カオスドラマX 検索除外

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わったん 2026/07/12 (日) 22:49:24 >> 685

私は待ち続けた。
花が枯れ、錆びた街灯が崩れ落ちる。
幾日も待った。
街灯の光が無くなっても、
誰も来ない。
流れてくるのは、
此処で死に往く顔をした、退路の人々。
私に囁く、死ぬ間際の詰問。
あぁ、すまない。
私は、私は――。
君達を、護ってやれなかったのか――。


<都市で誰かを護るのはとても難しいこと>
<その上で貴方は、ツヴァイという盾となることを選んで>
<立派に役目を果たしたのね>

<でも結局、貴方が護りたかったものはなんだったのかしら>
<考えてもみて>
<あなたが護る必要があったのは、公園の幸せだけじゃない>
<他にも色んなものを護れることだって出来たのよ>
<それでもあなたは、この公園の平和を護ることにした>

<えぇ、素敵な物語>
<あなたが彩る小さな世界は、とても前向きで、素敵な空間だったはず>
<でも、其処を喪ったからといって、あなた自身を蔑ろにする必要はないんじゃない?>

<そう。護りたいものがあるはず>
<例え居なくたって、其処はあなたにとって大切な退路だったのだから>
<いいの。そこに縋る事は、決して悪などではない>
<いなくなった人達の為にも、貴方が其処を護るの>

<そう>
<光になって、溶けていって、貴方だけの色を咲かせるの>
<自分の望んだ姿形になれるように>

694
わったん 2026/07/12 (日) 22:49:15 >> 685

誰一人として存在は無く、
何一つとして存在は無く。
公園には無機質のみがあり、
不自然な血痕が存在するだけであった。
裏路地の夜を過ごした後なのだろうか。
僅かに見えるのは、嘗て子どもたちが付けていたアクセサリーや、
老人が大切にしていたジョウロが見えるだけ。

「……」

街灯が示す孤独。
光などではなかった。
照らしてなどはいなかった。
私にとっての希望を、幸せを。
私は護る事が出来なかったのだ。
ツヴァイの所属する協会フィクサーとして、
その役目に従事した結果、
私は、退路を喪った。

「……」

それでも、誰かが帰ってくると思ってしまった。
この公園は、この地域の中心だ。
誰かが帰ってくるなら、きっとここへ来る。
そうだ。誰かいる。誰かいるはずだ。
まだ確認できていないだけで、まだ誰かいるはずなんだ。
きっといる。
居てくれ。
助けを待っている人間が。


雨の強い日だった。

「……」


寒さで手先が麻痺していた。

「……」


喉から声が出なくなった。

「……」


涙が、枯れていた。

「……」


693
わったん 2026/07/12 (日) 22:49:02 >> 685

濃霧で輪郭のはっきりしない行路。
L社の巣付近は特に酷く、その世界での戦いは疲弊する一方だった。
親指の炸裂弾は、ツヴァイのコートさえ振動貫通させる。
私と共に戦った同僚は、何人かがカポの弾丸の餌食となった。
だが、私はこの程度の弾丸など目の仇にもしない。

私は長らく前線で戦いを命じられ、
ねじれの情報収集や、其処に至る人命救助まで、3課としての仕事を全うした。
そんな日々が続いたある日。

「6課が図書館に全戦力を投入して、全滅した」

南部ツヴァイ協会6課の崩壊の報せ。
濃霧の立ち込めたこの空間は、無線機さえも碌に通せない周波数の乱れがあった。
それ故に、届く情報はいつも遅れてやってくるもの。

「……公園の様子を見たいのだが、前線を離れることは――」

「不可能だ。俺達は『あなたの盾』」
「親指が狙う地域そのものを護る必要がある」
「協会フィクサーは、やれと言われたらやるしかない」

「……そうだな……」

心配が、常に沈殿する。
退路は、なかった。


霧の射手により、ツヴァイ3課フィクサーは殺された。
親指との交戦直後、奴らの弾丸を基に射抜かれた。
私が取った行動は、同僚の仇討ちや、ねじれの観察などではなく、
ただ前線から退くことだった。
他者の視線も無く、己が成したい事に邁進する。
協会フィクサーとしてはあるまじき行為だったであろう。
だが、私は人生の中でも最も五里霧中の最中、
退路である公園へと向かった。


692
わったん 2026/07/12 (日) 22:48:43 >> 685

黒昼と呼ばれる現象が過ぎ、巣の崩壊は著しいものと変化していく。
私が護り続けていた公園は、比較的安全地域ではあった。
それ故、周辺に住まう住民は、相変わらず公園で日々を過ごす者もいる。
少し大きくなった子どもたちや、依然に増して健康になってきた老人。
巣が崩壊したとしても、今を強く生きようとする者達が、
この空間に居てくれることが、嬉しかった。

「おじさんいつもいるね」
「翼が折れても、僕達の事護ってくれるの?」

「あぁ、勿論だとも」
「翼は折れたかもしれないが、私にとってこの公園は、まだ折れてはいない」
「其処に居る君たちの未来も、私は護る為、この逃げ道を確保しているよ」

「退路ってやつ?」
「帰る場所が在るのは良い事だよね」

そう彼らが言ってくれる事。
私にとっての退路が、存在していることが、生きる糧であった。


「6課の人間が何故此処に」

ツヴァイ隊員が疎らの間隔で滞在を成す。
協会直属事務所のフィクサー達も、確認出来た。

「透明の軌跡から、巣全体の地域保護依頼を受けたんです」
「他に大きな仕事が無ければ、暫く我々は組織から巣を護り続ける予定です」

「ウォルター部長の判断か……」

「3課所属の貴方には、L社付近の『親指』との交戦、ねじれである『霧の射手』の情報収集が命じられました」
「この区域の保護はお任せください」

「……この公園には、未だ無垢であり続ける子供や、生を全うしようとする心強きものたちが居る」
「どうか、護ってやってくれ」

「はい。ツヴァイは『あなたの盾』ですから」


691
わったん 2026/07/12 (日) 22:48:26 >> 685

「ツヴァイ協会の方ですね」
「ガンパウダー工房フィクサーのユンフです」

決して明るい言動ではない。
だが、この黒き昼においても、決して揺らぐことが無く、
自身の歩むべき方向を見据えた瞳は、私にとってこの上なく眩しかった。

「L社の巣内の保護状況の偵察にきました」
「ツヴァイの方が誰も外を出歩いていなかったもので」
「ですがこちらの公園には居たようですね。安心しました」

「……今は、人と話すような気分ではない……」

「絶望に染まる停滞の影」
「人は誰しもが虚ろとなり、動かなくなりました」
「ですが、貴方は此処にいる」
「それも、ツヴァイの制服を着て」

「……?」

「俺としちゃ、直属の親組織みたいなものなので」
「貴方のように『信念』に基づいて、本能的に保護活動をしている方が居らっしゃって」
「よかったな、と」

不思議な感覚であった。
絶望にしか思えない日々の中で、突き刺さるような光を持つ青年。
その姿は見覚えがあり、『透明の軌跡』であることをすぐさま認識した。

「例え巣が崩壊しようとも、何かを護ろうとする姿勢」
「貴方にとっての翼が、此処なんだろうなって、思ったんです」
「そうしたら、自然と声を掛けてしまいました」
「……ですので、情報提供については無理強いはしません」
「どうか、御無事で」

そうして彼は、誰かを護る意志を持った鋼鉄を背に、
この区域の安全確認をするかのように、去って行った。


690
わったん 2026/07/12 (日) 22:48:16 >> 685

ある日、L社を中心とした崩壊が始まった。
翼は折れ、羽根は毟られる。
聞いたこともない速度で、街中の鐘が狂ったように鳴り響いた。
建物が崩れ、人が押し合い、悲鳴が重なっていく。

「広場へ!」
「噴水の方へ!」
「街灯を目印に!」
「順番に!」

子どもを抱き上げる。
老人へ肩を貸す。
泣く母親の手を引く。
多くの逃げ道を喪った者達を、此処へと導いた。

「い、一体何が起きて……」

「ひとまずこの公園で待っていて欲しい」
「付近の地域保護任務に従事したツヴァイ隊員を呼ぶ」

白く光る空。
まるで希望が翳したかのような空。
期待に満ちた高揚感が、崩壊した建物とは裏腹に、
私の心を彩っていた。


絶望に染まる黒き日々。
私は、その最中でも、公園に赴いた。
何をするにしても気力の沸かない日々。
最早死んだ方がマシとさえ思える脱力感。
それでも、私はこの公園に身を置いた。

「……」

公園の一つ、護る必要ないんじゃないか。
そう考えもした。
そうして意味もなく佇む事に嫌気さえ差した時。

「こんにちは」

一人の青年が、声を掛けたのだ。

689
わったん 2026/07/12 (日) 22:47:32 >> 685

街灯が照らす公園の隅々。
私はその空間が平等に訪れる事を好んでいた。
昼にしろ夜にしろ、其処には街灯が示す退路がある。
休む事、逃げる事。
何かに向き合い続ける上で、それぞれのペースがある中、
私は其れを肯定した。
私は常に、都市の呪縛から逃げ続けていたから。
だからこそ、街灯が僅かに示す地面の色が、私にとっては逃げ道だったのだ。

「でも、おじさんは協会のフィクサーなんでしょ?」
「じゃあ、逃げられないじゃん」

子どもは時々、純粋が故に逃げ場を閉ざす。
私は結婚も、恋愛も、ましてや友人関係も、何も上手く行くことはなかった。
それでも、巣に住まうという幸福の定義が、私にとっては救いであり、
同時にそれしかないと思っていた。
だが、其処に照らされる街灯は、私の影を大きく引き伸ばしてくれたのだ。
彼ら自身が、私にとっての逃走経路でもあった。
未来を託す若者。
血の繋がりも、親密な関係も無い。
一般市民同士の顔見知り。
だが、その縁が集うこの公園の人々が、
私にとって、幸福の延長線に存在する希望だった。

「君達がいざとなったら助かるように」
「私は逃げるわけにはいかないのさ」

勿論、彼らもまたいずれ都市に染まっていく事になるだろう。
ましてや、既にその片鱗を垣間見ていても可笑しくはない。
裏路地の悲鳴も、外郭に捨てられし物語も、
見ようと思わずとも見てしまう事さえあるから。

「じゃあ、この公園が安全地帯ってことだね」

「ハハハ、そうだな」
「そう言ってくれると、私もサボりがいがある」

街灯に照らされし無垢。
街灯を照らす者達。
私は巣が安全である限り、此処を護り続け、
そして逃げ道となれるよう、留まり続ける。
そう、願った。


688
わったん 2026/07/12 (日) 22:47:21 修正 >> 685

私は公園が好きだった。
巣に住まいを持つ私は、一定の幸せを約束されていた。
その幸せの中でも、静寂とも喧騒とも取れない、公園の囁きが好きだった。
春になれば花が咲き、楽師が演奏し、恋人たちが噴水の縁へ腰掛ける。
老人は鳩へ餌を撒き、子どもたちは追いかけ回る。
そんな、ごくありふれた場所。

「おじさん、こんにちは!」

地域保護の特別指定区域。
ツヴァイの人間が担当する事となったこの公園。
足元を奔り回る子どもたちの笑顔は、都市という暗雲を感じさせない希望そのものだった。
私はツヴァイ3課の人間だった。
英雄などでも、名を遺すような騎士でもなかった。
ただ、そうなりたかった残滓に過ぎない。
迷子を家に送り届けたり、酔っ払いを裏路地の夜に置いていかないようにしたり、
催しがある時は人混みを整理する。
それだけの男だった。
だが、「護る」とは、案外静かな仕事だと、そう思えば幸せだった。
今日、誰も泣かなければそれでいい。それでよかった。

687
わったん 2026/07/12 (日) 22:30:19 >> 685

『……』

「もう一度聞くぞ」
「何故、離れる事を拒む」

『……前提の足りない清濁』
『弔いを数えた旅路に、寂れた言葉を結ぶ必要があるだろうか』

「話し相手になってやるっつってんだよ」
「俺は善行しようと思って声を掛けている訳でも、剣を抜いてない訳でもない」
「アンタを見ようとしているから、こうして口開いてんだ」

『……』
『……』
『……透明の軌跡……』
『本は、持っているか』

「……ない」

『なら、新たに書物を用意しておく事だ』
『それが、貴方の退路となるだろうから』

「……」

『私が此処を離れない理由』
『それは、誰かが帰ってきた時』
『誰もいなかった、と』
『言いたくないからだ』

686
わったん 2026/07/12 (日) 22:29:34 >> 685

振り抜いていても可笑しくは無かった。

「……」

だが、透明の軌跡はその時、剣に手を掛けず、
ねじれの言葉に耳を傾けてしまった。

「……」

伸ばした手を戻し、ゆったりと歩む。
決して敵意を消失させたわけではない。
だが、その歩く様は以前まで組織を相手していた彼のものではなく、
老人の話を聞きに行く若者のように整然としていた。
生きた走馬灯の両刃に届く位置まで身を動かし

「何故、離れる事を拒む」

ねじれと『対話』をした。

画像1

『……』
『……透明の軌跡……』
『……私を、覚えているか』

「知らねぇよ」
「あと質問に答えな」

『……その揺らぎから察するに……』
『貴方は、貴方自身を忘れ去った墓守か』

「……」

『辞せぬ足跡は世に残り、厳格に貴方自身を背比べする』
『その真似事にも思える道は、貴方が歩む行路を正しく示す』
『だが、何故だろうか。貴方が見据えた道を塞ぐ私は』
『決して貴方を見てはいないというのに』
『私に問いかける術を持つ貴方は、何故こうも空虚なのか』

「……」

深く、深く、ため息を付く。
今にも背の鋼鉄を思うがままに振ろうかとさえ考える。
だが、彼はその思考に蓋をした。
ねじれに対する理解を示すことは、ユンフが行っていたであろう都市の流れに反する利己。
その道を歩むことは、自身の存在がユンフとして確立していくことへの前進となる。
それ故、彼は力で目の前のねじれを鎮圧しようとしていた。

「……気に入らねぇ……」

同時、彼は理解したかった。
誰にも今自身の彼を理解されない事への憤り。
それは目の前に佇む『ねじれ』という存在も同じこと。
都市に生き往く人々から怪物扱いされ、フィクサー含むあらゆる戦闘能力を持つ人々から迫害されし感情。
重ねてしまったのだ。

「記憶を持っているってのに、空虚じゃねぇってのに」
「心の折れ方に沿って自身を表現するお前らが、気に入らねぇ」

自分自身と。

685
わったん 2026/07/12 (日) 22:27:32

生きた走馬灯

街の中心にあったはずの公園は、もはや人のための場所ではなかった。
敷き詰められていた石畳は幾度もの戦闘痕によって抉れ、隙間から黒ずんだ雑草が伸びている。
崩れた街灯は地面に横たわり、錆びた鉄骨を晒したまま、朽ちた世界を物語っていた。

透明の軌跡は足を踏み入れる。
半壊した建物に囲まれた、朽ちた公園。
遊具やベンチなど、一通りのものがまだ存在している事を認識する。

「霧に蝕まれた巣じゃなきゃ、子どもが走ってたり」
「それを見守る老人なんかが居ても可笑しくない場所だな」
「一般的な公園の定義ってのは恐らく、今直感的に覚えのある風景を示したわけだが」

思考に雲がかかる。

「……チッ……」

覚えのない間隔を手繰り寄せようとしても、
そもそもが存在しない以上、彼の心には都市上での感覚しか芽生える事はなかった。
妙な苛立ちに表情を変えつつ、脚幅を変えずに瓦礫を乗り上げる。
そうして公園の中央に位置する広場に存在する異形の元へと、
まるで散歩するかのように悠々と歩き続けた。

「『生きた走馬灯』か」
「ねじれなんだろ」

甲冑を包帯で巻いた異形。
目も口も、感情を表現する器官の存在しない存在。
だが、不思議とそこから発せられる声は、直接心へと響くものがあった。

『爛れた道の先』
『黒い街灯を見て、私は後退りした』
『其処は決して、退路などではなく、戻る術も無く』
『穢された過去の集う集合場所』

「何言ってんだよ」

『妬む理由が無くなった』
『私の護るべきものが、何も残らず無くなった』
『虚ろも知らぬ幼子が虚無に直面した時』
『其処に生まれ出るものは終末でしかなく』
『流浪無き霊を呼ぶだけ』

「……」

話にならない。
そう言わんばかりに、彼は背の鋼鉄に手を掛けようとする。

『だが、それでも』
『それでも、私は、此処を離れる事だけはしたくなかった』

684
わったん 2026/06/28 (日) 20:16:18 >> 679

「『図書館』についてだが、まず、君の知っている情報を端的に教えてもらってもいいだろうか」

「L社の中枢に聳え立つ樹木」
「招待状によって誘われる都市の人々」
「招待状には、その人にとって望む本が其処に用意されている事が記されており」
「代わりに接待を受ける事となる」
「そしてそいつらは決まって還ってこなかった」

「ハハハ、残念だが、君が欲しがるような情報をどうやら私は持っていないようだな」

「……周りもそんなもんだって知れただけでも収穫だろ」

「前向きな意見、感謝するよ」
「図書館には挙って多くの組織が戦力を投入している」
「リウ協会……あぁ、君の知り合いもまた、その一人だ」

「チッ、無理くりにでも討伐させようとしてんな?」

「我々は指」
「組織力においては5本指の中でも群を抜いている」
「不利な交渉も、慣れたものでね」

ダンクは向き直り、ユンフへと一歩ずつ近づく。
そうして手を取り合える程の距離まで詰めた。

「……これは興味本位で聞きたい事だ」
「君は、君の想い人を心の中に宿しているのだろうか」

「……」

「アトリのことだ」

「……」

「……そうか……」
「残酷なものだな」
「そして、納得の行く答えだ」
「その残酷に潜む微かな幸福と言えば」
「君の表情がコロコロ変わる事ぐらいだろうか」

そうしてダンクは、先まで不敵に上げ切っていた口角に合わせて吊り上げていた眉を、
何処か困ったように下げて透明の軌跡を見つめた。
その表情の意図を測ることは出来ない。
だが、憐れんでいる事はよくわかった。
彼は自身に向けられている瞳が、自身の為であり、同時に過去の自分に向けられているものだと悟ると、
小さくため息をついて頭を掻いた。

「……もう行っていいか」

「どうぞ」

西へ向かう。
その足取りは、霧の中を迷う事なく進んでいた。

「……」
「……ユンフという人物であれば」
「倒すのではなく、救いにいったであろうに」
「……フッ、寂しいものだな」

そうしてダンクは周囲の組織員に手振りを施すと、
再び図書館の聳え立つ方角へと歩んでいった。

683
わったん 2026/06/28 (日) 20:14:15 >> 679

「……」
「透明の軌跡。欲しいのは『図書館』に関する情報だったな」
「ただし条件がある」
「情報を引き渡す代わりに、一つ頼まれごとをしてくれないだろうか」

「『依頼』って奴かい」

「あぁ、君は記憶を喪っているようだが、フィクサーとしての地位は未だ健在」
「私の目に映る限り、その実力もまた確固たるものだ」
「ただ、以前と比べると戦う気が失せるような戦力差を感じなくなったのは、寂しさがある」

「褒めてんのか貶してんのか……」

「返しも何処となく寂しいものだ」
「……脱線したな」
「付近、西に向かった広場で、ねじれ『生きた走馬灯』が観測されたらしい」
「地上げの価値を高める為にも、損害は減らしておきたい」
「頼めるかな?」

「倒しゃいいんだろ」

「……」
「フッ、短絡的ではあるが、そうだな」

ダンクは背を向け、背後に浮かぶ霧の中に潜む樹木を見据えた。

682
わったん 2026/06/28 (日) 20:13:25 >> 679

「潰えた思い出、それは消えるものではない」
「忘却が心を覆ったとしても、築き直し、また拾う」
「その言葉は決して、嘘偽りは無く」
「君個人を輝かせる感情そのものであった」
「例え自身に不幸が振りかかろうとしても」
「君は君が描く軌跡に悪を存在させなかったというのに」

「ハっ、なんだい?」
「自分たちが行う都市での生き方を、悪だって認識してんのか」

「無論」
「性善説に則れば、我々裏路地の組織が執り行う問答は決して倫理に沿ったものではない」
「力に任せ、奪い、報復し、無に帰す」
「だが、君はそんな我々でさえ、虜にし、都市の星との戦いに赴かせたのだよ」

「まじかよ」
「それはそれは、誰とでも仲良くなれるお利口さんだったようで」

「あぁ」
「表情を変えず、私に悪態を付くにしても何処か親し気で」
「今の君とは、やはり違ったかな」

「……」

「だが、それもまた都市の輪廻」
「今の君の利己は、昔の君の利己とは異なる」
「それを再び求める事など、私は到底しない」
「君もまた、都市に生きる人間の一人となったのであれば」
「私から肩を組みに行けるというものだろう」

「指の紋章掲げたおっさんと肩組ませて歩く趣味はねぇよ」

ジャキッ。

「茶番だろ。撃ってみろよ」

「止めろ」
「相手は特色。決して手を出してはならない」
「私を侮辱したことに対する報復を、作法として執り行おうとしてくれたお前達の心意気は買うが」
「礼節を最後まで保つがいい」
「でなければ、私からお前達の顎を割る事になる」

ソルダートたちの銃口が戻る。

681
わったん 2026/06/28 (日) 20:12:03 >> 679

「……」
「ご機嫌如何かな、透明の軌跡」
「部下が失礼を働いていないか?どうか寛大な処置をして頂けると有難いものだ」

「……誰だよアンタ」

ジャキッ。
数多の銃口が透明の軌跡へと向けられる。
先まで背を向けて跪いていたジェンマでさえ、添えていた銃口を光らせていた。
ダンクの手が上がると、その銃口もまた、自然と下ろされ、先までの体勢へと皆が戻る。

「なるほど」
「私は親指アンダーボスのダンク」
「君が今身に着けている装備」
「それら親の家を占領したものだ」

「このガンブレードと……あとコートか」
「随分な鈍らだよな。どういう意図で作ったか知らねぇけど」
「殺傷能力の低さから見て、人を殺さないようにでもしてんのかね」

「ヴォールカ所長の意図は概ね理解している」
「君が都市に染まらないように」
「都市を思い出で彩る事が出来るように」
「その武器を託したであろうから」

「誰の意志で、誰の為なのか分からんな」

「……」
「12区の厳戒態勢を敷いたのは君だ」
「その想いは、ガンパウダー工房、そしてその礎として刻まれた黒霧事務所によるもの」
「6級フィクサー時代に見せてくれた君の想いは、一体何処へ行ってしまったのだろうか」

「さぁな。少なからず俺にはそんなもんがないみたいでな」
「例えその心があったとしても、内容が抽象的すぎる」
「都市に染まらないように……?」
「んなもん無理に決まってんだろ」
「先にやったもん勝ちのこの世界、善人ぶった奴が死ぬのは目に見えている」
「俺はただ、其処で生き抜く為にコイツを振るうだけ」

「……」
「私の言った通りになってしまったのか……」

目を細め、何処か寂し気に視線を落とすダンク。

680
わったん 2026/06/28 (日) 20:10:50 >> 679

「急になんだよ」

「……」

「黙られても困んだが」

「……口を開いても良い、という認識でよろしいでしょうか」

「今後の会話に支障をきたす必要は無い」
「俺と喋る時にお宅らの都合を持ち込む事は絶対的なものとしない」

「ありがとうございます」
「直前に働いた不敬については、私の下顎を砕く事でどうか御許しください」

続々と溢れてくる都市特有の文化。
その倫理観の無さに、透明の軌跡はため息を落として目を伏せた。

「この先には何があるんだ。それについて教えてくれたらその不敬とかいうの解除すっから」

「御厚意承り、感謝いたします」
「この先は『図書館』の実体化に伴い、拡張……いや、復元されたL社の土地が広がっています」
「我々はその土地の占領確保、及び戦争準備に勤しんでおります」
「ですので、透明の軌跡様相手でも此処をお通しする事は出来ません」
「それは、ゴットファーザー様の意中にそぐわぬため」

「仕事熱心のようで」
「……その『図書館』について、知ってる事を伺ってもいいか?」

「それは――」

「私が説明しよう」

ジェンマが言い淀んだ時、彼女の背後から男が現れる。
その不敵な笑みは相も変わらず、透明の軌跡に視線を向けては口角を上げた。

「あ、アンダーボス様……!」

画像1

周囲のソルダート達が咄嗟に順路を築き、首を垂れる。
ジェンマもまた、その行路に居る事に敬意を払うかのように、膝を付いた。
その光景を見た透明の軌跡は、顔を顰め、眼前で優雅に歩く人物に視線を置く。
視線が合った時、彼らは足を止めた。

「下がって構わん、ジェンマ」

親指南部アンダーボスの一人、ダンク。
弾丸制作工房としてガンパウダー工房の実権を握り、
その功績を認められてアンダーボスとなった彼。
嘗てユンフと対峙してきた親指の姿が、其処にはあった。

679
わったん 2026/06/28 (日) 20:07:48

濃霧に仕切りなどは無く、街全体のあらゆる隙間を埋め尽くす行軍は相変わらずであった。
彼を誘うように霧は切り分けられ、都市に沈み往く陽光が地面を照らす。
踏んだことのないはずの地面だというのに、脚はその感覚を覚えているかのような反応を返す。
鋼鉄とボディガードコートの装飾を揺らしながら、彼はL社の霧の中を歩んだ。

「ったく、風情がない景色ばっかじゃねぇか」
「特異な街並みかと思えばそうでもない」
「崩れた建物ばっかで、飽き飽きする」

血の振り切れていない武器。
返り血の付着した顔。
どれをとっても、透明の軌跡を知る者からすれば違和感の塊。
その概念が歩く中、ある区画から「立入禁止」の札が堂々と貼られていた。
彼は堂々とそのゲートを通ろうとした時。

「其処のフィクサー、止まれ」
「何処の協会のフィクサーだ、まず名乗れ」

金色の記章、暗赤色のコート。
南部親指所属である事の分かる組織の衣装。
マスケットを肩から提げた親指の一人が、彼へと霧の中で声を掛ける。
後方には隊列を組んだ組織員が銃を縦に構え、その壮烈なる行軍の証は軍隊めいたものであった。

「協会……あー……13協会ってやつか」
「どれだろうな、分からん」

「チッ、折れた翼に迷い込む個人事務所のハイエナか」
「私が親指である事が分からんのか?」

「あ~、さっき返り討ちにしてやった黒雲会とかいう組織の親玉共んところか」
「アラシっつったっけな。気前よく渡してくれたよ」

握っていた通行証を目の前に掲げ、中間距離に佇む組織にも見えるように棒を振る。
その証は確かに黒雲会の紋章の入ったものであり、
外部の者がそれを手に入れるには譲り受けるか、奪うか。
その二択は、彼の装いを見れば絞れるものであった。

「……仲間は何処に居る。お前一人で黒雲会を相手取る芸当など出来るはずが……」

「群れる事で戦いを成すのであれば、俺はそのハイエナには該当しないんじゃねぇかな」

「……」

「生憎、お宅ら組織を相手取っていたところで、俺の欲しい自分探しの旅ってのは出来る気しないんだ」
「悪いけど、其処退いてくれないかな」

「私は南部親指カポ、ジェンマ」
「名乗れ、フィクサー」
「それは礼儀を欠いている事か否か、判断する為に必要な藁だ」

「……」
「……」
「透明の軌跡」
「いや、ユンフって呼ばれている」

「御無礼、大変失礼いたしました」
「特色、それも透明の軌跡様でいらっしゃいましたか……」

ジェンマは突如目線を外し、彼に首を垂れる。
その唐突にも見える行動に、困惑気味の表情を浮かべて目を細めた。

678
わったん 2026/06/08 (月) 20:45:30 >> 677

「さてと」
「治安維持とはよく言ったもんだが」
「どうやら巣の中はいろんな組織が蔓延っているようだな」
「俺の事を知っている奴はいるかね」

鋼鉄に付着した血を振るい落とす。
霧の中には血潮が溜まり、
その場所から鮮血の足跡が行路を築く。
復讐の輪廻から外れていた男は、
決して何の深い感情も持たずに、
その輪に染み込んでいった。

677
わったん 2026/06/08 (月) 20:45:15 >> 674

「……」
「要は俺に刃を突き付けたことを許しゃ、通ってもいいんだろ」

「是非に」

「理解した」

「おぉ、それでは……」

「もういくつか聞きたい」

「仰ってください」

「俺以外が此処を通るってなったら、通行料は払うんだろ」
「じゃあ払えなかったら?」

「そりゃ、ウチら黒雲会のやり方で教育します」

「……」

「おいあんちゃん、さっきから副組長にふてぶてしい野郎だ」
「赦してもらってる側がどっちか分かってのか?あぁ?」

「おい、お前、止せ!」

先に絡んできた組織員がユンフの肩に肘を掛け

「ほら、見逃してやるってんだから、さっさと行った行った」

手の甲でペシペシと彼の頬を叩いた時。

「これは後出しの事柄だからいいよな」

組織員のは吹き飛んでいた。

「……も、勿論……」

アラシは引きつった笑みを見せ、頬についた返り血を拭く事もせず目を伏せた。

「そ、それで……他に聞きたい事とは?」

「いや」
「もういい」

鋼鉄を手に取る。

「遠くで寝転んでる死体を見りゃ、お前達の教育ってのがなんなのか分かるからな」

「――チィッ!!」
「野郎共!!」

最早形振り構わずといったところか、組織員全員が抜刀。

「やれ!!」

676
わったん 2026/06/08 (月) 20:44:08 >> 674

「あんま調子付いてると――」

霧の中でも光る雲工房の代紋。
その刃先が瞬時にユンフの首元に沿う。

「マジで斬るぞ」

その行為に対して、イラつきを隠せないのか、
ユンフは眉を潜めるも、一瞥もやらずに目を細めるだけであった。

「止せ」
「そいつは特色フィクサーだぞ」

後方から鼻に付く声が響く。
すると刃はスッと下ろされ、その場の視線はその声の元へと向けられた。

「ウチのもんが失礼をしました、『透明の軌跡』」
「まだ新米なもんで、許しちゃくれませんかね」

「俺の事を知ってんのか」

「伝聞だけですが、S社の地でウチのもんと随分と交戦――」
「あぁいや、ボコボコにしてくれたもんでね」
「そりゃあ被害は恐ろしいもんだったと」

「わりぃけど忘れてんだ」
「しかしS社というと19区か、随分と遠征してたんだな、俺」

「……」
「黒雲会副組長のアラシと言うもんです」
「狼の時間によって荒らされたのは小夜の縄張りでさぁ」
「ウチらはその後釜。親指の方々によって指示された場所を護っているだけ」

「折れた翼の権利を手にするための内郭での戦争」
「そのための拠点を担ってるってところかね」

「そう捉えていただければ充分」
「ですので、本来であればこの先は通行料を払ってもらい」
「こちらの棒を通行証として扱ってもらう手筈なんですが」

「金取んのかよ」

「いえ、見たところ文無し……」
「そもそも特色フィクサー相手にウチらがどうこう出来る手段は持ち合わせていない」
「ですので、先ほどの部下の無礼を赦してもらえれば」
「こちらは好きに通って頂ければと」

「ふ、副組長!」

「黙れィ」
「おめェが意地汚く誰でも彼でも見境なしに検問すっからこうなんだよ」
「……失礼。如何でしょうか、透明の軌跡」

675
わったん 2026/06/08 (月) 20:43:16 >> 674

―12区 巣―

嘗ては床に沈殿するような霧が立ち込めていたが、
現状は霞み始めた霧となっている12区の巣。
一寸先の輪郭も覚束なかった頃とは異なり、
その視界は意外にも以前よりかは良好であった。

「なんだよ。V社の巣とえらい違いだな」

過去に訪れた巣の状況。
そんなことを知る由もなく、彼は文句を垂れながら霧が纏うL社の巣を歩む。
鋼鉄を背に掲げたまま、宛ても無く巣の中を彷徨う。
高速道路を抜け、商店街のような市街地を抜け……。

「……あそこに見える建物……」
「あれが図書館って奴か」

L社が立ち上っていた位置。
其処には樹木のような建物が聳え立っており、
まるで自我の塊のような、そんな強さが幹として育っていた。

「随分と面白い建物(たてもん)だな」
「L社ってのはどうやら感覚のバグった連中が多いのかもしれねぇ」
「そんなところを拠点地にしてたのか、俺」
「ったく、後は何処のどんなところで働いていたのかがわかりゃいいんだがなぁ……」

はぁ、とため息を深く付く。
午後1時、霧の隙間に陽光が広がり、ゆらゆらと輝く。
そうして散策を続けていた頃。

「止まりな」

彼の前方を20~30人程の一団が道路を塞ぐように立っていた。
フィクサーか、それともこの地域を支配している組織か。
どちらにせよ不要な血を見る必要は本来ない。
彼が都市に染まる以前からも、そのスタンスは一貫していたものだった。
組織員の一人が刀を肩に乗せながら近づいてくる。

「こんなところを一人で歩いているなんて、危険じゃねぇか」
「どうした?迷子か?」

黒い刺青を入れた集団。
彼が入手した情報の一つの組織。其処に合致する特徴を併せ持った集団が、
小馬鹿にするような態度で彼をじろじろと見定めている。

「自分探しの旅に出かけててな」
「活動地が此処だってんで歩いてんだ」

「センチメンタルな旅をしておいでで」
「何処のフィクサーかは知らねぇが、こっから先はウチら『黒雲会』の縄張りでね」
「通り過ぎてぇなら通行料を払ってもらわな」

「『狼の時間』にやられたっていう組織じゃねーか」

「……てめぇ、何処でそれを」

「知るかよ。自分探しの旅しているようなヤツに入ってくる情報なんだから」
「大したもんでもねぇだろ」

674
わったん 2026/06/08 (月) 20:41:53

―12区―

裏路地の夜を数度乗り越え、彼は足で12区へと踏み込む。
途中の食糧調達に於いては、見知らぬ人間からの恵みを受け、
感謝はしつつも、身に覚えのない恩返しにただ困惑を重ねるだけであった。
嘗ての活動地が12区の何処なのか。
その情報源を探りつつ、彼は武装解除せずに12区の一画を歩む。

「巣と裏路地の境界がない」
「こりゃ、翼が折れたって奴か?」

22区における生活は、極端であった。
巣と裏路地の両方を行き来した彼は、その格差をよく理解している。
それ故に、12区はその格差が崩壊した世界であった。
図書館が出現……L社の崩壊から、その秩序は消え、
彼が大枚を叩いて出動させているツヴァイ5課の力添えが合ってこそ、
無法地帯にはまだ届いていない世界観を保っていた。

「さて、俺が活動していた12区にやってきたわけだが」
「……広いな」
「ただでさえ境界地から入国審査をするとき、クソだるい検問を受けてきたってのに」
「これじゃあ虱潰しにしかならねぇ……」

画像1

頭を掻きむしりながら、都市特有の地図を眺める。
情報は杜撰で、パンフレットというにはあまりにも粗末な案内図。
それもそのはず、12区は最早折れてから久しい。
最早体裁を成していない一国であるが故、他からやってくる人間など、
空き巣に近しい碌でもない者ばかりなのは必然である。
それでも住民がまだ存在するのも、いや、正確にはまだ逃げていないのも、
他区へ行く手筈が整っていないか、もしくは既に保護されている身分であるか。

「とりあえず巣に入ってみるか」
「だが、話によりゃあそこは既に無法地帯」
「いや、裏路地も関係ねぇか……」
「さっきも捨て犬の連中に絡まれたし」
「その規模感が違ってくるってだけ」
「黒雲会とかいう団体は既に『狼の時間』によって蒸発」
「情報統制はされているが、入ってくる情報はどれも12区の巣で何が起きているかわかりやすいもの」

地図の端を指で弾き、紙面を整えると折り畳んで懐へと仕舞い込む。
雑踏が階を築くように響く中、彼は再びその人混みへと歩んだ。

「なるようになんだろ」

673
わったん 2026/05/31 (日) 21:52:57 >> 670

「いや……」
「興覚めだ」
「俺が導くには、お前という存在は既に都市に染まり過ぎた」
「自分自身の方向標を見付ける事の出来ていない人間には」
「俺の言葉が、俺の示す流れは理解出来ないが故」

「そうかよ」
「……さっきのねずみを庇ったのは何故だ」

「お前自身が示した抗いだ」

「それを代わりしてくれた、と」

「もう、その必要も無いことは存分に理解した」
「それは決して悲劇でもなく、悲観する事も無い」
「ただ、都市の循環に沈み往く焔が其処にあるだけ」

「……仲良かったにしちゃあ、冷たいんじゃねぇか」

「仲良くなろうとしていたのは、お前の方だったからな」

「へぇ」
「アンタのような怖いおじさんに、俺が、ね」

「……」
「V社は透明の軌跡の本拠地ではない」
「12区、L社の地こそ、お前がフィクサーとして奔走した本拠地だ」

「なるほどな、拠点がそもそもとして異なってた訳だ」
「そりゃあ上辺だけしか知らねぇ奴らしかいない」

「分かったらさっさと行け」
「今のお前の姿は、決して愉快ではない」

「俺の事、吐かねぇと戦う」
「そう言ったら?」

「……」

「は、冗談に決まってんだろ」
「アンタとやり合ったら、とてもじゃないが勝てる気はしない」

「……何の面白味もない冗談を……」

「勝手に失望してんじゃねぇ」
「俺は俺だ。例え抜け殻であろうとも」
「今こうして話し、歩き、感情を露呈させている」
「過去に縋るつもりはない」
「俺は俺という存在を知った上で」
「この都市を歩む」

「……」

「じゃあな、赤い視線」

鋼鉄を片手に提げたまま、彼は都市を歩む。
その背を眺め、一人の特色は心痛なる想いを抱え、
都市に見えた希望の種の一つが潰えてしまった事に、
ただ残念で仕方がないと唸った。

672
わったん 2026/05/31 (日) 21:52:09 >> 670

「……ユンフ」
「何処まで消え、何処まで覚えている」

「何も」

「旅日記の余白の事も、もう記憶にないか」

「言ってんだろ。俺に記憶は無い」

「お前は一貫して透明であるべきだった」
「何故都市の色に染まる」

「俺が都市の人間だから」
「頭、禁忌、外郭……」
「漠然と身体が覚えていることはある」
「だが、倫理観もクソも無い現状が目に入った時」
「俺は確かに此処に居なかった存在なんだろうなってのは理解した」
「だが、理解しただけであって、覚えている訳じゃねぇんだ」

「……」

「で、赤い視線が何の用だ」

「俺の事務所、孤児院はこの辺りに構えている」
「その時、お前の話を耳にした」

「随分と世話焼きなんだな」
「俺とアンタはそんなに仲良かったのかよ」

「……」
「虚無の旋律、モバイルデッド、8bitタウン、降格急降下席、そして……」
「コンパスのない兵士」
「そんな事件を解決してきた仲だ」

「訳わかんねぇ事件達だ」

「……」

俺は世界を蝕む瘴気を払い切ったティパの村・クリスタルキャラバンのユンフだ

ヴェルギリウスの脳裏に浮かぶ、嘗ての彼の姿。
あらゆる軌跡を思い出として担っていき、大切に書へと書き綴ってきた彼。
そんな姿を知っているが故、目の前の存在が過去の事件を蔑ろにしている様を見て、
ヴェルギリウスは再び、深く、深く長いため息をついた。

「流れに抗った結果が、今のお前なのか」

「都市の流れは残酷だ」
「俺はその流れに抗おうとは思っちゃいない」
「ただ武器を振るうだけ」
「そうしてりゃ、自ずと俺が何者だったのか分かってきてくれりゃあなって」

「……」
「お前は、『思い出の旅人』として都市に抗うフィクサーだった」
「透明の軌跡、などと呼ばれたのも、多くの色を背負い、種を蒔き、思い出という花を咲かせたからだ」
「だというのに……お前の本質は、今目の前に立っているお前そのものなのか……」

「……俺がどんな人物だったか、教えてくれるのか」

671
わったん 2026/05/31 (日) 21:50:15 >> 670

キ ィ ン ッ !

「……」

「……」

慈悲は無い。だが、緩やかでやる気さえ感じられないその一振りに、
輪を纏った高熱機伝の熱源が受け止めるように答えた。

画像1

赤い残像を揺るがしながら、その視線はしたたかなものであった。
突き刺すような視線は彼を捉えており、だが敵対を意味するものでもなかった。

「う、うわあああ!!!」

ねずみは悲鳴を上げながら、裏路地の奥底へと逃げて行く。
V社も例外なく、数多の事務所が存在する。
22区で起きた『里帰り』における被害は極小であったものの、
その影響に於いて無視できない人物が居る事務所がある事。
それが此処で示された。

「何者(なにもん)だ、アンタ」

怪訝そうに目や口を尖らせる灰色の旅人。
そんな表情の変化に、対峙する男は僅かに視線を揺らし、ため息を深くついた。

「……」
「幾分か表情を変えるようになったな」
「透明の軌跡」

互いに武器を下ろし、視線を向け合う。
ヴェルギリウスのその台詞に対し、彼は更に眉を潜めた。
目の前の者が誰であるか、記憶には無い。
それ故に、彼の特徴となる赤い瞳。
そしてその瞳が彼を彼たらしめる物である事が分かる『赤い視線』の特色バッチ。
彼はその情報を脳内に咀嚼していき

「……赤い視線か……」
「特色フィクサーだな」

答えに辿り着く。

「……」
「お前程の人間が、何故自身の方向標を見失ったかは想像さえも拒否する出来事だが」
「どうやら人をよく見る癖は抜けきっていないらしい」

「俺の事を知っているようだな」
「そして、今まで会ってきた奴の中で類を見ない程に強い」

670
わったん 2026/05/31 (日) 21:47:40

都市に染まる

V社での騒動に終止符が打たれてから数日。
エル村、ソル村に訪れた黄金畑の影響は過ぎ去っていった。
製造施設は廃れ、一画に及ぼした被害は大きなものであったが、
都市の雑多に変わりはなかった。
ある人は道端で嘆き、
ある人は巣に入る為に暴動を起こし、
ある人は己の死を受け入れるかのように祈る。
都市らしい普遍的で、不変的な日常。
そして、都市の不純物であった男は、ただ歩むだけだった。
目的も無く、ただただ裏路地を。

「な、なんだよお前……!急に襲いかかってきやがって……!」

裏路地に跋扈するねずみ。
最早相手にするのも馬鹿らしくなる程の力量差の存在が、隘路で後ずさる。
その正面に立っている男は、鋼鉄を片手に携え、催促するかのように手だけを差し出した。

「さっき内臓取っ払ってただろ」
「寄越しな。俺が売り払う」

「と、特色が何言ってんだよ……!」

「俺の事知ってんのか」
「なら話は早い」
「その溢しそうな内臓を見逃す代わりに、俺が誰なのか教えてくれや」

その黄色い双眸は依然変わらず小さな黒い瞳孔を放ち、突き刺すような視線をねずみへと向ける。
対する末端の存在は、ただ己に振りかかる不運を呪うと同時に、
男が示した提示に疑問を浮かべるだけであった。

「何言ってやがんだよ……俺はあんたと知り合った事はねぇよ!」
「特色の一人『透明の軌跡』つったら、誰でも分かるけど、直接のやりとりなんてしたことあるわけねぇだろ」
「なんなんだよアンタの反応は……!」

「伝聞とかねぇのかよ」
「『思い出を探すフィクサー』だったんだろ、俺」
「漠然とだが、下地だけは分かってきたところだ」
「誰と仲良かったとか、そういうのわかんねぇか」

「知らねぇっつってんだろうが!」
「や、やるなら……やれよ」
「この内臓は、お、俺が届けないと」
「捨て犬の奴らに、こ、殺されちまう……!」

呆れたようなため息を一つ。
男は片手で下げていた鋼鉄を肩の位置にまで上げ、
ねずみとの距離を淡泊に詰めていく。

「ひっ……!」

その武器に込められた力は、決して強いものではなかった。
だが、この武器に今まで込められてこなかった無感情。
慈悲の無い一振りをする前兆を既に物語っていた。
そうして都市でよくある光景が振りかかりそうになった時。

669
わったん 2026/05/25 (月) 22:02:18 修正

「……」
「誰だよ、あんたら」

その声には、感情が無かった。
困惑も。
怒りも。
哀しみも。
何も。
ただ、空白だけがあった。
記憶を喪失した旅人に映る世界は、
悉くが灰燼と化していた。
何処へも辿り着けず。
何者にも成れず。
何一つ想い出せぬまま。
行き場を失った行路だけを抱え、
彼は、都市を歩いていく。
――忘却された何かとして。

染まる。
決して都市に染まらなかった男の軌跡が、
都市の色に染まっていく。
染まってしまう。
都市に染まらない為に、
都市の色を背負う。

画像1

灰色の旅人として。

― Gray Traveller ―

668
わったん 2026/05/25 (月) 22:01:55

瓦礫。
夕焼け。
人々。
崩壊。
空。

その背景全て。
本来ならば、茜色に染まっているはずの世界。
だが彼には、何一つ色として映っていなかった。
全てが灰。
全てが鈍色。
全てが、意味を喪った輪郭。
故にこそ、零れ落ちたのだろう。
記憶を抱え。
思い出を持ち帰り。
それを旅路として紡ぎ続けてきた男が。
その存在そのものを否定するような、一言が。

667
わったん 2026/05/25 (月) 22:01:31

―22区―

無機質なる空間。
崩壊済みの高層建築群。
かつて此処一帯へ絡みつくように繁茂していた黄金畑は、既にその姿を喪っており、
都市特有の陰湿なる冷気と、乾き切った鉄錆の臭気だけが残滓として滞留していた。

「……」

一人の男が、鋼鉄を携えたまま、瓦解しかけたビルの内部より姿を現す。
その歩調は定まらない。
明確な目的地を持つ者の歩みではなく、
何処かへ辿り着こうとする意志そのものが風化した、流浪者にも似た歩行。
或いはそれは、
『帰郷』という概念を喪失した人間の、最後の慣性。

「……」

22区の路地。
其処にはティダの村の面影は無く、
正気へと引き戻された住民達は、崩壊した空間を見渡しながら、
互いの無事を確認し、慌ただしく避難経路を確保していた。
誰かが泣き。
誰かが怒鳴り。
誰かが安堵し。
誰かが膝を折る。
都市に於ける生還の光景。

「……」

男は都市の喧騒の中、ただ歩む。
抜け殻のような空気を一切隠そうともせず、
何の為に生きているのかさえ理解出来ぬまま漂流する、感情の残骸。
人間という輪郭だけを辛うじて保った、空虚。

「……」

歩む。

「――あ、ユンフさん」
「良かった、俺達を解放してくれたんだな」
「助かったよ」

住民の一人、馬車を直して欲しいと頼んだ一人が、彼に声を掛ける。
その声音には、確かな安堵と感謝が滲んでいた。
だが、返答は何もなく、ただ力無く歩んでいた衝撃で、揺れ動いていた首を僅かに動かすだけであった。

「……ユンフさん?」

困惑したように呼び掛けにさえ応えない。
周囲を見渡す。

666
わったん 2026/05/25 (月) 21:54:20





665
わったん 2026/05/25 (月) 21:53:10 修正

「……」
「……」

「……おはよう……」

画像1

664
わったん 2026/05/25 (月) 21:52:29

拝啓 母上様

画像1

久しくお顔を拝見いたしておりませんが、
お変わりございませんでしょうか

画像1

日が昇れば故郷を思い出し、
日が沈めばその先に希望を見つけ、
旅を続けてきました

画像1

旅を続けるのがつらい時もありました
でも、峠を越えた時、
目の前に広がる素晴らしい景色を見るたびに
まだ旅を続けたいと思えるようになってきました

画像1

それでは、またお手紙いたします
どうぞ、お体を大事になさってください

かしこ

663
わったん 2026/05/25 (月) 21:47:19





662
わったん 2026/05/25 (月) 21:46:51 >> 661

「……おかえりなさい」
「お父さん」

「――」
「……」
「――」
「……ただいま」
「…………」
「ただいま……ホーリー……」

661
わったん 2026/05/25 (月) 21:46:19 >> 656

そうか。
生きて、生きていたんだ。
俺が、俺が間に合わなかったと。
俺に生きて欲しいと願う君達は、
自分達も生きる決心をしていたんだと。
その上で、俺を待ってくれていたんだって。

「――」
「――」
「――」

よかった。本当に、本当に――よかった――。
俺は、帰ってこれたんだ。
君達の元に。
君の思い出の元に。
俺達の希望の元に。

「ホーリー」

画像1

660
わったん 2026/05/25 (月) 21:45:21 >> 656

が言っていました」
「村から見える景色、アルフィタリア盆地から見える景色」
「その夕焼けに染まる日は」
「雨の時は少し寂しかったけれど」
「今は雨が降っても、綺麗な景色が見えるようになった、と」

「――」
「――」
「――」

――テトの、言葉だった。

「長年、願ってきたことが叶い始めた」
「村の復興は、積年の願望」
「代々紡がれてきた希望の証」

「――」

「黄金畑は無いけれど」
「それでも、この景色は」
「此処からしか見れない」

「――」

「私は、この景色が好きなので」

「――」

老婆が、声を掛ける。
老婆は、その皺くちゃな老婆は。
優しい声で、優しい足取りで、俺の隣まで、
しっかりと、ゆっくりではあっても、力強く歩いてきた。

お母さんが教えてくれていたこと」
「決して希望を捨てず、諦めない」
お父さんはきっと、そうしているから、と」
「口癖のように言っていた」

「――」

「いつしか必ず、帰ってくる」
「必ず希望を持ち帰ってくる」
「たくさんの思い出を抱えて帰ってくる」
「里帰りしてきてくれる」
「そう、いつも言っていた」

「――」
「――」
「――」

お母さん
「諦めないで良かった」
「生き続けて良かった」
「だって、ミルラのしずくを」
「こんなにもいっぱいの思い出を、希望を持ち帰ってきてくれたのだから」

「――」
「――」
「――」

659
わったん 2026/05/25 (月) 21:41:19 >> 656

「其処からの景色は、とてもいいものです」

腰を曲げ、目を細めた老婆が、杖を付いて近づいてきた。

「……この景色は、過去にも幾度も見えたもの」
「アンタが見たのは、つい最近か?」

老婆は小さく笑い、重力に従って首を下げる。

「ここ最近の出来事です」
「いくつもの家を建て直してきた中で」
「まだ、此処だけは手を付けられていません」
「それ故に、いつか家が建った折には、家族と共に眺めていきたいものです」

「……ここは、俺の家が合ったんだ」
「家族も居た」
「そして、未来を一緒に見据える妻と、共に待っていた子も居た」

「……」
「旅を……旅を、終えたのですか」

「……どうだろうな……」
「この新しい世界を見て回って欲しい」
「そう、託されちまった」
「でも、その前に」
「ケジメを付けなきゃならねぇと思ったんだ」
「死した者達の為に、俺を生かせてくれた者達の為に」
「俺を、里帰りさせてくれた奴の為に」
「俺は、また旅をしよう」
「そう、思っている」

「……そうですか……」
「里帰り」
「そうですか……貴方は、帰れたのですね」
「村に、家に、故郷に……」

「……あぁ……」
「でも、変わっちまったよ」
「確かに復興しているかもしれないけれど」
「なんだろうな」
「俺の知っているティダの村ではないんだって思うと」
「何処か寂しい気持ちもある」
「前に進んでいる証であると同時に」
「俺はまだ進めていない」
「だからこそ、一度この世界を見て回った方がいい」
「そんな気がしているんだ」

「……では、私が言える事は」
「行ってらっしゃい、なのでしょうか……」

「……?」

658
わったん 2026/05/25 (月) 21:39:52 >> 656

「……」

嘗て黄金畑が在った場所に足を踏み込む。
此処から見える景色が、俺は好きだった。
アルフィタリア城を見据え、その夕焼けに染まる地平線。
ヴェオ・ル高地から流れる風に頬を預け、そっと笑みを浮かべるあの日々。
……。
ユンフ。
お前は、これを取り戻してくれたんだな。
そして、取り戻した上で、俺に見せてくれたんだな。

「……」

ありがとう。
お前が成した事。
そのうちの一つに、
ティダの村が再び歩み始めた事が出来上がった。
お前は知る由も無く、罪悪感に呑まれるだけかもしれないが、
俺は、俺が救ったお前に、救われた俺が。

「……」

この世界を旅する事こそが、お前の希望を紡ぐことになるんだろうって、思えるようになった。

「……」
「……」
「……」

風が気持ちいい。
そうして陽を眺めていた時。

657
わったん 2026/05/25 (月) 21:39:25 >> 656

「兄さん、疲れてんだろ。上がって行きなよ」
「村長も客が来たって喜ぶだろうからさ!あ、村長って、俺の婆ちゃんな」

青年が遠くへと走り、角材を運び始める。

「……」

ただ、歩む。
その村を。

「……」

遠くに見える、リルティとクラヴァットの子供達。
模擬戦用の剣と槍でつつき合い、逞しくも愛おしい顔で未来を担っていた。

「……」

木箱の上で身体を揺らす、セルキーの女性
華やかで、それでいて何処か喧しさもあるような、
心地よい音色で、鼻唄を奏でていた。

「……」

家の前で本を眺める老人
その瞳は、文字に飢え、知識を蓄える若き闘志でさえあり、
夜空に名を馳せんとするような野望を秘めていた。

「……」

俺は、知っている。
彼らのような人達を。
俺は、紡いできた。
彼らのような人達を。
俺は、俺は――。

「……」

歩む。
村の奥地まで、ただ歩む。
俺の家があった場所。
だが、其処には家など無く、まだ片付けきれていないような端材があるだけだった。

「――」

その奥に見えるミルラの木。
なんともまぁ、皮肉なもんだよな。
俺達が潰えた後に、希望なんざ残っちゃいない村に生えたってんだから。
それで救われたキャラバン達も居る。
そんなふうに割り切れるだけ、俺も風化したのは、ねじれた影響もあるんだろうか。
だが、そんな絶望の地が今、復興し始めている。
言葉で表現する事は出来ない。俺の表情が変わっている感覚も無い。
だが、なんだろうな。

「――」

世界は、俺達を見捨てていなかった。
俺達の死は、決して無駄ではなかった。
そう思うだけでも、救われる気がした。

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わったん 2026/05/25 (月) 21:38:07

―かつての世界―

「……」

懐かしい記憶と共に、懐かしい土を踏みしめる。
手元にはミルラのしずくがいっぱいになったクリスタルケージ。
目の前に広がるのは、俺が想像していた世界ではなかった。

「……」

活気あふれる、人々の声。
修復作業に従事ていることが分かる。
屈強な男達が角材を運び、家々を建てていた。

「わっせ!わっせ!」

「わっせ!わっせ!わっせ!」

端では、弁当を拵えた人達が笑顔で見守っている。
その付近で子供達が奔り回り、快活な声が響き渡っていた。

「……これは……」

ティダの村は、滅んだはず。
俺は帰郷を願ったが、幻想を見せろと頼んだ覚えはない。
ユンフ、お前は都合のいい記憶にすり替えて、俺を夢の中に閉じ込めるつもりなのか。
そんなもんは要らない。
それは希望じゃない。
お前だって俺に紡いだだろう、希望を。
だというのに、お前はなんてことをしてくれたんだ。
俺は、本当のティダの村へと帰り、ケジメを付けて、
死んだ者達の思い出と共に前へ行こうと――。

「ようこそ、光のつどう『ティダの村』へ」

声が響く。
目の前に居たクラヴァットの青年が、目を見据えて俺に挨拶をした。

「――」

「クリスタルケージ、それもミルラのしずくいっぱいの希望――」
「兄さん、もしかしてクリスタルキャラバンだった人か?」

「……」

「俺の婆ちゃんが言ってたんだよ」
「俺のひい婆ちゃんとひいお爺さんが、クリスタルキャラバンだったって」
「今って瘴気が無いけどさ、その時は俺、キャラバンになりたかったんだ!」

「……」
「……」
「……」
「ティダって……言ったか?」

「えぇ?あぁ、そうだよ」
「此処はティダの村」
「瘴気が晴れて、復興中?なんだって」

「――」