「鳥使い」まで。
スターダンスもステファニアもお互いに相手に「好き」と告白したことはなく、癇癪持ちで人の気持ちに鈍感だったり、くすくす笑っていたり、永遠を誓うにも友情と呼んだりしてことごとく直言を避ける。好きと言わない・言えないは暗黙のゲームのルールのようで、それは、人を愛すると言うかわりに鳥を贈ることにしたというシシ教の伝説をどこかなぞっているみたいだとは、このまえのプレイ中に一回書いた。
シナリオの最後の最後にステファニアがこのルールを破るが、この話を書いたときにそういうシンボリックな含みまで考えて書かれたかは不明だ。今読むと話はそうなっているからその誘導はしておいていいと思う。『スターダンス』のゲームをプレイしてその中だけでは、シシ教の教義について仄めかし以上に読み取るのはまず難しい。「鳥使いの奴隷」くらいのワードがちらっと挿まれるくらい。
天界の記事はいま、ライスタシリーズまで。RS7は一通りしているからRS7の内容(ファウスト=システマーと天界の関係)についても現在書けると思うが、システマーについてはナイトinナイツまで経由したほうがいいかもしれない。面倒くさい。GGDはRS7より後だからRS7には参照しない。
『タナトノート』をいったん読んでおいて、天界・天界戦争と「シシ教」についての記事をひとまず埋めた。ウェルベールの小説はほとんどAMには関与していないがわたしの作業モチベに要った。のと、「だいたい関係ない」とはっきりしていないとそれがネックで書き出せないこともあるからね。
ミサ2の敵には稀に「ちび・」として無記の敵とは一回り弱体した敵が同エリアに出現する。攻撃力やHpが低い以外、使用する技などは共通、ラーニングも同様だと思うがWikiにいちいちページを分けまいか……。何種かやりかけて気付いたが、無用だろう。所持品はもっていないかもしれない。
EXエネミーの「ちび」も存在することは以前のメモで知ってる。見かけない敵・珍しい敵・エクストラエネミーにそれぞれの「ちび」も居るだろうから無駄に複雑だ。クレコロあたりまでそんなだったと思う。
上のミサ要素(ぴぴぴWiki)の会話の要約文と、ストスペのシナリオ要約文を再びするのがわたしの文章能力を結構求めるので面白い。 ……のだけど、ミサ2のシナリオ自体は人物が複雑に出入りするわけではなく、二つの時系列があるだけで内容はそれぞれ一本道なのでストーリー理解にする必要はあんまりないと思う。
BGMのメモには要る。ミサ2のBGMメモが要る?? スターダンスのBGM一覧はファンが見れば結構面白いと思うよ。
立ち上がりがすごく面倒だが
という感じで、これまでの一群のWikiの体裁を参考にミックスできそう。面倒だが編纂が面白いところだ。
この「やり込み要素」を躍起になって埋めるつもりは、わたしは今ない。Wikiの書き込み欄をつくることが目的でしていて、これくらいでひとまずは出来たのでミサ2に行く。
スターダンスも……もうちょっと情報が足りなすぎだけどな。楽譜の情報を埋めておきたい(楽曲の出典に関係するため)。
「幻の試合場」の出現条件がまた分からない。適当に流していたらRS5でも6でもいま、「2」VBS戦だけが出現した。単にLv条件かもしれない。
RS5,6のEXエネミーの撃破ドロップの「ゲーリング詩集」は、何回か撃破していてもドロップしないことがあり、ランダムかとも思ったが、かなり高レベルになったあとで周回するとストレートに揃ったので何かの条件があるという感じがする。RS5でも6でも1・2・3巻が後に残った。
初期のミニゲームのタイトルだった気がする。年譜に載せてないのは少なくともVectorにはないんだろう。
レアitemの「降っても晴れても」って何だっけな。AM関係でなにか覚えがあるけど……思い出せない。
ずっと後のライスタレジェンドのキャラ「サニー・レイニー」の名前を連想するが、それは年数が空きすぎだろう。アールエスの「お天気雨のキャミソール」というアイテムは、当時そのサニー・レイニーのキャラから来ているはず。
1か月くらい空き再開。前回、ステージ4くらいまでのアイテム等の情報と各ページの体裁まで整えた。これから始めるには毎プレイ録画しながらするから起動するのがまず億劫で始まらないだろう。
読了。わたしの感想はひとことで「陳腐」とは上で書いた。
303 『オデュッセイア』は最初のほうの章(12)から強調しているし、訳者あとがきにもくり返しているように作者ヴェルベールはこの作品をひとつの「叙事詩たるもの」としている、したいらしいが、AMキャラのオデュセイアがこの文中から取っているかは測りかねる。「ッ」がない。
当時頃のジスカルドさんは多分ホメロスは読んでいないと思う。読んでたら人名としては「オデュセウス」になりそうなもので、何かの文書からランダムに採っただろうとは思うけどそれがこれかどうかは、わたしは言えない。
296
5 タキオンとは?
「ハードロックを流すのよ! 外でもラジオでも、もう誰も、クラシックとか宙に浮きそうな軽いやつしか聴いてないんだ。本当にうんざりするわ。超ど迫力のロック・コンサートがやりたいよ!」 「ロック! ロック!」と悪の闘士たちがスローガンのように叫んだ。 「聴きたいんなら、あるぜ」
275 ハードロックってLUPIAみたいなものかな。
ゲームのエンドロールに引用参考文献と書いといてくれりゃいいんだ。べつに出典が書いてあったってキャラが減るものでないし。フリゲでそこまで格好つけることはなかったのか。格好いいと思う。
余談だが井村君江せんせいのその独特な訳(血なし少年)はいっときの使用で、2000年頃にはもう別の訳(暖かい血の流れていない少年、すなわち死んだ少年のこと)か、コールドラッド・オブ・ヒルトンとカタカナを採用しているので当時の引用元がどの本かもおおよそ特定できる。とくにそのする意味はないけど。研究者がすでに廃止した訳語が後にも余所に引用されて生き残っている例のように思えてすこし面白かった。AM作品にジルが登場しなくなったので今はどうでもよくなった。
マリリン・モンローは213、225に二回出てくる。マーザンのマリリン和尚がそれだとは……多分そうだろうと思うけども。
本をぱらぱらめくってランダムに目についた名前をキャラに採用したんだとは思う。後からそれを言い当てるのは無意味だが面白く、ただしあまりに一般的な語すぎて本文中にあってもそれと言い切れないこともある。
ここは、人の心の妄想をキューブが具現化してしまう世界。邪悪な妄想からは邪悪を具現化してしまうだろう。だから、悪しき思いを抱くなと教えたが、「わるいことを思ってはいけないのよ」と教えてその通りにできる人がいるだろうか? ここはひとまずそれまで。
217
「聖ペテロ!」とステファニアは叫んだ。イタリア人の彼女はカトリックの教理を忘れてはいなかった。「あなたが、天国の鍵の守護者、聖ペテロなのですか?」
聖ペテロが登場する。が、AMの聖ペテロはテキスト中では『シー・メル』に遡り、もとはヒルトンの血なし少年の伝説の井村君江訳文から発しているらしい。『タナトノート』由来ではないと思う。
217 サマエルが発する「黒い光」はAMゲームの技の名になっていることがあるけど、保留。本作以外でもファンタジー作品の中の表現としてたびたび見たことある。
216 またしても天使の名前のリストがある。わたしはこの類のミスティックな精霊名簿一覧が昔から嫌いだ。一人ひとりに各々の権能が書いてあるが、物語としてそれらしい神話的エピソードはほとんどの場合ない。名簿のための名簿、というもの。七十二人の天使とか、七十二人の悪魔とか。
実践する魔術師としては、マイナーな悪魔の諸侯の中から選んで専門分野の者を召喚しなくても、それらの王であるサタンはサタン自身のフットワークが軽く、呼ばなくても現われるほどフレンドリーでもあり、数多い諸侯や諸将の立場をなくしていることだろう。
AMでは「33人のスペシャリスト」という名簿はほんとに嫌っていたのにゲームを遊ぶためとはいえ後にはわたしがそのリストをWikiにまとめ直すことになった。それも移転を経て三回くらいも! 元々こうしたものを嫌っているわたしが結局それに手慣れているとはどうしてか。ここの、この中にはマーザンのマリリンの四人弟子のネコ人の元ネタも含まれている。
かつて、料理をする人を料理人と呼び、その術を料理人術と呼んだ。『料理人術』という著作が世に知られると、その書を学んで実践する者たちを料理人術者と呼んだ、のような経緯。
いや、ヴェルベールの『タナトノート』の意味では「タナトノート術」とは言っても「タナトノート術士」という呼び方はしない。タナトノート術に通じる者はすなわち「タナトノート」だ。
『キレムサ』のタナトノートはやはり、すでに『死者の書』の意味になっているようだ。それに書かれている術が聖天使に流伝しているらしい。
タナトノートのノートは元々、アストロノートのような「naut」だが、AMでは途中から「note」になっているかと思う。GGDのタナトが本を抱いているのは、時間文書とならぶ二大文書というから書物の名前。このときには「デスノート」のような連想が加わってそっちが以後のAM世界の主流になっただろう。
『キレムサ』でロマンシアがヴィランを「それでこそタナトノート術士だ」と言っているときは、解釈が微妙だ。ヴィランの修行に何させているのか、ヴィランはどこまで進んでいるのかという興味もある。
マーラーワットはタナティアの教会より古い歴史があるが、タナティアの教会はたぶん千年くらいの歴史がある。ゲーム中で明言されないがタナティアにその宗派を興したのはたぶんヨーガだ。
マーラーがそれほど長生きしているとは、ここでは言っていない。古い歴史のある寺院を最近乗っ取って新たに自分の名前を付けたのかもしれない。
『スターダンス』の頃にヴェルベールの『タナトノート』はインスパイア元としてあったとして、まず、AMのタナトノートは「死界飛行士」のような意味からは離れている気もする。
『スターダンス』にタナトノートの語がチラッとだけ混じっているのは、ゲーム中のマーラーワットにある。
教会の斡旋するタナトノートとは別の流派を辿る宗教寺院。歴史は教会よりも古い。
斡旋している……というのは何かの専門技術者を指しているようで、ここのタナトノートはやはり死者の世界に参入する人間のことだろう。タナティアの「教会」はチベット仏教の僧院のようなイメージか、当時のステファニアはその見習いタナトノートのように想像もできそう。
あと、エリニュスが憎悪の精霊ならヴィランは何の精霊だったののような興味もあったけど、それはべつ。
エリニュスは父親から生まれて、母親はいない。父親は悪人で、いつも誰かに命を狙われていた。男根切断云々はウラノスとガイアのような神話。彼女の生い立ちは、リュサンデールにとっては全く他人事で関わりない。
エリニュスに母親は居なかった。エリニュスの父親は極悪人で、常に命を狙われていた。 ある日、エリニュスの父親は、彼に恨みを持つ者に男根を切り落とされ、 そこから滴り落ちた血からエリニュスは産まれた。 エリニュスには殺人と復讐の守護神が宿り、以来、憎悪の精霊となった。
その一々が、それぞれに脈絡がなく、前後でなぜそうなるのか繋がりがない。
「親の因果が子に祟り……」のような情念がない。「なんでそうなるの?」という説明はなく、まるで、ここには時間の流れはなくて、その日に突然そういう設定で彼女のキャラが立ったかのようだ。
「精霊」について、アニミズムの説明は外部で読めばいい。精霊というキャラクターの在り方は、自然に宿る諸力の実在を説くよりは、人の心と自然の関係に近い。
たとえば、炎の精霊が火の元素を体現していることに科学的な根拠はほとんどない。その説明は皆無と言っていい。『火神を斬り殺した血から雷の神々が生まれた』といったところで、なぜそうなるのという説明にはなってない。ただそうなったと語るだけだ。
時間的な経緯や、進化の過程がなく、突然に、そういう設定のキャラクターがその場に出現してしまう。それが、キューブによる世界です、ということがひとつ。
リュサンデールのお話の教訓としては、「良い心を持ちなさない、そうすれば良い人になります」という、素朴な躾けでしかない。もともと良い子ならその教訓あってもなくてもいいくらいだけど、それでおしまい。
精霊都市の住人。キューブポリスを「精霊都市」と呼ぶのは『キレムサ』の場合にかぎる。
『キレムサ』のキャラクターはヴェルベールの小説『タナトノート』から引用のキャラ名が多いけど、エリニュスはその内ではないらしい。名前はギリシア神話由来だが、AMではエリやエリスやエリーゼ等の系統の緑の髪の女性の一転生だろう。
ヴィランの育ての親でもあるが、『キレムサ』のストーリーの中では最後に登場し、リュサンデールに与える彼女の台詞でこの話は締めくくる。これはすでに記事に書いた。
今タナトノートの話をしていて、『キレムサ』はまずリュサンデールの徳育の話だ、巡礼小説だと言っておいた。ロマンシアのことは放っとき、ではエリニュスは何をリュサンデールに訓えただろうかが興味になるところ。
156 「銀河の中心」という話題はこのあたりで出てくるが、「パートオブフォーチュン」はどこから来たのかな。特定の出典がなくても、占星術には違いないが。
149 結婚式でステファニアはミニのドレス、ローズは引きずるほどのロングドレスを着ている。このロングドレスは『スターダンス』のロングドレスかもしれない。
137 アマンディーヌに悩殺されているミカエルは拒否されながら何度も愚かしく振り回される。アマンディーヌは、不安で眠れないからベッドで一緒に寝かせてくれと頼みにきてミカエルには何もするなという、男性にとっては理不尽なことをする。
エレGYがジスカルドさんを誘惑するときはそこまで悪辣な少女ではないが、どっちかというとジスカルドさんが彼女を小娘扱いしたのでエレGYが不満だった。どっちがよいか。
何年前かにそれを読み返していたとき、『不可侵の乙女と一晩同衾する』シチュは魔術師には古来ありうることで、トリスタンのような話の型だ。それからヒントにすると『間に剣を置いて寝る』というアイデアも考えていた。自宅に日本刀がなければ剥き身の包丁でもいい。
どうせ危ない遊びをしているんだから実際に凶器を置いて味わってみるのは、スリリングな思い出になると思う。「友達だから」というんだったら、その話でお互い一生笑えそうだと思った。
136 文中に「パリのサクレ゠クール寺院」に言及があるけどマーザンのそれのネタ元とは言い切れないかな。
AMの『キレムサ』は巡礼小説、とわたしは以前にも言ってた。『タナトノート』はそんなに教養的ではない、通俗娯楽小説。
『キレムサ』のキャラクターは大半がその『タナトノート』からの命名なんだけど。「巡礼」というのは……キレムサの主人公のリュサンデールの旅の間に出会う人々はみんな、リュサンデールの心の学び、それも道徳的な修練のためになるような、教養的な人物ばかりが出てくる。ストーリーを締めくくるのはエリニュス。
リュサンデールのために何の足しにもならないのはロマンシアくらい。ロマンシアはろくでなし。
だからメインテーマとしては、リュサンデールの物語という体裁を取って「キューブ世界」のコンセプトを説明するためのノベルで、裏テーマは、ロマンシア生きてたんか……という話をした。
この『タナトノート』をざっと読んで『かもめのジョナサン』だな、と思う読者はそんなに珍しくないと思う。そのうち、『かもめのジョナサン』にもそれほど好感を持っていない人も、中にはいると思う。
『かもめのジョナサン』(1970)は昔のベストセラーで、2026年の今頃に思い出されることは、ほとんどない。わたしは今、こことは別の経緯で去年からル・グインの読み返しをしていて、ル・グインが1979年頃のエッセイでそれに嫌悪感を書いているのを思い出したりもするんだった。ちょうど一昨日まで『所有せざる人々』(1974)を読み終えて続きにこちらを開いているところだから、その気分で辛辣な目が行くらしい。
ル・グインはル・グインで、作家本人が強力なキャラクターすぎて言葉の支配力、読者洗脳装置みたいになりがちなんだよ。
アンディーメンテの人……ジスカルドさん等が当時96年頃(本訳書の出版年)に、これにリスペクトする気分はわたしはわかる。受け方としてはパウロ・コエーリョ『アルケミスト』(1988, 邦訳1994)などが同時的なものだろう。AMと離れるが、このつぎアルケミスト求めてみようか。90年代感覚、面白いかも。
130
「見たわ」 「何を見たって?」 「奥までいったのよ。そこで見たの。第二の壁があったわ!〈モッハ2〉よ」
『かもめのジョナサン』みたいになるのは小説の最初から想像がつくが、不思議なのはなぜ1994年になってそれなのかだ。
第一章(期)、600ページ中の200ページまで読んだ。陳腐で安っぽい小説だと思う。SFかFTというジャンルでは、本作はきっと問題になってない。これはつらいな…
今はAMのネタ元をたどって読んでおこうという話なので、その原作小説についてや、わたしの気分的評価はいいの。なんだろうがAcheronの記事を書くモチベーションになればいいよ。
「鳥使い」まで。
スターダンスもステファニアもお互いに相手に「好き」と告白したことはなく、癇癪持ちで人の気持ちに鈍感だったり、くすくす笑っていたり、永遠を誓うにも友情と呼んだりしてことごとく直言を避ける。好きと言わない・言えないは暗黙のゲームのルールのようで、それは、人を愛すると言うかわりに鳥を贈ることにしたというシシ教の伝説をどこかなぞっているみたいだとは、このまえのプレイ中に一回書いた。
シナリオの最後の最後にステファニアがこのルールを破るが、この話を書いたときにそういうシンボリックな含みまで考えて書かれたかは不明だ。今読むと話はそうなっているからその誘導はしておいていいと思う。『スターダンス』のゲームをプレイしてその中だけでは、シシ教の教義について仄めかし以上に読み取るのはまず難しい。「鳥使いの奴隷」くらいのワードがちらっと挿まれるくらい。
天界の記事はいま、ライスタシリーズまで。RS7は一通りしているからRS7の内容(ファウスト=システマーと天界の関係)についても現在書けると思うが、システマーについてはナイトinナイツまで経由したほうがいいかもしれない。面倒くさい。GGDはRS7より後だからRS7には参照しない。
『タナトノート』をいったん読んでおいて、天界・天界戦争と「シシ教」についての記事をひとまず埋めた。ウェルベールの小説はほとんどAMには関与していないがわたしの作業モチベに要った。のと、「だいたい関係ない」とはっきりしていないとそれがネックで書き出せないこともあるからね。
ミサ2の敵には稀に「ちび・」として無記の敵とは一回り弱体した敵が同エリアに出現する。攻撃力やHpが低い以外、使用する技などは共通、ラーニングも同様だと思うがWikiにいちいちページを分けまいか……。何種かやりかけて気付いたが、無用だろう。所持品はもっていないかもしれない。
EXエネミーの「ちび」も存在することは以前のメモで知ってる。見かけない敵・珍しい敵・エクストラエネミーにそれぞれの「ちび」も居るだろうから無駄に複雑だ。クレコロあたりまでそんなだったと思う。
上のミサ要素(ぴぴぴWiki)の会話の要約文と、ストスペのシナリオ要約文を再びするのがわたしの文章能力を結構求めるので面白い。
……のだけど、ミサ2のシナリオ自体は人物が複雑に出入りするわけではなく、二つの時系列があるだけで内容はそれぞれ一本道なのでストーリー理解にする必要はあんまりないと思う。
BGMのメモには要る。ミサ2のBGMメモが要る?? スターダンスのBGM一覧はファンが見れば結構面白いと思うよ。
立ち上がりがすごく面倒だが
という感じで、これまでの一群のWikiの体裁を参考にミックスできそう。面倒だが編纂が面白いところだ。
この「やり込み要素」を躍起になって埋めるつもりは、わたしは今ない。Wikiの書き込み欄をつくることが目的でしていて、これくらいでひとまずは出来たのでミサ2に行く。
スターダンスも……もうちょっと情報が足りなすぎだけどな。楽譜の情報を埋めておきたい(楽曲の出典に関係するため)。
「幻の試合場」の出現条件がまた分からない。適当に流していたらRS5でも6でもいま、「2」VBS戦だけが出現した。単にLv条件かもしれない。
RS5,6のEXエネミーの撃破ドロップの「ゲーリング詩集」は、何回か撃破していてもドロップしないことがあり、ランダムかとも思ったが、かなり高レベルになったあとで周回するとストレートに揃ったので何かの条件があるという感じがする。RS5でも6でも1・2・3巻が後に残った。
初期のミニゲームのタイトルだった気がする。年譜に載せてないのは少なくともVectorにはないんだろう。
レアitemの「降っても晴れても」って何だっけな。AM関係でなにか覚えがあるけど……思い出せない。
ずっと後のライスタレジェンドのキャラ「サニー・レイニー」の名前を連想するが、それは年数が空きすぎだろう。アールエスの「お天気雨のキャミソール」というアイテムは、当時そのサニー・レイニーのキャラから来ているはず。
1か月くらい空き再開。前回、ステージ4くらいまでのアイテム等の情報と各ページの体裁まで整えた。これから始めるには毎プレイ録画しながらするから起動するのがまず億劫で始まらないだろう。
読了。わたしの感想はひとことで「陳腐」とは上で書いた。
『オデュッセイア』
303
『オデュッセイア』は最初のほうの章(12)から強調しているし、訳者あとがきにもくり返しているように作者ヴェルベールはこの作品をひとつの「叙事詩たるもの」としている、したいらしいが、AMキャラのオデュセイアがこの文中から取っているかは測りかねる。「ッ」がない。
当時頃のジスカルドさんは多分ホメロスは読んでいないと思う。読んでたら人名としては「オデュセウス」になりそうなもので、何かの文書からランダムに採っただろうとは思うけどそれがこれかどうかは、わたしは言えない。
タキオン
296
275
ハードロックってLUPIAみたいなものかな。
ゲームのエンドロールに引用参考文献と書いといてくれりゃいいんだ。べつに出典が書いてあったってキャラが減るものでないし。フリゲでそこまで格好つけることはなかったのか。格好いいと思う。
余談だが井村君江せんせいのその独特な訳(血なし少年)はいっときの使用で、2000年頃にはもう別の訳(暖かい血の流れていない少年、すなわち死んだ少年のこと)か、コールドラッド・オブ・ヒルトンとカタカナを採用しているので当時の引用元がどの本かもおおよそ特定できる。とくにそのする意味はないけど。研究者がすでに廃止した訳語が後にも余所に引用されて生き残っている例のように思えてすこし面白かった。AM作品にジルが登場しなくなったので今はどうでもよくなった。
マリリン
マリリン・モンローは213、225に二回出てくる。マーザンのマリリン和尚がそれだとは……多分そうだろうと思うけども。
本をぱらぱらめくってランダムに目についた名前をキャラに採用したんだとは思う。後からそれを言い当てるのは無意味だが面白く、ただしあまりに一般的な語すぎて本文中にあってもそれと言い切れないこともある。
ここは、人の心の妄想をキューブが具現化してしまう世界。邪悪な妄想からは邪悪を具現化してしまうだろう。だから、悪しき思いを抱くなと教えたが、「わるいことを思ってはいけないのよ」と教えてその通りにできる人がいるだろうか? ここはひとまずそれまで。
聖ペテロ
217
聖ペテロが登場する。が、AMの聖ペテロはテキスト中では『シー・メル』に遡り、もとはヒルトンの血なし少年の伝説の井村君江訳文から発しているらしい。『タナトノート』由来ではないと思う。
黒い光
217
サマエルが発する「黒い光」はAMゲームの技の名になっていることがあるけど、保留。本作以外でもファンタジー作品の中の表現としてたびたび見たことある。
216
またしても天使の名前のリストがある。わたしはこの類のミスティックな精霊名簿一覧が昔から嫌いだ。一人ひとりに各々の権能が書いてあるが、物語としてそれらしい神話的エピソードはほとんどの場合ない。名簿のための名簿、というもの。七十二人の天使とか、七十二人の悪魔とか。
実践する魔術師としては、マイナーな悪魔の諸侯の中から選んで専門分野の者を召喚しなくても、それらの王であるサタンはサタン自身のフットワークが軽く、呼ばなくても現われるほどフレンドリーでもあり、数多い諸侯や諸将の立場をなくしていることだろう。
AMでは「33人のスペシャリスト」という名簿はほんとに嫌っていたのにゲームを遊ぶためとはいえ後にはわたしがそのリストをWikiにまとめ直すことになった。それも移転を経て三回くらいも! 元々こうしたものを嫌っているわたしが結局それに手慣れているとはどうしてか。ここの、この中にはマーザンのマリリンの四人弟子のネコ人の元ネタも含まれている。
かつて、料理をする人を料理人と呼び、その術を料理人術と呼んだ。『料理人術』という著作が世に知られると、その書を学んで実践する者たちを料理人術者と呼んだ、のような経緯。
いや、ヴェルベールの『タナトノート』の意味では「タナトノート術」とは言っても「タナトノート術士」という呼び方はしない。タナトノート術に通じる者はすなわち「タナトノート」だ。
『キレムサ』のタナトノートはやはり、すでに『死者の書』の意味になっているようだ。それに書かれている術が聖天使に流伝しているらしい。
タナトノートのノートは元々、アストロノートのような「naut」だが、AMでは途中から「note」になっているかと思う。GGDのタナトが本を抱いているのは、時間文書とならぶ二大文書というから書物の名前。このときには「デスノート」のような連想が加わってそっちが以後のAM世界の主流になっただろう。
タナトノート術士
『キレムサ』でロマンシアがヴィランを「それでこそタナトノート術士だ」と言っているときは、解釈が微妙だ。ヴィランの修行に何させているのか、ヴィランはどこまで進んでいるのかという興味もある。
マーラーワットはタナティアの教会より古い歴史があるが、タナティアの教会はたぶん千年くらいの歴史がある。ゲーム中で明言されないがタナティアにその宗派を興したのはたぶんヨーガだ。
マーラーがそれほど長生きしているとは、ここでは言っていない。古い歴史のある寺院を最近乗っ取って新たに自分の名前を付けたのかもしれない。
naut→note
『スターダンス』の頃にヴェルベールの『タナトノート』はインスパイア元としてあったとして、まず、AMのタナトノートは「死界飛行士」のような意味からは離れている気もする。
『スターダンス』にタナトノートの語がチラッとだけ混じっているのは、ゲーム中のマーラーワットにある。
斡旋している……というのは何かの専門技術者を指しているようで、ここのタナトノートはやはり死者の世界に参入する人間のことだろう。タナティアの「教会」はチベット仏教の僧院のようなイメージか、当時のステファニアはその見習いタナトノートのように想像もできそう。
あと、エリニュスが憎悪の精霊ならヴィランは何の精霊だったののような興味もあったけど、それはべつ。
とりとめない話
エリニュスは父親から生まれて、母親はいない。父親は悪人で、いつも誰かに命を狙われていた。男根切断云々はウラノスとガイアのような神話。彼女の生い立ちは、リュサンデールにとっては全く他人事で関わりない。
その一々が、それぞれに脈絡がなく、前後でなぜそうなるのか繋がりがない。
「親の因果が子に祟り……」のような情念がない。「なんでそうなるの?」という説明はなく、まるで、ここには時間の流れはなくて、その日に突然そういう設定で彼女のキャラが立ったかのようだ。
精霊のいる世界
「精霊」について、アニミズムの説明は外部で読めばいい。精霊というキャラクターの在り方は、自然に宿る諸力の実在を説くよりは、人の心と自然の関係に近い。
たとえば、炎の精霊が火の元素を体現していることに科学的な根拠はほとんどない。その説明は皆無と言っていい。『火神を斬り殺した血から雷の神々が生まれた』といったところで、なぜそうなるのという説明にはなってない。ただそうなったと語るだけだ。
時間的な経緯や、進化の過程がなく、突然に、そういう設定のキャラクターがその場に出現してしまう。それが、キューブによる世界です、ということがひとつ。
巡礼物語の機能
リュサンデールのお話の教訓としては、「良い心を持ちなさない、そうすれば良い人になります」という、素朴な躾けでしかない。もともと良い子ならその教訓あってもなくてもいいくらいだけど、それでおしまい。
キューブ世界の神話
精霊都市の住人。キューブポリスを「精霊都市」と呼ぶのは『キレムサ』の場合にかぎる。
『キレムサ』のキャラクターはヴェルベールの小説『タナトノート』から引用のキャラ名が多いけど、エリニュスはその内ではないらしい。名前はギリシア神話由来だが、AMではエリやエリスやエリーゼ等の系統の緑の髪の女性の一転生だろう。
ヴィランの育ての親でもあるが、『キレムサ』のストーリーの中では最後に登場し、リュサンデールに与える彼女の台詞でこの話は締めくくる。これはすでに記事に書いた。
今タナトノートの話をしていて、『キレムサ』はまずリュサンデールの徳育の話だ、巡礼小説だと言っておいた。ロマンシアのことは放っとき、ではエリニュスは何をリュサンデールに訓えただろうかが興味になるところ。
156
「銀河の中心」という話題はこのあたりで出てくるが、「パートオブフォーチュン」はどこから来たのかな。特定の出典がなくても、占星術には違いないが。
ロングドレス
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結婚式でステファニアはミニのドレス、ローズは引きずるほどのロングドレスを着ている。このロングドレスは『スターダンス』のロングドレスかもしれない。
137
アマンディーヌに悩殺されているミカエルは拒否されながら何度も愚かしく振り回される。アマンディーヌは、不安で眠れないからベッドで一緒に寝かせてくれと頼みにきてミカエルには何もするなという、男性にとっては理不尽なことをする。
エレGYがジスカルドさんを誘惑するときはそこまで悪辣な少女ではないが、どっちかというとジスカルドさんが彼女を小娘扱いしたのでエレGYが不満だった。どっちがよいか。
何年前かにそれを読み返していたとき、『不可侵の乙女と一晩同衾する』シチュは魔術師には古来ありうることで、トリスタンのような話の型だ。それからヒントにすると『間に剣を置いて寝る』というアイデアも考えていた。自宅に日本刀がなければ剥き身の包丁でもいい。
どうせ危ない遊びをしているんだから実際に凶器を置いて味わってみるのは、スリリングな思い出になると思う。「友達だから」というんだったら、その話でお互い一生笑えそうだと思った。
136
文中に「パリのサクレ゠クール寺院」に言及があるけどマーザンのそれのネタ元とは言い切れないかな。
AMの『キレムサ』は巡礼小説、とわたしは以前にも言ってた。『タナトノート』はそんなに教養的ではない、通俗娯楽小説。
『キレムサ』のキャラクターは大半がその『タナトノート』からの命名なんだけど。「巡礼」というのは……キレムサの主人公のリュサンデールの旅の間に出会う人々はみんな、リュサンデールの心の学び、それも道徳的な修練のためになるような、教養的な人物ばかりが出てくる。ストーリーを締めくくるのはエリニュス。
リュサンデールのために何の足しにもならないのはロマンシアくらい。ロマンシアはろくでなし。
だからメインテーマとしては、リュサンデールの物語という体裁を取って「キューブ世界」のコンセプトを説明するためのノベルで、裏テーマは、ロマンシア生きてたんか……という話をした。
この『タナトノート』をざっと読んで『かもめのジョナサン』だな、と思う読者はそんなに珍しくないと思う。そのうち、『かもめのジョナサン』にもそれほど好感を持っていない人も、中にはいると思う。
『かもめのジョナサン』(1970)は昔のベストセラーで、2026年の今頃に思い出されることは、ほとんどない。わたしは今、こことは別の経緯で去年からル・グインの読み返しをしていて、ル・グインが1979年頃のエッセイでそれに嫌悪感を書いているのを思い出したりもするんだった。ちょうど一昨日まで『所有せざる人々』(1974)を読み終えて続きにこちらを開いているところだから、その気分で辛辣な目が行くらしい。
ル・グインはル・グインで、作家本人が強力なキャラクターすぎて言葉の支配力、読者洗脳装置みたいになりがちなんだよ。
アンディーメンテの人……ジスカルドさん等が当時96年頃(本訳書の出版年)に、これにリスペクトする気分はわたしはわかる。受け方としてはパウロ・コエーリョ『アルケミスト』(1988, 邦訳1994)などが同時的なものだろう。AMと離れるが、このつぎアルケミスト求めてみようか。90年代感覚、面白いかも。
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『かもめのジョナサン』みたいになるのは小説の最初から想像がつくが、不思議なのはなぜ1994年になってそれなのかだ。
第一章(期)、600ページ中の200ページまで読んだ。陳腐で安っぽい小説だと思う。SFかFTというジャンルでは、本作はきっと問題になってない。これはつらいな…
今はAMのネタ元をたどって読んでおこうという話なので、その原作小説についてや、わたしの気分的評価はいいの。なんだろうがAcheronの記事を書くモチベーションになればいいよ。