かとかの記憶

リーンの翼

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katka_yg
作成: 2025/07/09 (水) 11:51:54
最終更新: 2026/02/10 (火) 17:36:43
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katka_yg 2025/07/17 (木) 00:24:11 修正

フェラリオの美女ハロウ・ロイに対して迫水は、自分の男立ちのできなさを慚愧の思いで噛みしめる。彼女は、レイプされていたので、どちらが恥ずかしいかといえば彼女のほうだが、という、読者によっては目にきつい文章が入ってくるかもしれないが、わたしは暴力やゴア表現等にはそれなりに慣れてはいて、こういう言い方はそんなに嫌いじゃない。それなりに好き。

22
katka_yg 2025/07/17 (木) 00:37:39 修正 >> 21

それとべつに連想したのは、小説通読ではこのまえ、年譜ではずっとあとの『V』のカテジナのことで、再会したあとにカテジナの当たりのきつさ、カテジナ目線からのウッソの鬱陶しさは鮮明になってくる。最初から迷惑だと言っているけど。その際に、もしもウッソが、
『でも僕はカテジナさんの命助けましたよ』
とは、言わないだけまだウッソは我慢してるじゃないですか……のように、思ったのを思い出していた。

迫水が恥じるくらいならハロウのほうがずっと恥ずかしいよ、の連想。
その話は『リーン』に今関係ないのだが、……そんなに嫌ならウーイッグで助けずに死なせておけばよかったですか? とは、ウッソでなくても、そんなことを言えるのは人間じゃない。

ではカテジナやクロノクルの現在に陥った状況は、もしもどこかで違う選択肢を踏んでいればもっと救いのあるものだったか、は、どの瞬間にもそれはなかっただろう。どうしようもないところで空回りしているから彼彼女は必死になるほど客観的にコミカルに見える、喜劇になるという話をした。

それはブラックユーモアで書かれているので本当にそうのはず。だがもうひとつチャンスは、「それもまたエンジェル・ハイロゥの空域で起こったことだ」というのはあり、エンジェル・ハイロゥのエリアでは、現実に逃げ場のないシチュエーションでももうひとつそれを超えうる、と作者自身が書いてる。そういうところを読者が利用してもいい。批判的読書には余計なことを書くだけわたしは気が優しすぎるよな。

23
katka_yg 2025/07/17 (木) 03:24:07 修正 >> 22

ifなどは……この時世では世間はそれが見たいというだけの話ではありながら、古典原典は大事とはいいながら今見たいのはこっちだよねという形で、「トゥルーエンド」という言われ方にもなるだろう。そこは世代相応というもので必至ではある。「スーパーサイコ研究」なんかを発作的に思ったのは、わたしはまたそういう気分が差したみたいだった。わたしは「アムロが父親代わりのようになっている図」というのは嫌いだ。それはかなり強硬にきらい。

わたしのは、そこにファンの願望語りの本性がわかっているからいやだ、反抗するという、それ以外の理由じゃない。

カテジナのことは、通読していれば前回エイシェトのことで腑に落ちるものがあった。ハロウ・ロイまで救いたいと言いだすやつはいないから、それは取り上げた。

24

フェラリオなんか助けなければいいのに、生かしておかなくていいのに。『ガーゼィ』のように事情があって出さなくていいなら、最初から出さなければいいのに……とは、古来、コモン人もたえずそのように思い知る経験をくり返して掟になっているんだろう。

27

「フェラリオの話はしない」がわたしの表向き態度で、すれば決まって自堕落な話になるのがわかっているから。

25
katka_yg 2025/07/17 (木) 21:30:12 修正

フェラリオのだらしなさ

「3 ミン・シャオの逆襲」(旧)
「2 ミン・シャオの逆襲」後半部(新)
旧版、前章末から迫水が霊感じみた警戒心で集落の様子を怪しむが完全版ではそのくだり省略して入っていくのは、怪しいことは怪しいがその場で言っても始まらんというアマルガンの態度を地でやっているようで面白い。

相違比較に目を留めると、その行で考え始めて止まってしまい、読み進む気がしない。

「ハロウ・ロイは臆することもなく座り、ゆったりと食堂を見廻した。」(旧)
「ハロウ・ロイは臆することなくすわって、ズタ袋やら木箱が積み重なった食堂をうっとうしそうに見廻す。」(新)
ハロウの態度は若干、生っぽくというか、俗っぽくなっているのかもしれん。この場所は小汚く煩い場所だが、鬱陶しい場所を鬱陶しげに見廻すフェラリオはやや普通の人に近い感覚のよう。

〝六十燭光以上あるな……それが三つもついているのか?〟(旧)
〝六十燭光以上ある……それをふたつもつかっている……〟(新)
迫水時代の感覚では贅沢な照明だと思うが商売処だから一般家庭よりは当然なのかもという理解は共通。60キャンドルかける3か、2か、というちがいは、わたしは正直に文章から区別がつかないのだけど、そこは著者として一個減らしたかったのだろう。リアリズムのこだわり? 何故?という想像を、新旧読者にさせるため? 半分、にやにや気分で読んでいてミン・シャオのことはどうでもいいやのような。

26
katka_yg 2025/07/17 (木) 21:34:32 修正 >> 25

上のように、漢字をひらがなに崩しているのは全体。また、「座り」を「すわって」のように、「って」と少しやわめの接続を多用するようになるのが富野文の新旧の特徴が出てる。

「~が、~~って、~~して、~~なのである」
というある種、だらしない文章を作る。昔のほうが生硬でガチガチしているから、研究のうえでわざとこうしているんだ。わたしは、富野節の真似はしたくない。真似するとばれるからで、わたしの場合ひらがなを気にするのは投稿文の視認性から。

28

昨夜まででまだ1章と半だけど、ファンタジー読みだったら前章のハロウの死人のような美、異界美、などは落としたくない。勿体ないじゃないか。でも全文に書き下ろし描写は満遍なくて、それだけが目を引くわけじゃない。全体のバランスからみて、ここは減らしておいて、後で盛りますという計画でされている再編集のうちだろう。それは、自分で書いた旧原作がもともと傑作でなければ問題にされないから、その実績ありき。

ここまでは原理原則、型通りです。これを踏まえて、型破りに行きます。
言うのはいいけど、衒いなく言えるには自分に確固たる実績がないと恥ずかしくて言えない。くっそ大人が……という悔しさになるのが分かれば子供はまだまし、という話だろうか、だといいな。わたしだってリスペクトよりは憎々しい思いがする。

29

『アニメを作ることを舐めてはいけない』のタイトルを「信じてはいけません」のように曲げた読み方は、考えられない。建前で本当は舐めてもいいですとは言ってない。常々の仰りようから、著書当時にさえ『今まで舐めていたと思う』との含意で言っているとは思える。『舐めたいものはまだある』もか。

わざとらしい作為のあるタイトルで、内容をみれば他の題はもっとありそうだろう、と読者は思うんじゃないか。

32
katka_yg 2025/07/19 (土) 20:24:50 修正

二回いう迫水

続き。宿屋での身支度のうち新たに調達した革靴のこと。完全版で全文書き改め、一揃いの同じ靴を描写しているのに全く別のことが書いてある。新旧の文章を繋げれば設定が細かくなりそうだ。

新旧ではっきり異なるのは、旧版では革紐を通して足首に固定する仕様なのが、完全版では革紐に替えて左右二対の骨質の鉤で前合わせにする。
海軍支給の半長靴よりなじむ。旧版では、飛行靴より零戦(れいせん)に似合う靴ではないかと迫水にこだわりがある。旧迫水はこれを「いい靴だ……」と呟き、足固めして床を一二度踏んでみて「いい靴だ!」とくり返す。新迫水はそれらの履き心地を確かめたあと「いい靴だ……!」という。

33

説明しないが、富野監督はたしか零戦は「れいせん」(ゼロせんではない)の読みにこだわる方だったと思うが、はっきりそう言っていたかは忘れた。作中のルビは上のように振ってある。

34

アニメ化したときに靴の新デザインが決まってそちらを描いているんだろう。

35

「拳銃ぐらい持ってくるのだった……」
 迫水は、自分が特攻行のために拳銃一つ持って来なかったことを初めて悔やんだ。(旧)

前々章、洞窟でも同じ後悔をしているので初めてではない。完全版では削除。

36
katka_yg 2025/07/19 (土) 21:41:19 修正 >> 35

夜襲。階段を降りきらない間に闇打ちを受け返し、テーブルに飛びのった迫水の靴は滑りもしない。その体勢で剣は後に流れたままだが、それが背後の敵への牽制にもなる。最初の敵が仲間への合図の擬声を発する。その声めがけて、すかさず迫水が攻勢に移る。

敵の一瞬の隙に、テーブルを蹴って、右から左上に剣が切り払う。重い衝撃を受けて右腕が止まり、同時に(どうじに)両足が床を踏み、右で支えている柄に左手をかけ、

  • 切っ先が流れる(旧)
  • 切っ先を手元にひく(新)

影が呻く。人を斬ったのか! 乱刃が舞って見える間にアマルガンが横切り、前に立つ――わたしは剣術小説の専科でもないがこの手順はかなり細かく、しかも新旧でアクション自体はほとんど違いがない。剣を入れたあと切っ先が流れるか、切っ先を引くかは、迫水の腕前の評価のちがいだろう。

37
katka_yg 2025/07/19 (土) 21:55:53 修正 >> 36

直心影流の古流の稽古は無駄ではなかったらしい……。徳川時代以来の道場剣法の価値については、ここではネガティブ評価。前後になるが『ガーゼィの翼』で前回長く読んだ。「近代のスポーツ剣道からの実戦移行」について、平成の剣道少年クリスをモデルにして詳しい。そこでも登場した示現流については、旧版では「自源流」として紹介されている。

直心影流自体にわたしは詳しくていってるわけでなくて、迫水の師匠が、迫水には竹刀稽古をさせずに木刀の素振りと実戦の型だけを教えたので、古式。クリスはスポーツ発、新式。

38
katka_yg 2025/07/19 (土) 22:40:05 修正

「ミン・シャオの逆襲」おわり。
ミン・シャオに謎の「っさ」という語尾のキャラが付いたが、彼女の完全版の口癖でとくにガロウ・ランの習慣でもない。

倒したガロウ・ランにアマルガンがとどめを刺していく。この説明も旧版の文章が長いが、ここでは儀式や、苦しみを終わらせてやる慈悲をまじえた行為ではなく、倒れた敵が正気づいて反撃する場合が多々あるための、あくまで戦場における防衛的行為と強調される。「とどめ」についても、バイストン・ウェル物語ではシリーズを通して長い話題になることもいった。今夜ここまでにする。

40
katka_yg 2025/07/23 (水) 19:22:01 修正

「4 街の夜」(旧)
「3 街の灯」(新)

戦陣訓の読み上げから。引用文は旧版のほうがやはり長い。
本文の要旨については前章・前々章にくり返し、日本軍の精神的土壌を述べるに、軍国青年各々は大局を読める立場(地位)にないこと、必殺の新兵器で大敵に勝つ/勝つまで已まじの高揚感(ハイ)、精神論に加え、他者(諸外国)に対して自己を顕示させなければ潰されてしまうという強迫観念を挙げる。おおむね同じ。

この「著者の歴史認識」というもの自体が、1984年から2010年までの間に進展や変化があるかはここを較べるだけでは一瞬では読みきれない。「この文は旧版にないな」と思っても、前章で書いてなかったことが後章に補充されていることもあるから……。
完全版の文中には、「特攻隊員を生き神様とたたえて見送る女たち」がチラリと挿まれている。これは前にも触れた文金高島田の特攻人形にかかわる要素。

41
katka_yg 2025/07/23 (水) 20:12:52 修正 >> 40

空に棲む魚の話

歯ブラシには「豚の毛らしい」と補足されている(新)。富野作品では歯ブラシは大事なので読者は憶えておくといい。

商家のあるじキャプランからのバイストン・ウェルの世界についての講義のうち、水の世界(ウォ・ランドン)闇の世界(ボッブ・レッス)には旧版のルビが完全版では省略されているが、そういう些事はスルーしていいんだろう。

空の燐について。夜空には星のように見える「リン」というものについて、迫水は「燐」「鈴」「鱗」の漢字の連想をして、旧版では「鈴」が正しいのではないかという感性を示す。それが好きだなと思っただけ。
完全版では、「鱗(うろこの字)」と思ったときにキャプランとハロウが魚のようなイメージを送ってくる。とくに説明はない。

『リーンの翼』中にあるか忘れたが、バイストン・ウェルの言い伝えのうち、空の燐のまたたきはコモン界より上の界ウォ・ランドンの海を泳ぐ深海魚の鱗の光だという説がある。手元では『オーラバトラー戦記』にその話がある。

『ガーゼィの翼』の巫女ハッサーン・サンは世界をわりと即物的に現象として(物語でなく)捉えていて空の燐のことはエネルギーの塊としてイメージしていた。それも、魂の光の集まりだというが……。バイストン・ウェルの太陽と月とは、燐の大きな塊で、昼の太陽は「太陽」と呼ばない。燐の光という。夜の月は、とくにこだわらずに月と呼ぶことがあり、満ち欠けもする。

42

特攻人形のことは、この1巻の序盤でまだ書くことではないけど、ここまでも迫水は日本軍の当時の姿勢態度等がバイストン・ウェルに来て客観的に見えてしまったために、やがて故国である日本との精神的な繋がりが切れがちになっていく。自覚的に、なんとか日本人としての意識を保とうとするが。

のちに続々とバイストン・ウェルに落ちてくる地上人と情報交換するようになれば、ますますその時代認識を補強でき、あの戦争はなんだったか、自分はなぜ死地にやられなければならなかったのかと自問すれば今は異邦の流謫者として正確に説明できてしまう。特攻人形の印象は後にはほとんど忘れるが、微かに微かに留めていて、そういうものを最近ここでは風土と呼んでみていた。ここの通読している間にもわたしは風土なる言葉を全然思い出さなかったので、それはそれで意外だった。

43

ハッサーンのことを書いてふと思い出したのは、『リーンの翼』の後の時代に出てくる迫水の後妻、コドールには、アニメと小説を読むだけでは良い印象を持たれないと思うが、彼女の抱く地上界への切ない憧れの気持ちには、ハッサーンの面影があるんだ……。そう思うと彼女ももう多分憎めないな。

44

4章おわり。フェラリオとフェラリオ中だが章の区切りなので今夜ここまでにする。

〝なら、好きにやる……〟こういうところがわたしは本当に可愛いと思うが、自堕落な子だ。
これらの美しい場面は、自堕落は別としても少しでも長く読みたいという情は察せられ、そういう読者は旧版も読んでいいのではないか。そう言えばいいのか。

45

わたしは、趣味をいうと口淫って好きじゃないのだが、前後にいくところまで書き込んでいるのは旧版のほうが良い。

ほか、迫水の父についての言及が処々に補強されているのも完全版の意図のひとつだろう。
よくいう、富野由悠季の父子関係がどうとかではなく、もともと旧版の迫水の素性が常人離れした部分があって、幼い頃から古流剣術だったり戦陣訓の話にしても当時の青年軍人としても周囲以上に理想的で熱血だったりするので、生身のエピソードが足りないと思われたんだと思う。

46

「5 剣」(旧)
「4 剣」(新)

前半まで。完全版の字数を詰めるリライトをしている以外にほぼ大差ないが、あえて手を加えないことに感心するような気分。少し気になったところは、完全版に、一度萎えた迫水にハロウが乳房で愛撫にいくというテクニックが加わっている。旧版では愛撫、とのみ。

旧版で迫水が叩きつける「切り札」の台詞は、完全版ではごくごく穏やかなニュアンスに崩されている。迫水はフェラリオの種族について未だほとんど無知だが、その蔑視を吐き捨ててしまったことは、省略するには惜しいかな……。

わたしは今夜もう疲弊していてここまでにする。

47

お互いの間で本当は言ってはいけないこと、言わない約束のことを「切り札」というのは、わたしはちょうど最近、ジークアクスのマチュとニャアンの関係の想像をしているうちに、例の割れたスマホのことを切り札と思っていた。のを自分で思い出してしまった。

公式にどうという解説があったわけじゃないけど、あのスマホは割れたままにしておくのはマチュとニャアンの間の「絆」になってるんだろうな……というのはわかる、かな。そのことはむしろ、シュウジには関係ないことだろう。三人の関係にもそれぞれ、重なる部分とズレてる部分がある。

48
katka_yg 2025/07/27 (日) 17:31:29 修正

男の死に体

サイコBLの話を一日考えていて、やはり今ちょうど迫水のところでもあったので思い出す。

ハロウ・ロイの肉体のなされるままにされ、足腰立たないほど弛緩してしまった迫水は「これでは男ではない」と愕然、慄然と思う。これまでの章にも、迫水の思念のうちには、――男は犯されるものではない、男の狂態は晒してはならない、男として死に体だ、――とバイストン・ウェルに来てたびたびに自戒と慚愧をくり返している。

女性に対してはとくに、女が乱れてはならないとは思っていない。

女のように男が乱れてはならない、というと女性蔑視のようにも思われそうではあるし、実際に時代的には男女の隔て観はある。それとまた、美意識として「女の乱れぬくことは美しい」とは常に語られても、男の崩れは様にならない、滑稽に落ちるという文化も、男女の身体の作りの生理的事情も実際問題ある。

女性蔑視だけのことではないというが――今度は女性から見ると、「女は乱れていい、男は別だ」と格好を繕おうとする男は、やはり腹立たしいかぎりの態度ではあり、そんなガードは引き捲って男も乱れ狂わしてこそ女冥利でもあろう。ハロウが衝動的に怒りを覚えるのはやむないくらいだと思う。

49
katka_yg 2025/07/27 (日) 17:45:57 修正 >> 48

現代少年のこと

迫水の男女観は、そうは言ってもやはり相当に古い。1945年当時の青年軍人の標準からも異常なほど古武士的だろうとは前章までも思った。上に、ジークアクスの連想を書いたばかりだが、2025年現在の少年だったらもっと自由な態度だろう。……とは、現在、ふつうに概ね言われることだろうと思う。

事実はどうか知らん。女と男が区別なく語れることが「自由」か? 現代の男子高校生だって「女と男ではちがう」意識はないわけがないとわたしは思うし、文化としても、視覚映像ジャンルのキャラクター男女差の描かれ方などはむしろ誇張され、強調されて見えていたりする。男装女装などについてもあれこれ言える話題はあるだろう。

男の子・女の子はイーブンだよ、と言いたい人は良いとして、「それはそれとして、そのコードはあるよね」という踏まえで、女子の口から「もっと自由になっていい」のような台詞を男の子がどう聴くだろうと想像しても可愛い。男子から女子に手引きする場合には言えたことでも、それを後に女子から男子に手ほどきし返されれば、男子には加わる愧じらいはあるんじゃないか。

50
katka_yg 2025/07/27 (日) 18:09:36 修正 >> 49

ボーダーに目を向けるよりは、セクシャリティという言葉遣いを選んだほうが、上の話については多分いいだろう。前回連想するのは『∀の癒やし』より。フェラリオと、リンレイについての場合はまた、どうだったろう。

51

さざめき

しかし、そんなかすかな想念も、遠く聞えてくる迫水の気合に砕かれてしまう。
 迫水の気合が耳に届くたびに、ハロウの体の中の空気がほんのりと動き、沈潜する。
 これは、ハロウに空になれと呼びかけるフェラリオの国の長老ジャコバ・アオンの言葉に似た響きがあった。
〝なぜだろう……〟
 ハロウは、漠然と思う。(旧)

そんな想いは、とおく聞こえてくる迫水の気合いに砕かれて、さざめけば、その波立ちが、空になれと呼びかけるフェラリオの国の長老ジャコバ・アオンの言葉に似た響きに感じられて、〝なぜだろう……〟と、漠然と思うのだった。(新)

水の妖精のようなエ・フェラリオの体内の感応を、さざめき、波立ち、とリライトする手慣れた気分は好き。
ハロウ・ロイは、自分は迫水に触れて浄化されはじめたのではないか……(ないかしら)と思えるようになっていたが、それがわずかの後に彼女の命取りになるのだろう。

52
katka_yg 2025/07/27 (日) 22:12:38 修正 >> 51

そういうとこ読むことを精読として今度の通読は始めたの。おそらく、両版を持っていて読んでいる人でも、その一々に仮に目を留めはしても、書き留めてはいないだろう。

富野由悠季の文体はどういうものか、という解説が、主流の文芸評とか雑多な読書レビューに任せて永久に明かされないような不審感ってある。

ここなどは、見るからに複数の文章にわたる描写の内容を「――て、」「――ば、」「――が、」「――て、」と繋げて一文にしてしまう。上では「だらしない文章」とも書いてしまったけれど、やわらかく弾力的に口述をつづけていく独特のリズムを作っているのは90年代以降に好きそうで取り入れているらしい。当時に何がきっかけでそうなのかは、わたしはわからない。たとえば、そういう例にはなる。ほかにも見たいところはあるはず。

53

そうだな、「口述」だよ。この文体。そういうイメージ。

54

旧版5章まで。完全版では章を改めずに続く。今夜ここまで。

量的にはほとんど読み進めていないけど。上のようなことを迂闊に書き込むのはネットで無用なことだ。「文体」とか書いたらそれだけでもうね。
ここの、稽古の後のキャプランからの「餓鬼の剣術」との痛い指摘は完全版で省略だが、わたしの記憶にはあるし、後章に補足だったかな。ヤエーッと大声で稽古しているだけで敵からは観察してくれと言わんばかり、とのような。

55
katka_yg 2025/08/01 (金) 19:57:10 修正

「6 報復の血」(旧)
「4 剣」(新)つづき

迫水の新しい戦闘支度には旧版では革の帽子に鉄片を仕込んだ兜様のもの、完全版では飛行帽の上に革兜を被ってこの革兜の仕様が同様のもの。この、元からの飛行帽をいつまで持ち歩いていたかはわたしは記憶にない。

56
katka_yg 2025/08/01 (金) 20:50:39 修正 >> 55

章おわり。旧版では章末にムラブとミン・シャオの幕間が入る。

この剣戟のシーケンスは段取りはそのままにタイミングが変わっていることがある。

  • 五人を倒すのに二十秒という時間をかけはしなかったろう。(旧)
  • 五人を倒すのに四秒とかけない。(新)

最後に矢の斉射をかわす際には迫水は数メートルを跳んだ(旧)のが十数メートル(新)に割増されている。

また呼吸について、どこで息を吸って吐いたか補われている。剣法小説では呼吸は必ず重要なのだが、わたしは読者としていつもよく分かって読んではいない。
完全版では、最初にガロウ・ランから分捕った青竜刀はこの戦いの初めに左右に持ったあと、ゲリィを救ったときにはもう捨てているらしい。いつ捨てたのか迫水も憶えてなく、以後出てこない。

57
katka_yg 2025/08/01 (金) 21:23:13 修正 >> 56

ハロウ・ロイを哀悼なんて富野読者がネットですべきでないが、結局のところわたしは最後までフェラリオについて気にかけていた。

59
katka_yg 2025/08/02 (土) 20:15:38 修正

「7 聖戦士」(旧)
「5 聖戦士の居場所」(新)の冒頭

迫水は前夜の戦いでガロウ・ランを六人斬った、人殺しの感覚がようやく蘇り始める。殺人体験についてはバイストン・ウェルで各シリーズにくり返すが、迫水の反芻する殺人の感覚は文章上でも生々しい(うどん粉)。

はっきりPTSDという問題になると、現在は一般書でも戦争の心理学に一ジャンルがあり、昨年までに瞥見なりとおさらいはした。そういうの読み聞き知るにつけ現代に基礎知識として知られておかれたい、不安はあるものの、わたしは富野作品の枠を出て紹介する気ない。70年代頃には小説界にテーマとして浮上しているらしいことは言ってる。1983年というのはそれでもかなり踏み込んでいると思われる。それを言えば、迫水とクリスの過程は比較するのに興味深いものだった。

その話のあと完全版は次のシーンへ移ってしまうが、旧版ではその夜、迫水は反復する殺人感覚を酒飲みに紛らしながら、アマルガンに対してこれまで聞かなかった事々を問いただす。半ば鬱憤をぶつける。

60
katka_yg 2025/08/02 (土) 20:26:52 修正 >> 59

旧版7章の内容はかなり長いが、これまでのくり返しの内容も多く含むから省略になっているんだろう。部分部分はこの後の章に散らばっていくのかもしれない。再読なので、その箇所があれば気づく。

アマルガンの素性を訊ねる。義賊アマルガン、という世間的な押し出しの裏に、アマルガンはアマルガンでまだ公開しない正体と思惑があるらしい。そのあと話が転じて、日本軍の「戦略」についての話が始まる。

日本軍の話はこれまで、当時青年の精神的テンションを重点にしたが、ここでは、あの戦争をするにあたり戦争に勝つための戦略というものがあったかと、その責任は指導するインテリ層にあったのではないか。飛行機熱と血気に逸っても俯瞰的な視野を持てなかった青年が迫水であるは、くり返し。

強剛な武人であるとともにその同じインテリ臭を感じさせるアマルガンという男に警戒心を抱く。また自らは生まれの素性も、インテリ的な気質も厭う節のあるアマルガンはリーンの翼を「力の象徴」として語る。旧版はここらでリーンの翼の意味が浮上してくるみたいだが、完全版では前倒しで点々とその言葉は聴いていたようだ。

61

酔っているところにゲリィ・ステンディが差し入れ。ゲリィが手にするカンテラは、虫籠に数十匹のホタルを詰めたもの。シリーズでこのホタルランプは、ダンバインに出ていなかったかな。またよく憶えていないけど。

このホタルは実用品なのだが、文字で読むかぎりではなかなか風流な代物。海外ファンタジーだと、この種の生き物照明といえば「ツチボタル」(グローワーム)のほうが定番で、わたしはその出典を小説で見るごとに手元に収集していることがある。

62
katka_yg 2025/08/02 (土) 20:40:35 修正 >> 60

近代までの剣客・剣豪の話にも、あたら達人でも初めて人を斬ったあとに、その夜、刺し身を食っていて嘔吐してしまい、それで再起も難しくなったのようなエピソードは点々とあり、古くから知られていないわけではない。

それが社会問題になると認識されていなかった。古くには宗教が戦士達の心のダメージを補っていたらしいことも、それを研究テーマとして意識されているのもごく最近のようだ。

63

リーンの翼とガーゼィの翼の意味に違いはあるみたいだな。ゴゾ・ドウがそれをどう評価していたかが今から気になる。

64
katka_yg 2025/08/05 (火) 21:19:06 修正

「8 コラール・シーへ」(旧)
「5 聖戦士の居場所」(新)続き

ハロウ去って入れ替わるようにゲリィ・ステンディが迫水の側に出入りするようになる。ゲリィが、迫水とハロウとの関係を気づいていただろうかはこれまで迫水は気にしていたが、旧版ではなお曖昧にスルーされるところ、完全版ではゲリィの態度からどうやらそれと分かってしまい、またも無念を味わう迫水である。

男の子の恥や慚愧はもはや一テーマになってきたので雑談トピックで続けていた。こちらは迫水の恥を追う、……という通読じゃないけど。

宇宙の恥のコード
スコード教の話富野周回(小説)
posfie

65
katka_yg 2025/08/05 (火) 21:42:42 修正 >> 64

入江には一行と合流を待つ帆船が待機している。バイストン・ウェルに来て初めて海と、「帆船じゃないか!?」目撃する迫水には少なからず感動もの。船の連中は待ち飽かす間、デッキでドンチャンと飲み騒ぎしている。

〝裸踊りか!〟(旧)

わたしはこのあいだ『∀ガンダム』劇場版二部作を見たところで、この台詞あったのを覚えていた。

66

章おわり。バイストン・ウェルでは重要アイテムである火薬「ガダ」の呼び名は完全版では先行。

ゼラーナの面々と合流し、またフェラリオが出てくる。迫水はまた初めて目にする、ミ・フェラリオは存在自体がコモンの風紀を乱す動物、むしろ害虫だが、そのうちでもコム・ソムはまことに毒にも薬にもならない、賑やかし。

67
katka_yg 2025/08/06 (水) 20:56:20 修正

ゲリィとノレドの「いい娘」

迫水から気分が移ってベルリの恥について思いふけっていたあと、今ふと、『リーンの翼』のゲリィ・ステンディとノレドはまた、似ているような気がした。

読んでいた前章がたまたまパチンコならぬロープ投げのところで、海賊のフェラリオに悪態づいて清々した顔をしているのを微笑ましく思う、いい娘だ、と思うその「いい娘さ」の気持ち。アイーダにきゃんきゃん言われても、パチンコで当てたくらい本気なものか、嫌ってくれてケッコーです、のような顔をしている。

キャラクターを属性で分解して似ているとか系統というのは必ずしもいえない、言うのは控えたいことは前も言った。それはそれとして、きっと同じ顔して喋っているときに気持ちを想像する「(よすが)」にはなる。また、読者にその連想があるとして、年譜的には、ゲリィの面影の一部をノレドに補充するという順序になる。

68
katka_yg 2025/08/08 (金) 22:26:23 修正

死に損ない

「9 海賊」(旧)
「6 海賊」(新)
同じ場面で始まるが、新旧で内容はがらっと変わる。荒くれ船員のマブに絡まれるまでの船上。

旧版には迫水の心裡に徐々に浮上する空疎さが書き込まれる。「死に損ない」と初めて意識するが、今生きて、生き延びようとする自分を「浅ましい」と感じながら、それがなぜか自分の心を掴みきれない。

完全版には、出帆までの段取りと、船上生活ですること、この世界の火薬(ガダ)と火器事情がたっぷり補充。

帆船ゼラーナの材質について、

  • 甲板材は板でも金属でもなく不明。帆材は「昆虫の薄羽」か(旧)
  • 外装は木造でも甲鉄でもなく亀の甲羅に似た手触り。帆材は半透明で滑らかでなんとも言いようない(新)

書き分けの意図は不明。強獣という概念はまだ登場しない。

69

グへへへ……、大丈夫ですかな? 地上人さんよ」

新旧とも珍しく全文一致のマブ。

70
katka_yg 2025/08/08 (金) 22:53:03 修正 >> 69

仲裁に入る船長のグロンが迫水の喧嘩のしように「狂暴なもの」を注意する。これの新旧は一見してほぼ同文に見えるが、上の、章冒頭の「死に損ない」のくだりがあるとないとでは読者の受け取るニュアンスが違うようだ。

旧版を読むかぎりでは迫水の狂暴さは、ギルト感情の反映だと読むだろう。完全版ではそれがない代わり、迫水の元の性癖と説明して、一生自制しろと言われる。その癇癖を性格にしてはいけない、とも。

この違いはごく微妙でわかりにくいが、「性癖」とか「性格にする」とかいう表現は富野作品の後期作に現れる、規範などの関心に近いもので、多分大事なところだと思うな。

というより、富野作品以前にわたしのもと興味分野だ。

71

海洋小説にはこの、マストの見張り台に登るくだりが必ずあるのだが、毎回毎回みているくせにわたしは一向に帆船の仕組みも、各部の名前も憶えようとせん。帆船の本はそのへんにあるはず、海賊史とか。

72
katka_yg 2025/08/08 (金) 23:29:17 修正

「海賊をやるのか?」
「あの船はやる。手ごろな敵だ」
「商船ではないのか?」
「そうだ。軍艦をやるだけの力は、ゼラーナにはないな」

このやり取りに旧版ではとくに解説はない。見えているのは商船らしいが、商船を襲うことに迫水に躊躇いがあるかのようか。「商船みたいだがやっていいのか?」

完全版では、「ガダバの船らしい」という迫水には意味不明の言葉が先に聴こえてきて、上のやり取りには……アマルガンの発言はちょっと矛盾するようだが意味を考えている暇はない、という書かれ方になる。迫水の台詞は、「あれはもしかして軍艦か?」という意味に近くなる。まるで作者自身が自分の文章を読み返して戸惑い、台詞の解釈を変えたみたいだ。

73

これは面白い……。マニア的な興味にすぎるかもしれないけど、これは興味のある読者に読んでみてほしいな。それか、数十年後に「富野由悠季全集」のようになったときに、註釈をつけてこまごまと解説を付す。その頃には古典として翻訳の関心にもなるだろうか。もっとも、わたしの生存中ではもうなさそうだ。

74
katka_yg 2025/08/09 (土) 00:06:34 修正 >> 73

章おわり。この通読はあえて「1日1章」と決めなくていいはずだけど、時間的にはこうなるのでもあるね。これだとまだ何か月もかかってしまうが、時間がかかっていけないことは別にないしな……。富野話題にかかりきりだと、Xの雑想とposfieのまとめのような記事を別にどんどん増やしていくようでもある。

75

「10 機銃」「11 ガダバの軍艦」(旧)
「7 ガダバの機関砲」(新)

海賊行の戦利品の山分けをしている仲間のうち、ここで主にしゃべるムスターマ(旧)は前章で「メラッサ・ムスターマ」とフルネームが一応紹介されていた。すでに忘れていたが、完全版ではメラッサと書かれている。同一人物。

海賊が略奪をすれば起こるべきことが起こる。二日に分けてゲリィと男女論のディスカッションをする間に、ゲリィと打ち解け、迫水の理想的でどっちかというと奥手な女性観をやり込める間にゲリィが溌溂としてくる。

続けて海賊行、海戦の描写はむしろ完全版のほうが用語が細かいほどだが、経過は同様。旧版では章が替わるところ。今夜はこのまま読み終える。

76
katka_yg 2025/08/10 (日) 22:33:48 修正 >> 75

衝角攻撃。ラム。海賊ロマンの必須、必殺技みたいなものだが、ゼラーナの衝角について、

  • 金属に似た甲殻に青銅性のより剛性の高いものを装甲として巻きつけてあった(旧)
  • 青銅より剛性の高い鋼板を巻きつけた衝角(新)

較べて読むと旧版の方はちょっと意味がわかりにくかったのか、材質自体が変更されてしまった。
衝角に続き移乗攻撃のセオリー。前後の文章は新旧間で複雑にミックスされるうち、

  • ゼラーナの船員たちは、一度目の震動が終らないうちに(いなご)のように跳び上っていった。(旧)
  • それに十数名の荒くれたちがつづいて(いなご)になった。(新)

イナゴのように飛び跳ねた船員達が四半世紀後にはイナゴになってしまう!

77
katka_yg 2025/08/10 (日) 23:22:32 修正 >> 76

章おわり。旧版一巻読了。あとがきがある。

戦いが殺戮になり狂騒に入っていく中に、迫水の意識にゆらぎが交じる。そのさい、

〝このままだと、勢いだけで人を斬ってゆく。その時は、背後の敵に気づくことはあるまい……〟

これは、ここだけで済むことかもしれないが、最近、「機動と戦士」のような話の中でずっと追っていた文面に似ているから覚えておきたい。後ろの敵も見えているかな。

この章での戦後始末は、すでに何度も言及してきたバイストン・ウェル事情だけど今読み返すと、新旧に微妙な違いがあり、旧版では迫水やアマルガンがすでに声で喋っているように無頓着に書かれているが、完全版では、ここへきて互いの意思疎通は「テレパシーで意識に伝わってくる」という事情が、切実に戻ってくるようだ。

78

katkaさんの感想・レビュー
katkaさんの富野由悠季『リーンの翼 1 』についてのレビュー:このたび新旧版をならべて読み返しているところ。旧...
Booklog

79
katka_yg 2025/08/11 (月) 11:02:12 修正

「12 荒れる海」(旧)
「8 集結」(新)前半

何もかも見慣れぬ異世界で古流の撃剣の研鑽に没頭しかけていたところ、突如として見慣れた近代兵器が飛び込んできて、それも生死の境目を乗り越えると、翌日には即物的な必要から拳銃も機関砲もアマルガンらの関心の的になっている。

その国や、その世界の技術力を語るにあたって、製品を製造するにはまず工具から必要なのだ、という目線を導入するのは富野作品の「ハードさ」として後まで続いている。「リアルさ」……というと、現代も多々ある異世界ものでも、軍事行動は必要の連続で、工作設備も資材も要るし、運搬も考える。それに当たる人員については配置と管理、教育、通信や命令伝達の必要があって……と続いて、「それは産業である」と看破するまでは、創作中の「リアル要素」として、深く考えないでも踏襲されているだろう。ハードとはかぎらない

ガッザとアマルガンの会話中には、『そのような施設を建造して、戦争が終わった後はどうする?』とまで視点が延びている。そんな会話をしているのは単なる流れ者や海賊ではないらしいのは見えている。

日本史に戻って、たとえば種子島に火縄銃が伝来して全国に普及する速さには、日本刀の鍛造技術の基盤があり、その技術者集団や工作施設のもとが備わっていたような事情を、旧版ではその集団の「民度」ともいう。民度という言葉には、現在にネット住民の習慣にはきっと別のニュアンスがかかることもあると思うが、こういう場合には、あまりアレルギー的に拒まないで素直に読む。完全版にはない。

80
katka_yg 2025/08/11 (月) 11:06:09 修正 >> 79

旧版では工具の説明から迫水がし、ドライバー、ねじ回しの説明にも若干苦心するが、完全版では、鍛冶のカサハランが最初から部屋におり、ガダバから押収した工具箱も手元にあるので、製品の外見を観察しながらまず工具の製造を説くところから始めなければならない難儀は省かれる。

先の戦闘で敵船を奪ったんだから、銃器だけでなく工具くらい敵船にあったのは、それはそうだ。もっと思えば、敵船の士官を尋問していれば今している無用な憶測は省けるので、あえて峰打ちをしたものを無造作に皆殺しを命じたアマルガンも、武者としての風習はともかく、この結果だけをいえば迫水の態度はそんなに間違ってもいなかったのではないかとも。

81
katka_yg 2025/08/11 (月) 11:11:13 修正 >> 80

アマルガンとの腹を割ってサシの対談に入ると、世界や文化についてアマルガンもインテリジェンスを隠さなくなってくる。迫水の提供するのは中世の「魔女狩り」諸々のエピソードについて、

「ガロウ・ランだ。サコミズ……。ガロウ・ランそのものだ」
「弁解させて貰うならば、耳学問なんだ。すべてが本当のことではないかも知れん」
「そういう言い方をするサコミズも、俺はガロウ・ランの手の者と感じてしまうぞ」

そういう言い方……といえば、蓋然的な言い方に終始する原作者などのことをわたしは今思い出す。『これは矢立肇が言っていることなので信憑性にはひとつ疑問符を付けて聴くべきなのだがな』と言い含めて、重い話を始める等。

ここには昨日わたしは別の方向から連想があった。

82

「13 集結」(旧)
「8 集結」(新)つづき

章の始めから、浸水した船底から荒くれ男達がバケツリレーで延々と排水作業を続ける。無為にも思える不毛なこの作業のエピソードは結構面白く、完全版で短く省略されるのは仕方ないとしても惜しい文章。

83
katka_yg 2025/08/11 (月) 21:47:24 修正 >> 82

続けて、アマルガンとの対話ふたたび。これもかなり長いが完全版では省略。前章の対談と気分的に似ているからかもしれないが、前巻9/6章のときに触れた「死に損ない」意識にかかわるからとも思える。完全版では、早くから虚無感描写を強めていくのを抑えようとしているのかもしれない。

ガダバの国崩しをする決意をアマルガンに吐き出させる。アマルガンの手勢なるものはガダバに対して微々たるものでしかないが、訊ねる迫水にも何を失うものがあるわけではない。「何年かけてやるつもりだ?」と訊くのは自分自身に皮肉混じりだが、

「命のある間に……」
「凄いな」

ここの応答の凄みは、カットされるのが惜しい……。男として見込む、ともに戦ってくれということだ。それでもアマルガンと迫水の間の隔ては埋まらず、何かでもいい、多少でもいいから、生き死にを賭けるに見返りを求めたい、とぶつけるまで。

このあとシャーン・ヤンがもっと物分りの悪い殺伐な悪態をくれて、ゲリィがやはり見透かしたような微笑をくれる、女達の諸相があって続く。