かとかの記憶

富野由悠季 周回

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富野由悠季監督作品・著書の周回ログ。現在は主に小説作品の再読整理中。

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エッセイ・対談集等 (随時追記)

主な記事

katka_yg
作成: 2025/02/27 (木) 08:20:30
最終更新: 2026/02/02 (月) 13:46:50
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149
katka_yg 2025/04/23 (水) 23:33:19 修正

ザギゾア

ザギニス・ゾア! 通称ザギゾア。まず名前が面白い。三巻でクリスと初の邂逅となる、アシガバ軍の若き俊英。わかりやすく「ライバル」として設定されてる強敵……だが。

傲慢で野心家の青年という一群の系列があって、それは「シャアのイメージ」とはもともと違う特殊な興味だという話をしてて、『Vガンダム』のクロノクルまで下るともうちょっと違う、とも。この通読だとわたしはシース・シマーが一番いい劇の役回りだと思ったのだった。ザギゾアはこの最初面白いんだけど、右往左往する間に普通の悪党の定型に逆戻りしてしまうような……でも、今回わたしの興味も新たになったので、ザギゾア楽しみに読んでいこう。『ザギゾアから留美子へ』という題もあるしね。

「俊英」という言葉にはなんのこだわりがあるのか、くり返し使われる。面白いのは、『オーラバトラー戦記』あたりの本の著者紹介には著者・富野由悠季のことも「アニメ界の俊英」と紹介されてる。この後に続くのはやはり、「カロッダの俊英」マラーク。阿呆の子の意味。

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katka_yg 2025/04/23 (水) 23:55:03 修正 >> 149

クロノクル追記

クロノクルについては、今回読み直したのでは少年時代のヤクザ気分と、その上に薄く被っている現在の実直さ……のほうだった。クロノクルはむしろ「若者らしい野心に乏しいこと」が弱みのようで、傲慢さよりは端々で気の良い普通さが出る。

ただし、クロノクルがベスパ士官として実直な仕事をするようになったといって性根が誠実な人かというと、本人が誠実に振る舞おうとしても不自然すぎる地位のせいで、客観的には誠実な行為の示し方になってない、カテジナにも「これはお妾さん扱い」と見透かされていた。そういう弱みは読者によっては駄目が入るかもしれないが、カテジナはでもその彼が嫌いではないみたいな、コミカルな描かれ方だ、と。

そもそも――またシオ文学観の話だが――愛情はロマンチックな情熱だけではない、男女の打算でくっついたり、お互いに傷の舐めあいでやってる自覚でいながら切れずにダラダラ続けてしまうこともある。クロカテは思いっきり自己満足と慰め合いでしかないが、「愛は育てるもの」と思えば、どんな不自然な結びつきにも未来にそう思える芽はある。だからコミカルに(可愛らしく)見えるのかもしれない。

151
katka_yg 2025/04/24 (木) 00:46:09 修正 >> 150

カテジナ目線でクロノクルがどういう青年に見えているかは想像できるけど、「女王の弟」(リアル王子様)という要素はそこに入ってない。クロノクルは感心なことに自分で言ってないし、後では知ったろうがもともとその打算はない…。

一方でカテジナが知ってるクロノクルは、それも現在の彼の社会的なポーズで、彼の少年時代までは知らない。白いガンダムの地球以来の経緯が結びついて一挙に憎悪が噴出してるクロノクルのスラム街メンタルはカテジナにはわかってない。クロノクルの生い立ちの要素はやはり小説版かぎりで、アニメに反映して語れず惜しい。

――どいつもこいつも寄ってたかって俺のことを踏みつけにしやがる。それだけがこの街の全てだ
そういう思いがずっと染み付いてるだろうのがウーイッグのお嬢さんに埋められるかな……お嬢さんはお嬢さんだろう。

152
katka_yg 2025/04/24 (木) 12:26:32 修正

シャアブル

ザギニス・ゾア=ザギゾアという名前の略し方は独特で、バイストン・ウェルのコモン人の名前が長い人物一般にそういう略称がされるわけでもなく、それでいてアシガバにもメトメウスにもニックネームとして違和感なく通用しており、誰もあえてそのことに触れない。普通に「ザギニス」と呼んでそんなに長いわけでもない。愛称として本人が積極的にその呼びを広めようとしているクリム・ニック(クリムトン・ニッキーニ本名)に近いかもしれない。

シャア・アズナブルとシャリア・ブルが名前が似ててまぎらわしいとは古今だれしも思ったはずで、きっと一年戦争中の兵卒には、

『シャアブルなあ……有能にはちがいないが、どうも純朴すぎて世間で他人を食ってでもグイグイ行こうという押しに欠ける。人格的には良い人なんだが本人が板挟みになってるのが見てて居たたまれないんだよな。ロマンチストなとこは絶対良いとこなんであれで野心か女性関係のスキャンダルでもあれば……えっ赤い彗星?――ごめん俺ふつうに勘違いしてしゃべってたわ。ところで、誰それ』

のような作為的に取り違えて語るテンプレだっただろうとは疑いない。

153
katka_yg 2025/04/24 (木) 12:49:13 修正 >> 152

ほかに、「ゾア」というのがゾア家の家名や氏族名ともかぎらず、彼固有の称号、冠称として与えられたもので「俊英ザギニス」のような意味があるのかもしれない。そんなことは作中でさっぱり追われないから、不思議のまま。

154
katka_yg 2025/04/24 (木) 22:10:05 修正

「戦闘集団」の話は、古代には軍の進む後におびただしい女子供、民間人がついて移動することはよくあった。軍団の駐屯場所で商売する人々の話は『オーラバトラー戦記』に一章割かれてる。
進軍したらその先に入植する予定でついてくる群集なら家族と全財産を担いでいるし、初期の十字軍なんかは浮浪者の群れに見えたとか。『ガーゼィ』のメトメウスも一民族のエクソダスなので、荷馬車の列とそれを守る戦士(武者)が混じってひしめく。足手まといのこの有り様ではアシガバ軍に襲撃されたらひとたまりもないぞ……、とクリスは集団分けを提案しようとするが。

異世界で戦争するとき、こっちで知ってる近代兵器や戦術を持ち込むだけでなく、近代的な「軍編成」を試みようとするのもこのジャンルでたぶん、そう珍しくない発想だろう。そこでノベルの作品名に詳しくないのがわたしは粗だが。『ガーゼィの翼』の微妙に独特に思うところは、その近代軍思想、そのものではなく、ケッタ・ケラスやフィロクレースにその説得をしようとしてクリスに説明できる知識はないこと、みたいだ。プロの自衛官ではないしミリタリーマニアでもない。一般人のゲーム知識で、なんとなく常識として知っている。

機動力とかの「概念の有無」を、異世界ジャンルなら勝敗の根拠にしたいんだろうとは思う。ここの興味はそれではなくて、「なぜ有利なのか」と率直に訊き返されるとクリスは答えに詰まってしまう、このキャラが今読み返すとわたしは案外おもしろい。説教臭くなって面白くないところもある。

155

『よくわからないのになぜ知っているのか』と、メトメウスの人々からすれば不思議だと思うんだよな。1巻あたりの頃は「聖戦士だからでありましょう」みたいに簡単に済んでたかもしれないところか。でもそのテーマを、面白く描くのはやはり難しそうではある。

156
katka_yg 2025/04/24 (木) 22:41:09 修正 >> 155

ゲーム浸りの現代の軟弱な若者にはシビアな現実は無理!……とは既に言ってない。「スポーツ剣道の実戦化」「にわか知識の実用化」までは、移行プロセスのいくばくかを経れば可能である、と説く。ただし、ここまでの章でまだ具体化していない「戦争と殺人」の問題に答えていない。
こうみるとクレバーな構成のようでもある。それが、Vガンダムやアベニールと時期的に連続してみえるのが言い尽くせなくてもどかしいところ。

ウッソは戦闘で人を殺して苦しまないのか……または、なぜか。サイコミュの場で殺人すると深刻な心のダメージを負うことは語られている。それはどういう意味なのか。
人の死を直に共感するダメージで人は戦意喪失するし、裏切って敵に回ったりする、そんなPTSD製造機みたいなサイコミュがろくな兵器になりそうにないが、そういう機能があることも、そのつど問題に付されずに送られるのはサイコ・マシーンが毎回破壊したり封印されて、体験もフィードバックされないからのようだ。神経細胞にニュートリノ的な直撃云々は今それじゃない。

そこのこれに、『大和男の盛りをみせよ』だ……? 日本武尊は何を言いたいのかと考えあぐねたところ。3巻の、示現流などの話は充実してて面白い。

157
katka_yg 2025/04/25 (金) 00:46:41 修正

『ガーゼィの翼』3巻読了。
わたしは既読だから全体の筋は知っていて上のような話(戦争と殺人)だが、前にも書いたように敵にとどめを刺す儀式はバイストン・ウェル物語では恒例のような「通過儀礼」ではある。

それでなくても、慈悲の一撃(クー・ド・グラース)とかは日本の武士の「介錯」ともまたちょっと違う文脈をもってて、海外ファンタジー作家も取り上げることはしばしばある。クロスボーンのときの貴族精神の話とは親和しやすいとは思うんだ。それで対人殺傷の話をするんだけど、今読み返すとどんな感想かなと思ってた。

日本武尊のことは、地氣(気脈)のはなしだから白山のシンボルであろうは、わたしは今わからなくはない。それと、その話の端で白鳥伝説の「神話のエネルギー」なる言葉がまた、ポッと唐突に言われたけど、後先ない出任せでなければそれもちょっと興味のある言葉だ。面白いぞガーゼィ……。

159
katka_yg 2025/04/25 (金) 02:25:54 修正 >> 157

不滅の英雄

英雄である日本武尊が死したときにその御霊は白鳥と化して飛び去った、という伝説である。多くの人がそれを見たと伝えられている。その目撃者が誰であったかはついぞ分からない。まことに実在した人かも知るまい。日本の建国神話の一端。

その物語にはなにものかにはたらきかけていずれかを志向するエネルギーがある。なにをさせるのかというと、白鳥の飛ぶ映像イメージは、音として聞こえれば『大和男の盛りを見せよ――』とも聞くだろう。見せよというから命令だ。

161
katka_yg 2025/04/25 (金) 09:34:28 修正 >> 159

上でも一回掠めたけど、ガンダムリスナーだったら三枝成彰「ヤマトタケル」は聴かれてほしい。CDではオラトリオ。オラトリオ版オペラ版のYoutubeに動画があるけど、ラストの歌詞はそれぞれに省略か変更になっているみたいだ。バージョン違いがある。

だがわれらは ヤマトタケルの
(たけ)き心にふるい立ち
悲しき命に涙する
不滅なり
ヤマトタケルは不滅なり
空に海に大地に
雲に雨に嵐に
花々の匂いの中に
子供らの瞳の中に
ヤマトタケルは生きている
 
あわれ 白鳥は
ヤマトタケルノミコトの
悲しみの歌なり
ヤマトタケルは不滅なり
悲しみこそ われらの命なればなり

この不滅論が好きだとこの春も書いた、この詞はCDで聴ける。現代語の平易な台本と、このロジック(レトリック)はたぶんなかにし礼。時代を貫いて変わらない無名の、無数の庶民の感情は哀しみである。その哀しみこそ民族の生命である。英雄の物語は哀しみに彩られている。だから英雄は不滅である。

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katka_yg (@ygasea.bsky.social)
『白いモビルスーツが勝つわ』『ララァは賢いな』のやりとりの二人に密やかに通じているニュアンスは、それに通じて久しい現代の男女間になら、 「白いわ」 「ララいな」 程度につづめて通じる。ここ最近はきっとそう 初号機が暴れ出したのをみれば決着を見るまでもなく冬月が『勝ったな』と嘯く昂然たる文意は、現代では、手前に座ってる人物に向こうから「な」と促すだけで通じる。『見なよ』と言われなくても、「み?」でその気持ちになれる
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符牒や暗号が互いに通じないのは男女に数えない。性的な含みも必須でない、人にわからなければ人でもない。そこにある共謀とか共犯関係にだけ、ほとんど感じないくらいでいいから、眼前の白いものを消し去って漂うそこはかとない賢さも呟く。ラ……とか。

「共犯関係」といえばこのまえセシリーとシーブックの「悪友関係」と言ったのも思い出す。その暗号がわからない他人に割って入られると(親でも)「機械ごとき」で罵るだろうと。『密会』を読むときまた思い出してもいいかもだな。

164
katka_yg 2025/04/27 (日) 16:40:40 修正

やはり「ベン・ハー」か。このガーゼィの前に吹奏楽の「出エジプト記」を引いたのはこの連想もあったと思う。ユダヤ人のことではなくて、天野正道さんが「架空の映画音楽」というときに「ベン・ハーみたいな」というから。

ガーゼィ小説中に書いてあるから印象が残っていたんだろうけど、書いてあること自体は忘れていた。ここは戦車戦の話しで、わたしは最近しょっちゅう触れているバースグレイブにもそのオマージュみたいな大スペクタクルの戦車試合があるんで、これもまた何か資源を探してみようかな。映画みればいいが、サウンドトラック盤かその再演(音楽)がほしい。

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素直に天野正道を聴けばいいんじゃない? ガーゼィは日本の小説で、日本のOVAだ。鷺巣詩郎=天野正道というイメージがあるくせに鷺巣詩郎は避けるというひねた通り方をするからだ。ここ富野由悠季の小説通読なんだけどな。

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katka_yg 2025/04/27 (日) 20:11:36 修正 >> 165

先週の寺嶋民哉「風を見た少年」の音楽は、「音楽も映画も原作小説も、どれもそれぞれに良さだけど手放しには何とも言いがたい」ような曰くが、わたしはバイストン・ウェル感に近いものをおぼえる。時期的に比較的近いからガーゼィを連想する。飛ぶし。

「風を見た少年」オリジナル・サウンドトラック | 寺嶋民哉(音楽)のあらすじ・感想 - ブクログ
「風を見た少年」オリジナル・サウンドトラック | 寺嶋民哉(音楽)のあらすじ紹介と本好きな方々による感想・レビューです(本棚登録数: 1/レビュー数: 0)。
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90年代にアニメ映像化されなかったか、されても飛ばなかった富野小説作品を読むとその架空のサントラをあれこれ想像するうち、「当時活躍中で、富野監督とは組まなかったアニメ作曲家」のように空想する節もあるわけで、去年中はちょうど通しリスニングをしていたから和田薫音楽なども考えていた。それはオーラバトラー戦記(1993)頃に当てて当時サイレントメビウスだったか……。

この「風を見た少年」を聴き返しているとやはり宇宙戦艦ヤマトには聴こえる気も、するので、今夜はその交響曲を聴いてみる。わたしの手元に幾つかあるがこれは「交響曲ヤマト2009」。いま氷川竜介さんのを開いているのでそのおさらいも。ヤマトそのものになってしまうとバイストンやウェルな気はもはや微塵もしないが、ここがもともと30年も前のラノベを通読しているような収穫に乏しいことなんだからそのつど何らかの連想で関心は広げるべき。それとCWニコル『勇魚』をあらためて読書予定に積んでおいた。

167
katka_yg 2025/04/27 (日) 23:25:02 修正

古典作品は作品鑑賞の態度も永年を経て醸成・洗練されており、先日でもベックメッサーみたいな人をたまたま興味をもって取り上げてみたいと思えば、調べればしっかり研究されていて「ベックメッサーは重要な役」だと当り前に評価されているのがわかる。それだけでもホッとする。

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katka_yg 2025/04/27 (日) 23:34:57 修正 >> 167

わたしにはそういう気持ちがあるので、富野作品ではとくに今回シオ・フェアチャイルドなんかをピックアップしていた。

ナディアについては、ナディアの心情は「お父様っ!」だけでいい。劇としてはその一点だし、そのうえその他をあげつらうのはかわいそうだ。

絶対にそれは言うまいと四十のうち少なくとも十六年を葛藤しているような人の気持ちが、想像されないものか。若くてはそれも仕方ないが、中年以上でそれなら人の心よりも、上の意味で作品鑑賞の程度を疑う。ナディアに対して酷い劇なんだ。

170

あとこの話のたびに毎度思い出すメモは、『F91』は親子殺しに迫っている。『F91』が1990年代に「家族」をテーマにしていることは知らない人はいないかのように言うが、意味は考えられているようでない。

簡単にいって、親が子、子が親を忌み嫌い、殺し合うように勧めれば「機械による殺戮」以上に人類の抹殺は捗る。親が偉いか、子が偉いかではなく、作品読後にもその印象を語っているなら自分の理解を疑えるといい。これはアーマゲドン人間のとき触れた。

あなた自身が知らずに人類抹殺のための端末、バグになっている。オルファンの抗体になりきってるみたいな言い方だ。たしかに、人類を黴菌扱いに駆除するには家族を破壊するのが早い。今頃にそういう流れに便乗するのは、おぞましいもの。

172
katka_yg 2025/04/28 (月) 23:52:52 修正

富野由悠季が三枝成彰の「ヤマトタケル」(1989)に触発されたかは、わたしはわからないが、当時「知らない」と考えるのはあんまりだろう。富野監督の感想は不明として、客観的にみれば同じヤマトタケルを扱っても『ガーゼィの翼』は負けてるので、その想像するのは楽しい。

上では「民族」のところを強調しておいた。あらかじめこれを書くわたし自身、民族や日本人というテーマに深く傾倒するものでもない。ほかには、アベニールの作中の笛吹の気持ちみたいなものもわかる。その「ロジックが好き」というわけを、『ガーゼィ』のことは閉じておいて今もう少し触れたい。

三枝成彰やなかにし礼はアナクロニズムではなくて、1990年頃に70年前くらいのロマン的な熱さを現代音楽のアプローチで展開しつつ、現代日本の「新・古典」「ネオ・神話」のライブイベントにしていた。攻めた音楽だが、文字は現代の日本人に向けてわかりやすいメッセージを歌っている。
日本武尊のオペラでは近い頃に團伊玖磨の「建 TAKERU」(1997)もある。もくろみは似ているがテキストは平易とはいいがたい。

人々の心が呼ぶかぎり、ヤマトタケルは何度でも帰ってくる。民衆(われら、民族)は不滅だから英雄は不滅、英雄=民族のシンボル。「民族は永遠である」と説くか、その民族を永遠ならしめんとする(みんなで永遠にしていこう)のは民族主義運動のスローガン。その主張するところの論理。

173
katka_yg 2025/04/29 (火) 00:04:14 修正 >> 172

再来する巨像

人は癒やされ、ガンダムを呼ぶ

たとえば∀だと、作品のキャッチを上のようにいうとき、では「ガンダムを呼ぶと人は癒やされる」とはいうのか、いわないのか、とこの前おもった。いま、人は癒やされる、人は呼ぶ、の癒やしについては先にして、「人はガンダムを呼ぶ」ガンダム伝説、英雄伝説の続き。

「ガンダムは人々の心の願い、呼びかけにより、時代の要請に応えて帰ってくる不滅の巨像」のように説けば、時を超えてなぜガンダムがよみがえるのかは、人類が永遠だからだ。
「ガンダムがなければ人類は滅びる」のような主張を説けば今現在は過激派(オタク)だろう。それは現実ではないが、全ての人をガンダムファンにしようとする宣言に、今してもわるいことはない。わたしはそういう理屈には微笑ましくて、なごむ。人類が未来に永遠かは、これから永遠にすればいいこと。

「同族たる人間を殺すことに長けたのが現代の人間」とするのがアーマゲドン人間観なら、「ガンダムを呼ぶものが人である」「ガンダムで癒やされるのが人間」と説くのはガンダミズム人間観としておく。

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katka_yg 2025/04/29 (火) 00:25:13 修正 >> 173

再生しない一般人/一度だけ復活する救世主

宗教学概論のつづきで手元で今夜開いている章からだが、ここはたまたま月と不死のシンボリズムについてと、月と加入儀礼の話なのだけど事例だけを又引してみる。

月からのことづけ(伝言)を帯びてウサギやトカゲが人間のもとに走る。

月は、そのことづけの中で、「私が死んで、よみがえるように、あなたも死んで、再び生を得るだろう」と確約しているのだが、その「伝言者」は、うっかりしてか、悪意からか、その正反対を伝え、人間は月とは違って、いったん死んだら、二度とよみがえらないだろうと断言するのである。この神話はアフリカには、ざらにあるが、フィジー島、オーストラリア、アイヌ人などにもみつけだされる。

ここの文脈は、『この神話は、人間の死という具体的な事実と、加入儀礼、その両方を根拠づけるものである。月相は、復活信仰の好例を提供してくれる――』ということなのだが、それはキリスト教護教諭においてさえそうであるといい、

アウグスチヌスはこう書いている。「月は毎月生れ、成長し、完成し、減じ、また新しくなる。このことは月において毎月起るのであるが、復活においては、一度かぎり起る」。

こういう恣意的な引用は本当はあまりよくない。ただ、道具としての言葉の使い方という富野通読の関心の続きで、ここは歴史観ではないが、たとえば不滅観または英雄観についてのシンボル操作も上のような民族英雄だけではないと言うために言っておく。このストーリーでは、民族の不滅性ではなく月の不死性と人の再生を関連づける。話によっては、月は再生するが人は再生しないという語りでもある。何度でもではなく一回だけと但しをつけることもある。

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そういえば、「白鳥伝説といえばローエングリンは絶対」と思ったのに日本武尊に集中して、このところワーグナー放りっぱなしだった。今、それ用に新たにテキスト作らないとわたしは聴かないがそれにちょっと手間取っていた。ここまで読んで、ガーゼィにローエングリンみは乏しいと思うから放ってもいいけど……それも続き。

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katka_yg (@ygasea.bsky.social)
『勇魚』読み始めれば面白くて参る……CWニコル氏手元にあと三冊あるが読んだような覚えがない。だがそれより、日々なにごとにも滅入るばかりのいま、これとは関係なくても「なぜこの世には無数の本があって、いまも自分は無知なのか」とそればかり悔やみ悩む。 これわたしは下のガーゼィからの連想の連想の連想からだからな。途中でなにもかも投げ出してしまわなければ何かしらログは積むだろう。コンピュータ支援の現在、また十年後には跡形なくということはないだろう
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そして先日来わずかな動揺だけでもう富野通読の気力がひしがれてしまっている。あらゆる方面から興味をかき立て続けなければ、いまや瞬時にわたしの火が消えるのと、見回して何処にも接点の見当たらないのと。

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アイルランドの者

katka_yg (@ygasea.bsky.social)
「この片腕の鬼野郎、おまえはきっとアイルランド人だ。こい、ジム、いまからふたりで熱いラムをちびりとやろう」 『勇魚』(CWニコル,1987)より。わたしは先日読みはじめた経緯からもあって、急にバイストン・ウェル感がし始めた。あらすじを見ればもともとそんな想像はしていたが……。
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去年の前半はダンセイニとフォオナ・マクラウドの再読があってアイルランダー性はわりと濃かったな。井村君江先生の文なんかを読むとわたしは最近そんなに気持ちが沿わない。

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オーラバトラー戦記 6巻 katkaさんの感想 - 読書メーター
オーラバトラー戦記 6巻。『バーン・バニングスという。アイルランドの者だ』――ジョク・バーン・ガラリアはオーラロードに乗り、不慮にして地上界に着陸した。強行着陸とか胴体着陸とか、ドスン、バキバキといういわゆる硬着陸ではない。ふわっと、軟着陸。なん……何してんのバーン!? ここは一瞬ゆるふわ次元かと思うほど、危機にそぐわない日本こそ彼らにと...
読書メーター

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katka_yg 2025/05/03 (土) 18:58:14 修正 >> 178

katkaさんの感想・レビュー
katkaさんのC.W.ニコル『勇魚(いさな)上 (文春文庫 ニ-1-1)』についてのレビュー:C.W.ニコル氏原作のアニメ映画「...
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風を見た少年」のところまでの経緯は前回。今ここ、富野作品や『ガーゼィの翼』と関係は多少の連想以外、ほとんどない

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katka_yg 2025/05/05 (月) 09:42:03 修正

エリアーデ面白いけど状況ちょっと挿んでおくと、これは1949年の『概論』を読んでる。各論ではない。この世にはなんでもまず各論を語りたい人達はまずいる。
エリアーデの著作集でも古いほうで、わたしはもと通読はしているけど今は再読、このあと20年後くらいの『世界宗教史』なども積んでる。手元で整理できるデータをまとめていて、小説までいければいい。
エリアーデ本人の評価も大方知っているが、1970年代からさらに20年後くらいの世評というのがって、さらにそれから2010年くらいにわたしの中で「再評価」したい気持ちになっていて、今頃また再読している。ル・グインの話題に上がってきたので一度フレイザーまで戻りたいけど、ワーグナーを再周しているならまずニーチェ頃まで遡らないと不足な気分ないま。

引例が恣意的だ我田引水だというのは宗教についてにかぎらず「比較」なんとかと冠するときには大概つきまとう。一方で、コンピュータゲームやネットカルチャーの場で日々生成される膨大な妄想のキャラクターやストーリーをかき分けて考えるときに昔のフレイザーの方法などに目を開かされたことがあって、わたしは態度を改めている。

181
katka_yg 2025/05/05 (月) 17:03:58 修正

『勇魚』上下巻読了。これは良いもの。連作の続き『盟約』上下も既に積んでいるが、それも追うとして『ガーゼィの翼』のつづきに戻ろうかな。飽き飽きしているならほかに連想の続きをまた広げてもいいが……。

katkaさんの感想・レビュー
katkaさんのC.W.ニコル『勇魚(いさな)下 (文春文庫 ニ-1-2)』についてのレビュー:小説の作中、太地の鯨取り達がし...
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また別に、このあと『王の心』の前に幾つかインドの説話集の再読しておきたいと思ってる、『鸚鵡七十話』とか『屍鬼二十五話』とか『十王子物語』、カター・サリット・サーガラとか。『王の心』がそもそもインドだかペルシアだかそんな特定のイメージモチーフでないと思うけどわたしが思い出したい。中国かもしれない。

183
katka_yg 2025/05/06 (火) 23:19:01 修正

ニュータイプのための言葉

ニュータイプの交感現象の認知度

富野由悠季作品というかガンダムでは、ニュータイプは非常にめずらしき人、ということになっているので、その精神交感については、作中、当事者以外にほとんど知られていない。その超常的な事柄に接して人々がとる態度も、多少の時代を経ても進展しない。

SFやFTのジャンル一般には「テレパス能力の乱用が法律で禁じられている」ような設定はよくある。これはさっきル・グインの作品での古典的な心話事情から取っ掛かりを始めた。テレパスやプレコグの存在が認知されて久しい場合の。

宇宙世紀の状況では「ニュータイプは伝説」「サイコミュは秘密兵器」が通例で、その実在・実態が表沙汰にされにくい。ニュータイプのテレパス的振る舞いが社会問題になるほど一般に認知されたことはない。稀に、ぶしつけな精神被害に直撃して「土足で…!」と激怒する人がいても、その訴えが広く共有されて今後に改善はなされない。
一年戦争から数十年間を取り上げるのが多くの作品だが、Gレコほど下っても無理解事情は変わっていない。

ニュータイプのための言葉

「ニュータイプの言葉遣い」については、ここでは重要なテーマとして扱っているところ。言葉は道具だ、との。これも、富野作品やガンダムに訊ねなければ、――テレパスでも精神感応をすると疲れるので普段やらない、心話で直接対話すると無雑音で理想的に通じるかといえば、心と心の交感というのはむしろ雑音や雑念の渦だ、何も読めないし通じない、言葉で喋ったほうがまし――と判明した後の、開化されてしまった態度のテレパスも登場する。

戦闘で人の死を共感するニュータイプのダメージについては、前にも触れた。また一方、ニュータイプが対話の通信機になれればいいのに、そんなときにかぎって役に立たないので
『人がそんなに便利になれるわけない…』
『人殺ししかできない』

と自分に言い聞かせて落ち込む別種のトラウマ事情も、やはり改善しない。できてもやらないよ、と開き直ってしまえるほど、ニュータイプが言語経験を積まない。

ニュータイプならできるでしょ、と言われて『でも感じないんだ!』と惑わせるより、ニュータイプの真の才能に目を開くには別の言葉を求めることもある。

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katka_yg 2025/05/06 (火) 23:30:03 修正 >> 183

諸々の偏見

ニュータイプ向けの諸々のケアの不足が事実でも、そこに「ニュータイプは個人的には不幸なんだよな」のような見る目がまかり通るのは現代日本の水準から見ても野蛮なのだが、そうなってる。宇宙で戦争が続いているから劣悪環境なのだとも思える。

ニュータイプは選ばれた人という羨望・嫉視からくる反感とはべつに、「ニュータイプは弱者」と見る向きも現在は強いことは言われないとならない。
ニュータイプへの願望期待の重さと裏に、人の先駆けであろうニュータイプがたびたび人の理解を求めるというのも、冷笑まじりの厳しい目線を生む。ことに強化人間に対しては遠慮ない憐憫が浴びせられている。

185
katka_yg 2025/05/07 (水) 00:47:02 修正 >> 184

ニュータイプは富野作品やガンダムの主題では必ずしもない。機動戦士や聖戦士の「戦士たること」を省いて、温和な人類の未来像だけを語るのはむしろ亜流といっていい。ここでは、ニュータイプのための戦士観を求めるのがよい。

現在、ガーゼィ4巻なかば。一刀で首を断つのはクラバの礼儀だ、などと悟ることかな。それは冗談として。

魔法少女でも戦死者が出ることに湧いたのはもう昔だけど、クラバで人は死ぬことに今も胸に刺さるものはある。胸に刺さるものはあるが、視聴者は耐えられる。それは時代環境なのかは今わたしはあまり知らないので、はかり知れん。視聴者が視聴に耐えるならそこにさらに表現できることがあるという物の言い方は、こないだの氷川本で読んでいた。

186
katka_yg 2025/05/07 (水) 22:14:25 修正

ガーゼィの翼4読了。なんだかわたしの記憶ほどその印象のところが見当たらないが、

「……(前略)そうだ、ローマ時代の戦車をつくってみたけど、このていどの技術なら本格的に利用させてもいいよな?」
『いいんじゃないかな? 醤油と味噌の作り方は、勉強してみる』

――こういうところかな。両世界の二人のクリスが交信している。本当は、ここはストーリー中で切実な場面なのだけど、このすぐ前には、心身も参っているバイストン・ウェルのクリスから、

「そっちのものを、こちらに運ぶ方法だ。鉄砲でも機関銃でも送って欲しい」
『……!? 生き死にの問題だからって、次元のちがいを無視して、物を送り込むのは、良くないだろう?』

地上界日本のクリスがどうしてそういうモラル(規範)を持っているのかの理由は、ガーゼィの作中エピソードにはとくにない。生きるか死ぬかだから何でもやってやれだ!とはクリスは考えず、むやみに世界の境界を侵してはだめなんじゃないか、だめだろう、とはこの世界に来て最初の巻から考えている。『ガーゼィ』では地上人はクリス一人だし、そのクリスが地上文明の導入にあらかじめ自制的なせいで、物語中ではマシン増殖もオーラ壊乱も起こらない。

わたしは読み返すと、『あらかじめバイストン・ウェル攻略法を読んでいて完封しにきている』みたいな感触をおぼえるんだ。

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katka_yg 2025/05/07 (水) 22:32:34 修正 >> 186

これはクリスが、コンピュータゲームや映画や、アニメや漫画に触れて1990年代の少年少女はあたりまえにそういうシチュエーションに馴染んでいるから、だろう。80年代のジョクにも、当時の映画やSF小説くらいの情報源はあり、戦国自衛隊くらいはもともと知ってただろうけど、ジョクやショットがオーラマシンと世界の関係に気づくのは彼らの長い考察を経ての結果。

迫水当時、迫水がコモン界で機関砲を目にして「こんなことは許されん」と悲憤慷慨するのは、間近に血みどろの惨劇を味わった結果だった。

こういう話題ではル・グインが恰好の例なので文化制限法の話題を昨夜立てていた。『ガーゼィ』のこの巻では、ザギゾアがゲルゴーグ・アジの態度をみて、アシガバの武者の考え方も変化している、ガーゼィの騎士の影響で変わった、とか、ガーゼィの軍に対応するために騎兵隊に新しい戦い方をさせている。クリスにその自覚はないだろうがハイン人のモラルだったらすでに許されない。
富野由悠季がル・グインの熱心なフォロワーなんかだったとはわたしは思わないし、富野由悠季は自作のバイストン・ウェルの続きで書いているから多分こうだ。

188
katka_yg 2025/05/07 (水) 23:17:35 修正 >> 187

katkaさんの感想・レビュー
katkaさんの富野由悠季『バイストン・ウェル物語 ガーゼィの翼 4 (ログアウト冒険文庫)』についてのレビュー:現代...
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前の巻では抗生物質についても、バイストン・ウェルで抗生物質を求めることに躊躇している。耐性菌の問題とか今いっとる場合か、のような場合でもあるが、便利だからってこっちのものを何でも持ちこむのはやっぱりやばいよ……という、環境保護思想というより、文化的な合意というのかな、世代としてそれがすでにクリスにはある。

かんがえてみれば、先日の『勇魚』のレビューにそれを書いたばかりだったし、今週の読書は案外たしになっていたのか。

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katka_yg (@ygasea.bsky.social)
二人のクリス同士で会話しているんだから「二重人格」はいうまでもない。それにさらに、ガーゼィの翼か、日本武尊か、メトメウス族の総意のような意思がはたらくんだから「ぼくは何なんだろう??」と心が破裂しないクリスはむしろ強靭な精神かもしれなかった。 結果としてアフランシよりは強靭なんだけど……やはり人間離れしたところが多い
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 メトメウス族のソローン王が統治していたタンタウンは、アシガバ族の将軍オダジュ・ガブの時代になって、北辺の地味な様式に、中東方面の好みが取り入れられて、華やいだものになった。

ここでははっきり、アシガバ族のイメージは中東風、と書いてある。コモン界の中東のことだが。ヨーロゥ大陸も地上界のヨーロッパではないがタンタウンをめぐる戦役はその北辺(北欧)のあたり。

メトメウス族は、リーリンスが当初から金髪金髪といわれていて、ハッサーンの髪色は茶褐色と書かれていたがこれは暗がりのことでもあり、3巻頃にはハッサーンは金髪で青い瞳と言われるようになっていてアイシェタンスも金髪。

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アシガバ族のどこが中東風なのかはまた、後にして、フングン王の天幕(ハウダー)を載せて運ぶ恐獣ブドゥダは巨象のようなイメージだろうし、いにしえのペルシアっぽくもなくもない。

わたしは、先日も思い出していたが、この『ガーゼィ』のアシガバよりは『王の心』のイメージモチーフがどのへんだろう、インドかイランかのように想像していて、やはりもうちょっと中東寄りかな。
アジャリ、なんかは思いっきり阿闍梨に連想するのでブッキョーかと一瞬思うけどフロー教も中身は全然ブッキョーらしくない。アジャリ・ビィーのような怪談は中国のような気もしたけど、こういうのはグールなのかピシャーチャ女なのかのような区別はわたしに今わからん。

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katka_yg (@ygasea.bsky.social)
ジークアクスのサントラというか挿入歌は、エピソードごと逐次投入してくるのが本放送前から予想できてて予想通りでくる悪どさだ。全終了後にあらためてOST&コンピレーション+2(特典)のように売り出すのはわかっているのに。……『封印しておいて後追いにしようか』など、だから言っていたんだ。流行など放っといて波に乗り合わなければ世間でネット封鎖の方がむずかしいぜ。楽しいは楽しいが週のあいだそればかり考えてて気が散る、まったく
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たぶん最初から、先行OSTの1トラックが入ると「あれ、澤野弘之……?」と思う人は何人もいるはず。澤野サウンドよりはポップだけどどうしても澤野曲に聴こえるような。それってむしろ、ガンダムシリーズの現在の基調が澤野弘之になってるのか……みたいな。ジークアクスは「世代撹拌的な」という言い方をこれまでも何回もしたけど、「あれもう遅れてる?」といつの間にか気になる。ガンダム最近見てないのはたしか。

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katka_yg (@ygasea.bsky.social)
ガーゼィの翼5再読読了。5巻まで来て急に富野通読の興味が揮発して読み進まなくなったが、ともかくおしまい。次は『王の心』にいくまえに、まだ少し記事追記をやるかもしれない。今夜はここまで
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katka_yg 2025/05/17 (土) 01:12:29 修正 >> 194

『……力をもって力を制しようとすれば、破綻が起こる。ガーゼィの翼などは、とりあえず化粧(けしょう)の現象か……』

これは化粧と書いてルビも振ってあるが、たぶん「化生」または「化性」だと思う。ガーゼィ全編中、明らかな誤脱字の箇所は無数にあるが、誤脱だとは分かっても正しい原文が推して確定できないことが多く、読んでいてフラストレーションだ。この化粧のところは前後の文意がむずかしいところなのでとくに困る。粧の字でもその意味あるのかもしれんとか、逆に考えるし。

 生命が充足するということは、命を全うしなければならないということだ。
 それは、命があるかぎり、生きつづけるということだ。
 手段にしたがって勝っているだけでは、生命は充足しないし、命を歪めることになって、苦しみを生み、軋みとなる。
 それが、地上世界の現世であり、だから、むこうは不幸……。
「人の手でつくったものに取り囲まれすぎたから、現代人の命は辛がっているんだ……けど、ここでのぼくの不安は、生まれたところにいられないからにすぎない。けど、バイストン・ウェルは、命が遊ぶオーラの世界なのだから、ぼくは確かに不幸ではない……」

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katka_yg 2025/05/17 (土) 01:27:40 修正 >> 195

大半の箇所は、「それでいいんだけど、アシガバに攻められないようにする方法も考えなくちゃならないんだ。」のような、「攻めれられ」に「れ」が多いな、と見れば分かる程度で、校正の不足に文句を言うのでなければ読者が分かって読むか、直せばいい。

それとはべつに、作中、軍議の最中にそこで「ら抜き言葉」は使わないだろ……文脈上、脱字だろう、というような場合も常識でわかる。

またまたべつに、富野的な言い回しではいつもならこう言うよな、文章の意味は分かるけど富野文として怪しいな、というのも、ファンだったらリズムで絶対分かってるのだが、復刊などするなら監修つきで直してほしいよな……むりだが

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katka_yg 2025/05/17 (土) 13:00:48 修正

『ガーゼィの翼』あらすじと主な登場人物欄を記入。あと、通読中にバイストン・ウェルの世界とか、ガーゼィ中の恐獣一覧などメモに取っていたが記事としてそんなに用がなかったので主要人物のみ。

『ガーゼィの翼』中、蛮族扱いのガロウド族と異種族ガロウ・ランが混在していてややこしい。最初、3巻でガロウドとかガロウ・ランという種族がいるという話が持ち上がるが、結局のところ両者は別々に暮らしている別のグループになる。ガロウド・ランという種族はいない。

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katka_yg 2025/05/17 (土) 16:15:07 修正 >> 198

katka_yg (@ygasea.bsky.social)
技術があってもそれを形にできる背景に工業力がなければ製造できませんとかいう話はGレコにもあった。それは同ジャンルのストーリーではあまり見聞きしないことで面白かった。技術信仰というのは現代まで時代が下っても、「劇の約束事」として生き延び続けているのであまり疑われない。テクノロジーの有無でパワーバランスが変わるんだという。戦術のような概念の有無、でもよい。既成の通念に固着してる古代人相手は科学的な歴史的な攻略で勝てるだろ、という
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ガロウ・ラン狩りに機関砲を持ち込んだところ、道具の使いみちではじめ圧倒的に優勢だったはいいが、しばらく経つとガロウ・ランの方が上手く道具を使ってくるとわかった。兵器の性能なら知り尽くしていると思ったが、敵がそれ以上の使い方をしてくるとは死ぬまで想像できなかった、などの。それはこのまえの文化制限法のような話を対照しつつ今後追ってもよい。

歴史観の有無で敵に勝てるというのは、敵にその歴史観を与えればこちらが負けるというだけかもしれない。現代人が想像もしなかった史観(言葉遣い)で現代が再解釈されてしまう。

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傲慢だったから

『アジャリたちが、祈りによって思念を集中させれば、飛行機械を飛ばすことができるのである。空を飛ぶためには、鳥のような形になっていなければならぬのに、人は思念によって物体を空に飛ばす。それは人の特性のようにみえるが、この自然界があたえてくれた特別なものなのだ……そうでなければ、人が、物体を飛ばせられるわけがない』

という推論については、この世界・この時代のこととしてよい。ただこのあと、

 グラン王が、このように世界を俯瞰するように考えることができたのは、まさに、カロッダを統一できる軍事力と政治力を駆使した王であったからだ。
 傲慢だったのである。
 傲慢が不穏当な表現なら、自信にあふれていたのである。
 その自信が、世界を大観して考察することを可能にしたのだ。
 だから、カロッダが統一できたときは、自らと臣民の力が合一されたときであり、それは、アウラ・エナジィが高揚しているときであって、バイブルが語るフローランドの時と考えて良い、と自惚れたのである。

これはつい昨日あたり、ズムドゥ・フングン王の人物について、その恐獣軍団や古伝承についての理解の仕方に、似ている。とくに挙げておくべきは、富野作品の読者について言うと、「傲慢なこと」イコール、駄目な性格の第一要素のように挙げるやつが多くそれは前々から不審なことだと思っていた。

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katka_yg 2025/05/17 (土) 19:45:04 修正 >> 200

前回、ガーゼィの最中に「ヤマトタケル」を扱ったが、あの中の「うぬぼれ」についても、このグラン王の傲慢と全く同じ意味なので、参照したいところ。というのは、「ヤマトタケル」のテキストを書いているなかにし礼の次作「ワカヒメ」で、その「うぬぼれ」という王の属性が形を変えて今度は倭の武王に展開される。同時代的には面白いんだ。

「ああ、これほどの英雄の心をもうぬぼれの病が犯すのか」
 
「私はうぬぼれていた――私は身にしみて知った、人間一人で何が出来よう。
神は私に天罰をあたえられ、そのことを教えてくれたのだ」
(『ヤマトタケル』より)
 
「天は私に思いあがるなといいたいのだろうが
私は思いあがりだけで一生を生き抜いてきたのだ」
(『ワカヒメ』より)

203
katka_yg 2025/05/17 (土) 20:05:21 修正 >> 201

ズムドゥ・フングンのキャラクターの起源をたどれば直接にはガダバのゴゾ・ドウ、ズオウ大帝などはすぐに挙がるだろう。ゴゾ・ドウの人物として描かれるうち、老覇王ではある一方で読書家でもあり、各地方の古伝や民俗学的文献を好んで読んでいたりもすること。

 伝説が現実のものと噂され、その噂をもつ勢力が戦果のひとつを上げれば、伝説は、実在する勢力になる。
 恐獣をつかったというだけで、弱小のアシガバ族を大陸の覇者に育てることのできたフングン王は、戦争に心理的な要因が大きく働くことを熟知していた。
 しかし、麾下の若い武将ザギニス・ゾアは、ガーゼィの翼の聖戦士に何度敗れようとも、ガーゼィの翼を物理的な戦力としかみなさなかった。

204

katka_yg (@ygasea.bsky.social)
『王の心』は、わたしは王女アカイアーがいちばん好きなので、一番お気に入りの子が最初に出てくるみたいな楽しみだったのだが、このたび富野由悠季作品通読してくると、それとちがって、ズオウ大帝、ゲトラ・ゲイ、ズムドゥ・フングン……といった富野作品の老覇王の系列に思い入れが残っており、これらの老人を集めて会合させてみたいか、いっそ主人公にしてみたい気分が持ち上がるところ、そういえば『王の心』の主人公はシェラン・ドゥ・グラン王であったと思い出す。語り部や狂言回しではなく、爺がやはり主役だ
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katka_yg (@ygasea.bsky.social)
『王の心』を読むときは、『王の心』全3巻にはそれぞれ巻頭に王家の系図が載ってる。これの系図が、ある意味ひじょうに面白い図になってしまっていて、読み進むほど「なんなのこの図…」という気分になるのだけど、これはこのあと読もう
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ぼつぼつと断続的に考えながら、サイコミュからオーラ、アウラ・エナジィ(フロート・エナジィ=浮上力)まで漠然と連想していた。フロー教徒の地位は宮廷や軍でもそれほど高くない。飛行機械の人間エンジンくらいの扱い。

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katka_yg 2025/05/19 (月) 18:45:50 修正 >> 205

奴隷とかエルフとか強化人間の子を餌付けするファン妄想の類型があるとして、上の話だと「サイコ・ガンダムの胃袋」のように呼ばれるんだろう。自意識がそれだと、そのうち胃に逃げられてもしらんぞ、と。

シンシア・レーンがチョコレートや甘いものが手放せないような原型には、アイリンツーもコクピットではいつも飴をなめてるような、ささやかな描写があった。それくらい遠いと直接関係はないかもしれない。アイリンの理由は書いてなかったと思うけど、消耗が激しいからだろう。

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 泣きくずれる侍女たちは、居間にも衣裳部屋にもいたが、寝室はさらに号泣にみたされていた。
 ベッドのうえで、オクニスは、胸に刺された短剣で血に染まっていた。
 すでに顔色には生気の片鱗もなく、ベッドの天蓋(コクピット)をむなしくうつす瞳にも、艶がなくなっていた。

前にも触れたように思うが、やはりこれは不可解というか……不可解でもなくて、「天蓋」には「キャノピー」とルビしたつもりが、「コクピット」と書いてしまったんだろう。他愛ない書きあやまりにしても、さすが普段、戦闘機とかモビルスーツのことばかり考えている著者ならではと思えるところ。

208

読者としては妙に感心してしまい、面白いんだけど、作中ではシリアスなところなのできっと修正はされたほうがいい。

209

『しかし、アカイアーよ、これはちがう……』
 王の動揺を知らぬアカイアーと、処女を獲得しようとする騎士たちは、王の大義が聞こえたにしても、もう聞く耳はもたなかったであろう。

これは「大義」ではなく「大息」。書き間違いとは思われない。誤植だが、メモしておかないとわたしは読み返すたびにつっかかると思う。

210

第一の物語 完。短いしね。初読ではびっくりしたと思うが、読み返し、この第一話はすばらしい。

富野作品で「納骨堂」なんてゴシックな舞台が出てくるとは思わなくて、おおっと思ったのを思い出す。暗がりの剣劇の映像の間に、蜘蛛の巣にかかった蛾、なんて絵に描いたようなというか……リアルさでない。富野文でこうクラシックに見える伝奇ファンタジーを書いてもいけるというのが感動した。血みどろのゴアとかなら、バイストン・ウェルでも見慣れてる。

やはりこのアカイアーの話がわたしはまず好きだな。これから何が始まるのかと思う、なんの話をする気なのか全然わからない。続く第二話がまた、グロテスクなというよりは、みょうに定型的なはなしで、なんかの説話文学のような古典にモデルを取ってるようには思うけど、インドなのかペルシアなのか中国なのか……と思うのはそのあたり。二巻からは一挙に違うものになっていくはず。

211
katka_yg 2025/05/19 (月) 23:40:13 修正 >> 210

これも去年か、クラーク・アシュトン・スミスの三巻本を通し、これも再読ではあったがその際、毎回のように納骨堂、腐敗、屍臭。「またか、飽きないのか」のように思えて、文章の美しさよりうんざりする方がつのった。

スミスのそれは……ラミアか。ジーニーとかグール、ピシャーチャとも言ったが、ラミアというのもいた。

またBirthgraveの話をすると、その三部作の内容に触れなくても、作中ずっと屍臭が染みていて、まともに息ができないほど空気が悪い場面が多い。同じ作者でもジュブナイル作品になると、「アヴィリスの妖杯」が清潔に感じるという今度は面白い感想になった。ジュブナイルって健全なんだ、とあらためて新鮮さ。

212
katka_yg 2025/05/19 (月) 23:54:27 修正 >> 211

ラミアというのは、文字通り古典古代でいうと、あまり恐ろしい妖女ではなくてむしろ子供を怖がらせるお化け。わたしはルキアノスの小噺集の中に出てくるような言葉としてその印象だが、上のは、現代の耽美的なラミア。青年と人外の愛に耽るが、そのまやかしの魅力を逃れようもなくじきに彼は食い殺される

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katka_yg (@ygasea.bsky.social)
少し古いNewtypeの対談記事「冲方×富野」を読む。カドカワムックNo.373 Newtype Library 冲方丁 2010年、に収録。わたしは過去の富野発言集の膨大なのをチェックしたいのではなく、小説作品をチェックしているのだが、今は『リーンの翼』についての話題探しから。それにかぎらずこの対談は良い内容で、なんで冲方丁の本に載っているのかはわからない内容だが、冲方さんをインタビュアーだと思えば実のある富野テキスト
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katka_yg 2025/05/23 (金) 19:20:48 修正 >> 214

katka_yg (@ygasea.bsky.social)
リアリズム寄りの話から起こして結論に至るリアリズムとマジックというのは2025年現在でも妥当なので今探して読んでみてもいいと思う。中学高校生くらいでまだまったく基礎地がないと話がわからないかもしれないが、そもそもこの分野になんらか興味があって全く何もないことはないだろう…今ここまで
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わたしはこのマジカル云々というのはここでずっと追ってはいるが、隣ではル・グインの古典的な『闇の左手』なんかを読んでいてさえ今日また同じような連想をしていた。ただし、ル・グインを読むのに適当かはべつ。わたしの中でそれに残響しているものがあるの話。

富野話題では、この6回の対談記事中、第5回「未来の開き方」という、ここではVガンダムのときに「時の見かた」と書いたのを思い出した。

それにしても、かつて80年頃アニメの中の少年少女が『ああ、刻が見える…!』と叫んだその頃に、テレビの前や映画館で少年少女に「刻が見えたか」というと、見えんし、わからんかったと思う。『いつか見えるだろうという希望を投げかけた』のような評論なら書かれたかもしれないが、少年少女の多くはべつにそんな希望なども抱かず、ただぼんやり眺めていれば感動できたと思う。
それを、刻を見に行こう、あるいは、見るならどんな仕方で見えるか、と考え進めていくのはさらに10年、20年と経ったからだ。『今なら』という。その経過も読み返すことはでき、「ニュータイプ論は後に否定された」とかではない。

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この小説通読では富野作品を読みながら何かしらの音楽をこれまで探しているのだが、『王の心』の架空のサウンドトラック、というのも今まであまり、考えたり想像したことがない。

Vガンダム後だから千住明か、というのはむしろ『アベニールをさがして』でもよかった。『ガーゼィの翼』にもあれこれ空想はしたけど、『王の心』については、作品内容がブレンパワードや∀ガンダムにすでに直接接近している部分があって、菅野よう子音楽をそろそろ聴いていきたいかな、というのがわたしはある。

わたしは菅野よう子さん作品は「てつ100%」の頃の旧いのからほぼ網羅している。時期的には、1995-96年頃というとマクロスプラスのあとエスカフローネという頃なのだけど、わたしはまず管弦楽を聴きたい。「エスカフローネ」を聴いてエスカ以外に聴こえるリスナーがいるわけがない。……

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katka_yg 2025/05/23 (金) 22:51:35 修正 >> 216

『王の心』がブレンパワードに近いというのは、シーマ・シーマから一連の「浮上する世界」という、だいたい背景舞台世界のことで、オルファンが海底から徐々に、徐々に浮上して海上に全貌を現してくる上昇イメージはよく踏襲していると思う。でも、「愛の輪郭」を聴くとやはり歌詞がブレンすぎる。オフヴォーカルでも良い曲だけど……。

ブレンパワードのサントラ全般はやたら映画っぽいというか、ノヴィス・ノアは海軍艦じゃないがバグパイプでは今ないな。("Departure"のこと)

歌詞をいえば、∀での「月の繭」の歌詞に直接繋がるようなワードが『王の心』このあとの巻に出てくる。それを言っている。それだけでも『王の心』が今後読み返されていいくらい大事なところ。ただ∀のサントラ全般も∀の音楽にしか今は聴こえないものだろう。

菅野よう子音楽については、絶大な人気なので評論は数多あると思う。わたしはその関心ではない。今わたしの関心では、根はポップスの作家で自己主張が強く、菅野楽曲になじむと、いずれ何を聴いても「ニャッ」というあの、どんな時にも例のユーモア、何ともいえず可愛らしさが聴こえてくる。……

映像の場面と音楽が一見ちぐはぐでも強烈な印象でアピールするくらいで、「本編をMVにするアニメ」の一ジャンルを築いた偉業はあるが、サウンドトラックでは、作品の求める一定の劇的動機を提示するみたいな劇伴音楽のドラマツルギー論からは常に収まらない。こういう話は今はトピック違いなのであまりすまい。わたしは菅野も富野もファンだ。

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katka_yg 2025/05/23 (金) 22:58:48 修正 >> 217

浮上する音楽

サウンドトラックでない菅野よう子オリジナルアルバム「Song to fly」かな。飛ぶための音楽と称しているから浮上力、フロート・エナジィだ。もともとゲーム音楽のためらしいが、これはあり。

上で触れたのは野菜畑の話なので、「アルジュナ」もかな。アルジュナって、映像は綺麗なんだけど話の内容がクサすぎる、流石インド人監督と揶揄られるアニメだったけど、主役のバカップルがエイサップとリュクスみたいと思えばわりと逆に富野的だったかもしれない。今夜もう遅い時間になったので、Song to flyを聴こう。ABC Mouse Paradeは久しぶりに聴く。