 理由は不明だが多分 神に供える「加供(かぐ)」に因み かぐや姫に名付けたのかも知れない

美しい娘に成ったので5人の貴公子が、かぐや姫に求婚するが かぐや姫は5人の貴公子に難しい難題をだし、悉く求婚を拒否してしまう

そしてある日 翁が竹を切っていると 今度は光輝く黄金が誕生

こうして翁と古女房は 豊かな生活を送るようになり かぐや姫は月に帰ってしまう物語

こうして日本人は毎夜 月を愛でる民族になった

祇園小唄にも月が歌われ・・月はおぼろな東山~~!

大利根月夜にも月が歌われ・・あれをご覧と~~指さす方に 利根の流れの流れ月~~!

・・今夜の月は 何処に出ているのやら・・愚か者は 月を指さし 自分の指先しか見えない・・中国の格言

1081

 日本の仏教

日本の仏教は「釈迦の仏教ではなく」、中国仏教

インドのサンスクリット語の仏典の「発音」を音写語で、中国の漢字に直した中国仏教が

飛鳥時代、日本に伝わり 日本は「中国仏教の国」になる

朝鮮は高麗時代までは「中国仏教国」だったが 朝鮮人民は貧困で 食い物さえなくなり餓死した遺体の「人食」まで行っていたので

「儒学者・チョン・ドジョン」が新たな国造りを掲げ「李氏朝鮮」となり 中国仏教を捨て「儒教の国」になった

韓国は今でも儒教の国、日本は今でも中国仏教の国

  参考

「釈迦」はシャーキャを音写したものであり、旧字体では釋迦である。 シャーキャムニ(梵: शाक्यमुनि Śākyamuni)はサンスクリットで「シャーキャ族の聖者」という意味の尊称であり、これを音写した釈迦牟尼(しゃかむに)を省略して「釈迦」と呼ばれるようになった。

1080
ただの猫 2026/05/24 (日) 19:29:24

 日本のバカ天皇

孝謙天皇も、桓武天皇も日本のバカタレ天皇

奈良に平城京を築いた「聖武天皇」の娘だった女帝・孝謙天皇は三河の弓削の僧侶だった「道鏡」との肉欲に溺れ

道鏡に最高の「大僧正」の地位を授け 父親の聖武天皇が 奈良に築いた平城京を f道鏡の出身地 三河に道鏡のため 西京を築き 称徳天皇に改名

しかし53歳で死去した為、孝謙天皇(称徳天皇)から溺愛された道鏡も「失脚」 田舎の薬師寺で没する

桓武天皇も単純バカで 聖武天皇の平城京を引き継ぐが、京都の長岡に遷都を試みる

しかし桓武天皇の息子だった「早良親王」が、長岡京に反対したため 親王の地位を剥奪

大隅に流刑する そのため早良親王は流刑中に 父親の桓武天皇を「恨み憤死」してしまう
そのため桓武天皇は 早良親王の怨霊から祟られていると思い長岡京を諦め 京都に平安京を築く・・これが平安時代

ところが 僧侶だった最澄が 中国(唐王朝)の天台山は中国仏教(法華経)の総本山で桓武天皇の唐の天台山で仏教習得を願い出る

こうして最澄と空海が 遣唐使として唐に渡り最澄は天台宗を開き 空海は真言密教をを開く

こうして日本は「中国仏教」の国になった

1079
ただの猫 2026/05/23 (土) 19:33:08

  なぜ中国の仏典を「法華経」というのか?

紀元前100年の頃 前漢の皇帝だった「武帝」がユーラシア大陸の大部分を支配 

大乗仏教が 波及していた中央アジアを支配

そのため 漢族こそ、が世界の「中心」となる「華」で「中華」と自称

他の民族を 夷(蛮族)と見なす「華夷秩序の思想」が誕生 これが俗にいう「中華思想」

そのため この華夷秩序(中華思想)により 仏典を「中華の法」とするため「法華経」と名付ける

この漢族(中華)を法とする仏典が「法華経」で 飛鳥時代 日本にも波及

日本人は 中国の法華経を信仰する単純バカ民族  

1078
ただの猫 2026/05/23 (土) 18:11:33

 中国の仏典「法華経」が日本に波及

インドの釈迦は、紀元前500年の頃 弟子たちに どう生きるべきか教えを説いていた、死後の教えではなく 人としてどう生きるべきか 教えを説いていた

同じ頃 中国でも「孔子」が 弟子たちに 人としてどう生きるべきか教えを説いていた「これが儒教」

そして釈迦の入滅は 何時か 定説はないが 約紀元前500年~紀元前400年の頃入滅

そのため弟子たちがインドの北東部ガンダーラ(東パキスタンのペシャワール)で釈迦の教えをサンスクリット語で書き残したのが「仏典」

このガンダーラという所はギリシャ系の「ヘレニズム文化」とアラブ系の「イスラム文化」が入り混じった所だったため 仏典に 門戸が「開かれた大乗仏教」になり「中央アジアの「楼蘭・敦煌・西蔵 クチャ」に大乗仏教が波及する

他方紀元前100年の頃、前漢の武帝が 中央アジアと朝鮮半島を支配

そのため 中央アジアに波及していた「大乗仏教」が 中国に「波及」

しかし仏典はサンスクリット語で インド人僧侶の三蔵が サンスクリット語の発音を音写語で漢字に直した仏典が「法華経」

釈迦は、サンスクリット語の発音でシャーキャと発音するので漢字で「釈迦」と表記

こうして中国語の仏典(法華経)が飛鳥時代 日本にも波及

この飛鳥時代 女帝の推古天皇の摂政だった「聖徳太子」は 法華経を推奨

奈良に法隆寺を建立

さらに朝鮮半島の「秦氏」が 仏教を推奨していた聖徳太子の為に京都に「広隆寺」を建立

さらに朝鮮の仏師が 朝鮮の赤松で「弥勒菩薩半跏思惟像」を彫り広隆寺に安置

こうして飛鳥時代 中国の仏典「法華経」が 日本に広まる 当地 直方でも 永満寺という所の山の麓で 法華経が入った「経筒」が 10個発掘され国立博物館に保管されている

そして次は奈良時代になり 朝廷の「聖武天皇」が奈良を平城京と定め 奈良に東大寺 奈良の大仏を建立

この奈良時代 中国は唐王朝時代で 唐の僧侶「鑑真」が渡来 日本で法華経を広め奈良に「唐招提寺」を建立

そのため「鑑真の仏像」は 唐招提寺に「安置」されている

同じ奈良時代 日本人の僧侶「行基」が 法華経で 人民の為に善行を行い道路 橋 治水工事を行い、人民のために尽くし日本各地に仏教寺院が建立される

祖父が住職だった浄土宗の西光寺も「行基が開祖」

そして今度は桓武天皇の時代になり「桓武天皇」は 聖武天皇の奈良の平城京を長岡京に遷都

しかし長岡京への遷都を反対した「早良親王」を謀反者として 大隅に流刑する

そのため流刑された早良親王は、桓武天皇を「恨みながら憤死」してしまう

その為「桓武天皇」は 長岡京は、早良親王の「呪い」があると思い さらに京都に遷都「平安京」を築き平安時代

この平安時代 中国は唐王朝時代で 唐の天台山では法華経の総本山だったので 日本人僧侶「最澄」が桓武天皇に謁見

唐の天台山で、仏教を修行したい旨を告げる

それに対し桓武天皇は もう一人の僧侶「空海」と「最澄」を一緒に 遣唐使として唐に送る

最澄37歳 空海31歳の時

最澄と空海は、遣唐使として唐の都「長安」を訪れる

こうして平安時代 最澄は比叡山の延暦寺で「天台宗」を開く

しかし空海は 唐の都「長安」に残り サンスクリット語の「仏典」を音写語で 中国語の漢字に直していた法華経の三蔵から サンスクリット語を学び

三蔵からサンスクリット語の仏典と 漢字の仏典(法華経)を授けられ

さらに長安の青龍寺で 密教の開祖「恵果」に出会い 恵果は 日本に密教を広める為空海に「密教の全てを伝授」する

こうして空海は日本に帰国 高野山の金剛峯寺で「真言密教」を開く

こうして 単純な日本人僧侶の法然が浄土宗を開き 単純な親鸞が浄土真宗を開き 日蓮が 南無妙法蓮華経の日蓮宗を開く

日本の仏教は全て「釈迦の教えではない」 単純な日本人僧侶どもが 自己流の妄想で開いた亜流の仏教

こんな宗派を、信仰する日本人信者は「妄想狂」

1077
ただの猫 2026/05/22 (金) 16:21:27

  奈良時代に仏教国となる、

聖武天皇が奈良に平城京を築き、東大寺・奈良の大仏を建立

この聖武天皇の娘が「孝謙天皇」で三河の国の弓削の僧侶「道鏡」から病を治癒してもらい道鏡を溺愛するようになる

当時 大和朝廷の女性天皇は「一生涯独身」でなければならず女天皇でも 種の保存により 発情する定め

女帝の孝謙天皇も 元をただせば 女(メス)なので 自分の病を治癒してくれた道鏡を溺愛

道鏡を、朝廷の「支配者」にしようとする

僧侶は 戒律で女人禁制で 当然 性欲に飢えていたため孝謙天皇と肉体関係

風説によれば道鏡が座れば膝が3つあると言われた巨根の僧侶だったと言う

他方 聖武天皇が奈良の平城京に東大寺・奈良の大仏建立の際 豊後の宇佐八幡宮が全面協力したため

平城京の朝廷でも威信を得て神の御神託を 告げるていた

そのため「和気清麻呂」が いかなる御神託なのか 宇佐八幡宮に確かめに訪れる

宇佐八幡宮の御神託は「天つ日嗣は、必ず皇諸を立てよ、無道の者はいち早く掃除すべし」だった

宇佐八幡宮で受けた御神託を和気清麻呂が奈良の平城京に帰省 孝謙天皇に御神託を伝えるが拒否

孝謙天皇は父親の聖武天皇に対抗し、称徳天皇を名乗り溺愛していた道鏡を朝廷の支配者にするため道鏡の故郷 三河の弓削に 西京を築く

こうして日本は奈良時代から 仏教国になる 

1076
ただの猫 2026/05/21 (木) 15:47:00

ウイルス感染

1075
ただの猫 2026/05/20 (水) 20:55:38

  コンピュータウイルス

これはノートンが ウイルス対策ソフトを売り込むため ウイルスを作り出している

1074
ただの猫 2026/05/20 (水) 20:49:16

 日本は神々の国

日本は神の国だと言われているが、これは飛鳥時代~奈良時代の太安万侶(おおのやすまろ)が 妄想で天照大神など ありもしない偶像を妄想

天照大御神の命を受けた神々が日本を作ったなどとデタラメを「古事記」に表す

正しくは中国の魏志倭人伝では邪馬台国の卑弥呼が 祈祷で神々のお告げで倭人を統治していた為

倭人たちは神羅万象に 無数の神々が宿るとして日本は八百万の国になったのである

日本を「神の国」にしたのは、天照大神ではなく、弥生時代の「卑弥呼」

1073
ただの猫 2026/05/15 (金) 05:04:13

風ふくよき日

1072
ただの猫 2026/05/12 (火) 20:22:12

 今夜の歌

昔 加藤登紀子が歌っていた 好色な、エロっぽい歌
 
加藤登紀子の スケベな歌

🎵 色気のある代表的な曲

💋 アルバム「エロティシ〜謎〜」

タイトルからも分かるように、加藤登紀子さんの中でも官能的で大人向けの世界観を打ち出したアルバムがあります。

図書館の音楽資料などでも「エロティシ 謎」という表記で収録されていて、大人の恋愛や色気をテーマにした作品として扱われています。

歌い方や歌詞の内容はあからさまな下ネタというより、熟年の恋や官能をしっとりと描くタイプで、「スケベ」というより「艶っぽい」「大人のエロス」に近い雰囲気です。

💗 「愛する人があるのなら」

この曲も、愛する相手を力強く抱きしめる描写や「愛の限りを奪いつくして」といった言葉が出てきて、大人の情熱的な愛をストレートに歌っています。

直接的な下ネタではありませんが、かなり濃いめのラブソングと言えます。

加藤登紀子 エロティシ〜謎〜

加藤登紀子 愛する人があるのなら
いわゆる露骨なアダルトソングというより、「官能的な大人の歌」を楽しむ感じに近いと思ってもらうとイメージしやすいです。

しっとり色っぽい大人のラブソング

1071
ただの猫 2026/05/12 (火) 20:07:19

  中国の好色女

中国には「4大奇書」があり・・水滸伝 3国志演義 西遊記 金瓶梅 という4大奇書がある

奇書とは「稀なる書物」という意味で「水滸伝」にも、「藩金連(はんきんれん)」という好色で淫乱女が登場する

この好色女「藩金連」は、素手で人食い虎を退治した「武松(ぶしょう)」の兄の女房で 好色で淫乱な藩金連は 亭主の弟だった武松にも肉体関係を迫る

しかし武松にとって 藩金連は 兄の女房

そのため 武松は、肉体関係を迫る藩金連を拒絶する、しかし 好色な藩金連は肉欲が抑えきれず 好色男の西門慶(せいもんけい)と肉体関係となる

そのため 好色な藩金連は 自分に性的快感を与えてくれた西門慶に対し 役立たずで 性的に弱い亭主を 毒殺するよう依頼

そのため 武松は 兄の女房「藩金連」が兄ではなく 西門慶と不義密通し 兄を毒殺したため

藩金連と西門慶を 素手で人食い虎を殴りコロしたように 殴りコロしてしまう

この好色な藩金連と 西門慶が 主人公になった好色な奇書が「金瓶梅」

この金瓶梅は 3人の好色女の名前で・・ 潘金蓮の「金」、李瓶児の「瓶」、春梅の「梅」で 金瓶梅のタイトル

この3人の好色女と 西門慶の「爛れたような肉欲関係」が描かれた「好色な奇書」が「金瓶梅」

秦王朝時代の趙姫だけが 好色女ではなく 水滸伝 や 金瓶梅にも好色女たちが登場する

中国女は、好色で淫乱な 先天的な欲情魔の二ンフォマニアが多く描かれている

日本でも、江戸時代 人形浄瑠璃の井原西鶴が「好色5人女」や「好色一代女」を描いている

女も スケベ男と同じで、好色・・子孫を残す「種の保存」の為

1070
ただの猫 2026/05/12 (火) 18:14:02

  「ろうあい」

好色で淫乱な趙姫の「性的相手」になっていた「ろうあい」

そのため「ろうあい」は 趙姫との間にできた息子「政」を 秦の国の王の擁立

政が「秦の始皇帝」になる

 「ろうあい」

  参考

嫪 毐(ろう あい)紀元前238年は、中国戦国時代末期の秦の政治家。

当初は呂不韋の食客であったが、秦王政(後の始皇帝)の母の趙姫(太后)の情夫となり、

それを背景に権勢を誇ったがクーデターを起こして処刑された。

 生涯

嫪毐(ろうあい)は巨根で知られ、宴会の余興として自らの一物を軸に馬車の車輪を回して見せたという。

呂不韋は、秦王・政の母の趙姫と長年密通の関係にあったが、淫乱な趙姫を老年に差し掛かった彼が満足させることは難しくなり、

同時にその関係は非常に危険なことであった。そこで関係を清算したがっていた呂不韋は。嫪毐を召し抱えて家臣にし、後宮に送り込んだ。

王以外の男性で後宮に出入りできるのは、男性器を切除した宦官のみであり、巨根が売り物の嫪毐が性器を切除しないまま後宮に入れるにあたり、眉と髭を抜き取るなどして宦官のような容貌に変えさせ、

さらに宮刑を執行されたという記録をでっちあげるなどの裏工作をした。呂不韋の思惑通り、嫪毐は後宮に入って趙姫の寵愛を受け、

やがて趙姫とのあいだに2人の子を儲けた。趙姫はこれを人に知られることを恐れ、「卜占で凶と出たので都を避ける」と偽って共に咸陽から雍に移り住んだ。

嫪毐は、趙姫から莫大な恩賞を受けて権力を握ると、国政に関わる決定にも携わるようになり、嫪毐のもとには数千人もの召使いが集い、さらに宦官として仕えたいと望む者も千人以上に及んだ。

秦王・政8年(紀元前239年)、山陽を封地に長信侯に封じられた。さらに河西の太原を与えられてその地を「毐国」とし[1]、国事は小事から大事まで嫪毐によって決裁されるようになるなど、相国の呂不韋に次ぐ権勢を誇った。

秦王・政9年(紀元前238年)、嫪毐は趙姫と「王が亡くなったら自分の子を後継に立てよう」と企んでいたが、密告により実は宦官ではないことも含めて秦王政に知られ、内偵により趙姫との密通が露見した[2]。

そこで嫪毐は御璽および趙姫の印璽を盗み出して軍勢を動員し、蘄年宮を襲撃して乱を起こそうとした(蘄年宮の変)。

しかし、既にそれに備えていた秦王・政の命を受けた昌平君と昌文君によって咸陽で返り討ちに遭った。

嫪毐は逃亡したものの、捕らえられて車裂きの刑に処され、その一族や趙姫とのあいだの二人の子も、ことごとく処刑された。呂不韋も連座して官職を解かれ、趙姫は雍に幽閉された

1069
ただの猫 2026/05/12 (火) 17:59:56

 秦王朝と漢王朝の歴史経緯と 東アジアの経済発展

 中国の歴史

夏 殷 周 秦 漢 3国 晉、隋 唐 宋 元 明 清 中華民国 中華人民共和国

司馬遷の「史記」によれば 中国は紀元前1000年以上前 まず「夏」という王朝から始まったという

ところが 中国は この当時 秦 楚 趙 燕 韓 斎 魏の7諸国に分断していて 7諸国の権力者(王)が、群雄割拠する権力闘争に「発展」する

これが「春秋戦国時代」・・春秋とは 春 夏 秋 冬 オールシーズン 権力闘争していた為

そして紀元前700年の頃 秦の「政」という男が、他の6諸国を統一「秦王朝」を築き、中国で最初の皇帝「秦の始皇帝」を名乗る

ところが この秦の始皇帝(政)は 秦の王の「血筋を引いていない始皇帝」

この経緯は当時 秦の国には「呂不韋(りょふい)」と言う「豪商」がいて「趙の国」の美人女性だった「趙姫」を愛人にしていた

ところが「秦の国」の王は 呂不韋の「愛人・趙姫」に 一目惚れしてしまい 自分の王妃にするため所望する

そのため 呂不韋は「自分の愛人・趙姫」を秦の王に献上する

ところが趙姫は 物凄い「好色女」で、元の愛人だった呂不韋に性的関係を要求

そのため「呂不韋と趙姫」は また肉体関係

しかし この肉体関係が 秦の王に「発覚」すれば 呂不夷は処刑されるため 呂不夷は、一計を案じる

当時 巨大な一物を持つ「ろうあい(漢字がないので平仮名で表記)を 好色な趙姫にあてがう

好色な趙姫は、巨根を持つ「ろうあい」を溺愛 その為、趙姫は何度も「ろうあい」の子供を妊娠してしまう

しかし この妊娠は 秦の王との間にできた子供ではなく「ろうあい」との肉体関係で出来た子供なので

出産すると [ろうあい」との間にできた子供達を「他の国」に 預けていた

このように 趙姫は、何度も「ろうあい」の子供を妊娠・出産していたので「ろうあい」に「高い地位」を授けてしまう

そのため 高い地位を得た「ろうあい」は、自分が「秦の国」を支配するため 趙姫との間にできた「政」という息子を「秦の国の王」にする

こうして「秦の国の王」になった「政」が 紀元前700年の頃 他の6諸国を統一

秦王朝を築き「秦の始皇帝」になる しかし 秦の始皇帝(政)は自分が「正統な秦の王」の子孫ではなかったため「暴君」となり、自分の 意のままにならない家臣たちを次々に処刑

とくに 意のままにならなかった「儒学者」約60人を 生きた儘、生き埋めにし 儒学の本を 焼き尽く・・焚書坑儒

このように秦の始皇帝は「暴君で悪政」を行っていたので 秦の始皇帝が 東アジア諸国の経済発展に「寄与するはずがない」

秦王朝は、このように「悪政(暴政)」を行っていたので「楚の国の王」が秦王朝を 滅ぼすよう「劉邦」と「項羽」に命じる

そのため「劉邦」が 紀元前200年の頃「秦王朝を滅ぼし」、紀元前200年の頃
「楚の国の劉邦」が「漢王朝」を築く 

この漢王朝は、紀元前200年~紀元0年の辺りを「前漢」と言い 前漢の「皇帝」だった「武帝」が 紀元前100年の頃

領土拡大でユーラシア大陸の 大部分を征服する

そのため 漢王朝が「ユーラシア大陸」の「55民族」を支配する

そのため漢王朝の「漢族」は・・漢族こそが、世界の「中心」となる「華」で「中華」と自称

他の民族を夷(蛮族)と見なす「華夷秩序の思想」を築く この思想を 俗に「中華思想」という

この華夷秩序(中華思想)に基づき 中国の歴史で「漢王朝が絶頂期」

そのため ある識者が解説するように「東アジア」が 発展する

「東アジア」とは ユーラシア大陸の「東部一帯」を「東アジア」という

つまり 東アジアは「漢王朝時代」に「絶頂期」で 東アジア諸国は「経済発展」する

 

  

1068
ただの猫 2026/05/12 (火) 15:55:42

 秦王朝と漢王朝

ある識者が 東アジアの経済発展は 秦王朝と漢王朝だと解説している

これは デタラメとは言えないが この識者の「妄想が加わった解説」

次に詳細を投稿

見出し・・始皇帝の偉業が「東アジア経済成長の鍵」? 武帝が受け継いだ革新的システム

始皇帝陵の兵馬俑

「物流」を軸に世界史を見ると、これまで見えていなかった新たな一面が見えてくる――!

なぜ東アジアはヨーロッパに先駆けて経済発展することができたのか? その要因には、始皇帝から武帝までの100年ほどをかけて整備された制度が重要な役割を果たしていたという。書籍『物流で世界史を読み解く』より解説する。

※本稿は『物流で世界史を読み解く 交易、移民問題から食文化の革新まで』より抜粋・編集を加えたものです。

春秋・戦国時代の経済成長

中国の史書『史記』によると、中国最初の王朝は夏王朝であった。その後、前16〜前11世紀の殷王朝、前11世紀〜前771年の(西)周王朝と続いたものの、前770年に周が洛邑に遷都したことをきっかけに、春秋・戦国時代となり、中国は500年以上にわたる争乱の時代に突入したとされる。

戦国時代のうちに鉄製武器が普及した。また鉄製農具や牛耕の普及により、農業生産が拡大した。農業や手工業が活発になったため、青銅貨幣が導入された。このように、春秋・戦国時代に経済発展が見られたのである。

秦は、こういう状況において中国の統一に成功する。すでに、中国の経済は世界的に見てかなり水準が高く、それを秦が受け継いだということになるであろう。しかも、秦はさらにその経済を発展させようと考えたのである。

中国統一時の秦の王は政(在位 前247〜前210年)であった。政は法家思想にもとづき、中国を統一した。度量衡を統一し、文字、貨幣を統一した。そして中央集権的な郡県制を採用し、さらに、単なる王ではない「皇帝」という地位についた。

始皇帝は、中国の経済成長を基盤として国家を統一した。秦では戦国時代に半両銭という中国最初の通貨をつくった。青銅貨幣は、銅と錫でできている。世界的に銅の産地は多いが、錫の産地はかぎられている。青銅貨幣が製造されたということは、すでに交通が発展していた可能性が高いのである。

中国の物流は春秋・戦国時代に盛んになっていったものと思われる。

1067
ただの猫 2026/05/12 (火) 13:02:22

 太平洋戦争と少年兵

「少年兵」とは文字通り 未成年の少年が 日本軍の兵士になり 太平洋戦争で 日本を「死守した少年の兵士」の事

なぜ少年までが 米軍と戦い 日本を死守したのか?

  この経緯

1937年7月「盧溝橋事件」を契機に 日本軍が「中華民国・本土」を侵略開始する

ところが それ以前から米国ルーズベルト大統領は「中華民国の利権を確保」するため 7年間 掛けて建設していた中華民国・国民党政権(蒋介石)を「投資支援」する「援蒋介石ルート」を「日本軍が爆破」

日本軍が「米国の利権確保」を妨害する

そのため米国ルーズベルト大統領は、米国の軍事力は、日本軍の10倍以上 国力は4倍余りの米軍の軍事力で日本軍を「叩き潰す」ため日本を「戦争に誘い込む」

こうして ルーズベルトから戦争に誘い込まれた日本軍は、1941年12月5日

日本軍が米国ハワイ州の米軍基地・真珠湾を奇襲攻撃

これが1941年から始まった 太平洋を舞台にした日米開戦(太平洋戦争)

日本識者は、歴史に「半可通」で なぜ太平洋戦争なのか 説明していない

この1941年の「日米開戦」とは 日本軍が 米国ルーズベルトが中華民国の「利権」を確保するための「援蒋介石ルート」を日本軍が破壊

米国の「利権」を妨害したため ルーズベルトが軍事力で日本軍を「叩き潰す」ため、日本軍を「戦争に誘い込む戦争の罠」

しかし日本軍は軍国主義でルーズベルト大統領が 軍事力で日本軍を「叩き潰す」ために 日本軍を戦争に「誘い込む罠」とは「分からず」

1941年 日本軍が米軍のハワイ真珠湾を奇襲攻撃

日本軍は、ルーズベルト大統領が軍事力で日本軍を「叩き潰す」ために仕掛けた罠だったので

翌年1942年 太平洋のミッドウエー海戦で 日本が世界に誇る「日本連合艦隊」が米軍の太平洋艦隊から「叩き潰され」てしまい「大敗」してしまう

この1942年のミッドウエー海戦の「大敗」から日本軍は「敗退の一途を辿る」

つまり 日本は「窮地」に陥る・・ つまり日本軍は、米軍から「追い詰められてしまう」

そのため日本の首都・東京を、米軍から「陥落させられる」と、日本敗戦が「決定打」に成るため、東京都の一部で

太平洋に浮かぶ「小笠原諸島の硫黄島」に守備隊を置き 太平洋に面する「沖縄」にも守備隊を置く

そのため 日本は 米軍から日本を守るため「国家総動員令」に基づき「日本男児を徴用(徴兵)」

この徴兵で「日本陸軍」は、少年が満18歳になれば、陸軍の兵士として入隊させていた

この「18歳の少年」が「少年兵」となり 太平洋戦争で日本を死守するため戦った少年たち

だから 1945年 米軍艦隊が沖縄の海に集結

そのため「特攻隊員」は 日本を「死守」するために18歳~20歳ほどの若者が敵の米国戦艦に、250k爆弾を戦闘機に搭載

米国戦艦に体当たり 戦死

この特攻隊で、日本を死守した特攻隊員には「18歳の少年兵」がいた

昔の少年は 自分の命を捨て 日本を死守した18歳の少年兵がいた

今の若者には 自分の命を捨て日本を死守する若者がいるか?

昔の若者は「崇高」だった 今の若者は、だらしない日本になっている

だから猫からも 日本の悪口を言われて仕方ない

1066
ただの猫 2026/05/12 (火) 11:13:08

 少年兵、かく戦えり

太平洋戦争では「未成年の少年」まで 日本を死守するため オンボロ戦闘機に250k爆弾を搭載 米軍戦艦に「体当たりで自爆」・・これが「特攻隊」

詳しくは、次の投稿で 説明

  見出し・・3ページの1ページ

「新聞は戦争を美化せよ!」に作家が込めた痛烈なメッセージ 敗戦時に「自決」を考えた軍国少年は、戦争の検証をライフワークに選んだ

 1970~80年代の人気テレビドラマ「あばれはっちゃく」シリーズの原作者で、児童文学作家の山中恒さん(94歳)が3月、死去した。軍国主義一色だった戦前に少年期を過ごし、敗戦時には責任を取って自殺する「自決」まで考えたという。

 戦時期の検証をライフワークとし、収集した膨大な資料を基に著書を次々に刊行。当時の社会や子どもの状況、メディアの報道を粘り強く調べ、戦争遂行のために人々の暮らしがどれほど影響を受けたかを伝え続けた。その原動力は何だったのか?)

▽ヒット作の印税で戦時出版物を購入

 児童向けのファンタジーからユーモアあふれる作品まで幅広く手がけた。大林宣彦監督の1980年代の人気映画「転校生」や「さびしんぼう」の原作者でもある。

  「(ヒット作が続いたので)多額の印税が入った。そのおかげで私はかなり大量の戦時出版物を購入することが出来(でき)た」と著書に記した。児童文学を書きながら、あの戦争について納得いくまで調べたい、という思いも抱き続けたのだろう。

山中恒氏の戦争関連著書の一部

 著書には、古書店から届いた目録を見て、気になる資料を片っ端から購入していく様子が記されている。そうして資料を着々と集め、地道な検証に取り組んだのだ。
 私自身、戦前の歴史を調べていると、必ず山中さんの著作に行き当たった。関連の著書は30冊以上に上る。残念ながら直接取材したことはなかったが、著書から多くのことを学んできた。

▽昨日まで天皇陛下万歳だったのに今日からはマッカーサーかよ…

 山中さんは満州事変が起きた1931年に生まれ、37年に始まった日中戦争、41年開戦の太平洋戦争を少年時代に経験した。「私の子ども期は、べったり、戦争におおわれていた」と著書で回顧する。

 当時の子どもは「少国民」と呼ばれ、学校では徹底した軍国主義教育を受けた。海外侵略を正当化する標語だった「八紘一宇(はっこういちう=全世界を一つの家とするとの意味)」の精神をたたきこまれた。

 「疑うことは許されなかった。疑うこと自体、非国民的言動とされた」と記す。非国民とは、戦時中に軍や国策に批判的・非協力的な人を非難するときに使われた言葉だ。
 共同通信のインタビューで、こう語っている。「(敗戦時)負けたら国民全員が切腹して天皇陛下におわびしないといけないと教えられていたから、どうやって死ぬかを考えた」。当時14歳だ。

1065
ただの猫 2026/05/12 (火) 08:19:11

 北アルプスの遭難者

見出し・・「家族が戻ってこない」新潟県の公務員の59歳男性が行方不明 北アルプス野口五郎岳方面に入山 11日午前の連絡が最後 長野県警が12日朝から捜索予定

北アルプス野口五郎岳方面に入山した59歳の男性が行方不明になっていて、長野県警が12日朝から捜索する予定です。

北アルプスの白馬大雪渓で2人死亡 悪天候で身動きが取れなくなる 約100メートル滑落で重傷も 大型連休、長野県内の山岳で遭難9件相次ぐ

行方不明になっているのは、新潟県三条市の公務員の59歳男性です。

11日夜、男性の家族から「下山予定の家族が戻ってこない。本人と連絡がとれない」と新潟県警に110番通報があり、午後9時40分ごろ、長野県警に連絡が入りました。

男性は11日から単独で北アルプス野口五郎岳方面に入山し、11日午前10時35分ごろ、本人から家族に「野口五郎岳付近にいる」との連絡がありましたが、これを最後に連絡がとれなくなり、行方がわからなくなっています。

12日朝から長野県警の山岳遭難救助隊が出動、また、天候を見て、長野県警のヘリコプターも捜索にあたる予定です。

長野県内の山岳では連日、遭難が相次いでいます。10日には、戸隠連峰の本院岳で富山市の医師の女性(46)が滑落し、長野県警のヘリなどが救助しましたが、その後、死亡が確認されました。

11日には、北アルプスの蝶ヶ岳で、静岡県富士市の介護士の女性(61)が下山中に滑落して、病院で死亡が確認されました。

また、北アルプス鹿島槍ヶ岳の周辺を登山していた東京都豊島区の男性(71)が行方不明になっています。

長野県内の山岳は北アルプスを中心に6月下旬ごろまでは残雪が多く、長野県警は天候やルートを確認し、十分な装備で入山するよう呼びかけています。

・・・北アルプス連峰には 穂高岳とか、剣岳とか 白馬岳とか 色んな岳があり

家族の1人が 北アルプス連峰の ある岳を登山して 何月何日に帰宅すると家族に言い残して 北アルプスを登山

しかし 帰宅する日が過ぎても帰宅しないと 家族が 北アルプスを管轄する「長野県の警察署」に 家族が北アルプス登山しても いまだ帰宅していないとして「捜索願い」

家族から「捜索願い」が 出されると 長野警察署には「警官が救助隊」を編成し 遭難者を「捜索」し発見すると たとえば遭難者が断崖絶壁から「滑落」していれば警察署の救助隊員が断崖に ロープを張り

断崖を降り、滑落した遭難者をロープで断崖の頂上まで 引き揚げ、長野県警の救助ヘリコプターが頂上の遭難者を 救助ヘリがロープで 引っ張り上げ、救助ヘリが遭難者を病院に搬送

遭難者はこういう手順で 救出されている 遭難者が死亡していても手順は同じ

この北アルプスの遭難を描いた作品が 石塚真一の「岳」

主人公は山が大好きな島崎三歩という若い男性で 北アルプスの山岳にテントを張り 自分の「住まい」として生活

北アルプスで遭難事故があれば 長野警察署の救助隊から 連絡を受け遭難者救出の「ボランティア活動」

遭難者が 生存していても死亡していても 必ず「よく頑張った」声を掛け 遭難者を背に担ぎ 断崖をよじ登り救出する物語で「最高に感動的」

神や仏は 人を救わないが 人が人を救う この現実が リアルに分かる作品
物凄く感動的な作品

1064
ただの猫 2026/05/12 (火) 06:27:45

 ハッキリ言えない妄想ずりずりの哲学者

哲学は 妄想が大好きで、自分の頭で妄想しては 自己満足する妄想マスターベーションマニア

哲学は「妄想思考マニア」なので、簡単なことでも難解な言葉を使い 自分が「いかに思考力が高いインテリ」か 見せつけている「ハッタリ屋」

昔の人民は 単純族が多く 哲学者の意味不明な言葉を「高尚」だと信じ、洗脳されていたが 今の時代 妄想マスかきに洗脳される者は かなり頭が幼い

  見出し

「トランプ革命」の仕掛け人、イスラエルの政治哲学者が語る狙いとは

 トランプとバンスの背後にこの男の運動がある――。米メディアがそう評するイスラエルの政治哲学者ヨラム・ハゾニー氏は、2018年の著書「ナショナリズムの美徳」で世界的な論争を呼び起こした。朝日新聞の取材に語った、自らの思想やトランプ政権との関係とは。

【相関図あり】「トランプ革命」動かす頭脳とは 影響力増す保守とイスラエルの学者

 ――グローバル化を新たな帝国主義と捉えて批判し、国民国家のナショナリズムを評価する「ナショナリズムの美徳」の狙いは何でしたか。

 16年にトランプ氏が米大統領に当選し、英国が欧州連合(EU)離脱を決めた時、こうした考え(反グローバリズム)は不当で常軌を逸したものだと攻撃されていました。

 あの時、政治哲学者が真に問われていたのは「トランプ氏当選や英国のEU離脱は、単に醜い感情に突き動かされた政治運動の結果に過ぎないのか?」という問題だったのです。

 この本が多くの言語に訳され反響を呼んだのは、まさにその問いに答え、「トランプの運動や英国のEU離脱は正当かつ合理的であり、そう捉える哲学的、歴史的根拠がある」という点を示したためだと思います。

 ――あなたの思想や政治運動が、トランプ政権の政策にどう反映されてきたと考えていますか。

 私の国民保守主義の運動は双方向です。私には政治哲学者として、進むべき道のモデルを示す理論がある。もう一方には政治指導者がおり、その政治が知識人に影響を与える。私は(「国民保守主義会議」などに)政治家たちを招き、交友を広げて、一貫した政治理論を提供してきました。

 トランプ政権は、国民保守主義の世界観に最も近い。第2次政権の国家安全保障戦略(NSS)をみても、過去の米国の「リベラルな国際主義」に基づく外交政策から明確に決別したことは明らかです。

 ――国民国家を擁護する中で、あなたが自らの政治思想の中核だと説明している「政府の哲学」と「政治秩序の哲学」とはいったいどのようなものなのでしょうか。

 その両者の違いは、私にとって最も根源的に重要なものです。

 プラトンやアリストテレスといった古代ギリシャの政治哲学に始まって、近代のリベラルな政治思想に至るまで、「政府の哲学」は、国家というものがもともと存在していることを前提としています。近代のリベラル政治思想は、(社会契約説のように)自由な個人間の合意(契約)により国家が成立すると捉えます。

 しかし、この前提がそもそも誤りなのです。国家は自由な個人の合意ではなく、力による征服か、せいぜい「部族」間の合意で生まれるものです。この観点から最適な国のあり方を考えるのが「政治秩序の哲学」です。

・・・イスラエルの哲学者が言っている「ナショナリズム」とは

第2次大戦後 米国が世界一の「経済力」、世界一の経済力をバックに「軍事力」

経済力と軍事力をバックに「国際政治力」で「世界覇権国」になった

世界覇権国とは 経済力 軍事力 国際政治力で「国際社会を支配する国」の事

ナショナリズムとは「米国を主体」とする「国家主義」の事で「米国至上主義」の事

この国家主義(ナショナリズム)= 米国至上主義を 行っているのが「米トラ」

「グローバル化」とは 米国主体の国家主義(ナショナリズム・米国至上主義)で

米国が 国際社会を 経済力 軍事力 国際政治力で「統制支配」するのが「グローバリズム」

つまり 米国至上主義(国家主義・ナショナリズム)で 経済的に、米国が富を得るため他国を「食い物」にするのが「グローバル化経済」

しかし 低開発国・開発途上国は 米国のグローバル化で「食い物」にされたので「反グローバル化」が起きる

実際に世界覇権国の米トラは 同盟国でも関税アップ
 
同盟国でも 米国至上主義(国家主義・ナショナリズム)で「利用し食い物」にしている

単純バカ民族は それすら分からない

イスラエルと米国は 盟友関係で同盟国 だからイスラエルの哲学者が 米トラのやり方を援用する意見

>しかし、この前提がそもそも誤りなのです。国家は自由な個人の合意ではなく、力による征服か、せいぜい「部族」間の合意で生まれるものです。この観点から最適な国のあり方を考えるのが「政治秩序の哲学」です

1063
ただの猫 2026/05/11 (月) 20:57:20

  水木しげる・戦争体験

  参考

今年、改めて読み返したい「水木しげるの戦争」ベスト3

不朽の戦記名作、水木しげる翁の苛酷体験記として知られるが、「見張りの主人公(=水木)が太陽や鳥の美しさに見とれたから部隊全滅」とも読める。そこを含め、おそらく罪悪感を持ちつつ描ききったことが本作のすごみ。

これに関しては、どうしても生前にお聞きする勇気が持てなかった。
触れてはならない点かな……とずっと思っていたが、亡くなる約1年前の呉智英×南伸坊対談『水木しげる論』を読むと、戦地を訪れ先に死んだ者への「自分は長生き、愉快」との言葉、快楽至上主義の徹底に仰天する。

人間綺麗ごとじゃないと、髄からわかっておられる。生の希求が至上。そうでない社会がおかしい。だから人間に優しい。

真の敵が米兵でないのは大岡昇平『野火』に通じるし、『野火』が戦争未体験者の塚本晋也監督により公開された年、翁が旅立たれたのは象徴的。

1062
ただの猫 2026/05/11 (月) 20:30:23

  「水木しげる」の太平洋戦争体験記

水木しげるは「ゲゲゲの鬼太郎」の漫画で有名な漫画家で 太平洋戦争で太平洋の「ニューブリテン島・ラバウル」に派兵される

ところが米軍から ニューブリテン島の「日本軍」が猛攻撃され 水木しげる一等兵は米軍の猛攻撃で「左腕」を 吹き飛ばされ「左腕を失う」

ところが 生き残った水木しげる一等兵を見た上官は ・・お前 なぜ生き残った

それでも天皇の皇軍か なぜ 死ななかった? 日本軍兵士の命は、枯れ葉より「軽い」死ぬのが日本兵の誇り と上官から言われ

上官が 水木しげる一等兵に「死んで来い 死んで来い」言われ「殴る、蹴る」の暴行 ピストルを差し出され これで自決しろ!命じられたと言う

しかし昭和天皇が1945年8月15日、無条件降伏・日本敗戦

太平洋戦争が終結した為、水木しげるは、ピストルで自決せずに済み 日本に生還

右腕 1本で 漫画を描く

水木しげるの太平洋戦争体験記では 敵の米軍より 日本軍の上官の方が残忍で憎かったと述べている

太平洋戦争では、日本軍の上官が 日本兵に「死んで来い」命じていたと言う

この「死んで来い」命じられた日本兵が「特攻隊員」・・生きて生還する事は 許されていなかった「必ず死なねばならなかった」・・これが「特攻隊」

太平洋戦争は、敵からコロされるより上官から見殺しにされ・・「生きて虜囚の辱めを受けず」・・東条英機の「戦陣訓」