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ディープインパクト 2025/07/13 (日) 12:42:35

僕も完成度と品質が気になってます。たぶん組み直し頼まれると思うので、その時にじっくり観察させてもらいます。ニップルとハブのベアリングを日本製に交換すれば、かなりの回転期待できるかも・・・

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ディープインパクト 2025/07/13 (日) 12:39:05 修正

 スタンドカラーシャツに刺繍入れ。真夏だけどどこに行くにも長袖がいる。外は紫外線、屋内は冷房効き過ぎ。本当は麻のジャンパーとか欲しい、でもどこにも売ってない。化繊の薄いジャンパーならいくらでもある。なんとなく最近化繊を身体が受け付けなくなってきて綿100%ばかり使ってる。

 しかし日本の店は綿100%の服はほとんど売ってない。どうしてこんなに化繊にシフトしてるんだろ??若い子は化繊大好きなのか???オーストラリアのスーパーとか行くと綿100%の服が大量に売られている。オーストラリアで買ったTシャツやパンツを今でも使ってる。日本だと皆無・・オーストラリアは綿を国産していてオーストラリアコットンとして売ってる。日本はプラスチックを大量に生産しているから化繊大国なんだろな。化繊が着れなくなった僕は日本では服が買えない。

 だからネットで買うんだけど、たまにユニクロとかで売ってるので期待しないで見に行く、今回麻と綿の服が売られていた。薄いし長袖欲しかったのと店員さんが1000円引いてくれたので買った。このままだと白一色で面白くないので太陽の塔を刺繍。右のポケット外してガンダム縫おうか思案中。

 1990円でも僕のとっては高価な服なのでしばらく着てからガンダム??
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走るペンギン 2025/07/12 (土) 20:23:48 e073a@9d03b

これは正直怪しい、でもむっちゃ安い!ほとんどリムより安い完組ですね。以前に探したときは26インチのディスクブレーキ用リムなんてものが存在したし、26はすごくニッチなカテゴリーだ(笑)。

今は26×〇〇とか451とかほぼリムがなくて寂しいです、以前なら定番のアレックスリムが頼りになったのに‥‥。現状KINLINに選択肢が数種あって、まだ451はミニベロ手組で使うけど、そもそも日本では個人向けの通販で扱いがない。そういう厳しい市場原理が働いてるんですね。

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ディープインパクト 2025/07/11 (金) 09:51:18

メルクスが電動自転車推しの理由が見えた。
 ロードで下ハンで30km超えで30分ほど走った、何か調子いいわ、下ハン楽(空気抵抗減るから楽になる)と10代に戻ったように、その日は何もなく終わった。次の日、右脇の側面が痛い、なんか筋が引っ張る感じ、歩くのも、そこが痛くて引きずってしか歩けない。
 終わってからのストレッチで少し無理に曲げすぎた、その時、筋痛めた?すぐ治るかと思ったけど、結構痛みが続き、右手で物を持つとズキンとくる。プルミーノで買い物行くだけで路面の振動時にズキズキくる。

 えーこれめちゃくちゃ重症やん、しばらく安静にしよ。右脇の下の筋肉に力が入るとズキーンとくる。2日自転車にも乗らず、歩かず、柔軟もせず、腹筋もせず。じっと我慢。3日目にようやく痛みが減って歩けるようになった。それで、そろそろロード練習復活させようと、早朝ロードに乗り下ハンもって数百メーターいっただけで激痛。えーこれ下ハンが原因やん!

 身体の老化ってロードバイク乗れなくなるんだ。メルクスなんでロード乗らずに電動アシストママチャリ乗ってるんだと思ってたけど、「ロード乗れなくなったから、アップハンドルの電動アシスト乗ってたんだと」初めてわかった。自分がそういうところへ追い込まれないと気づけない・・・なさけない。

 背筋とか腹筋だけじゃなく脇の下の筋肉?が前傾姿勢に耐えられなくなる。クロスバイクだったら脇の下痛くならずに走って行ける。これ痛みなくなるまでロードは乗れない、乗ると悪化する。最後はプルミーノでポタリングになるのか???とにかく10代と同じ走りしたら、身体のあちこちで悲鳴。それがはっきりわかった最近の1週間でした。自転車乗り続けるって大変!

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ギアント 2025/07/11 (金) 06:13:40

旅行車での挑戦3度目、成功しました。
F34t / R28t x 2,068mm (2,511mm)

F28t / R32t x 2,068mm (1,809mm)
ギアも軽くしたのでずっとシッティングで登れました。
雨で落ち葉が流され、さらにヘリポートの手前の荒れた箇所はきれいに舗装し直されていたので難易度は以前より低いです。

GPS情報が不正確ですが、自動車用ドラレコアプリ(Droid Dashcam DVR)の動画だけは撮れました。他にも色々やりたいことがあったのですが、スマホが”温度制御”状態で出来ませんでした。


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なるほど~
クロスのディスクブレーキも沢山あるので共通なのかと思ってましたが違うんですね。
その中で一部使えそうな物があると
ふむふむ
今のところリムブレーキで終わるつもりなので、情報入れて無かったです。

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CN-HG601が¥2,686
https://amzn.to/3IfxfOJ
-33%とか書いてますが実際は普段3000円ほど1割引きってところですかね

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コーナーはペダルヒットしないように内側のペダル上死点付近で足止めてるので、ギア比はコーナーにあまり関係が無いかと。
451でチェーンリング50Tだとクランク1回転で進む距離が、700Cの36T付近と同等。
451で言えばリアトップ12Tで50km/hがケイデンス130付近。(下りじゃないと出せません)
私の場合、自転車やギア比が変わっても回せる負荷であれば130付近が最大値です。
リア11Tで700C、かつ下りで余裕があればもう少し速度は出せると思いますが、どこまで速度出せるかチャレンジする時などハメを外してる時くらいしか50km/hなんて速度は出しません。
ブレーキをかけている時は車体が安定しますので(フルブレーキやコーナーはまた別の話)減速を織り交ぜながら下ってはいかがでしょうか?
ターニーさんのM501とウチのM501は販売時期が違うので異なるかもしれませんが、M501はフレームの前三角が正三角形からかけ離れているせいかクロスやロードと比べて剛性弱いと感じます。
下りでガンガン攻め込む自転車じゃないのでは?
オートバイ乗ってた頃はコーナーはある程度速度乗せて曲がらないと面白くないと感じてたので、負荷かけて走りたい気持ちがあるなら同じようなもんかなと気持ちは理解出来ますがゆっくり下るのではダメですか?

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ターニー 2025/07/10 (木) 20:28:26 >> 276

>M501は68mmでしたよ。

ありゃ。ぉおお。アハハハ(計ってみた・本当でした)/(^o^)\ナンテコッタイ

>FDのHi側制限ネジはホローセットにするというのはどうでしょう?

ありがとうございます、このアイデア頂きます。イモネジ買ってきます!

>若干Qファクター拡がりますが、ロードのトリプルという手もあります。(30-39-50T)

実は候補にあります。今回のホローテック化に成功したので、選択肢が多くて助かります。

>下りで足が回りきる問題は単純に足を止めれば良いと思いますが何か問題がありますか?

市街地なら問題ないのですが、長い下りで更にコーナーもあると、自転車本体がブレてコントロールしにくいからです。なるべくペダルは回して下りたいです。アウター36tよりはかなり良いので、富士山を下らない限りは大丈夫な筈ですが…。

276

ママチャリ70mmハンガとホローテックBBはMTB用とロードのハウジングの組み合わせで対応出来ますが、ウチのM501は68mmでしたよ。
下りで足が回りきる問題は単純に足を止めれば良いと思いますが何か問題がありますか?
若干Qファクター拡がりますが、ロードのトリプルという手もあります。(30-39-50T)
FDのHi側制限ネジはホローセットにするというのはどうでしょう?
M501まだまだ現役ですね。
頑張ってください。
我が家は子供達が進学&就職で700cママチャリが2台遊んでおります。

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ターニー 2025/07/09 (水) 18:54:54 修正

追記

11-36tはやり過ぎでした。RD-M310ではやはり厳しく、チェーンを目一杯長くして対応しています。だからインナートップでは「ギリギリ」ディレーラーのテンションスプリングが活きている感じです。危なかった。次回は11-34tにします(当たり前)

誤算だった事
1.考えてみれば当然ですが、MTBのアリビオ・サイドスイングディレーラーとロードクランクが干渉。
右クランクアームと、FDのLo・Hiのリミットスクリューのねじの頭が干渉、クランクの回転がロックしました。これにより、一番干渉していた、Hiボルトを抜いてます。
しかしアウターギアへの変速後のストッパーがないので、とても危険。(アウター2速を通り越してレバーを押し込むと、チェーン落ちするということです)

2.チェーンケースが使えなかった。
フロントは46-30tにしたことで、チェーンケースに収まりませんでした。(当たり前)
現在チェーンケースは外して保管です。無くてもいいのですが、前述の誤算だった事で、改造前よりも後の方が、安全ではない気がします。ですから、いつでも戻せるように保管しています。

3.チェーンラインが外にズレた!
…ロードクランクなのに!これは実走して異常が出ないか確認必須。しかしラインが外にズレたことで、変速レスポンスは過去最高になりました。(静止時の話です)
FDのHiボルトを抜き、前回まで外していたLo側を取り付けて調整しました。
Qファクターは詰まった気がするけど、チェーンラインは外にズレる、魔改造ならではの誤算でした。

今後の課題
1.FDのHiボルトを短くして取り付ける。FDからの飛び出し量を限界まで減らせば、付けれると思うので、再チャレンジです。併せて、チェーンラインの相性も確認。

2.前回のクランクに戻した場合
シマノ キューズやエッサのデビューによって、FC-MT101はカタログから消えました。今後の代替となるクランクがないので、ギア比の変更が一切不可能なのが辛いです。尚、このシマノクランクは鉄ギアなので、摩耗は大分先の話なので大丈夫です。

結論としては失敗したといえます。
とはいえ今後の消耗部品の交換の組み合わせや、ギア比の拡張性(ダウンヒルでの回り切ってしまうハイケイデンスの対策)を模索するのが目的です。後はFDの安全対策のみ。

(部品詳細は無しです、安易に中華部品をお勧めしないのでご了承ください。シマノのロードクランクではカバーできないからです。グラベルクランクは専用品で、相性悪し。46-30tはマニアックな歯数なので、今回、中華クランクを買いました)

クランク側が46-30tだけど、これでもダウンヒルで足が回り切る場合は、どうしましょう…
その時は50-34tにチェーンリングを入れ替えますかね。

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ディープインパクト 2025/07/04 (金) 18:49:34 修正

第8回 ガンウェル イワイサイクルの達人
 京都の向日町に競輪場がある。僕は梅田に住んでたので甲子園、奈良、向日町、KCSC(関西サイクルスポーツセンター)のバンクを走ってた。その中で一番よく行ったのが向日町、だから京都の選手は知り合いが多くなった。向日町競輪場に行くと、イワイサイクルに寄って帰る(171号線沿いの向日町にイワイサイクルはあった、今は閉店)ガンウェルというフレームビルダーで競輪にも供給、ランドナーやキャンピング車も作ってた。

 イワイサイクルは沢山の職人さんがいて、誰が誰かよくわからないんだけど、部品の値段がバナナのたたき売りみたいに交渉で安くなるので、結構買った。イトーサイクルの半額くらいになった。特にカンパが信じられない値段でわざわざ向日町まで買いに行った。

 ズノウでカンパの整備を少し教えてもらったけどモヤモヤしたものは晴れなかった。これだ!というカンパの達人を求めてあちこちに行った。そしてみつけた。イワイサイクルに達人がいた。最もイワイサイクルでも、その兄ちゃんだけがカンパオタクでぶっ飛んで詳しかった。ヴェローチェ、コーラス、レコードの違い、整備方法の注意点。スーパーレコードの長所、自分で整備した人間でないとわからない到達点を教えてくれた。僕もある程度修行積んでいたので、この兄ちゃんの言うことがガンガン入ってきた。僕のカンパ整備はこの兄ちゃんに教えてもらった。やっぱりシマノとは全然違ってた。

 面白いのはサンツァーシュパーブはカンパと互換性があり、カンパの整備でやれば性能を100%発揮できた点。細部のネジの寸法までカンパと互換だった。イワイサイクルにいって明るい昼間から、夜暗くなるまでカンパの話をした。僕は向日町店ばかり行って他の店は知らないんだけど、向日町店が閉店したと聞いた時、ひとつの時代が終わったなあと思った。あのカンパの達人の兄ちゃん、僕よりだいぶ上の世代だから、もう70歳は超えてるはず、今のカンパ見てどう思うか聞いてみたい。

 京都の向日町も向日市にかわり「向日町競輪場」が名前変?とか思われる時代になってしまったけど、少し重かったけどクセのない走りやすいバンクだった。向日町イワイサイクルの閉店となるしまフレンドの閉店は僕にとってはメチャクチャ大きい時代の節目。東京では代々木のなるしまフレンドばっかり行ってたので立川店はあまりしらないけど、今、渋谷店もビルの中に入ってて僕が通ってた頃のなるしまの姿はもうなくなっちゃいました。向日町のイワイサイクルとなるしま代々木店はなんか似てた。
 ものすごい親近感を持てる店だった。(なるしまの話も書くと長くなるのでパス)

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ターニー 2025/07/03 (木) 09:42:51 修正

結果的にロード買えなかった。
悔しくて中華ホローテッククランク買いました。M501で全方位死角なし、なレベルまで上げる。
使っていて少し不満だった、クロス過ぎたギア比(ダウンヒルが危険)も最適化。9速へアップグレード。
フロント:
36-22t→46-30t
170㎜→165㎜
リア:
8速→9速
13-26t→12-36t

(フロント:ローギアードの170㎜だと回り切って危険。ヒルクライムは凄く快適。平坦は低ケイデンス。ダウンヒルでの安全確保の為、一旦戻す)

(リア:ギア比は、ワイドレシオ過ぎる為、多段化。上記と11-34tのどちらかです。消耗品なので、11-36tで検証です。トップ11tは今後必要になるでしょう。消耗段階で再考。)

完全に衝動買いの失敗する前提なので、部品詳細等の報告はありません。(ママチャリとホローテックBBの互換は、kapaさんのブログに詳細有)
まだまだM501はアップデートしているという報告でした。

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走るペンギン 2025/07/02 (水) 23:17:02 e073a@9d03b

>因みにアイカンだと、上記の同等ホイールがこちらになります。

たぶん価格的には同等よりも控えめですね。エリートホイールだとエントリーモデルがENT GRAVELで1600g、軽量版がEDGE GRAVELの1260g、どちらも素でクイック135mm版あります。経験上それほどリスクはなかったAliExpressなら45,000円と85,000円からクーポンや初回割でもう少し安いかんじなので。

スペックと価格だけ見るとENTは油圧クロスに突っ込んでも後悔はしない?EDGEの40mmハイトはロードで平地でも坂でも使いやすかったです、クロモリには似合いませんでしたが‥‥。

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ディープインパクト 2025/07/02 (水) 08:44:43 修正

第7回 サイクルベースあさひ1号店
 サイクルベースあさひの第1号店は東千里店、僕が行った時は全国でこの店があるだけだった。下田さんは長髪で店の前でフォークを歌ってた??息子さんが閉店してからダンスの修行してた??当時万博公園サイクルロードレースが毎週開催されていた(万博レースは自動車の侵入でゴール勝負の集団が正面衝突しケガ人を多数だして永久に開催中止になった)
 万博は東千里店から近く、レースに参加していた選手たちも店に来ていた。
 僕は下田さんに3本ローラーは自転車に絶対必要、店頭に置いて誰でも乗れたらいいと思う、とアドバイスしたら、すぐ店頭に3本ローラー置いてみんなが使ってた。箕面の勝尾寺でヒルクライムレースを開催したり、僕も手伝った。あさひは大阪の都島で「こども乗り物あさひ」という店を下田さんのお父さんがやっていた、この店はスポーツ自転車など扱っていなくて普通のママチャリを扱うお店。僕は近くを何度も通りすぎていたけど行ったことはなかった。

 下田さんは東千里店をロードやMTBを扱うスポーツ自転車の店にしていた。まだ大阪の街にはワイズロードもカンザキサイクルもなかった時代。日本の自転車屋はスポーツサイクルでは食えない、ママチャリで食ってるとよく言ってた。そうなんだろうな・・・あんまり整備は得意ではなくてカンパの整備はこうすると見せてあげたら、回転が変わったと驚いてた。

 あさひは東千里店ひとつだけの時代は5年位?あったと思う。その時代は僕もよく行った。奥さんは宮城の人で実家帰ってきたと「海苔とか」おみやげもらった。そのうち店にいっても下田さんはいなくて奥さんだけが店番する時代になり「店できる不動産探して全国飛び回ってる、自転車屋じゃなく不動産屋みたい」と奥さんがいってた。当時僕は趣味でドラマのシナリオ書いていて、ある全国コンクールで優勝し楯もらったので、優勝したよと見せにいったら、シナリオ読んでくれて。この楯飾って置きたいから貸してと言われて、何ヶ月?か下田さんの家に飾ってた。

 ドラマのシナリオ好きなんだ下田さんって本当は芸術家肌なんだろうなと思った。それからサイクルベースあさひは全国展開し一部上場企業になっていくんだけど、僕はビジネスマン下田さんの顔はよく知らない。

 あさひが東千里店ひとつだった時代、どんな自転車屋を作るか模索し、夜、閉店後、店の前にテーブル並べて、音楽ライブやったり、3本ローラー乗ったり、みんな青春?若かった。そのスタートラインの時になぜか僕も一緒にいて遊んでた。面白かった。

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ディープインパクト 2025/07/01 (火) 21:15:23 修正

そうだったスルーアクスルのクロスなんて、ないですよね。ロードが全部スルーアクスルになればロード用ホイールをクロスに使うなんて不可能。そこ見落としてた。リアエンド142mmもないし、フロント軸12mmなんてのもないし、ことごとくスルーアクスルの前と後で分断されてます。ディスクとリムブレーキというより、スルーアクスルかクイックかでフレームが互換性なくなった。

 ピストもロードと互換性なくなってしまったし、ダメだった時のつぶしが効かなくなっちゃいましたね。ピストのホイールをロードに入れて走るみたいなことは今後不可能、自転車のレベルアップをレース用機材を使ってやるみたいな芸当ができない時代。このスルーアクスルの規格も何年続くか・・・。

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ターニー 2025/07/01 (火) 20:50:26

因みにアイカンだと、上記の同等ホイールがこちらになります。買おうとしてたホイールになります。

今回、購入は流れてしまったので、アップします。買わないなら、売り切れても大丈夫ですからね()
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ターニー 2025/07/01 (火) 20:43:28

kapaさん、お気遣いありがとうございます。
>視野が狭くなっているのではないかと思ってクロスを提案しました…

的を射てるので、大丈夫です。

>・ディスクブレーキ用のクロスに使えるホイールは重いのしかない?(ロードにはある?)

ごめんなさい、ありました。走るペンギンさんの書き込みで気づきました。書き込み当時は、カーボン製リムのホイールがなかったと勘違いしていました。

>・フラットバー用の電動シフターが無いという事ですか?

あるのですが、フロントシングルが多いです。シングルの多段はペダル回す感触が重いので、なんか敬遠してしまいます。
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道場長、ありがとうございます。既知のことと思いますが、載せておきます。
エンドの規格は現在、二種類あります。
クイックシャフト径 9mm(10mm)  F:100mm R:135mm ディスクブレーキ初期
スルーアクスル径 12㎜ F:100㎜ R:142㎜

フロントは12㎜スルーアクスルで、リアは135㎜クイック9㎜なんてフレームもあります。
スルーアクスル→クイックシャフトへは、変換アダプターを介せば、一部のモデルで使えます。でも根っこは別物です。
スルーアクスルは主流なので、カーボンホイールが選びやすい印象です。

走るペンギンさん、
>ターニーさんやる気ありますね…

ありがとうございます。それが仕事みたいなものですし…作業機会も増えていて、焦っています。(Di2は稀ですが、油圧ディスクブレーキは増えた)

エリートホイールのコレとかですね、変換アダプターは滅茶苦茶嬉しいですね。ありがとうございます。
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走るペンギン 2025/07/01 (火) 19:39:07 e073a@9d03b

ターニーさんやる気ありますね、見習いたい。私は機械式のディスクを練習するため以前に買い物したんですがその時の話。

クロスだとクイックでF100ーR135のディスクっていう割と初期の規格が残っているので、カスタムしたくて良いホイール探すとあまり無い、最近はスルーアクスルが多いですし。一台体制だとロードは用途が限られる、でも重いクロスだと乗るたびに楽しく走れない、気分が乗らない。

それで結局自分はElitewheelsが一番コスパ良かったです。3~4種類くらいQR135対応のディスク、カーボンがあって、今ははフックレス対応軽量ホイールもあって、ちょっと見たら1200~1600g台。シマノより品質管理は高くないけど振れ取りできる人なら十分良いし安いです。

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ディープインパクト 2025/07/01 (火) 10:51:41 修正

第6回 アルミフレーム登場
 クロモリフレームしか無かった時代、初めて見たアルミフレームはズノウに来ていた川崎さんが乗っていた。ALANとバッジがあった。これがアルミなんだ、ジロジロ。フレーム軽いんだろなと持ってみると、それほど軽くなかった。当時一番軽かった石渡のクロモリより少し軽い位。フレームは溶接ではなくラグに接着。剛性はほとんどなく柔らかくて乗り心地は抜群。アルミフレーム=乗り心地いい=柔らかいという情報がインプットされた。
 僕が初めて買ったアルミフレームはブリジストン レイダック。これも乗り心地抜群だった。それから時代が下ってGIANT R3買ったんだけど、これがガチガチで地獄の腱鞘炎マシン、トレックもスペシャもアルミは硬さを競っていた時代、とても乗れたフレームではなかった。その代わり反応素早く走りはよかった。ALANもレイダックも反応悪かった。もうアルミ最悪時代が続く。

 fuji アブソリュート3.0のフレームを買った時に、どうせまたガチガチだろと期待してなかったけど、すべるような走り、クロモリより振動吸収がよく、レイダックのような頼りなさもない。これ最高!しかしfuji最高時代はそう長くは続かなかった。3.0のフレームはアメリカ製でfujiはアメリカの会社。昔、日米富士という会社が日本にあったけど倒産?してアメリカに行きfujiになった。アブソリュートはアメリカ製アルミフレーム。フジは競輪ピストフレームも供給していてピストの会社のイメージが強い。

 と何十年分の歴史を数行で語ってしまったけど、ALAN時代はアルミフレームは羨望の的、乗ってるだけで注目された、でも川崎さんそれほど速くなかったので、あまりいいフレームじゃなかったのかも?見た目はかっこよかった。レイダックが出た時、値段も安かったので試しに買ったけどクロモリの方が走ったので飾りで置いてた。

 今はアルミは戦闘的なフレームが多い。カーボン全盛時代だけど一発逆転を狙えるフレームがアルミにはある。ただ乗り心地は厳しいので美容と健康には悪いかも??

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ディープインパクト 2025/07/01 (火) 07:37:38 修正

5,069kmって僕と全く一緒、今日暑くって朝走るのやめた、7月は激減りしそう。

3本は高圧で乗るので、どうしてもリム割れますね。ケガしないように気をつけて。

186.1㎞も走ったら十分です。暑すぎるので無理に走らないで熱中症気をつけて。

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ディープインパクト 2025/07/01 (火) 07:34:45

>・フラットバー用の電動シフターが無いという事ですか?
MTB用はフラットバーです。DEORE XT M8250とか
https://bike.shimano.com/ja-JP/products/components/pdp.P-SW-M8250-IR.html
>・ディスクブレーキ用のクロスに使えるホイールは重いのしかない?(ロードにはある?)
エンド幅さえ合えばロード用をクロスにも使えるので、ロード用を使えばいいです。
というかクロス用ホイールってあるのかな??700cならロードと共通だと思うけど。その点はリムブレーキもディスクブレーキも変わらないと思います(ディスクあまり知らないので間違ってたらツッコミ歓迎)
 RS21も分類でいえばロード用だけどミストラルでも使えるしマイパラス501でも使ってる、僕の社用車もホイールはロード用。ディスクはリムブレーキより応用効きます。エンド幅させ合えばタイヤの大きさなんて違ってても使えますから。円盤の相性??はあるけど・・

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ターニーさん
無知で申し訳ないのですが、
・ディスクブレーキ用のクロスに使えるホイールは重いのしかない?(ロードにはある?)
・フラットバー用の電動シフターが無いという事ですか?

視野が狭くなっているのではないかと思ってクロスを提案しましたが、分かった上でロードが欲しいというのであれば欲しい物を買った方が良いと思います。
余計な提案でした。

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ターニー 2025/06/30 (月) 23:27:26

今月は 186.1㎞でした。特にヒルクライムはしてませんが、上々です。
たまの通勤と買い物しかしてませんが()

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ギアント 2025/06/30 (月) 20:54:36

2025年折り返し
700cクロス
1月:242km 2月:150km 3月:143km 4月:332km 5月:160km 6月: 86km
700cロード(3本ローラー)
1月:480km 2月:373km 3月:451km 4月:515km 5月:478km 6月:425km
20inchママチャリ
1月:142km 2月:105km 3月:108km 4月:106km 5月:161km 6月:194km
24inchママチャリ
1月:105km 2月: 94km 3月: 60km 4月: 40km 5月: 91km 6月: 28km
全部で5,069kmでした。
3本ローラーで使用しているホイールのリムが割れてきました(使用約5年・ローラーのみ)。前輪だけかと思ったら後輪にもヒビが見つかりました。距離伸びない言い訳として。
https://www.jetsetrims.com/product-detail/JS-340L/
実測では350g、ハトメ無しでした。
とりあえず実走で使ってなくて良かったです。
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ディープインパクト 2025/06/30 (月) 00:11:33

6月走行距離は1000km画像1
 今月は4日間ドクターストップかかったり、梅雨で雨多かったりで乗れない日が多かった。元旦からの走行距離5000kmはなんとか達成。来月は猛暑でたぶん走れない、目標は800km、現実は400km?7月8月は命が危ない季節。地球温暖化やめてくれぇ。

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ディープインパクト 2025/06/29 (日) 15:49:19 修正

第5回 カンパの達人に会いたい
 競輪選手はカンパの部品を使えなかった。初めてカンパレコードを見た時、とりこになった。欲しい、3本ローラーとホーザン振取台を合計したよりクランク1本の値段が高かった。僕は親父とは相性悪く、小学4年で家を出て自活していた。親父はケンカが生き甲斐のような人で梅田界隈で親父を知らない人はいなかった。勉強をしろと言われたことはないけどケンカで負けたら帰る場所はなく腹切るしかない、口より鉄拳が飛んできた。小学2年の時、近所の土建の組と親父が乱闘になり1対20人、さすがの親父もボロボロになり僕一人現場に残して消えた。それから数時間後、3人の殺気が歩いているような助っ人を連れて戻ってきた。
 その中の若い、アルカポネのようなハットを被り黒のスーツを着た兄ちゃんが懐に手を突っ込み「おまえらプロかアマか」と聞いた。ピストルのカチャッという金属音が響いた、20人のおっさんが凍った、殺気で時間が止まる、ケンカにはならなかった。20人が親父に土正座。僕は大人の本物のケンカを見た。

 アルカポネの兄ちゃんは15歳の時に一人で日本刀を持ち組事務所に殴り込み7人を切って壊滅させた人物だった、小学2年の時はそんな経歴など知らず呆然とみていた、漂うオーラと威圧は半端じゃなかったのはわかる、親父は常に正々堂々真剣勝負だった。絶対ひかない、人に頼まれればやり切る。しかし、すぐ殴ってくる、顔がパンパンに腫れ上がるくらい毎日殴られた。そしておふくろも殴った、毎日殴られると慣れてパンチが見える。小学校3年頃にはパンチを見切れるようになってた。小学校4年の時、おふくろが大けがするくらい殴られた、僕は我慢できず親父をつかみ「女を殴る男は最低だ」と言った、押さえた時勝てそうな気がした、親父こんなに小さかったかな。その後10発くらい殴られた、僕は親父が死ぬまで一発も殴ったことはない「殴れば負けだ」勝てる相手を殴ってもしかたない。
 でも自分が最低と思ってる親父に面倒みてもらってる俺はもっと最低?とこの時思った。自活しよう家を出た、おじいちゃんの借家の部屋をひとつただで借りた。それから生活費は全部自分で稼いだ、高度成長期の梅田にはいくらでもバイトがあった。当時教師に給料聞いたら僕の稼ぎより少なかった、でもカンパレコードのクランクを買うには2ヶ月はかかった。
 
 カンパレコードクランクを買った夜、うれしくってクランクを抱きしめて寝た、うれしくって興奮して寝れず、何度も眺めた。それからカンパをひとつひとつそろえていった、師匠には競輪で使えない部品を使うなと怒られた。僕の人生でチネリとカンパは別格。でも整備がわからない。変速なんてシマノと同じやり方してもスムーズに動かない。どう整備する?謎だ。カンパの整備方法を知りたい。
 そんな時、街道練習ですれ違うレーシングチームがあった。自転車はカンパで組まれている。名前はズノウレーシングチーム、工房は旭区にあった。自転車屋ではなくオーダーフレームの会社。競輪選手にも供給していた。ズノウに行った時、表にオールカンパのロードが置いていた。FDの角度、隙間などを観察していると店内からビンの底みたいなメガネを掛けた社長さんが出てきた。カンパの整備のコツとかあるんですか?と聞いてみた。それ動かしてみ、動かすと僕のFDと同じところでもたつく。これ変速おかしいです。カンパはそんなものと返答、ただすごいカンパもあるという。当たり外れがあるそうだ、いい物はものすごいいい、3個に1個くらいかな?。こんな高価なもの3個も買えないよ。結構なバクチ。

 ズノウの店内にあるロードはカンパだらけ、大阪中のカンパがここに集まってた。ズノウには地下があり、そこでフレーム製作していた。僕が行った時、中川さんがフレームを作ってた。社長さんが作ってたのは見たことがない。ズノウのフレームは「速い」レースに勝てると評判だった、そのズノウ、中川さんが製作してたかも?(と思う)。中川さんはその後独立しnakagawaフレームを製作、あさひと組んでミネルバも出した。nakagawaのフレームがどれだけ優秀かは使っている人ならみんな知ってる。
 クロモリでは長沢と並ぶ歴史に残るフレームです。つづく

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ディープインパクト 2025/06/29 (日) 00:19:53 修正

第4回 長 義和
 長さんはスクラッチ(今のスプリント)の選手で高校時代に日本一になりオリンピックで日本人初のメダルを狙えると言われた怪物。僕が長さんと会ったのはスギノレーシングに入り、敵無しの全盛期。長さんと練習で会ったのは2回、スギノの赤いユニフォームを着て走っていた。僕は梅田から阪奈道路を抜け伊賀上野まで街道を走っていた。阪奈道路は当時有料で頂上に料金所があり、大阪選手会は無料で通れた。僕はまだ中学生だったけど阪奈クラブの選手たちと走り師匠譲りのダービーとかオールスターのユニフォーム着ていたので競輪選手と思われて顔パスだった。今の阪奈道路は車多すぎて走る気がしない、でも有料道路時代は空いていて走りやすかった。大阪側の下から料金所まで一番早い選手は11分で登った(師匠が一番速かった)僕は師匠には負けたけど他の選手よりは速かった、12分位だった。

 当時S1選手と互角に走れたので天狗になっていた。俺は強い、負けない、なんて速く走れるんだろう。この自信はある日、一気に崩れ去った。いつも午前4時に梅田を出て9時に帰ってきていた、その日は寝坊して朝出るのが遅く阪奈を7時位に走っていた、いつもは自動車がいないガラガラの道を走る、でもその日はトラックも多く通勤ラッシュが始まろうとしていた。阪奈道路は2車線の有料道路、僕は左端を走って登る、速い乗用車が追い抜いていく、別に自動車に抜かれても気にはならなかった、自転車なんだから自動車より遅くて当然、まして山の登り。ところが追い抜き車線をゴォーと自動車を抜いて走っていく1台のロードバイク。うそやろぉ、ユニフォームは赤にスギノの字。夢見てるのか?

 スイッチが入った、自転車を追い越し車線に出す。車より速く走らなければ追突される。前方のスギノのユニフォームを追う、メガネ。長さんだ!関西実業団大会スクラッチ決勝で、長さんはとんでもない技を出した(あんなことをするのは後にも先にも長さんだけ)絶対忘れない強烈な記憶。追い抜いてやる!必死で追ったけど抜けなかった。速い!次元が違う。長さんは10分を切ってたと思う、師匠よりも速かった。

 阪奈で会ってから半年くらいした寒い冬の朝、大阪の内環状線を放出から緑橋へ白のダウンを着て、追い越し車線をぶっ飛んで走るロードに会った。自動車が点になりぶっちぎっていく。長さんだ、一目でわかった。スギノは東大阪にあった、通勤だったのかな??あまりにも速すぎて、追いかけようとも思わなかった。長さんは思考回路が常人ではない、逸話がいろいろあるけど今は秘密にしておきます、やばいので近づくと大火傷する、遠くから眺めるのが身のため。僕も周囲からぶっ飛んだ人間と思われていたけど、自転車の常識をことごとくぶっ壊し、ここまでやっていいんだと見せてくれた長さん。大阪の街で同時代を走れたのは、とてもラッキーだった。

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ディープインパクト 2025/06/28 (土) 23:26:40

>電動変速機の整備技術
あんなん技術かな?ボタン押して幅調整するだけやん、誰がやっても同じ。
電波届かないとか電池あるけど動かないとか・・・そういうのを修理するのは技術?・・・でも壊れててユニット交換するのは技術かな・・・人間が触れる幅がほとんどないものを技術と呼べるのか、疑問です。

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ターニー 2025/06/28 (土) 20:38:42 修正

正直、油圧ディスクブレーキの整備ならコレ買っとけばいいでしょ、と思われるでしょう。
https://ec.cb-asahi.co.jp/catalog/products/30d21f9bbb3c47789ae0683c9371836d

これ買ってM501捨てるのもなぁ…捨てるなら、現状のM501パーツ活かして、引っ越してやりたい。

※パンサー マスター(フレーム単品の場合44000円)→https://www.panther-bike.com/#/index/products/detail?id=522f13484b72476f96018172e41e61ab

※もはや油圧ディスクブレーキですらないやんッ(笑)

追記。
※部分
アルミフレームに細いタイヤしか使えないんだから、体が悲鳴上げるだけでした。血迷いました、すみません。

5
ターニー 2025/06/28 (土) 20:21:07

kapaさん、正論です…原因は僕の我儘でしょう。

確かに油圧ディスクブレーキの経験値は、クロスバイクで積めます。ただもうヒルクライムを重たいホイールで走れないです。そして前後クイックで軽いホイールが、アレックスリムしかありません。
例:ブーンドックス3→https://www.riteway-jp.com/pa/shop/10568/

WH-RS010で懲りました。(信頼性耐久性がピカイチですけれど、ヒルクライムするには僕の脚質が弱過ぎた)

>ロードの意味…については、

僕自身の油圧ディスクブレーキと電動変速機の整備技術の向上。そしてこのふたつの機能をどうせ買うなら、ロードバイクがいいという理由です。

4

ハンドル上げる前提ならばロードの意味があまりないのでクロスバイクでも良いのでは?

5
ディープインパクト 2025/06/26 (木) 21:10:59 修正

第3回 整備の達人はどこにいる?
 自転車屋は山ほどあるけど、整備がまともにできる自転車屋は日本全体で3軒くらい。僕が全国の自転車屋を回って感じたこと、有名な自転車屋でも本当にひどい。僕の回りには競輪選手が沢山いた、特別競輪に常連で出ているs1選手もいた。競輪選手は自転車のプロと呼ばれる、しかし現実にはママチャリのパンク修理もできない人もゴロゴロいる。というより強い選手は整備をしない人が多い。私、走る人 あなたメカニック。

 あまり自転車をチマチマ気にする人は強くなれない。競輪選手に限らずアマチュアでもトップクラスの選手は整備は嫌い?だから僕みたいな整備マニアはレース会場で捕まり、この決戦ホイール振ってるの直してとか、何か調子おかしい見てくれとか「もう次のレース1時間切ってるのに頼まれた」
 僕なんか予選で負けてるし暇だし、自転車見ると、こんなひどい状態でよく準決まで残れたなと驚くほどひどくて、こんな自転車でも強い人は勝つんだと思った。僕だったら負けた原因を自転車の整備にしてるかも??やっぱもっと大きい器にならなければと反省。それでホイールピシッと組み直して、それで優勝。やっぱあのひどい状態でも勝ってきたんだから抵抗減らしたら絶対優勝する。レース後「ありがとうホイール軽かったわ」と優勝のお礼言われた。

 ということで競輪選手で整備教えてもらえそうな人はいなかった。ハンドルのセンターにものすごいこだわるとか1カ所だけの整備が飛び抜けている人はいたけど、トータルで整備を教えてもらえそうな人はいなかった。選手って「なんでわからん」と鉄拳が先に飛んでくるので、なるべく近づきたくなかった。よく競輪選手の店という自転車屋があるけど・・・僕なら触らぬ神に祟り無し?
 自転車で走っていて自転車屋があると飛び込んで親父の整備スキルを見る。そんなことを続けていて、やはり自転車屋で整備スキルが高いと思う人はいなかった。僕がトモダで最初に買った物は3本ローラーとホーザンの振取り台、自転車では運べなくて、電車で行って持って帰った。自転車をやると決めた時にこの2つの道具は絶対必要だった。振取り台は小学校6年に買ったけど今でも使ってる。だけどホイールをどうやって組むのかが全くわからなかった。今みたいにユーチューブはなかったし、自転車整備の本もなかった。しかたないので古い競輪のホイールとゴミママチャリホイールをもらってきて、それを分解して組み、何度も分解して組み、どう組むのか考えた。競輪ホイールは間違った組み方すると変形してしまい元に戻せなくなる、珍しい木のリムは一度組んで見事に割って(折って)しまった。

 ホイール組は一発勝負の世界・・20回位組んでわかった。ママチャリの鉄リムホイールは振れが取れなかった、自転車屋の展示品を見ても鉄は振りが大きかった。競輪のアルミリムの方が幅1mm以下で奇麗に取れる、UKAIのリムは段差がどうやっても取れなかった、新家の方がクセがない。マビックは精度高く、フィアメやカンパは日本製よりひどかった。100本ほど組み修行積むと、自転車屋の親父のスキルが見えた。苦労して自分で身につけたスキルは一生の財産、50年以上自転車と関わってきて今はわかる。でも小学校や中学校の時は知らなかった。

 匠との出会い
 天神橋筋六丁目に、その会社はあった。自転車屋ではないけどオリンピック出場で使ったロードやピストが天井に吊っていた。片倉シルク、1970年前後の日本のレースを背負っていた会社。当時、競輪選手でもシルクに乗っている人が多くいた。世界一周のキャンピング車も作ってた。とても品質がよく、すごい自転車会社だと僕も一目置いていた。その大阪支店が天六にあった。
 ダメ元でスギノピストのチェーンリングを売って欲しいと入っていった。完全に会社でメーカーなので小売りはしてないのはわかってる。中からメガネでスーツ姿の少し太ったおっちゃんが出てきた。この人が大阪支店の一番偉い人で他の社員は「部長」と呼んでた。
 どうみてもサラリーマンって感じ、言葉は東京弁で関東の人、最初の印象はこの人自転車整備できんやろ。しかし全然違ってた。論理的で考えられないような整備をする。特に車輪の組み方は他の誰とも違う常識を覆したものだった。振り取り台なんかいらないよ、ホイールは全てを均等に組めば振らない。面で組む。センターを見るのも、バルブ穴から向こう側のスポークを除き、それがハブのセンターを通ってればOK。センターゲージなんかいらない、穴から覗くとセンターが見えた。

 白いワイシャツにネクタイ。7・3分けの社長さんが自転車整備を瞬時にしていく、そのスピードが常人じゃない、その格好からは想像もできない匠のスキル。僕が初めて出会った達人だった。天井に吊ってたオリンピックで使った自転車も、その人がしたと言ってた。どこの整備が難しく、どうやってしたか解説が論理的で完璧だった。週2,3度通って、いろいろ教わった。さすが片倉シルク、只者じゃない。格安でシルクのロードを売ってもらい、オリンピックで使った部品をつけてもらった。僕が初めて乗ったロードは片倉シルク。僕の整備は「部長さん譲り」中学2年の頃には競輪の決戦ホイールを組める位のスキルをつけていた。部長さんの提案で大阪支店で「実業団チームを作りたい」というので、僕がキャプテンを引き受けた、それで関西の実業団大会に何度か出たけど、シマノレーシングと団抜きやって追い抜かれたり、当時大阪大会は全国屈指の強豪が集まっていてスギノ、サンツァー、新家など名門がずらり。片倉シルクは名前だけは名門だけどメンバーはほとんど素人で週1の練習も20kmほど長柄の橋周辺を流してただけ、最弱実業団チーム。でもなんか面白かった。みんな青春やってた。片倉シルクがイベントなどで店を出すと「店番」やらされたり、いろんな経験させてもらった。

 同時期にこの部長さんと同じ車輪組をする自転車屋の兄ちゃんとも出会った。当時大学生で親が急死し店を継ぐことになったインテリの兄ちゃんだった。自転車屋らしからぬ格好とかは部長さんと同じ。いつも不機嫌そうで人見知りが激しく近づきがたいムードがあって、あそこの店はいかない方がいいと自転車仲間で評判だった。でも僕はなぜか、その兄ちゃんと気があった。あるとき車輪組みをしていた兄ちゃんがバルブの穴からセンターを覗いていたので「おおおお」と思った。そして車輪組みを観察していると、まさしく部長さんのやり方だった。この兄ちゃんもしかして達人??いろいろ話すると思想が同じ。
 こんな人いるんだ、カンパやチネリの部品を買う時、仕入れてもらった。・・・つづく

4
ディープインパクト 2025/06/26 (木) 13:54:40

 城東輪業30年以上いってないです。たぶん卸は成立しない時代ですから無くなっても不思議じゃない。僕でも部品はアマゾンで買ってますから・・自転車屋で部品買えなくなっちゃいましたね。城東輪業は小売りはしてくれなかった卸の筋を通してた。でも部品の話とかシマノの話とか聞けて全部初めてのことだったので目を輝かせて聞いてた。あと売ってくれなかったけど捨てる部品(B品)をくれた。教えてもらってシマノ城下町の堺の町工場にもいった。そうなんだ実際にシマノ部品を作ってるのは堺の町工場なんだと知った。たぶん今は工場が中国やマレーシアにあるんでしょう、シマノの品質は堺の町工場の品質。戦国時代から鉄砲を作ってきた刀鍛冶の技術がシマノを支えた。だから昔のメードインジャパンのシマノと今のチャイナシマノを比べると、やっぱり雲泥の差を感じる。堺の職人は中国にはいない??

 日本の自転車部品の最高傑作は「シュパーブ」三信、スギノ、サンツァー、ダイヤコンペが1980年代、中野浩一とともに世界の頂点に立った。部品の箱にアンカンシェル(5輪の5色線)が入ってた。カンパの箱にはいつもアンカンシェルラインが入ってた。1960年代から1980年代まで世界の頂点はカンパだった。そして80年代、日本が頂点に立った。シュパーブはカンパレコードと同じく部屋に飾っていて眺めているだけで感動できる、芸術品。サンツァーが倒産し90年代、7400デュラでシマノが頂点に立つ。今の部品って真っ黒で個性がない。とても美術品の代わりにはならない、昭和は美術品になる自転車部品を作っていた。

3
ターニー 2025/06/25 (水) 21:01:03

城東輪業は倒産したのか、消息不明(?)ですからね。時代も変わりました…

3
ターニー 2025/06/25 (水) 20:50:51

道場長、早速ありがとうございます。
完結明快で、確かにその通りだと感じました…

>Di2って電池がなければ、ただの飾り、全く意味なくなる。
ぐうの音も出ません…

>あと油圧ディスクの整備訓練にはなりません。
コンポは載せ替える前提なので、そこだけ訂正します。(純正で残るパーツは、クランクとサドル位でしょうか)

パンサーについては、セカンドグレードに位置する、ポロスという自転車がありますが、こちらもヘリオスと同じくバリバリの戦闘マシンなんですよね。
しかもリーチとスタックは、むしろポロスの方がきついくらい。
パンサー ポロス(POROS)
https://www.panther-bike.com/#/index/products/detail?id=4d221e44af8b44e5b18d9e3b5bb0b7fd
※冒頭の画像、反対である右側のジオメトリーの物です。

ポロスは見立てしなくて大丈夫です、

詳しい解説を、ありがとうございます。どーしても買うなら、妥協してプレシジョンRディスクですね。これ、M501とジオメトリーがあんまり変わらないのよね…

2
ディープインパクト 2025/06/25 (水) 18:56:07

1.あさひ プレシジョンR DISC-P
 普通 どちらかと言うと寝てる
2.パンサー ヘリオス(PANTHER HELIOS/2025モデル)
 戦闘的 走り屋

 特にパンサーは後で調整できる範囲がほとんどなく、この前傾姿勢で乗りこなせる人はいいけど厳しい人は手を出せばドブ捨てになる可能性大。画像1
ステムはハンドル一体型で角度調整不可能、一番下でのみ使えるハンドルで上にあげるのも無理。
 シートポストも特殊で下げるのは10mm位が限界。サドルの固定が難しくボルトを締めると割れる。カルマがこのシートポストでサドル動いて難儀しました。一般で街乗りで使えるような自転車ではありません。

 逆にプレシジョンRはどちらかというとクロスバイク。ロード的な動きを期待しているのなら物足りないかも、ディスクも機械式で油圧に比べればもっさりしていて、キビキビした動きを期待しているのなら裏切られるかも・・・あと油圧ディスクの整備訓練にはなりません。

 Di2はシマノ製でも「なんかなあ?」と思う動きなので、シマノ製じゃない、サードパーティの部品は期待しない方がいいんじゃないですか(使ったことないので知らんけど)それで値段が8万円!これ安いんですか??たぶんバッテリーが最初にトラブルと思う。Di2って電池がなければ、ただの飾り、全く意味なくなる。シマノ製バッテリーでも3年寿命くらいなので、これ2年もつのかな??値段がものすごく高いので使い続けるには電池代バカになりません。維持メンテナンス費用も考えて構成組まないと思う以上に高くつくので気をつけて。

 電池って使わないで満タン放置が一番劣化します。新品で1度も使わなくても劣化は進むので3年で寿命なら使っても使わなくても3年で交換になります。

2
ディープインパクト 2025/06/24 (火) 12:03:41 修正

第2回 自転車の街 大阪
 近所の自転車屋の親父から部品は城東輪業から買うと教えてもらった。会社の場所は玉造、さっそく訪ねた。店内は部品だらけの倉庫、その中にカタログのような一冊の本があった。社員さんがその本を見て電話で商談している。この本どこで売ってるんですか??桃谷のトモダが出しているよ、玉造から桃谷は環状線の駅で2つ、自転車だと10分位??
 城東輪業は部品の小売りはしない卸売り会社。部品は売ってくれない、でも店にあったニップル回しにひと目ぼれした、これ売って欲しいと無理に頼んで買った。城東輪業製のニップル回し、16番がついている。UKAIという競輪用リムのニップルが16番で、他のどのニップル回しでも滑ったけどこの城東輪業製だけは回せた。車輪組み修行で一番使った城東輪業製ニップル回しとこの時出会った。

 城東輪業に教えてもらいトモダにいった。競輪ピストを店頭で止めるとおやっさんが出てきて、これ乗ってきたんかとジロジロ見る。僕は当時、自転車の部品名も言えないド素人、トモダの店内にはガラスのショーウィンドウにカンパやユーレーなど貴重な部品が並んでいた、非売品も多い。城東輪業に置いてあった本が山積みされていた。僕の目当てはこの本、名前は「ワールドパーツ」。トモダは世界中に自転車部品を通信販売していた、その販売に使っていたのがこの本。1万点ほどの部品の写真と値段が掲載されている。値段は800円、かなり高かった。でも買った!

 僕はこの本がボロボロになりページが分解するまで何度も読んだ。僕の自転車部品の知識はこの本で作られた。そしてトモダで現物を見た。昔は自転車の部品の実物を購入前に見て触り買った。
 今は部品を手にとって見れない時代、僕が大阪の自転車屋を探検していた頃、部品は目の前にあり手にとって確認ができた、トモダにはカンパもチネリもあった。トモダのおやっさんは儲けを全部部品購入につぎ込む、自転車愛にあふれる本物の自転車屋だった、でも整備はほとんどしなかった。おやっさんのすごいとこは整備ができないことを隠さず、これはできんと正直に言った。ほとんどの自転車屋は(大人は?)本当は整備できないのに(小学生相手にかっこつけたい?)できないことを認めず、触って壊す。そして言い訳する。しかしトモダのおやっさんは最初から出来ないことは出来ないといって触らなかった。小学生相手でも自分の知らないことは聞いてくるし、競輪ピストのフレームの話などもいろいろした。この潔さと自転車愛はすごいと思った。僕は最初に本物の自転車愛を持った自転車屋と出会った。

 シマノはデュラエースを出し、今のアルテと呼ぶクラスをシマノ600として売り出し、まだ105は出ていなかった。当時のデュラは品質がイマイチで競輪選手はクランクはスギノ、ハブは三信を使った。僕もデュラのクランクを使ってみたけど剛性がイマイチでたわんだ。デュラのクランクがまともに使えるレベルになったのは7400から、それまでのクランクは弱くて、アマはカンパ、プロはスギノを使った。しかしハブとスプロケは600は結構よかった。クランク以外はシマノは使えた、特にフリーについてはシマノは世界一。カンパはスプロケを製造していなくてボス式時代はレジナに丸投げだった。

 シマノはハブにフリーが一体でついているカセットフリーを発明し、これで最少ギアが11使えるようになった。ボス式時代は最小14しか使えなかった。サンツァーのボススプロケは耐久性がなく音がうるさかった、だからカセットフリーを一度使うと2度とボスは使いたくない。当時ボスは5速がMAXだった、しかしシマノはカセット化したことにより6速、7速を出した。

 イトーの兄ちゃんとの出会い。
 僕が部品を買ってたお店は大阪守口市にあるイトーサイクル。ここはネジ一個、ベアリング1個から販売してくれた。アマゾンもネットもない時代、イトーに行けば倉庫の中から兄ちゃんが必ず探し出してくれる、どんな部品でも値段をすぐ答え、出してくる、この人の頭の中は自転車の知識で埋まってる、イトーにはオタクのおっちゃんが集まる、店に来る自転車はとんでもない改造。この部品、こんなとこに付くんだ!自転車を見るだけで発見した。

 僕のピストは前後クイック仕様、固定ギアユーザーは少なく部外者?。イトーを中心に大阪のオタクが集まっていた。イトーサイクルを知らない人間は大阪で自転車を語るなかれ・・・イトーの兄ちゃんと勝尾寺で一度会った、なんかヒョロヒョロ走るオールカンパでフレームのラグが美しいチネリの自転車。何者?、イトーの兄ちゃんだった。納得・・、イトーらしさがにじみ出てるやん。イトーの兄ちゃん坂登るのこんなに速いんだ、勝尾寺も来てるんだ。

 僕にとっては兄ちゃんだけど、もうみんなじいちゃんの年齢。トモダもイトーも10年以上行ってない。自転車屋って整備下手なんだと教えてもらった。本当に整備極めたいなら自分でやるしかない、僕にとってはそれを早い段階で教えてもらえた、そして様々な自転車部品を見せてもらい触り、「芸術品」だと感動した。昔の自転車の部品は置いておくだけでも、キラキラ輝いていた。
 
 イトーやトモダで自転車部品を見ている時間は博物館で美術の展示品を観賞しているみたいだった。少年時代いい時間を過ごしていた。イトーもトモダも大阪では有名自転車店だったけど、いいかっこせず整備は他でやってもらいと部品販売に徹していた。整備を極めたい、達人を求めて、あちこちの自転車屋に行った 第3回 整備の達人はどこにいる?につづく

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ディープインパクト 2025/06/19 (木) 22:34:39 修正

第1回 僕の自転車生活のはじまり

 僕が自転車と初めて関わったのは師匠にオールスター競輪で3連勝したピストを頂き、それに乗り始めたこと、最初からアマチュアで走るつもりはなく、めざすのは競輪のみ。固定ギア競輪ピストから自転車を始めたのも後から考えると異常だったけど、競輪シューズをペダルに固定しフラペ禁止だったので停止する度に転倒の繰り返し。

 一番最初に覚えるのは転倒しないためのスタンディング。30秒止まれないとあちこちでこける。保育園児の横断待ちで耐えられず転倒し、こけてもストラップのベルトを緩めないと足が抜けないので、こけたまま。保育園児が「この兄ちゃんなんでこけたまま動けないんだろ」と不思議そうな顔でこちらを見て横断していった。ガチガチに締め込んでるので、こけても足はすぐには外れない、焦れば焦るほど足は抜けない。

 自転車に乗れるというのは静止できるということなんだと思った。走るより前に止まれるようにならなければ道路に出れない。世界戦ではバンクで5時間静止してレースをする(当時のスクラッチレースでは30分以上の静止はザラ。僕は分どころか30秒の静止ができなかった)スクラッチは昔の競技名で今とは違いますが昔の呼称をそのまま使います。
 
 僕が自転車に乗り始めたのは10歳、競輪ピストを頂きバンクを走ったのは11歳、その間自転車に乗った経験もなく、なんて自分は未熟なスキルしかないんだと思った。走るより静止、徹底的にスタンディングを練習した。師匠のピストはシートが530mmあった、当時の僕の身体には大きすぎてギリギリ乗れただけでコントロールができなかった。ピストのサドルは細くて乗る部分が少なく、ずり落ちた。ハンドルはタイヤより下が定位置で前傾が半端ない、僕は器械体操が得意だったので身体がものすごく柔らかったので、あんな極端で身体に合わなかった自転車でも乗れたのだと今ならわかる。

 というか、あんな凶器みたいな自転車小学生に乗せるなよ!今ならパワハラ人殺し。テレビで星一徹がちゃぶ台ひっくり返して星飛雄馬が大リーグボール養成ギブスをつけてた時代。師匠がオールスター3連勝した自転車で走れないのは自分の実力が足りないせいと疑わなかった。昭和って無茶苦茶が通ってました。結局、身体が大きくなってフレームに体格が合うまで、このピストはうまく扱えなかった。

 あるとき僕はなんてスキルが低いんだと思ってた時、同級生が乗ってたジュニア車を借りて静止してみた。なんと1分くらいは静止できた。それから近くの学校運動会で自転車遅乗り競争に近所のおばちゃんのママチャリで参加したら圧倒的遅さ(みんなはゴールしてるのに僕はスタートで静止していた)で優勝した。この時、俺静止一番うまいんちゃう?と自信持った。スタンディングが下手だったのは身体に合ってない競輪ピストが原因、でも師匠にはそんなことは間違っても言えない。それから自分の身体に合った自転車を作ろうと決心した。でもどうやって??当時、整備も含めて自転車の知識はゼロだった。

 まず近所の自転車屋に行ってみた。競輪ピストを乗っていくと珍しくジロジロ見られる。2~3質問すると「この自転車屋はピストを触ったことがないド素人」とわかった。ママチャリしか知らない自転車屋ばっかりだった。当然僕が作ろうと思っている自転車の情報はない。師匠はどこで部品を買っているのか聞いてみた。「競輪開催日に競輪場に売りに来る業者から買ってる、整備もそこでやってもらってる」開催日に僕がそこに行って買うことはできる??「それは出来ない、開催期間中は出入りは厳重に監視され選手も宿舎に缶詰になる、部外者は絶対入れない」

 どこに僕が求める自転車屋があるんだ・・・大阪の街を自転車屋を求めて走り出した。

 第2回 自転車の街 大阪 へつづく